学生にとっては夢のような黄金週間も終わりを告げ、木々の葉が青々と茂み始めた頃。
いつもの様に登校し午前中の授業を終えた八尋達五人は、お馴染みとなった校舎の屋上にて、昼休みを堪能していた。
「あ、そういえば皆は、もうテスト勉強とかしてるの?」
いつも通り五人で談笑していた最中、ふと葉月の口から、三日後に迫った中間テストに関する話題が飛び出す。
刹那、拓叶の顔から徐々に血の気が引いていく。
「あのー葉月さん。できればその話題には触れないでいただきたいんですけど……」
すると、これ以上この話題で盛り上がってほしくないのか、急に下手に出始める拓叶。
だがその態度が、逆に彼の本質を見抜かれる事となる。
「拓叶くん、勉強してないんだ」
「ぐはっ!」
葉月の口から零れた紛うことなき真実の矢は、着実に拓叶の心を射抜いた。
「大体ね、日頃からちゃんと授業を受けて予習と復習をしておけば、テスト前になって慌てることもない筈よ」
「うぐっ!」
さらに続く第二第三の矢も次々と拓叶の心を射抜き、最早、拓叶の心のライフは風前の灯火であった。
「あ、あの葉月ちゃん。流石にもういいんじゃないかな……」
「駄目よ幸来ちゃん。拓叶くんには、一度心が折れる位まで言わないと効かないのよ!」
見かねて幸来が助け舟を出すも、残念ながら一蹴され、その後も葉月の言葉の矢は容赦なく拓叶の心に降り注ぐ。
「ぐ、畜生! 言いたい放題言いやがって! 葉月、お前には俺のこの苦しみを少しでも理解しようって気持ちはねぇのかよ!」
「苦しみって……自業自得、でしょ」
「う、うわぁぁぁぁっん!!!」
たまらず反論するも、結局最後は葉月の正論の前にぐうの音も出ず、遂に耐え切れず涙を流す拓叶なのであった。
そんな拓叶の姿を見かねて、今度は倉矢が拓叶に励ましの言葉をかける。すると、拓叶は倉矢の両肩をがっちりと掴みながら、涙ながらに話を始める。
「倉矢、やっぱり俺の苦しみを理解してくれるのはお前だけだ! だから共に、中間テストという苦行を乗り越えようぜ
「あー、そのー。凄く言い辛いんだけどさ……」
だが、話を聞いた倉矢の反応は拓叶の想像とは異なっていた。
頬を伝う汗、左右に泳ぐ目、それは明らかに自身に対して何かを隠し事をしている態度であった。刹那、拓叶の脳裏に不穏な予感がよぎる。
「お、おい……嘘だろ。なぁ倉矢、嘘だと言ってくれよ! 俺達、共に
「悪い拓叶。今度の中間テストでも
「う、裏切り者ぉーっ!!」
倉矢が申し訳なさそうに真実を話した話した刹那、校舎屋上に、拓叶の心の叫びが響き渡った。
唯一の味方に裏切られ再び涙を流す拓叶。すると、そんな拓叶に対して、今度は八尋が慰めの言葉をかけたのだが……。
「八尋! お前にだけは言われたくねぇよ!」
「えぇ!?」
「だってそうだろ! 俺達と遊んで、ニッパーでバイトまでして、しかも自作のパーツまで作って、勉強している時間なんて殆どない。にも拘らず、小テストは軒並み好成績、しかも今度の中間テストも赤点の可能性がほぼねぇとか、おかしいだろ! イレギュラーかよ、チート主人公かよお前は!!」
どうやら火に油を注ぐ結果になってしまった様だ。
悔しさのあまり訳の分からない例えを口にする拓叶。だがそれは、ある意味で的を得ていた。
前世で得ていた学問の知識は現世でも大いに役に立っている。それはある意味でチートであり、転生という体験を行っている八尋自身も、まさに
最も、それが正しいと話した所で信じてもらえる筈はなく、むしろ突飛な言い訳と捉えられ更に火に油を注ぐ事態になりかねない。
故に、何とかこの状況を改善する為の最良の方法はないものかと八尋は思考を巡らせる。程なく、八尋は拓叶に対してある提案を持ちかけた。
「それじゃ、俺も教えようか、勉強?」
