自宅に向かってペダルを漕ぐこと数分。
商店街と自宅のある住宅街との、丁度中間地点辺りを進んでいた時の事であった。
不意に、ポケットに入れていたスマートフォンが振動したので八尋は自転車を停めると、取り出したスマートフォンの画面に目をやる。
画面には、倉矢からの着信を告げる画面が表示されていた。
「もしもし、倉矢? どうしたんだ?」
「八尋か、実は……、ちょっと今すぐ家に来て欲しいんだ」
「え? 今からか?」
電話に出て用件を聞くと、今すぐ倉矢の自宅に来て欲しいとの用件であった。
明日学校で会う時では駄目なのかと尋ねると、今すぐでないと駄目なようだ。
「分かった。それじゃ数分位で着くと思うから、ちょっと待ってて」
倉矢の声から、只ならぬ事情があるのだろうと察した八尋は、倉矢の自宅を目指して再びペダルを漕ぎ始めるのであった。
そして数分後。
無事に倉矢の自宅へと到着した八尋は、自転車を停めると、インターホンを鳴らした。
「さ、上がって!」
「お邪魔します。……あれ、ご両親は?」
「あぁ、母さん、今日は出かけてて。本当は夕方には帰ってくる筈だったのが遅くなってさ」
「あ、もしかして倉矢が言ってた急な買い物って」
「そういう事」
玄関を開けて出迎えた倉矢に招かれ、彼の自宅へとお邪魔する八尋。
その際、倉矢以外の人の気配がしない事を尋ねると、倉矢の母親がまだ帰宅していない事を知る。因みに、父親は言わずもがなだ。
「それで、俺にすぐに来て欲しいって、一体どうしたんだ?」
「あぁ、実は……、これを見てほしいんだ」
そう言いながらリビングの扉を開けた倉矢。
小学校や中学校時代に何度もお邪魔した事もある八尋が目にしたのは、見覚えのあるリビングの光景。
だがその中に一部、具体的にはテーブルの上に、見慣れない銀色のアタッシュケースが置かれていた。
「これって……。倉矢の両親のもの、じゃないのか?」
「実は──」
倉矢の説明によると、この銀のアタッシュケースは両親の私物等ではない様だ。
曰く、ニッパーを出て皆と別れ帰路についていた時の事。人気のない通りを歩いていると、不意に男性の呼ぶ声が聞こえてきたという。
そして、声に反応するように足を止めて周囲を見回していると、目の前の電柱の脇に黒いタキシードに黒い靴と言う出で立ちの、全身黒尽くめの上仮面を被った謎の男性がいつの間にか立っていたのだそうだ。
「で、その見るからに怪しい男の人が、『私は、悪を懲らしめ正義を愛す、世界の平和を華麗に守る"怪盗ミラージュ"! 只今見参!』って自己紹介を初めて……」
「うわぁ……、正義を愛してるくせに怪盗って……」
色々とツッコミどころが満載だが、八尋は話の腰を折る事無く、倉矢の話に耳を傾ける。
「それで、その怪盗ミラージュがこの銀色のアタッシュケースを俺に手渡して言ったんだよ。『この中には、人々の希望が詰まっている』って」
「えぇ……」
話を聞いた八尋が困惑した様に、当時の倉矢もあまりに突然の事に困惑を隠せなかった様だ。
だが、気付いた瞬間には怪盗ミラージュと名乗った人物は忽然と姿を消しており。結局、受け取った銀色のアタッシュケースをその場に捨てて帰る事もできず、こうして持ち帰ったのだそうだ。
「それで、一人じゃ中身を確認するのも怖いから、誰かと一緒にと思って八尋を呼んだんだ」
「成程、事情は分かった。でも倉矢、そういう事なら先に警察とかに連絡した方がよかったんじゃないか?」
「俺も最初はそう思ったけど。こんな話しても、警察はまともに取り合ってもらえないと思って」
「まぁ、そう言われればそうかもな……」
突如人気のない通路で怪盗を名乗る怪しい人物から銀色のアタッシュケースを受け取った。確かに、余りに突拍子もない話なので、警察の方も与太話だと思って真面目に対応してくれる可能性は低い。
「それじゃ、早速開けていいか?」
「……え? もう開けるのか!? ちょ、ちょっと待って!」
こうして事情を話し終えた所で、倉矢が早速銀色のアタッシュケースを開けようとする。
だが八尋は、心の準備を整えるべく待ったをかける。
「よし、オーケー。開けていいぞ」
程なく、八尋は心の準備を整えると、倉矢に合図を出した。
そして、簡単なロックを外すと、ゆっくりと、銀色のアタッシュケースが開かれる。
「これって……」
「コア・シャーシ?」
そして二人が目にした中身は、二人が想像していた危険な類のものではなく、一体のコア・シャーシとその説明書のみというものであった。
「XX-G78? 聞いた事のない型番だな?」
