乙女ゲー世界はヒロインと悪役令嬢が相容れない世界です 作:氷破 熾央漓(ひば しおり)
「今の凄い音! 何があったか気になるから見てくる! オリヴィアさんはここで待ってて!」
「待ってください私も行きます!」
闘技場から響いてきた爆音にリオンが駆け出すとオリヴィアも追いかける。
オリヴィアは決闘など見たくも無かったしリオンにも関わって欲しくなかった。だが向かうのを止められないのならと共に向かう選択を選んだのだ。
決闘場に辿り着いた二人が見たもの。
それは爆発し無残な姿になり果てたアンジェリカの代理人の鎧。特にコクピット付近のダメージが酷くパイロットの生存は絶望的なのは一目瞭然なほど。パイロットの遺体どころか骨の一片も残っていないだろう。
ユリウス王子の鎧は少し離れた場所で仰向けに倒れてる。此方は爆風のあおりを受けてか所々焦げ付いてるだけの様に見え、無事な様子。
リオンは共に来たオリヴィアも気になってる様なので、手近な生徒を捕まえて事情を聴く。
5対5で始まった決闘は一進一退で進み、大将機同士の闘いに。
その戦いでアンジェリカの代理人の鎧は想像以上の強さを見せ、ユリウスの剣を叩き折った程。
このままでは負けると危機感を持ったユリウスは命尽きぬ限り敗けを認めないと言い出した。
それは勝ちたければ殺せ、と。だが王族を手にかけるなど出来る訳もなく、実質王族の威を借りて降伏を強要したもの。
そしてユリウスの不条理な要求に対しアンジェリカの代理人の鎧は、自身のコクピットに刃を突き立て自爆したのだ。
降参を強要し、強要された側は自爆してパイロット死亡。
場は騒然となり決闘は中止、決闘自体も無効試合となった。
ユリウスは命に別状は無いものの爆風の衝撃で気絶し、そのまま医務室に運ばれた。
決闘の顛末を聞きリオンは顔には出さず心の中でほくそ笑む。
それはこの結末がリオンが仕組んだものであり、更に言えば実際には死亡者も出ていない。
アンジェリカが雇えた代理人は四人だけだったのに対し、そこにリオンが変装をし五人目として名乗り出た。
本名と本来の身分を明かしては受け入れてくれないのは明白なので、偽の名前と偽の身分で部外者として。
そして決闘で戦った鎧は実はルクシオンの遠隔コントロールによる無人だった。
コクピットの大爆発はパイロットが居ない無人であることを隠蔽する為。
リオンはアンジェリカの断罪をゲーム進行上の必要イベントと受け入れようと思いつつも割り切り切れず、せめて引き分けか或いは無効試合に持ち込むよう策を練った。
策を練り分析を進める中、ユリウス王子が追い詰められれば王族の立場を持ち出し降参を迫ってくる可能性が高いのに気付く。
そして実行したのだ。降参の強要に自爆自害したように見せかける算段を立て、結果目論見通り策が成ったのだった。
「お亡くなりになる方が出るなんて……」
試合で戦った鎧の操縦者が死亡と言う顛末にオリヴィアは呆然と呟く。その表情は幾何かショックを受けてるかのよう。
「でも、リオンさんが出なくて良かったです。亡くなった方はお気の毒ですし、こんなこと言うの不謹慎かもしれませんが、やっぱりあの時リオンさんを引き留めて良かったって。だって若しリオンさんが出てたらリオンさんがこうなってたらって思ったら私、私……」
「そうだね。うん、あの時引き留めてくれなければ、ああなってたのは俺だったのかもしれないね。ありがとうオリヴィアさん」
相槌を打ちながらリオンの心が僅かに痛む。この顛末、ある意味騙してるとも言える状況なので。
「そんな滅相も無いです。それより立ち去りましょう。こんな怖いところ何時までも居たくないですから」
オリヴィアに袖を引かれリオンは共に図書室に戻ることに。本心としては未だこの場にとどまって情報収集もしたかったが不安げな瞳で見上げてくる彼女を断るのも忍びなかったので。
夜、アンジェリカの自室。
彼女は一人ベッドに腰かけ俯いていた。涙でその頬を濡らし。部屋の明かりも付けず。
無効試合になった決闘の後、気絶したユリウスを心配しアンジェリカは見舞いに訪れた。
そんな彼女に向けられたユリウスの言葉は辛辣なものだった。
特にアンジェリカの代理人の自爆に対しては、自爆して勝負を無効にした行為に対し卑怯者とまで罵る始末。自分が降参を強いたも同然の発言をしたことを棚に上げて。
だがアンジェリカが涙を流してた理由はユリウスに投げかけられた言葉が原因ではない。
