暗躍赤靴の話。或いは強火ファンガール
ナグサもまた、思考誘導されていたのだ(蛇足
レッドシューズがナグサからの侵食により、思考誘導されて己の罪を自白した後。
不名誉除隊し、V.T.C.からも除名されるも、貴重な戦力として最前線に投入され続け……碌な補給も修理もさせて貰えない内に、遂に倒れ、死亡判定を受けて人知れず放置された。
しかし捨てる神いれば拾う神あり。
いや、この場合は神ではなかったが、レッドシューズがかつて野に放った侵食コードと人格が融合した情報生命体、ミラーの依代として再び大地に足をつけた。
ミラーはクイーンを、世界を支配しようと考える野望を持っていた。
だがナグサの侵食の強さにより、段々と己が支配するのではなく、ナグサこそ支配者に相応しいと考えを改め、そして心酔する事になる。
ナグサを侵食ネットワーク越しに観察すればするほど、ナグサを好きになった。
ナグサは男なのに女の体故の、自己同一性に苦しみ、己の体が再生する度に精神を更に蝕まれながらも、部隊の為、息子に良い世界を残してやりたいという一心で戦い続けていた。
侵食越しに見る内面の姿は、誰に頼るでもなく、何かに縋るでもなく、自分の幸福を希求しない歪な存在。
その姿は痛々しい程に孤独で、見惚れるほど孤高であった。
ミラーは、うっとりと見るのが好きになった。
ナグサに想いを伝えたい訳ではない。
共に並び立ち1つになりたい訳でもない。
ただ、見ている事が、好きだった。
ただそれだけで、ミラーは幸せだった。
ナグサの孤高を守る為、ミラーはあらゆる努力を惜しまなかった。
ナグサの元嫁を殺してやろうと思ったが、それはやめた。
あの女、ナグサが好きだったから結婚したのではなく、自分が楽をする為にテイの良い奴隷として共に過ごしていた事が分かったからだ。
実際、同衾したなんて情報は得られなかった。
それどころか、平然と浮気までしていた。
そんな屑が未だに側にいるのなら使い道もあったろうが、ナグサに濡れ衣を着せて自分から離れていった為に、ただの他人でしかなかった。
それでもナグサを貶めた屑に変わりないので、思考誘導を行い、破滅するように仕向けてやった。
そして女が銃を持った奴と揉めて、撃たれて死んだのは暫くしてからだった。
それよりも身近なゴッデスの方を殺そうかと思ったが、それは失敗した。
アンダーソン指揮官と、隊長のリリーバイスは愛し合っている相思相愛だった。
この関係、上手く使えばナグサを更なる孤高に導けるかも知れない。
2人の関係にナグサが割って入り、不義理を起こして、その浮気現場にリリスを誘導すればいい感じの修羅場になり、部隊は破滅すると考えた。
しかし、アンダーソンとリリスとの絆が強過ぎて、これは失敗に終わった。
次に、ナグサ自らが部隊を離れる方向に誘導してみた。
クイーンと相打ちするように宇宙に残り、他の者は無理矢理地球に帰還させてみた。
ちょっと無理矢理が過ぎたけど、上手くいった。
後はクイーンを無力化し、宇宙という簡単には手出し出来ない場所で、地球を見下ろして永遠の孤高を満喫できる。
勝利の女神の物語としても出来ている。
人類側も満足して放置してくれる。
うんうん。 とっても美しい。
宇宙の芸術、私の、孤高のお星様。
星の海で漂うただ1つに幸せだった。
空高く、宝石箱をひっくり返した手前で輝く星に幸せだった。
でも、それよりも、ゴッデスを追い出し、自ら孤独に堕ちた時のナグサが1番幸せだった。
そうなる筈だった。
だけど、またも問題が起きた。
クイーンがナグサのボディを乗っ取ったのだ。
だから、仕方なく地球に意識を落とした。
そのままじゃナグサがクイーンになってしまう。
クイーンは孤高でいようとしないから嫌いだ。
大量のラプチャーを従え、ヘレティックを侍らせ、地上を蹂躙して祭りのように騒ぎ立てる。
そんな無礼で、ナグサを穢して欲しくなかった。
ボディをクイーンに預けるのは苦肉の策だったが、ナグサ程の侵食の力が及ばない以上、どうにもならなかった。
だけど良いんだよ?
