乙女ゲー世界はヒロインと悪役令嬢が相容れない世界です 作:氷破 熾央漓(ひば しおり)
「よお、こんな時間に夜逃げか?」
「ア、アンタに関係ないでしょ!?」
学園の誰もが寝静まった深夜。そこから立ち去ろうとする女生徒、それはマリエだった。そしてそんな彼女に声を掛けたのはリオンだった。
「そうだな。学園を去ろうってんなら俺からはお前に何も言うことはねぇ。だがまぁお互い話したことも無かったが顔と名前ぐらいは知ってた同士だしな。一度ぐらいは話しといても悪くないだろ。折角の転生者仲間なんだしよ」
リオンの言葉にマリエの顔色が変わる。その表情の変化にリオンは「やっぱりな」と言うとマリエはリオンを睨む。
「鎌かけたわね!?」
「九割がた確信してたけどな。それより、ホレ」
言ってリオンはある物をマリエに向かって放り投げる。それは革袋。
マリエは思わず受け止めそして見た目以上の重さにある推測を浮かべながら袋の口を開きその中身が想像通り、いやそれ以上だった事に驚きの表情を見せる。それは袋一杯に詰まった金貨や白金貨だった。
「な、なんで――」
「言ってみりゃ礼かな。あの主人公様――オリヴィアさんじゃ優しすぎてとてもじぇねえが婚約者付きの男を奪うなんて務まりそうもねぇ感じだからな。だがお前が攻略者達と婚約者達の絆ぶっ壊してくれたお陰で攻略の目処が見えて来たからな。おまけに学園迄去ろうって、終わってみりゃまるで主人公様の為のお膳立てしてくれたようなもんだからな」
マリエはどういう理屈だ、と思いつつも手渡された袋の重さにその思いを胸に仕舞う。
「別にアンタや主人公様の為じゃないけど……まぁいいわ。私も正直この学園の連中にはついて行けないって思ったから。あんな人が死ぬようなことを日常茶飯事で受け入れるような人たちとは……」
言いながらマリエは震えだし、震えを抑えるように或いは身を護るかのようにその手で自らの二の腕を掴む。
「こ、こんなことになるなんて思わなかったの……人が死ぬなんて……私が決闘なんて引き起こしたせいで人が……」
「マリエ!?」
リオンは震え出したマリエの名を呼び思わず肩を掴む。顔を見れば顔面蒼白で目尻には涙迄滲んでいた。
「落ち着け! お前が気に病むことじゃない!」
「だ、だってこんなの私が殺したも同然……」
「違う! そうじゃないんだ! 爆発したあの鎧には最初から誰も乗っていなかったんだ! だから誰も死んじゃいないんだ!」
リオンの言葉にマリエは「どういう事?」と驚きの表情で顔を上げる。
「……話してやるよ」
リオンは軽く溜息を吐くと事のあらましを話し始める。彼は本来そこまで話すつもりはなかったのだが言ってしまった以上は仕方ないと。
話を聞き終わったマリエの両眼から涙が溢れる。だがその表情は先ほど迄の思い詰めたものではなく安堵の表情。
「お前……思ったよりずっとまともな奴だったんだな」
「何よまるで私がまともじゃないみたいな……いえ、その通りね逆ハーレムに決闘だなんて思い返してみるとまともじゃなかったわよね。アンタの言う通りよ」
言いながらマリエは疲れたように乾いた笑みを浮かべた。
「そう思えたんなら十分まともだよ。そういう辺りやっぱ転生者の元日本人だな」
マリエと王子達とアンジェリカが発端になった決闘騒動。
決闘を行った騎士の死亡と言うショッキングな幕引きはリオンによる偽装だったが、それはあの時点ではリオンだけが知る真実。
マリエは自分が引き起こした決闘で死亡者が出たことに酷く落ち込んでた。だが周囲はまるでそんな事は日常茶飯事だとでもいう態度でマリエはそれをとても恐ろしく感じたのだった。それこそすべてを放り投げて学園から逃げるという選択を選んでしまうほど。
