乙女ゲー世界はヒロインと悪役令嬢が相容れない世界です 作:氷破 熾央漓(ひば しおり)
「中々イイ滑り出しみたいじゃないか」
『そうでしょうか?』
ここはリオンの部屋。オリヴィアがブラッドのお茶会で上手くやれるかどうか気になった彼はその様子をルクシオンに命じステルス機能を備えたドローンにより会話の様子に聞き耳を立てていたのだった。
本来ならこの様な盗み聞きの様な真似は誉められたものではないが、リオンに言わせれば主人公オリヴィアの恋愛成就には世界の命運がかかっている。それを思えば些事の範囲と言ったところだろうか。
「ルクシオン、お前も聞いただろう? 二人とも互いの人柄も気に入ったみたいでとてもいい雰囲気だったじゃんか」
『確かに二人とも話してる内に打ち解けてたように見受けました。ですがブラッドの恋愛対象は依然としてマリエ。そしてオリヴィアが想いを向けてるのはマスターと明かしたではありませんか』
ブラッドとオリヴィアの恋仲を望むのであれば良い状況とはルクシオンには思えなかったのだろう。
「分かってねぇなぁルクシオン。ブラッドが未だマリエを想い続けてるのなんか想定内さ。むしろそんな状態のブラッドに恋慕の情を向けたって逆に拒絶される。だから今はこれが正解なのさ」
『マスターは本当にこれで良いのですか? 折角オリヴィアがマスターを好いてることが分かったというのに』
「オリヴィアさんが俺に好意を持ってたのは薄々勘付いてたさ。だけど俺にその気は無いのも前々から言ってたろ? 俺みたいなモブに主人公様の相手は荷が重すぎるって。彼女に相応しいのはブラッドや王子様たち五人だって」
『私には逆にマスターがあの五人をそこまで高く評価されてるのが理解できません。オリヴィアを主人公と呼ぶのならそのパートナーはマスターこそ相応しいかと』
ルクシオンはリオンがオリヴィアと初めて接触した時からずっと見守り見続けていた。
彼から見たオリヴィアは人当たりもよく勤勉で学業でも優秀な成績を収め更には希少な回復魔法の才迄開花させていた。
何より彼のマスターたるリオンを想い慕っており、何処をとってもマスターたるリオンの伴侶として寸毫の不足もないように見えていた。
「買いかぶり過ぎだ。確かに今は未だアイツラ五人も頼りないかも知れねえさ。だが学園生活は三年あるんだ。三年間で強くなってくれれば問題ないさ」
『それでも私にはあの二人が添い遂げられるとは思えないのですが。先ほども申しましたがブラッドはマリエを、オリヴィアはマスターを好いているのでしょう?』
「だがマリエはもう学園に戻って来ない。俺もオリヴィアさんの想いに応えるつもりはない。どんなに想う相手が居たって届かなけりゃその内気持ちも冷めて諦めるさ。そしてその時、何時も傍に居た相手こそ運命の相手と気づく筈さ。まぁオリヴィアさんの相手は俺じゃないのは勿論だがブラッドでもないかもしれないがな」
『それはどういう事でしょう?』
「オリヴィアさんと付き合う可能性があるのはブラッドとだけじゃねぇって事さ。ブラッドを含めたあの五人はダチ同士だ。何れブラッドを通じ残り四人もオリヴィアさんと知り合うだろう。そう言う事さ」
オリヴィアとブラッド、二人が友達になってから数日が経過する。
特別大きな進展があるわけではないが、それでも顔を合わせる度に挨拶や他愛無い会話を交わす姿は少しづつゆっくりとだが着実に距離が縮まっていくのを感じさせる。
だがそんな様子を良く思わない者達も居る。主に学園の女生徒達。
彼女らにとってブラッドは辺境伯令息という高い身分と美しい顔立ち貴公子然とした優雅な振る舞いとまさに学園のアイドルだった。
そんな彼と平民が仲良くする姿は彼女らには耐え難いものだったのだろう。選民思想が染みつき平民を見下してる彼女らにとっては。
そして事件が起こる。
「身の程を弁えろって言ってんのよ! この平民風情がっ!」
突如響いたヒステリックな金切り声。それを耳にしたある生徒は思わず振り向く。振り向いた生徒はブラッドだった。
本来なら女子同士の喧嘩やいざこざなどの面倒ごとに首を突っ込むようなことは無い。
だが先ほどの言葉の中に気にかかる単語――平民、が含まれていた。
【平民】それは本来貴族の学び舎であるこの学園には縁のない言葉。だが今この学園にはそれに該当する人物がいた。
それは平民でありながら特待生として招かれたオリヴィア。そして先日催したお茶会で友人として握手を交わした相手。
そのお茶会の席で共に招いた他の貴族の女生徒達がオリヴィアに対し平民であることを理由になじっていた一幕が思い出される。
あの時の様にオリヴィアがまた貴族の女生徒達に心無い言葉を浴びせかけられてるのだろうか。
気付けばその足は声のした方に向かい駆け出していた。
「アンタ最近調子に乗ってんじゃない!? 同じ学園に通ってるからって私たち貴族と同等だなんて勘違いしてんじゃないでしょうね!?」
「い、いえ私はそんなつもりは……」
「口答えしてんじゃないわよ平民!」