八尋は取り出した説明書に目を通しながら、同梱していたコア・シャーシの型番と思しき番号を目にし、疑問符を浮かべる。
コア・シャーシはTBFの根幹をなす素体である。その為、パーツ類とは異なり製造・販売している企業は、TBFを生み出したWDB社を含めて数えるほどしかない。
そんな中にあって、XX-G78と呼ばれる型番のコア・シャーシを、八尋は聞いた事がなかった。
説明書を隅々まで探しても、製造したと思しき企業の名は、何処にも記載されていない。
「倉矢、コア・シャーシの何処かに製造刻印が刻まれていたりしてないか?」
「いや、それらしいものは何処にもないな……」
コア・シャーシを手に取った倉矢に訪ねてみたものの、隅々まで探したが、どうやら製造刻印すらも刻まれていないようだ。
この出所不明のコア・シャーシの何処が、怪盗ミラージュの語った人々の希望なのか。
現状では、希望どころか、怪し過ぎてこれ以上関わり合いたくない代物と言えた。
「なぁ倉矢。やっぱり今からでも警察に相談した方が……」
八尋が隣にいる倉矢の方に視線を向けると、倉矢はコア・シャーシをじっと見つめたまま、微動だにしていなかった。
程なく、何かを決心したかのように、倉矢はゆっくりと語り始めた。
「八尋、俺、このコア・シャーシを使おうと思う」
「……え?」
倉矢の口から漏れたまさかの言葉に、八尋は驚きを隠せず、反応に遅れてしまう。
「ま、待て待て! 何処の誰かが作ったかも分からない品物だぞ。それに……」
パーツ類とは異なり、コア・シャーシの製造には専門的な知識の他に設備等も必要となる為、知識と技術のある者が自宅で製造したものとは考えにくい。
しかし、仮に何処かの企業が製造したとして、それが社会的に正しく使用されるために製造したものかどうかは分からない。製造刻印すらも刻まれていない事から、犯罪などに用いる為に製造した可能性すらある。
「でも、怪盗ミラージュはこれが人々の希望だと言った。なら、その人々の中には俺も含まれてるって事だろ!? それにさ、こいつは俺にとって希望の光に見えるんだ」
「それはそうかもしれないけど……」
「八尋、頼む! このコア・シャーシを貰った事、俺とお前だけの秘密にしてくれないか!」
頭を下げる倉矢の姿を前に、八尋は頭を悩ませる。
親友としては、危険な事にこれ以上巻き込まれないように注意するのが正しいのだろう。だが同時に、倉矢がTBFを大好きで、自分だけのTBFを持ちたいとの気持ちが人一倍強い事も、八尋は理解していた。だからこそ、彼を応援したい気持ちもあった。
そして暫し悩んだ末、八尋はゆっくりと口を開くと、自身の決断を語り始める。
「……分かった。それじゃ、このコア・シャーシの件は、俺とお前だけの秘密だ。もし何処で手に入れたのと聞かれたら、俺から予備のコア・シャーシを譲ってもらったって言ってくれ」
「ありがとう、八尋!!」
こうして、一段と目を輝かせ、自分だけのものとなったコア・シャーシを見つめる倉矢。
そんな倉矢の様子を目にした八尋は、ふと気になった質問を彼にぶつける。
「そう言えば倉矢。そのコア・シャーシに装備させるフレーム・パーツは、どうするんだ?」
「あぁ、それなら、いつか自分だけのTBFを買う為の貯金があるから大丈夫!」
「そっか、それなら安心だな。……所で、どんなフレーム・パーツを買う予定なんだ? やっぱり、レンタル用でよく使ってるポーンボックス? それともアシリアとか?」
「確かにポーンボックスもアシリアもいいけど、実は、もう初めて買うならこれって言うのは決まってるんだ!」
「え、本当!? なぁ、教えてくれよ」
すると、倉矢は少々焦らす素振りを見せた後、自分の買いたいものを説明し始めた。
「ラーベアハトだよ。店長に見せてもらったあのパッケージを見て、ビビッときたんだ! 最初に買うなら、あれしかないって!」
「あぁ……」
ラーベアハト、その名が出た瞬間、八尋は気まずそうに声を漏らした。
すると、そんな八尋の様子に何かを感じ取った倉矢は、さらに追及の言葉を続けた。
「えっと、実は……」
そして、八尋は申し訳なさそうに、スクールバックと共に持っていた袋からラーベアハトの箱を取り出すと、事情を説明する。
「そっか。……まぁ、だったら仕方ないよな」
説明を聞いて納得した旨を口にする倉矢だが、肩を落としたその様子からは無念さが滲み出ていた。
そんな倉矢を様子を見ていた八尋は、程なく、倉矢にある提案を持ちかける。
「なら、このラーベアハトを譲る代わりに、ラーベアハトを使った感想とかを聞かせてくれるか。元々、俺がこいつを購入したのは、改造やワンオフ機の開発の参考にと思ったからだし」
