乙女ゲー世界はヒロインと悪役令嬢が相容れない世界です 作:氷破 熾央漓(ひば しおり)
「一体何の騒ぎだ!」
騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきたのは王太子ユリウスだった。
「殿下」
「ブラッドか。説明しろ一体何が……オリヴィア? 君も一緒にいたのか。それより泣いているのか!? 一体何があった!?」
ユリウスはオリヴィアのへたり込み涙を流す姿に驚きの声を上げた。
「殿下、実は私も状況を把握し切れてないのですが……」
ブラッドは視線をリオンとアンジェリカの方へ向けると、ユリウスも釣られて其方を見る。
「アンジェリカ!? それと……誰だ?」
「彼がバルトファルトです」
「バルトファルト? そうか、彼がオリヴィアの言ってた。だがどういう事だ? オリヴィアの想い人の彼が何故アンジェリカと一緒にいる?」
「それが、バルトファルトが言うには自分は公爵令嬢に騎士として剣を捧げた、と……」
ブラッドの答えにユリウスは驚きを露にする。ブラッドも同意するように頷く。
「何だそれは!? どうしてオリヴィアの想い人が彼女にではなく、よりにもよってアンジェリカになど騎士として剣を捧げたというのだ!?」
ユリウスは驚きと困惑のまま声を上げる、そしてアンジェリカと視線が合った瞬間、何かに気づいたような表情に。やがてその表情は怒りへと変わっていく。
「アンジェリカ! 貴様、当てつけのつもりか!?」
「殿下!? 一体何を仰って――」
「この期に及んで白を切るつもりか!? 浅はかな貴様の事だ! 学園に流れる俺とオリヴィアの仲を勘ぐった馬鹿な噂を真に受けてオリヴィアを妬んでの嫌がらせか!? それでオリヴィアの想い人であるバルトファルトを奪いこれ見よがしに騎士として侍らせたな!? どこまでも見下げ果てた奴め! 俺達とマリエの仲を引き裂こうとしただけでは飽き足らず、今度はオリヴィアとその想い人のバルトファルトとの仲まで引き裂こうというのか!?」
ユリウスの糾弾にアンジェリカは口を開こうとするが直後閉ざし俯いてしまう。それは何を言っても聞き入れてくれないだろうという諦めからだろうか。
「どうした!? 申し開きも無しか!? いいだろう、貴様の見苦しい言い訳など聞きたくもない。そのまま黙っていろ! そういうつもりなら此方にも此方の考えがある!」
アンジェリカを蔑む様に睨み付けてたユリウスは、視線を彼女の隣に寄り添うリオンに移す。
「バルトファルト! お前はそのような女の隣に居るべきではない! 俺のもとに来い! お前はオリヴィアと共に俺の側に居るべきだ! それがオリヴィアにとってもお前にとっても良い筈だろう!」
ユリウスの言葉にアンジェリカの顔色が蒼くなる。他の誰にリオンを奪うと言われても撥ね付けられる撥ね付けてみせるつもりだった。
だが相手がユリウスでは、王太子ではそうは行かない。いや嘗て公爵令嬢として十分な求心力があり王太子の婚約者でもあった頃ならそれも出来たかもしれない。
しかし公爵令嬢とは名ばかりの今のアンジェリカでは無理だろう。
――リオンを奪われる。そう思った途端アンジェリカは絶望感に包まれ震えだす。
そんなアンジェリカの手を包む力強く頼もしい感触が。リオンの手だった。
「大丈夫ですアンジェ。俺はアンジェの元を離れたりしません」
「リオン……」
「何故だバルトファルト!」
「何故も何も、俺は誰に何と言われようとも命と剣を捧げると誓った相手を裏切り見捨てたりはしません。たとえそれが王太子殿下の御命令であっても」
「何故そこまでアンジェリカに義理立てする!? 何か弱みでも握られているのか!? それとも公爵家の威の下で無理やり従わされでもしたのか!? そういうことなら俺が王家の威信を以って――」
「勝手な邪推は止めていただきたい! 俺はアンジェから何一つ無理強いなんかされてません! それどころか評判の落ちた自分の傍に居たら俺にまで迷惑掛かるんじゃないかって気遣ってまでくれたんです! 俺がアンジェの傍に居るのは、俺自身の意思で彼女に付き従うと決めたからなんです!」
リオンの強い意志の込められた言葉と気勢に呑まれユリウスは黙り込んでしまう。
リオンは黙り込んだユリウスから未だ膝を着いたままブラッドに寄り添われているオリヴィアに視線を移す。
「それより、オリヴィアさん。どうやらアンタの事見くびってたようだな」
