乙女ゲー世界はヒロインと悪役令嬢が相容れない世界です 作:氷破 熾央漓(ひば しおり)
あの日、教科書を破かれ泣いてたオリヴィアをブラッドが助けた事を切っ掛けにその後彼女を取り巻く環境は劇的に変わった。
ブラッドが複数人の生徒達の前で堂々と【友達】宣言をし、更には彼女を害したものは許さないと言い放ってのけた。
またリオンが言った通りブラッドを通じ彼の友人たち――即ち王子を始めとした他の攻略キャラ達ともオリヴィアは知り合い、友人としての絆を紡いでみせた。
マリエによって歪められたゲームの流れが正道に修正され、晴れて真の主人公たるオリヴィアが陽の当たる道を歩み始めたと言えた。
実際の所ブラッドや王子達の心は未だマリエを求め続けてるが、それも時間の問題に思えた。
リオンの言葉を借りるのなら【ゲーム通り】の展開、主人公ヒロインとしての面目躍如と言った感じであろうか。
そしてゲーム通りの正道に戻ったと思いを実感させてくれるように新たなイベントの兆しが顔を覗かせる。
『マスター。気になる会話を拾いました。如何致しますか?』
「誰だ?」
『オフリー伯爵家の令嬢の女生徒です』
「オフリー? って事はアイツかブラッドの婚約者――いや破棄したから元婚約者のステファニーか」
マリエとアンジェリカが互いに代理人を立て決闘したあの日、王子がアンジェリカに婚約破棄を言い渡したのは先に述べたが他の四人もまたマリエへの愛を示す様に皆各々が婚約者に対し婚約破棄を申し出ていた。
そしてブラッドの婚約者が前述の女生徒ステファニー。
「オフリー家の令嬢って事は若しかしてアレか?」
『何か心当たりがあるのですか?』
「ソイツを確認するためにもルクシオン、お前が拾ったって会話再生しろ」
リオンの求めに応じる様にルクシオンによる会話音声の再生が始まる。
いや会話と言うよりステファニーが一方的に捲し立ててるもの。周りには取り巻きや奴隷も居るだろうが怒り心頭の主に対し誰一人口を挟めない様子。
【どういうつもりなのよブラッド様は! マリエが居なくなったんなら私の所に顔を出すのが筋でしょ!】
【ソッチが謝りに来ればコッチは婚約破棄も無かったことにしてあげる腹積もりなのに! そんなに私に頭下げるのが嫌なわけ!?】
【挙句今度は平民の小娘に入れあげてるですって!? 平民の小娘も小娘で人の婚約者に手を出すとか舐めた真似してくれて!】
【どこまで私を虚仮にしてくれるつもりよ! だったらいいわよ目にもの見せてやるわよ!】
聞くに堪えないヒステリックな金切り声を一通り聞き終わってリオンは呟く。
「こりゃ、次のイベントフラグが立ったのかも知れねぇな」
『イベント、ですか?』
「ああ、今聞かせて貰ったヒステリー女のステファニーは聞いての通りひでぇ女でな。コイツの実家のオフリー伯爵家は裏で空賊と繋がってやがるんだ。そしてその空賊とはゲーム中盤でやり合う事になる言ってみりゃ中ボス的な存在。それと言うのもその空賊を倒すことで重要アイテムが手に入るんだ。それが空賊討伐イベントだ」
『空賊討伐ですか』
「ああ。決闘イベントに続く鎧を用いての本格戦闘イベントさ」
『鎧を用いてですか。でしたら不味いのではないですか?』
「不味いって何が……あっ!?」
リオンは気付いた。それはブラッドの鎧が先の決闘イベントでかなり激しく損壊してたのを。
『あの決闘、マスターが介入した結果王子やブラッドたちの鎧はかなりの損壊を被りました。若しマスターの介入が無ければアンジェリカの雇った代理人たち相手に易々と勝ちを収め鎧の損壊も軽微で済んでたでしょう。さすれば空賊との戦いに臨むに当たり憂いも無かったでしょう』
ルクシオンの言葉にリオンは顔の上半分を片手で覆い黙り込む。
『アンジェリカに手を貸したこと後悔しておられますか?』
「いや、それは無い」
リオンの脳裏に浮かんだのは偽装とは言え自分の死に悲しんでくれたアンジェリカの涙。そして真相を打ち明けた時に礼を述べてくれた笑顔。
あの時の彼女の涙と笑顔を思えば介入の選択に悔いなど無かった。
「あの介入でアンジェリカさんを助けられた事に俺は十分納得してる。それに若し介入せず王子やブラッドたちが快勝してたらそれはつまりマリエが勝って、未だ攻略キャラ達がマリエに靡いたままって事になる。そんな事になったら空賊なんかよりはるかに厄介だ。そうだろ? だからアレで良かったんだよ」