「え、いいのか!?」
「それから、もしできるなら、整備がてらにそのコア・シャーシもいじらせてもらえるとありがたいなぁ、なんて」
「分かった! その条件で受ける!」
出所が不明で怪しいと口では言っていたものの、やはりワンオフ機等の開発を行っている八尋にも、謎のコア・シャーシは魅力的に思えていた様だ。
倉矢が提案を承諾した瞬間、八尋は内心ガッツポーズを行うのであった。
「それじゃ、早速組み立てるか!」
「え? でも俺、まだ工具とかも揃えて……」
「あぁ、それなら心配ないって」
そう言うと、八尋はスクールバックからとあるケースを取り出した。
ケースを開けると、中にはニッパーやカッター、それに金属製や紙製のヤスリに接着剤やピンセット等々。TBF制作時に必要な工具の数々が収納されていた。
「え、それって……」
「ん? 見ての通り、俺の工具ケースだけど?」
「あ、うん。そっか……」
さも当たり前のように、工具を収納したケースをスクールバックに入れている八尋の感覚に、倉矢は相槌を打ちつつも、若干引くのであった。
こうして、必要な工具を借りた倉矢は、早速ラーベアハトのパーツを組み立てコア・シャーシに装着していく。
程なく、最後のパーツを装着し終えた所で、無事に完成の運びとなった。
「おぉ」
「パッケージのイラストもカッコよかったけど、やっぱり実物はもっとカッコイイな!」
テーブルの上に置かれたラーベアハトの雄姿を目にし、八尋と倉矢は感動の声を零す。特に倉矢は、それが自分のものとなったので、感動もひとしおであった。
「ただいまー。ごめんね倉矢、遅くなっちゃって。すぐに晩御飯作るからねー」
その時。不意に玄関扉の開く音と共に、倉矢の母親の声が聞こえてくる。
「ねぇ倉矢ー、誰か来てるの?」
家の前に置かれた自転車、玄関に置かれた靴で来客に気がついたのだろう。
声をあげながらリビングへと足を運んだ倉矢の母親は、そこで、来客の正体が八尋である事を知る。
「あら、八尋君だったの。いらっしゃい」
「お邪魔しています」
「……ん? ちょっと倉矢! テーブルの上、散らかってるじゃない!」
既に顔馴染みである八尋と挨拶を交わした後、倉矢の母親は片付けていた筈のテーブルの上の光景。模型等でパーツが付いている板状のブロック、ランナーと呼ばれるものが散乱している惨状に気がつき、声をあげた。
「もぉ、折角綺麗に片付けてたのに……、あら?」
そして次の瞬間、倉矢の母親は、倉矢が手に持っていたラーベアハトを発見する。
「倉矢、それって……。TBF、よね」
「母さん!」
すると倉矢は、意を決した様に立ち上がると、母親の目を見つめながら自身の思いを語り始めた。
「俺、TBFをやりたい! お願い、母さん!」
息子の思いを聞いた倉矢の母親は、無言を貫く。
そして、実際には数十秒という短い時間ながら、体感的には数時間にも思える長い沈黙が続いた後。倉矢の母親がゆっくりと口を開き始めた。
「……分かったわ。やってもいいわよ、TBF」
「ほ、本当!?」
「本当よ。だって倉矢は、TBFが大好きなんでしょ。でも、私に気を使って、家にはTBFの話題を持ち込まないようにしていた。だから、いつもニッパーで遊んでたのよね?」
「え! 気付いて、たの」
「私はあなたの母親よ、自分の子供の事なんて、なんだって分かります」
一拍置きながら、倉矢の母親は優しい笑みを浮かべると、更に言葉を続けた。
「でも倉矢。やるからには、途中で投げ出さずに最後までやり遂げなさい! いいわね」
「分かったよ、母さん!」
こうして、倉矢が母親からTBFの許しを得た所で、少々居心地の悪さを感じていた八尋が声をあげた。
「よかったな、倉矢」
「八尋、ありがとう!」
「それじゃ、俺はこの辺りでお暇させてもらうよ」
「あ、八尋君!」
「はい?」
「もしかして、まだ晩御飯食べてないんじゃない?」
「はい、そうですけど?」
「よかったら晩御飯、ウチで食べて行ってよ。直ぐに準備するから」
「え? でも……」
「遠慮しないで、ね」
「そうそう、お礼と思ってさ。折角だから食べていってくれよ八尋!」
「そ、それじゃ、お言葉に甘えて」
そして、八尋は倉矢の母親の申し出を受け入れ、その日の夕食をご馳走になるのであった。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます!
因みにあのコア・シャーシ、五倍以上のエネルギーゲインはないです。