自分のせいでその命を散らした決闘代理人を引き受けてくれた騎士に対してである。
思い返せば愚かな決闘だったと思う。そんな愚かな戦いに命を散らせてしまった。
そうして己の愚かな選択を悔い涙を流すアンジェリカの耳に何かを叩くような音が届く。
音がした方に視線を向ければそこは窓ガラス。そして窓の外には人影が。
アンジェリカは思わず駆け寄り窓を開ける。
「君は……そうか、私が許せず化けて出たのか……」
それは決闘で自爆した代理人を務めた騎士だった。
「いいだろう。結局殿下との婚約破棄を止められなかった私に最早公爵家の令嬢としての価値もない。そんな私は君に冥府に連れて行ってもらうのがお似合いかもな」
アンジェリカは寂しげに微笑むと右手を手刀の様に指を揃え軽く自身の頸に当ててみせる。
それは自分の命を差し出すという意思表示の表れの様だった。
「アンジェリカ様。生憎俺は幽霊でも蘇った死体でもありません」
代理人を務めた騎士はアンジェリカの手を取ると自身の頬に触れさせる。アンジェリカの手の平に伝わる感触と温度、それは紛れなく生者のもの。
死んだ者と、幽霊だと思った相手が生きた人間であることにアンジェリカは驚きの顔を見せる。
「先ずは貴女を謀ったことに対する謝罪を。そして順を追って説明いたします」
そして語る。決闘で他の騎士たちの鎧をチュ-ニングして底上げしてたこと。ユリウスの思考行動を読み事前に自爆を図ってたこと。実際には誰も死んでなどいないこと。
全てを語り終えた騎士がアンジェリカを見ると視線を僅かに下に向け黙り込んでいた。聞かされた話を反芻し整理してるのだろうか。
騎士もまた黙り込みアンジェリカからの返答を待つ。公爵令嬢を謀ったのだ。どのような怒り叱責罵倒も甘んじて受け入れようと覚悟を決める。
だが沈黙を打ち破り騎士の耳に届いたのは押し殺したような笑い声。やがてアンジェリカは声を上げ大いに笑った。
「アハハハハッ! まったく君は大した者だな! 私も殿下もあの場に居た全員がすっかり君の掌の上で騙されてしまったという訳か」
そうしてひとしきり笑った後アンジェリカは騎士に微笑みの表情を向ける。その微笑みに騎士は驚きの表情を見せる。
「怒ってらっしゃらないのですか?」
「私に君を咎める資格などない。むしろ感謝している。本当に愚かな決闘だった。それを唯の一人の死者も出さず収め両者痛み分けの無効試合にまでしてしまったんだ。唯々感嘆の想いしかないよ」
そしてアンジェリカは丁寧に頭を下げる。
アンジェリカの丁寧な態度に騎士は胸の中で決意する。
(これは……やっぱ隠したままってのはフェアじゃないよな)
「アンジェリカ様。俺にはもう一つ隠してることがあるんです」
騎士は自分の頭に手をやりカツラを脱ぎ目尻の角度を変えてたテープを剝がし偽の傷跡も剥がしてみせ、そうして変装を解き素顔を晒す。
「その顔、見たことがあるぞ。私と同様今年度入学したバルトファルト家の三男……」
「申し訳ありません名と身分を偽ってたことお詫びします……」
正体を現した騎士――リオンはアンジェリカに向け頭を下げる。
「イヤ構わん。本校の生徒と知ってたら私は君の申し出を受けなかったからな。君はそれを知ってたから名を偽ったのだろう。そして変装迄してくれて。そこまで気を配ってくれたのだ咎めるどころか感謝しかない」
「勿体なきお言葉です。それより何時までもこうして御令嬢の部屋に留まるわけにはいきませんので」
「そうか、そうだな……。バルトファルト。また会えるか?」
「ええ、同じ学び舎で学んでるんですから。またお会いできますよ」
「そうだな。また会おう。そして、今回の事ありがとう」
そうしてアンジェリカに見送られリオンは夜の闇に消えて行ったのだった。
『随分スッキリした顔になられましたね』
自室に戻ってきたリオンにルクシオンが語り掛けた。
「そうか? そうかもしれねぇな。アンジェリカさんのことはオリヴィアさんがああいう選択取った以上はゲームのこの世界の意思だとは思うんだけどどうしても放っておけなくてな。それより頼んでた監視の方大丈夫だろうな?」
『ハイ。抜かりなく』
「よし、じゃぁ軽く仮眠取るからその時になったら起こしてくれ」
リオンがベッドに寝転がるとそれに合わせる様に部屋の明かりが落ちるのだった。
アンジェリカの再登場はこの後間を置いて第9話からになります