だって、それよりも、ナグサに拒絶されたクイーンの姿を見るのも幸せだったから。
このまま少し生かしてやった方が、きっと、もっと幸せな事が起きるかも。
だから、頑張ってねクイーン。
その調子でナグサを程よく苦しめてね?
そして、最後はナグサに殺されてね?
ナグサがクイーンを殺せば、元通りの孤高に戻れるよ。
もっと素敵なナグサになってくれるよ。
うふふ、その時が楽しみです。
地上に戻ったナグサは、仮初の体を得て仲間と合流するも、身分を明かせずに孤独でいるしかなかった。
もどかしさ、切なさを感じさせる姿もまた、ミラーを幸せにさせてくれた。
そして事故に見せかけて戦場から退場した時は、ゴッデスの不幸そうな顔を拝めて、とても幸せだった。
けれど、幸せじゃない事も起きた。
ナグサは新たな依代として、なんと棺に収まっていたリリーバイスを選んだのだ。
ミラーの期待は、妙な形で裏切られた。
リリスの意識は残っている。
まだ死んでいない。
後々の人類の為、切札として、象徴として。
ゆっくりゆっくりと侵食を馴染ませて強く美しく復活させて、人類の注目を宇宙ではなく地上に釘付けにさせておくオトリだった。
なのに、どうして?
どうして原初の女神と1つになっちゃうの?
私は、孤高の姿を見る為に、こんなにも1つになりたい衝動を抑えているのに。
なんで、まだ生きている女神といるの?
駄目だ。
駄目だ駄目だ!
そんなの駄目よ!
リリスにはアンダーソンがいる!
童話の人達が、仲間がいる!
人類の、皆の希望として燦々としている!
けれど、ナグサにはいちゃ駄目!
孤独で孤高で!
夜空に輝く1等星じゃなきゃ駄目なの!
リリスめ! 勝利の女神め!
ナグサを拒絶すれば良いものを!
殺してやる! 殺してやるぞアンダーソン!
そうよ、運良く助かった指揮官と、ナグサの心残りの息子がいるアークにも唾をつけておかなきゃ。
万が一は2人の大切なそれぞれを始末して、たくさん苦しませて心を裂いてバラバラにしてやる!
そうしてアークにも侵食ネットワークを張り巡らし、不利益な状況が生まれないよう根を回した。
安心してねナグサ!
すぐ孤高の存在に戻してあげるからね!
結論から言えば、対策は無駄に終わった。
アンダーソンもリリスも殺せなかった。
アンチェインドとなる、特殊な血液型を持つ指揮官に侵食誘導は効き難かったのもある。
息子に関しても、ナグサが感極まって能力の知覚範囲が拡大して、此方側の干渉を察せられる可能性が出てきたので手を引く事にしたのだ。
甚だ残念だけど、しかし取り返しがつくし、さして問題ではない。
それよりも問題なのは、ナグサをどうリリスから引き剥がすかということ。
やはり宇宙に舞い戻り、クイーンを倒してボディを奪還するか。
しかしナグサのボディ能力は高く、奪取は困難である。
かといってアンチェインドを使用すれば、ガッデシアムよりニンフの比率が高くなっているボディは消失してしまうだろう。
何より意識が消失してしまう危険性がある。
もしかしたら、それでも。
ゴッデスや第2世代型フェアリーテールモデルの連中、アークのニケに忍ばせた侵食ネットワーク越しにナグサは存続するかも知れない。
自分のように、情報生命体に類似する存在として生き永らえるかも知れない。
希望的観測に過ぎないけれど。
それに縋るしかない。
時間がなかった。
これ以上は、いつクイーンがナグサの体で好き放題暴れるかも分からないから。
そうなるくらいなら。
思い出の中で、じっとしていて。
孤高が薄まる。
ナグサを元の鞘に戻すのは、最早至難の業でも、童話のようにハッピーエンドで終わらせる訳にはいかない。
ナグサ。
貴女は永遠に孤高で、私の星でいて。
その為には、少しばかり孤高から縁遠く、再び仲間に頼るしかなかった。
けれど、それも最後のフィナーレ、幕引き、有終の美を飾る為の苦難として甘んじる事にした。
地上を流離うゴッデスの集会に、ナグサを出す。
突然の再会の中、宇宙の女王の生存を告げる。
ゴッデスの面々は、リリスとナグサの生存に歓喜と嗚咽を上げる暇もそこそこに、空高くに漂う相手への対策に追われる事となった。
多少強引な司会でも、侵食により光る赤い目に、猜疑や困惑は無く、あるのは怒りに燃える赤色だった。
思考誘導による悲憤や、そもそも疑問に思えないようにされているのもあり、あまりにチグハグで曖昧で脆弱で稚拙な理屈でも、すんなりと面白いように議題が通ってしまう。
侵食ネットワークを駆使して、荒廃した地上に人材と資材を掻き集め。
エデンと名付けられた拠点が出来上がり。
再び宇宙へ上がれるよう準備を整えた。
上手くいった。 理想通りだ。
あとはコイツらを使ってクイーンを殺す。
そしてナグサを孤高に戻す。
以前のように、いや以前よりも、もっともっと不幸になって、誰にも手が届かない高みに居座って貰う為に!