「……リオンさん? 何を言って……」
「王太子殿下の力を借りて迄自分の我が儘を通そうとはね。貴族だらけの中、それぐらいの強かさが無いと平民のアンタはやっていけないもんな。そういう意味じゃむしろ見直したよ」
「なっ!? そ、そんな違います! 私は――」
「何が違う? 違うと言うのなら殿下にお願いしてくれないかな? 今殿下が俺に仰ったことを撤回する様に」
リオンの言葉にオリヴィアは視線を逸らす。頭では分かっている。いくらリオンに傍に居て欲しいからとそれで殿下の力に縋るなど間違っていると。
だがそれを口にするのはリオンを諦めると明言するのも同然だから。
「黙ったままって事はつまりそれがオリヴィアさんの答えって訳か。だったらもうこれ以上話すことは何も無いな」
リオンは冷たく切り捨てるように言い放つと、アンジェリカと共に立ち去ろうとする。
悲嘆にくれ俯くオリヴィア。そんな彼女にブラッドは寄り添い肩を抱きながら問いかける。
「オリヴィア、君はどうしたい? このままバルトファルトの事は諦めるのかい?」
オリヴィアは黙ったまま頭を振る。やはりそれでもリオンを諦められないのだろう。その答えにブラッドの顔に決意の想いが現れる。
「待てバルトファルト」
「何だ? もう話すことなど無い筈だが?」
「いいや、何も話は終わっていないさ。オリヴィアは僕の大切な友達だ。そんな彼女のこんな状況見過ごせない。バルトファルト、彼女には君が必要なんだ。だから……頼む! オリヴィアの傍に居てあげてくれ!」
ブラッドはリオンに向かい勢い良く頭を下げた。その姿にその場に居た皆が驚きの表情を見せる。
ブラッドの実家は辺境伯。その名が示す通り国の中心からは離れた辺境を収める伯爵家。だがそれは国境を意味する国防の要。そこを任された辺境伯は並の伯爵家よりはるかに高い地位と権限を与えられている。
リオンがいかにこの齢で男爵位を賜っているとはいえそれでも男爵。遥かに高い爵位の家柄の跡取りの令息が頭を下げるなど本来あり得ぬこと。
それでもリオンの考えは答えは変わらない
「どんなに頭を下げられたって俺の答えは変わらないよ。そもそも俺はもうオリヴィアさんとは関わるつもりはないんだ」
「何故だ!? オリヴィアから聞いてるぞ。一学期の頃、何時も助けてもらってたと。 それは彼女の事を大切に想ってたからじゃないのか!?」
「あんなのボランティアみたいなものさ。でもこんな面倒臭いことになるんだったら手なんか差しのべるんじゃなかったよ。やっぱ平民になんか係わるんじゃねぇな」
「バルトファルト! 貴様!」
リオンの冷たい物言いにブラッドは激昂し思わずリオンの襟元を掴む。
「何だ? やる気か? やろうってんなら受けて立つぞ? 貴族らしく決闘でもするか? 一学期末みてぇに」
「此方こそ望むところだ!」
「決闘!? リ、リオンそれは駄目だ!」
血気に逸った二人はそのまま決闘の合意を取り付けそうになる。
だが【決闘】の言葉を耳にしたアンジェリカは悲痛な声を上げた。一学期末の決闘が切っ掛けで婚約破棄されたアンジェリカにとってその言葉は禁句同然だった。
その時の事を思い出して膝から崩れ落ちそうになったアンジェリカだったが、リオンに抱きとめられる。
そして「不安にさせる様なこと言って申し訳ありません大丈夫です」とのリオンの囁きに気持ちを持ち直す。
決闘の言葉に気持ちを搔き乱されたのはアンジェリカだけではない。
オリヴィアもまた顔を蒼ざめさせ叫び声を上げる。
「駄目です! 決闘なんてそんな危ない事止めてください!」
オリヴィアもまた一学期末の決闘を思い出してた。
争いごとを嫌うオリヴィアはあの決闘を見なかったが顛末は知ってた。そしてその決闘で死者が出た事を知りショックを受けていた。
脳裏に蘇る爆発し黒焦げで横たわる鎧。若し決闘になれば最悪あのような事態になりかねない。
そんな危険なことを自分の大切な人たちにさせてはいけないと。
「諦め……ます……」
「そんな! だって君は彼の事を」
「だって……決闘ですよ!? 大怪我どころか死んじゃうかも知れないんですよ!? そんなの、駄目です。私の我が儘のせいでそんな危険な事……」
オリヴィアは大粒の涙をこぼしながら言葉を振り絞る。
リオンのことを諦めたくなんかないが、だからといって自分のせいで二人を危険に巻き込みたくない。