怒鳴り立ててるのはヘアバンドで前髪を上げ眼鏡をかけた女生徒。大人しく澄ましていれば才女と言った雰囲気だろうがヒステリックに怒鳴りたてては台無しである。彼女は手を伸ばすとオリヴィアが手にしていた教科書を強引に奪い取る。
「アンタ最近ちょっと成績が良いからって私たちのこと見下してんじゃないでしょうね?! 見下してんでしょ!?」
そして奪った教科書を破き引き裂き、更には地面に叩きつけた。
その様子に周りの女生徒達がひそひそと声を潜め小声で話す。
「……荒れてるわねぇ」
「……ホラ先日のテスト結果」
「……あぁ、平民に抜かれちゃったんだっけ。それで……」
周りの女生徒達の話の内容から察するに眼鏡の女生徒のオリヴィアに対する完全な逆恨みと八つ当たり。
だがそんな理不尽な状況にも誰もその状況に口出ししようとはしない。
オリヴィアは悔しさを滲ませながらも口を引き結びしゃがみ込み教科書を拾おうとするが、眼鏡の女生徒にその教科書を踏みつけられてしまう。
踏みつけられた教科書を目の当たりに思わず涙が滲む。
「一体何をやってるんだ!」
その時、場に轟く声が。オリヴィアは顔を上げ声のした方に視線を向ければそこには駆けつけたブラッドの姿が。
「ブラッドさん……」
孤立無援の中、駆けつけてくれた友人の姿にオリヴィアは安堵の気持ちと共に瞳から涙が零れる。
「オリヴィアさん! 大丈夫か!?」
しゃがみ込むオリヴィアの姿、破られた教科書、そして――その教科書を踏みつける眼鏡の女生徒の姿にブラッドは思わず頭に血が上り睨み付ける。
「その足を退けろ」
「ブ、ブラッド様、これは……」
「退けろと言ったのが聞こえないのか!?」
眼鏡の女生徒が慌てて足を退けるとブラッドはすぐさましゃがみ込み破かれた教科書を拾い軽く土を掃い、オリヴィアの手を引き立たせる。
ブラッドは視線を巡らせ手近な女生徒の一人に説明を求めた。話を聞き終わると再び眼鏡の女生徒を睨み付ける。
そして口を開き、彼女の家名とそれを含めたフルネームを呼ぶ。それは直接彼女の実家に抗議に行くことも辞さないというブラッドの意思の現れ。
怒りを露にするブラッドに眼鏡の女生徒は顔を青くする。
だがそんな怒りに震えるブラッドに対しオリヴィアは「……いいんです」と静かに首を振る。自分のせいで家をも巻き込んだ大事にしたくないという気持ちの表れだろうか。
ブラッドはオリヴィアの気持ちを汲み怒りを飲み込み「分かったよ。君がそう言うのならこの事は大事にしないようにするよ」と答える。
そして眼鏡の女生徒に向き直り声を上げる。
「聞こえたよな今の言葉! 感謝しろよ! 彼女の優しさのお陰で見逃してもらえたという事を! それとこの際だから他の皆にもハッキリと言っておくぞ! 彼女は――オリヴィアは僕の大切な友人だ! 今度オリヴィアを平民だからと馬鹿にしたり無体な真似してみろ! その時は絶対許さないからな!」
そしてブラッドはオリヴィアを護る様に肩を抱きその場を去って行くのだった。
「……ふぅ。どうにか上手く行ってくれたか。ルクシオンお前もご苦労だったな」
事のあらましを遠くから見守っていたリオンは安堵した様に大きく溜息を吐く。
リオンはオリヴィアをブラッドや王子達に託そうと心に決めたあの日から彼女と距離を置き始めた。
先程の様な女性との横暴も実のところ、オリヴィアの側にリオンが居ることが少なくなったことにも一因があったのだ。
冒険で功を成したリオンは学園の生徒達にも一目置かれていた。そんな彼が常に連れ立つことで女生徒達もオリヴィアに手を出さなかった。
だがリオンが距離を置き始めたのを感じ、再び手を出し始めたのだった。
リオンはオリヴィアと距離を置き始めたが目を離したわけではなかった。ルクシオンに命じ彼のドローンなどにより常にその周囲には気を配っていた。
だから彼女が今回横暴な貴族女生徒に手を上げられたのもいち早く気付いていた。
『私の労などさしたるものではありません。それよりもマスターが出て行けばもっと早く事が済んだのでは? 私のドローンを用いずとも』
実のところオリヴィアと、彼女に無体を働いた女生徒の居た場所は、ブラッドが居た場所とは相当離れていた。それこそ如何に女生徒のヒステリックな金切り声が大きくとも届かないほどに。それをリオンはルクシオンのドローンのマイク機能とスピーカー機能を用い女生徒の暴言をブラッドに耳に届かせたのだ。
「何度も言ってるだろ。オリヴィアさんを護るのはもう俺の役割じゃねぇって」
『ですが今回もマスターの指示のもと私のドローンが無ければブラッドも気付かなかったではありませんか』
「でも今回のことでブラッドも状況理解してくれたろ。それに去り際にもしっかり釘刺してくれたじゃねぇか。大丈夫だ。これから先はアイツや他の四人達がしっかり護ってくれるさ。ま、それでもまだ当分は見守り頼んだぞルクシオン」
着々と進展していくブラッド君とリビアちゃんの仲
次回から中盤の山場イベント突入です