「……え?」
「まだ一学期の中間テストだし範囲もそこまで広くないから、三日前でも何とかなる……とは思う」
提案の内容を聞いた拓叶は暫し八尋の目を見つめる。やがて、拓叶の目から、先ほどまで流れていた悔し涙とは別の涙が流れ始めた。
「おぉ、戦友ーーっ!!」
刹那、感激の涙を流す拓叶は八尋の両手をがっちりと掴むと、全身を揺さぶる程の激しい握手を行う。
「やっぱりお前は俺の
「あ、あはは……」
「……はぁ。調子いいんだから、まったく」
先ほどまでの情けない姿は何処へやら。
途端に引き締まった顔になる拓叶の様子を見て、八尋は苦笑いを浮かべ、葉月は呆れた様子を浮かべるのであった。
程なく、勉強会をいつどこで行うかの話し合いを始めようとした時の事。
「ねぇ、八尋くん」
「何、葉月さん?」
「その勉強会さ、私も参加してもいいかな? 教えるなら、やっぱり一人で教えるよりも二人で教えた方が効率もいいでしょ」
突如、葉月も参加したい旨を伝え始めた。
これを聞いた拓叶は、再び目頭を熱くさせる。
「おぉ、葉月まで俺の為に……。くぅぅ、善き友人たちの心意気に、俺は今、モーレツに感動しているぅぅっ!!」
「あはは……」
「大げさなんだから、まったく」
そんな三者三様の反応を見せる三人に対して、不意に幸来がとある提案を持ちかける。
「あの、三人とも。よかったら、皆で勉強会を開くっていうのはどうかな?」
「あ、それいいかも」
「うん」
「おぉ、俺の為に皆が一丸となって……。ぬおぉぉっ! 俺は今、再びモーレツに感動しているぅぅっ!!」
「じゃ、時間は今日の放課後として、場所はどうする?」
こうして、幸来の提案に誰も反対する事もなかったので、五人で勉強会を開催する運びとなった。
因みに、勉強会の開催場所に関しては、五人での話し合いの末に倉矢の自宅に決定したのであった。
こうして五人での勉強会が行われた翌日。
いつも通り暁高校にて授業を受け終えた八尋は、放課後、勉強会……ではなくバイトに出勤するべくニッパーに向かっていた。
程なく、無事にニッパーへと到着した八尋は、自動ドアを潜り店内へと足を踏み入れる。
「おはようございます、坂井店長」
「やぁ、八尋君、おはよう」
レジカウンターに佇んだ坂井店長への挨拶を済ませた八尋は、ふと、坂井店長とレジカウンターを挟んで立ち話をしていた老年男性の存在に気が付く。
「おぉ、君は確か尾崎さんの息子さんの……」
「尾崎 八尋です」
「おぉ、そうじゃったそうじゃった。あぁ、そう言えば、君は坂井さんの所でアルバイトをしていたんだったね」
「八尋君。この方は夏愛商店街の会長さんの
「そうだったんですね。堀田会長、改めまして、よろしくお願いいたします」
「ほぉ、礼儀正しくいい子じゃないか坂井さん」
「えぇ、自慢の従業員ですよ」
堀田会長は礼儀正しい八尋の様子に感心し、坂井店長も誇らしげな様子であった。
一方、八尋は自己紹介を終えた所でその場を後にすると、事務室兼バックヤードで着替えを済ませ、再びレジカウンターへと足を運んだ。
「おぉ、そうじゃ坂井さん。折角じゃから、尾崎君にも例の話をしておくのはどうじゃろうか?」
「そうですね、その方がいいかもしれません。……八尋君、ちょっと話があるんだけどいいかな」
「はい」
すると、坂井店長から何やら話があると呼ばれ、二人のもとへと近づく。
「話ってなんですか、坂井店長?」
「うん、実はね……。最近になって、夏愛商店街の幾つかのお店のシャッターに落書きをされる被害が相次いでいてね」
「え!?」
坂井店長の口から飛び出した話の内容に、八尋は目を丸くする。
そんな八尋を他所に、坂井店長から話を引き継いだ堀田会長が、更に詳しく説明を続ける。