その様子をルクシオンのドローンを通じてリオンは知った。そしてその心中も十分察することが出来た。
また、リオンは知らない事だが、マリエは前世で自身が原因で兄に若死にされたという辛い経験をしており人死にには他人より敏感になってたのだ。
同じ転生者であるリオンには、平和な日本で暮らした前世を持つマリエにとって人死にはとてもショックな事だったであろうことは想像に難くなかった。
そしてそんなマリエとなら話し合いも出来ると踏んでこの深夜に待ち構えていたのだった。
「まさかこの学園で、いえこの世界で一番共感を得られた相手がアンタだったとはね。こんな事ならもっと早くアンタと話してればよかったかもね。ってそれも無理な話か。王子達落とすの攻略するのに夢中になってたあの頃の私じゃそんな事に気が回らなかったでしょうからね」
マリエがため息を吐くとリオンも「違いねぇ」と苦笑を漏らす。
「で、確認と言うか念押しなんだがお前はもうこの学園に戻ってくる気はないんだな? これからあの五人の誰かとはオリヴィアさんと恋人同士になってもらわにゃなんねぇんだ。その金を渡したのもさっき言った礼もあるがまた学園に、攻略キャラ達に近づかないでもらう為でもあるんだからな」
リオンの言葉にマリエは得心が言ったという表情を見せ「分かってるわよ」と頷く。
「しっかし、学園でアンタがオリヴィアと仲良さそうにしてるの見た時は、アンタも私みたいに前世の知識でメインキャラと仲良くなろうとかたくらんでるのかと思っちゃったけど、どうやら違うみたいね。主人公様と攻略キャラ達の仲を取り持とうだなんて」
「当たり前だろ。ましてや目の前にそれで失敗した前例が居るってのに。俺たちモブはモブらしく分相応にメインキャラ達なんかとは深く関わるとかあっちゃなんねぇのさ」
「それもそうね」
そしてお互い顔を合わせ苦笑を漏らすのだった。
「よし。じゃぁ最後にコイツも持ってけ」
言ってリオンが放り投げたもの。マリエはそれを受け取ると驚きの表情を見せる。それは前世では慣れ親しんだごく普通のスマートフォン。だがこの世界には存在するはずのない代物。
「スマホ!? 何でこの世界にこんなものが!?」
「俺の持ってるロストアイテムに作らせた」
「ロストアイテム……そういやアンタって入学前にダンジョン踏破してロストアイテム手に入れたって噂になってたっけ。このお金もそういう事? はぁ~」
マリエは手にした金貨の詰まった革袋とスマホを見詰めながら、若しかして自分は王子達なんかよりコイツに粉掛けるべきだったのではと思い、その一方で今更そんなこと考えても仕方ないとため息をついた。
「この先攻略キャラのことで相談に乗ってもらう必要が出るかもしれねぇからな。お前の方もこの先何か困った事が生じたからって王都に来る訳にもいかねぇだろ。何かあったらそれで連絡してくれ」
「分かったわ。若しもに備えた準備は必要よね。じゃぁそろそろ行くわね。何時までもこんなとこで長話して警備員にでも見つかったら面倒だしね。所詮私は偽物。偽物は偽物らしく舞台から消えるとするわね。後は本物のヒロインに任せて。それじゃあね」
そうしてマリエは学園から去って行ったのであった。
攻略キャラ達を手玉に取り主人公になり替わろうとしたマリエは去った。だが直ぐには騒ぎにはならなかった。
それは折りしも決闘が行われたのが一学期の末。そして長期夏季休暇の始り。
長期休暇中であれば実家に帰るなどして学園の寮に居なくても何ら不自然ではないのだから。
また追及の手が及ばぬよう置手紙をして「二学期にまた会いましょう」と迄したためて。
