限界少女とハイスペックダメ人間   作:スティック/糊

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健康第一

 

「……なにこれ」

 

 

 新年度が始まり、初日は始業式やら課題の提出やらで半日授業。

 

 昼前に帰るかと腰を上げると、今年は同じクラスになった友人二名に拉致られて例のサロンへ連れ去られた。

 

 連れ去られ、サロンの扉が閉まったかと思えば二人は自らの首にひもを通したホワイトボードをかけた。

 

『私たちは友人と他人を間違えたアホです』

 

 なんというかタイムリーな話である。

 

 

「ッ、懺悔しますわ」

 

「なんでそこまで重苦しいの」

 

「いいから聞いて。懺悔聞いてくれるシスターして」

 

「あ、うん」

 

 

 私、シスター見習いはしていたけどシスターではないんだけど……。

 

 ちなみにこの学校は本格的な懺悔室が存在するのだが、二人がサロンに連れてきたと言うことはそう言う体で何かを話したいようである。

 

 

「……あなたの心の内に、隠していることはありませんか?」

 

「では、告白します」

 

「私たちは友と他者を誤って声をかけました」

 

「それは先日、桜舞い散る月の初めのこと―――」

 

 

 二人がやれと言うので極めて穏やかなシスターの様に夕月は二人に問いかけると、事前に練習しましたとでも言わんばかりの連携で祈るポーズをとり、話を始めた。

 

 簡単にまとめると、桜並木で変なのに絡まれてる女の子発見!あれ夕月では????違いましたメンゴ。

 

 ……単純に夕月と他の少女を見間違えたと言う話だ。

 

 別にその程度で怒るつもりはないし、その間違えた方にも謝罪したので別に構わないだろう。

 

 聞き終えても二人は祈る体制をやめない。

 

 ああ、終わりまでやれと言う事。

 

 

「悔い改めましょう」

 

「「はいっ」」

 

「……これ要る?」

 

「「いる」」

 

 

 どんな茶番?

 

 二人は満足したのかスッと立ち上がり、椅子に座ったのを確認すると、夕月も席に着いた。

 

 

「と言う訳で春休みにバチクソ可愛い夕月そっくりな女の子に遭遇した話ですわ」

 

「アレはビックリ。ロング夕月可愛い!ってウッキウッキで声掛けに行ったら別人だったんだもの。友として間違えるなんて悔しいッ!」

 

「はぁ、私は逆にその少女の友達と思われる人物から間違われましたね。その人は推定『まひる』と言う名前で概ね間違いないかと」

 

「ええ、確かに彼女の近くにいた男性がそう呼んでいたと記憶してますわ」

 

 

 おや、本当に間違っていなかったらしい。

 

 

「それとそのお相手?の人は『あまね』と呼ばれてたわね」

 

「なるほど……?」

 

 

 夕月は先日声をかけてきた活発な少女のことを思い出す。

 

 たしか彼女は夕月にむかって『周と破局!?』みたいなことを言っていたように思う。

 

 破局→髪を切る、そんなベタな失恋や過去との清算の様なエピソードがあるモノなのか。

 

 少なくとも、二人が遭遇した『まひる』さんとやらは髪が長かったようで、さらにはそのそばに『あまね』と言う男もいたらしいので破局した訳では無い様だ。

 

 

「世の中そっくりさんがいるもんですね」

 

「……アレをそっくりさんで済ませるには些か無理がありましてよ」

 

「私は未だにその『まひる』さんとやらに遭遇したことがないので」

 

「くっ、お相手に失礼だから写真を撮れませんでしたが、取っていたなら夕月にぜひ見て頂きたかったところですのにッ!」

 

「夕月が可愛い中のキレイ系に分類されるとすればあの子は可愛いの中の可愛い系だったわ」

 

 

 互いの友人同士が本人と見間違えるとは中々不思議なものだ。

 

 とりあえず、そっくりさんと遭遇トークに満足したのか首にかけたホワイトボードを外した。

 

 ……え、これの為だけに用意したの?