「最近はめっきり減っていたとはいえ、落書き被害自体は昔から何度かあった事じゃからそれ程驚く事ではない。じゃが今回は、今までの落書きとはちと異なっておっての」
「異なる……どういう事ですか?」
「今までの落書きは、難読漢字やアルファベットを崩して描いたものが大半じゃった。じゃが今回描かれた落書きは、『疲れた心にトマトソース』『明日の活力チリソース』『デートの前のホワイトソース』等、別の意味で意味不明な文字が書かれとったんじゃよ」
「そ、それは確かに異質ですね……」
「勿論警察にも相談はしたんじゃが、落書き程度ではなかなか動いてくれんでのぉ。そこで尾崎君、もし先ほど話した落書きを描いている者を見かけたら、是非儂らに知らせてほしいんじゃ」
「分かりました!」
こうして商店街のシャッターに不可解な落書きをする犯人探しに協力する事を約束した八尋。
その後は特に変わる事無く、いつも通り業務に勤しみ。やがて、ニッパーを後に帰路につく。
夏の到来が迫っている事を感じさせるかのように、日没後も日に日に気温が上がっていくのを肌で感じながら、愛用の自転車を進める八尋。
しかし程なく、彼はふと、人気のない道路の脇でうごめく人影らしきものを発見する。
「……何だ?」
その人影が妙に気になった八尋は、少し離れた場所からその人影の観察を始める。
すると程なく、人影が近くに設けられている街路灯の下へと移動し、その正体を露わにした。
薄茶色のスーツを着こなした男性、それだけならば仕事帰りのサラリーマンの可能性もある為怪しくはない。だが、スーツの男性はまごうことなき不審者だった、何故なら彼の顔にはガスマスクが装着されていたからだ。
勿論、その格好だけで不審者と決めつけるのはよくないが、周囲の様子を窺う素振りからしても、彼自身に何かしらやましい事があるのは間違いなかった。
「怪しい……あ、まさか」
そんな怪しい男性を観察していた八尋は、ふと数時間前のやり取りを思い出し、急いで坂井店長に連絡を取ろうとする。
だがその時、不意に怪しい男性が八尋の方へと視線を向けたので、八尋は慌てて近くにあった自販機の影に身を隠すのであった。
「ん、気のせいっす?」
「おーっす!」
どうやら怪しい男性は八尋に気付く事はなかった様で、その直後に同じ格好をした別の男性に声をかけられた事で、彼の意識が八尋へと向けられる事はなくなった。
「お、終わったっす?」
「勿論、今回も渾身の出来栄えっす!」
「なら、とっとと撤収するっす」
「了解っす!」
同じ格好である事や、同じく特徴的な語尾をつけて話をしている事から、二人は何らかの集団に属している可能性が高かった。
そんな怪しい二人は、程なくその場から逃げるように夜闇の中へと姿を消した。
一方、二人が立ち去った事を確認した八尋は自販機の影から出ると、自身のスマートフォンを取り出し、坂井店長の番号に電話をかけ始める。
「お疲れ様です、坂井店長」
「やぁ、八尋君。一体どうしたんだい、何か忘れ物?」
「実は……」
八尋は漏らす事無く、先ほど見かけた怪しい二人組についての情報を坂井店長に伝える。
「成程……ありがとう八尋君。それじゃ、その二人組の事は堀田さんにも伝えておくね」
「はい、よろしくお願いします」
「それじゃ、気を付けて帰るんだよ八尋君」
「はい、失礼します」
電話を切った八尋は、再び自転車にまたがると自宅に向かってペダルを漕ぎ始める。
その後、あの二人組の様な怪しい人物と遭遇する事もなく無事に帰宅を果たす八尋。
リビングで夕食を堪能する最中、八尋の脳裏には、あの怪しい二人組が落書きの一件と関係があるのではないかと、その様な考えがこびりついていた。
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