事が大きく動き出すのは二学期が始まってから。それまでは静観の構えを崩さない。
そしてオリヴィア。平民の彼女は実家へ帰省するための交通費もままならず夏季休暇中も学園で過ごす選択を選んだ。
リオンもまた学園に残る選択を。それはオリヴィアを護るため。
貴族たちの学び舎で唯一人の平民であるオリヴィアは、選民思想に染まり驕った生徒達からはイジメの標的になることが多く、そんな彼女を護るため。
何せ今は未だ自分以外に彼女を護ろうとする存在は居ないのだから。主人公たるオリヴィアと攻略キャラとの間に縁を結ぶまでは。
やがて夏季休暇も終わり二学期が始まり、リオンも動き始める。
「オリヴィアさん。俺たちが初めて出会った時のことって覚えてる?」
「勿論ですリオンさん」
それはオリヴィアにとっても忘れようもない記憶。
折角もらったお茶会の招待状。それを意地悪な貴族の女生徒に取り上げられ破られ落ち込んでいたところをリオンに慰められたのだった。
自分が落ち込んでいるところに手を差し伸べてくれたリオンは正に物語の騎士様の様にオリヴィアの目には映ったのだった。
「あの時手を差し伸べてくれたリオンさんはまるで物語の騎士様――」
「違う違う。そうじゃなくてあの時の招待状。くれたヤツの名前覚えていない?」
「え? 招待状下さった方ですか? ええっと……」
「覚えてないの? 【ブラッド・フォウ・フィールド】。学園一の美形って噂される程なのに?」
オリヴィアはそう言えば紫の長い髪のとても綺麗な方だったなと思い出そうとするが記憶が漠然としてる。
それは彼女にとってあの後リオンが手を差し伸べてくれた事の方がより印象に深く刻まれてたのだったのだから。
そんなオリヴィアの反応にリオンは思わず溜め息を吐く。これから取り持とうというのに大丈夫なのかと言わんばかりに。
「まぁいいや。それでブラッドにその事を話したんだ。そしたら埋め合わせにって今度のお茶会に改めて招待するって」
そう言うとリオンは懐から招待状を取り出し、オリヴィアに差し出す。
招待状を差し出されたオリヴィアは返事に困ってるかのように困惑気味の表情を見せる。
「オリヴィアさん。折角のお茶会の招待なのに嬉しくないの? と言うか受け取ってくれないと取り持った俺の面目も立たないんだけど」
リオンの言葉にオリヴィアは益々その表情に困惑の色を深める。
「ねぇ、オリヴィアさん。聞きにくい事だけどこの学園で俺以外の友達って出来た?」
返事はない。だが浮かべた気まずそうな表情は言わずとも如実に物語っていた。
「オリヴィアさん、答えにくい質問続けて申し訳ないんだけどこの学園で俺と知り合う前の状況覚えてるよね? こういう言い方したくないけど俺が居るから今は良いけど居なくなったらまたあの状況に戻りかねないっての分かるよね?」
「リオンさん居なくなっちゃうんですか!?」
「いや、俺はこの学園から居なくなるつもりは無いよ。少なくとも今のところは。さっき言ったのは例え話みたいなものさ」
リオンの言葉にオリヴィアは安堵の表情を見せる。
「でもこの先何が起こるかなんて誰にも分からないんだ。オリヴィアさんに何かあったりしてその時俺が側にいれるとは限らないんだ」
リオンはオリヴィアの顔を真っすぐ見詰める。言いたいこと解るよね?と言わんばかりに。
「分かりました折角のお茶会の御招待なんです。喜んでお呼ばれしますね。それで……ブラッドさんとお友達になれるよう頑張ってみます」
オリヴィアが招待状を受け取るとリオンも笑顔で答える。
「分かってくれて嬉しいよ。あ、お茶会当日はティールームまではエスコートするよ。オリヴィアさん一人だとまた貴族の女生徒どもが嫌がらせに邪魔して来るかもしれないからね」