『確かにそれもそうかもしれませんね。ですが現実問題ブラッドの鎧はどうされるのです? このままでは損壊状態の鎧で空賊と戦う羽目になりかねませんよ?』
「それをこれから考える。折角オリヴィアさんが攻略キャラ達と縁結んで主人公としての道を歩み始めたんだ。しっかりサポートしてやらなきゃな。差し当たってオリヴィアさんと攻略キャラ達に目を光らせてもらうのは勿論だが、さっき言ったステファニー、コイツからも目を離すなよ」
リオンの次なる指針。それはオリヴィア達に空賊イベントを無事乗り越えてもらう事。
勿論リオンは表立って手を貸さない。相変わらず裏方に徹しようとするリオンに対しルクシオンは呆れにも似た感情を抱くがマスターとしての彼の顔を立て素直に従う。
差し当たっての最優事項は鎧である。いざ空賊と事を構えるに至った時に鎧の損壊が激しく十分に戦えないでは話にならない。
そこでリオンは変装と偽名と偽の身分で、鎧技師になりすまし接触を図る。
勿論ブラッドから一見の技師が直ぐに信用など得られはしない。
だがルクシオンに作らせたこの王都で手に入る何れよりも優れた装備を見せ、決闘で見せたブラッドのマリエに対する一途さと、平民であるオリヴィアにも親しく接する寛容さを湛え、その心を掴んで見せた。
それは、決闘での敗北同然の引き分けで求心力を落としたブラッドの心の隙間に入り込むには十分だった。
リオンの前世は早世したとはいえ、それでも社会人として世に揉まれながら二十代の半ばまで生きた。
リオンの前世で言えば高校生程度のブラッドを言いくるめるなど容易かった。
そうして信頼を勝ち得てしまえば任された鎧をルクシオンに託す。
ロストアイテムであるルクシオンの手に掛かれば損壊した鎧を修復し更には性能の底上げも造作もない事。
とは言え底上げも程々に。あまりに強すぎては逆に不信感を招きかねない。或いは有り余る力に増長し人格を歪めてしまう危険性も。
リオンはコレで鎧の方は何とかなり、何時空賊と争う事になっても問題無いだろうと胸を撫で下ろす。
そして事態は動き出す。リオンが予想した通りステファニーが空賊を差し向けてきたのだ。
だが――
「オリヴィアさんが空賊どもに攫われた!? 俺の知ってるゲームイベントと違うぞ!?」
『そうなのですか? 因みにマスターの言うゲームイベントだとどのような形だったのですか?』
「ゲームだとステファニーが取り巻きの女生徒に命じて、オリヴィアさんと攻略キャラに偽の空賊討伐依頼を持ち掛け罠に……って今はそんな事はいい。ゲームとは違う形でイベントが始まっちまったんだから。それよりブラッドや王子達はどうしてる!?」
『現在血眼になって自身の取り巻きや伝手を総動員して捜索に当たってます』
「そうか……。じゃあ何とかなりそうか? 攫われたオリヴィアさんは怪我とかしてないか?」
『気になりますか?』
「勿体ぶらずに答えろ」
『多少の擦過傷などは見受けられますが、回復魔法の使い手である彼女にとっては問題にならない程度です』
ルクシオンの答えにリオンは安心した様に大きく息を吐く。
『そんなに御心配でしたらマスターが助けに向かえばよろしいでは無いですか。場所は把握してますし直ぐにでもご案内いたしますよ』
「バカッ、それじゃぁ駄目なんだって何度も言ってるだろ。オリヴィアさんはあの五人の誰かと絆を結んでもらわなきゃならないんだって。俺みたいなモブはこれ以上しゃしゃり出ちゃいけねぇんだよ。それより空賊は――いや、裏で糸引いてるステファニーは何考えてオリヴィアさんを攫うような真似を」
『どうやら婚約者であるブラッドが彼女と親しくしてるのが気に食わなかったようです』
「破棄されたから元、婚約者な」
『ステファニーは婚約破棄を受け入れてはいないようです。破棄の原因であるマリエが姿をくらましたので再婚約を申し出て来るのを期待してたようです。もっとも彼女自身からは言い出さずブラッドから申し出て来るのを待ってたら、オリヴィアと親しくし始めたのが腹に据えかねた様です。そして彼女を人質に再婚約の申し出をさせようと目論んでるようです』
ルクシオンの返答にリオンは呆れたように大きく溜息を吐く。
「そういう事かよ。そういう事情ならオリヴィアさんは大事な交渉カードだから手は出さないと思うが……とは言え心配だな。仕方ねぇ、アイツラが間に合わない場合に備えて俺も向かう。準備しろルクシオン」