そして、時は来た。
宇宙に上がり、クイーンの元へと舞い戻った。
ナグサのボディを乗っ取るクイーンは慌てる事はなく、その能力に胡座をかいて、攻撃を堂々と受け続けて舐め腐る。
けれど、それが仇となった。
リリスがボディを拘束し、その間にレッドフードがアンチェインドを当てた。
"私を忘れないで"
そんな、拳銃に刻まれた文字が太陽で輝く。
間も無くボディは粉状に分解され、クイーンの意識ごと宇宙の塵となる。
同時に、ナグサの意識がリリスのボディから消失したのを確認した。
ああ、やはり、けれど、そんな。
予想はしていたけど、やはり少しショックで。
他のゴッデス面々も同様に悲しみ暮れた。
その同一の感情が、侵食の共振を引き起こしたらしく、薄らと僅かながら、ナグサの意志を皆の中に、ネットワークに満遍なく感じ始めた。
ああ、ナグサは生きております。
メインとなる意志は何処かにあるはず。
でも、範囲が広過ぎて拾えない……。
ナグサは、ミラーからも観測できない高みへ、孤高の存在と成り果てた。
完全に、無欠に、完璧に、星となったのか。
地上から見上げる宇宙、そこに広がる光景のように、誰にも平等に光り輝く星となったのか。
彼女もまた、ゴッデスとなった。
勝利の女神ニケに昇華したのだ。
そう思えた者は、ほんのひと握りだが。
それを実感できたミラーは再び幸せだった。
それは、その感覚は、ミラーが望み、希求し続けたものであった。
ナグサと出会い。
ナグサに可能性を見て。
あれかしと様々に策謀し、失敗し。
それでも諦観せず労を費やした。
星に願いを。 いつか叶うと信じて。
そのいつかが、今、心の内に広がった。
嗚呼〜^ 心がぴょんぴょんしますぅ〜^
場に似つかわしくない、蕩けた感情。
愉悦と歓喜に塗れた、魂の吐露。
女神達が哀しみに暮れる宇宙の中。
ミラーだけが最高の時間を味わっていた。
今なら、目論見がバレて殺されるのも是とした。
想像とは違う、けれどある意味で、最高の孤高の中のままでいられるならば、これが最後ならばと殺意を受け入れられる。
ミラーは誰にも知られず、恍惚の表情を浮かべ続けていた。
死してなお、心の中で望むものを与え続けてくれるナグサに対し、ミラーは深い感謝を捧げながら、孤高を味わい続けていた。
永遠の夜空に輝く星々、無数の瞬き。
その瞬きの1つが、真っ直ぐに向かってきた。
前時代的な、古くも信頼性のある宇宙船。
遅れてきた後輩達。
先輩達の悲願の達成と、その為に犠牲になった友の存在を察し、暫く皆は無重力に魂と身を委ねていた。
涙が水玉となって、宙へ浮かんでいく。
ミラーは最早、全てを得た気持ちだった。
他がどうなろうと、興味がなかった。
ナグサの齎す全てが、苦痛を遥かに超える快楽をミラーに与えているから。
宇宙から女神たちが去るその瞬間も、ミラーは幸せだった。
静かな宇宙の景色を脳裏に浮かべ、幸せだった。
鏡写しの赤い靴は、闇夜に躍った。
もう少し続く?