友人たちの為に自分の想いに蓋をしようとするオリヴィア。
リオンはその姿に罪悪感を感じつつも胸を撫で下ろす。
アンジェリカにとっても禁句だった筈の【決闘】をあえて言ったのはオリヴィアの心を揺さぶる為。良く言えば優しい、悪く言えば気が弱い彼女は決闘と聞けば引いてくれるかもと思って言ったのだった。
それとは対照的にブラッドは胸が締め付けられる思いだった。
オリヴィアの涙を止めてあげたい。彼女に諦める選択なんかさせたくない、彼女の想いを遂げさせてあげたい。
ブラッドは決意を胸にリオンとアンジェリカを見据える。
「バルトファルト! そして公爵令嬢! 貴方達に決闘を申し込む! 僕が勝てば公爵令嬢、貴女の騎士の任からバルトファルトを解放してもらう! そしてバルトファルトにはオリヴィアの許に寄り添ってもらうぞ!」
「ブラッドさん!? もういいんです! 私さえ我慢すれば済む話なんです! 私のせいで――」
「オリヴィア、本当に彼のことが好きなら諦めちゃ駄目だ。それに友達が、しかも女の人が泣いてるのに何もしないなんて騎士を目指す者として僕のプライドが許さない」
「で、でも一学期末の決闘ではお亡くなりになった方まで居たんですよ!?」
「大丈夫、約束するよ。僕は死なない。そしてバルトファルトも誰も死なせたりなんかしない」
ブラッドは優しい声でオリヴィアに語り掛ける。だがその瞳には強い決意を宿し。
そんなブラッドの優しい声と強い瞳にオリヴィアは彼の意を汲み「ごめんなさい」と呟く。
(折角収まりそうだったってのに……ブラッドのヤツ余計な事を)
リオンは歯嚙みする。折角オリヴィアを揺さぶり引かせる目論見が成功したかと思ったのに、ブラッドの言葉に覆されかけてしまった。
傍らのアンジェリカに視線をやれば彼女の表情もまた蒼ざめていた。先ほどはリオンの言葉に気持ちを持ち直しかけてたが、ブラッドの言葉に決闘が起きかねない状況に体が震えていた。
このままでは一学期末の決闘の再現――そう思い詰めていた時だった。
「良く言ったブラッド! 大切な親友であるオリヴィアのためと言うのならこの俺も力を貸すぞ!」
ユリウスの声にリオンは直観的にまずいものを感じる。会話の主導権を握られてはならないと。
「それでまた殿下のお命を盾に降伏を強要でもして来るつもりですか? 一学期末の様に?」
リオンの言葉にユリウスの顔が痛いところを突かれたとばかりに気まずそうに強張る。
「ブラッド! アンタも決闘とかカッコイイこと言っときながら殿下の威を頼りにするつもりだったか!? 一人で戦う度胸もない腰抜けか!?」
「違う! 決闘を挑むと決めたのはあくまでも僕自身の意思だ! 他の誰の力も頼みになんかしない! オリヴィアの為、あくまでも僕自身だけの力で挑む!」
ブラッドはリオンの言葉に答えると、顔をユリウスへと向き直る。
「殿下、ご助力のお言葉嬉しく思いますがここは僕自身だけの力で戦わせてください」
「……分かった。ブラッド、お前の意思を尊重しよう。アンジェリカ! バルトファルト! 今の話聞いたな!? ブラッドがここまでの覚悟を見せたのだ。よもや受けぬとは言うまい!?」
圧を滲ませながら語り掛けてくるユリウスにアンジェリカは口籠もる。体は震え、その震えは抱きしめる手からリオンにも伝わる。
ユリウスがブラッドの肩を持つ以上拒否など出来ようはずもない。それでもアンジェリカは受諾などしたくはなかった。
リオンはそんなアンジェリカの心中を察しながらも決意する。
「アンジェ、この決闘お受けしましょう」
「リオン! 駄目だ君にこれ以上危険な真似――」
「大丈夫ですよ。俺は自慢じゃないですが小心者です。これでも勝てない勝負はやらない主義なんです。勝算があるから受けるんです」
リオンにとって決闘の懸念はユリウスだった。
単純な強さだけを見ればユリウスとて脅威ではないが王族の威は厄介な存在。そんな王太子に参加させないと明言させたのだ。ならば恐れる要素など何もない。
リオンが自信を露にアンジェリカに微笑むと、アンジェリカもその意を汲んで頷くのだった。
「いいでしょう。ソッチが殿下の威も借りずブラッド一人で挑んで来るってんなら俺も受けて立ちますよ。こっちも何時までもずるずると長引かせずさっさと蹴りつけたいんでね。アンタらが勝てば好きにすればいいさ。だけど俺たちが勝ったらその時は金輪際関わらないでもらうぞ」
次回決闘です