 

 二人はしっかりとボードを綺麗にしてから片付けると、夕月の手を取った。

 

 

「……皐月、この手は?」

 

「春休み中会えなかった成分補給」

 

「私からは変な成分出てないよ」

 

「ではワタクシはこちらを」

 

 

 皐月に右手を包まれ、メアリに左手を包まれる。

 

 ……私の手から本当に変な成分出てないよね?

 

 夕月は少し不安になりながら、暫らく手を包まれながら春休みの出来事について話をした。

 

 

 

 〇 〇

 

 

 

「と、言うことがありまして」

 

「ああ、弟の彼女(推定)の話しか」

 

 

 いや、貴方は知ってるのかい!

 

 夕月は鋭い突っ込みを我慢しながら夕食の準備を進めていた。

 

 

 学校で話し込んでいるとすっかり日が暮れそうな時間になっていた為、慌てて真護に連絡を入れて帰って来たと同時に夕食の準備をしながら、彼と世間話をしていたらこれである。

 

 

「夕月とその真昼……と言ったか。なんか似ていた、と言う話はしなかったか」

 

「してない、してないです。と言うかあの会話文に出てきた周って、真護さんの弟さんだったのかぁ……まさかがまさかだった」

 

 

 危うく食材を切り進めている所で指を切る所だった。

 

 

「ああ、俺がその子と遭遇したのは夕月が体調崩して周の所に宅配しに行った時だな」

 

「あの時」

 

「玄関先で周が出てきたと思ったらその横に夕月に似てる子がいてうっかり荷物を落としそうになった」

 

「……そんなに似ているんです?」

 

「雰囲気は別物だが、容姿はそれなりに似ていた気がするな」

 

 

 まぁ、仮に更にそっくりに寄せた所で俺は見間違えんが。

 

 なんとなしにサラリとそう告げる彼に『恥ずかしげもなく言ったこの人!』と言いたい気持ちを込めながら、鍋に切った食材を入れていく。

 

 このままだと今日のカレーの隠し味が私の羞恥になるぞ?

 

 

「まぁ、仮にそっくりさんが極めて近い所にいることはわかりましたが、だからどうこうという訳でもないです」

 

「それもそうか」

 

「将来的に義弟くんと結婚するようでしたら義理の妹になる訳ですか……ちょっと面白いですね」

 

 

 ………あれ、私まだ義弟くんにあったことなくない?

 

 結婚してなんやかんや四半期立つが未だに旦那の弟に遭遇していない事実に夕月は気が付いた。

 

 春休みに一度旅行ついでに義実家連れて行ってもらったが、その時に彼は帰省してなくて遭遇できなかったんだよなぁ……同じ都内だからもしかしたらバッタリなんてこともあるのだろうか。

 

 義実家で見せて貰った真護さんの幼少期の写真に写ってる幼い姿しか知らんぞ‥…?

 

 少なくとも夏には帰省するらしいのだが、私自身はメアリに北海道にドナドナされるか皐月に京都にドナドナされそうで遭遇出来なさそう。

 

 まぁ、そのうち会えるか。

 

 夕月は細かい事を気にしても仕方がないとカレー作りを進めた。

 

 あ、はい。味見どうぞポークカレーです。

 

 

 

 〇 〇

 

 

 

 最近の夕月の趣味と言えば献立を考えることと、読書だ。

 

 読む本には困らない程、真護の収集した本が大量に存在していた。

 

 

「夕月、茶にしよ……う?」

 

「はい、今行きます」

 

 

 いつもの休日、朝ある程度勉強をしてから本を読んでいると真護から10時のおやつタイムが告げられた。

 

 

「……そこで止まって」

 

「はい?」

 

 

 読んでいた本にしおりをはさみ、立ち上がると真護からのストップが入った。

 

 何だろうか。

 

 夕月はそのままその場に立つと真護は手近な本を手に取り、夕月から少し離れた位置でその本を構えた。

 

 

「この文字は」

 

「……あ?」

 

「め、だ」

 

「……」

 

「視力悪いな。眼科行くぞ」

 

「え、あ、いえ生活に不便してないのでそんな大げさな」

 

「さっきみたいに本を読む体制だと体を悪くするのは見過ごせない」

 

 

 そう言って真護は問答無用と言わんばかりに出かける用意を始めていく。

 

 

「着替えて来い」

 

「あ、はい」

 

 

 こうなった彼は止められない。

 

 夕月はほんの少し遠い目をしながら対にバレたかと天を仰いだ。

 

 夕月の視力が低下したのを自覚したのは8か月ほど前。

 

 よくよく考えれば視力が下がるようなことのオンパレードみたいな生活だった自覚は夕月にも存在していた。

 

 主に薄暗い所で机に張り付いて勉強、など。

 

 

 なんとなく、教科書の文字が読みずらいなとか……レシートの文字が読みずらいなとか。

 

 眼鏡を考えるような金銭的余裕はなかったし、日常生活でちょっと戸惑うことがあった程度だったのだ。

 

 実際に今の今まで特に何事もなかった訳で。

 

 学校であった身体検査の中身もそっと隠したはずなのだ。

 

 

 夕月は着替えが終わると真護にドナドナと車に乗せられて都内の土曜日にもやってる眼科へと運ばれていく。

 

 その道中、真護は思い出したように懐から一枚のカードを取り出した。

 

 

「ああ、そうだ。配偶者の保険証届いたから渡しておく」

 

「ありがとうございます」

 

 

 文美国保……?

 

 国民健康保険とは違うのだろうか。

 

 夕月は出渡された保険証に首を傾げた。

 

 

「それは作家なんかがある程度の食っていける実績を出していれば入れる保険だ。文芸美術国民健康保険組合ってところが出してる」

 

「色々あるんですね……?」

 

「色々だな。保険適応されるから体調不良は誤魔化すな」

 

「……はい」

 

 

 ……あれ、今届いたと言うことはそれ以前の支払いって10割負担なのではなかろうか。

 

 夕月は顔を真っ青に染める。

 

 

「療養費の支給申請 を行って払い戻しが可能だ。問題ない」

 

「よ、よかった」

 

 

 そもそもそれくらいで揺らぐ程度の稼ぎはしていない。

 

 真護にそう言われ、うちの旦那逞しいが過ぎやしないだろうかと夕月は考える。

 

 手元に置かれた保険証を再び眺める。

 

 そこにあった文字は“藤宮夕月”

 

 学校では今でも厳格なもの以外は旧姓で通させてもらっているが、こうしてしっかりと刻まれているものを目にすると少し不思議な気分だ。

 

 もっとも銀行口座の手続きで名義変更は行ったりしたのだが、結婚後に初めて一から支給されたものと言うか……養ってもらっているのだと言う自覚が公的な面でも見えてきて少しニヤついてしまう。

 

 

「……どうした」

 

「改めて真護さんから普通の、人並みの生活を頂いていると言う実感が湧きまして」

 

「普通の止まりでは困る。それ以上にするつもりだ」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 

 真護は運転しながらも表情筋が意識してないとあまり仕事をしていない夕月が少し柔らかな笑みを浮かべていることが目に入る。

 

 ……確定申告目前に思い出して慌てて申請したのだが、こうも笑みを浮かべてくれるならなぜもっと早く申請をしなかったのだと真護は自分を叱責した。

 

 金銭的にはどうこうできるのだからと長い事放置してしまっていたが、こういう所を直していかなければ。

 

 気を引き締めると同時に、彼女が満足する日常と言う物を自分が与えていることが出来ているのだと真護も少し心が和らいだ。

 

 

 

「……いやいや、ここまで落ちてましたかね」

 

「それが事実だ」

 

 

 眼科に到着し、さほど時間がかからずに検査に移行した。

 

 今時受診予約はネットでできるとな……?

 

 

 視力検査を少し細かめに行うと、度数の処方箋が会計時に手元に来た。

 

 初診だからやっぱりちょっと金銭的にお高めの会計……!

 

 

「……真護さんは視力悪くないんですか」

 

「俺は両目1.0以上ある」

 

 

 これは遺伝だろうな。

 

 真護は藤宮の血筋は大体健康で長生きする家系だと言う。

 

 

「過去の不摂生を自戒します」

 

「ん、健康的に」

 

「食生活的にはしっかり支えますからね」

 

「それ以外も十分支えられてる」

 

 

 

 〇 〇

 

 

 

 じゃ、次は眼鏡だな。

 

 好みのものがあれば、なんて真護に促されるが夕月にそんなものは存在しない。

 

 しいて言えば視界をあまり邪魔しないタイプがいい。

 

 そう言えば真護はウキウキで眼鏡を選び始めた。

 

 

「こっち」

 

「はい」

 

「こっちも」

 

「はい」

 

 

 真護にそう言われるまま、眼鏡を代わる代わる掛けていく。

 

 服を着替えるよりは気が楽だ。

 

 

「ボストンや丸眼鏡感が女性らしい感じがあっていいが…………そうだ」

 

「全部はやめてくださいね?」

 

「……ん」

 

「そんなにあっても困ります。……予備含めた2つに抑えてください」

 

「……お出かけ用にプラスワン」

 

「……お任せします」

 

「ああ!」

 

 

 何やら妙なことを考え始めたぞこの旦那。

 

 そう思って『眼鏡2本目半額』広告を見つけたので指さして釘を刺す。

 

 釘を刺したのだが、更にその下の小さ目な文字で書かれた『3本目以降も適応。まとめ買いがお得!』の文字を真護が指さしたので夕月は折れた。

 

 近づかないとまだ見えませんからね?

 

 既に一本は彼的に良さそうなものを見つけたのかトレーの上。

 

 夕月はもうしばらく眼鏡スタンドに徹したのだ。

 

 

 

「コンタクトまで……」

 

「それ用の検査も入れておいたからな」

 

「道理で目ん玉しっかり見られたと思いました」

 

 

 すっかりと色々なものが揃った手元と、レンズの在庫があったからと直ぐに出来上がった一つの眼鏡をかけながら、今日だいぶ散財したぞこの旦那に気持ちジト目を向けてしまう。

 

 ワンデータイプのコンタクトがひと月分と、眼鏡が数本。

 

 彼の眼もとにもついでだからと夕月に選ばせたフレームの厚みが薄めの眼鏡がかかっていた。

 

 調光レンズ?と言うやつで運転する時に日差しが目に入るのが少し楽になるらしい。

 

 

「まぁ、これで顔を近づける理由が減ってしまいましたね」

 

「……タヌキ寝入りは継続するか」

 

「え、なッ!?起きてたんですか!?」

 

「ああ、とてもいい朝の目覚めになる」

 

 

 真護よりも先に起きる夕月は、彼の寝顔を眺めるように注視してみるのにほんの少し顔を近づけぎみであったのだが、その理由の一つは減ってしまった。

 

 尤もその顔を近づけていたタイミングと言うのを真護は把握してたらしい。

 

 

「朝は弱かったですよね!?」

 

「健康的な生活して慣れた」

 

「ぐぅ」

 

 

 夕月はひどいカウンターを食らったと車のシートに深く背を預けた。

 

 健康なのはいい事だけどッ!

 

 

「夕月のお陰で俺はだいぶ健康だよ」

 

「く、私より早くにくたばったら承知しませんからね!」

 

「俺の理想の死に際は老衰なんだ。そこまでちゃんと付き合ってくれ」

 

「ええ、同じ墓に入ってやりますよ!」

 

「なら良かった」

 

 

 夕陽の様に火照る頬をどうにかしようと両手で顔を押さえても耳からやってくる情報は彼の楽し気な笑い声であった。

 

 

 

 翌日彼を起こそうとすれば「昨日は夕月の可愛い反応が見れてよかったが朝は弱いままだ」と宣う彼に夕月はフルスイングの枕を叩きつけたのだった。

 




 当初夕月と真護のドライブデート長野(安曇野→松本)編を書いていたのだが、数度訪れただけの長野を思い出すには私の脳内メモリが足りなかった()

 なお夕月は真護の顔を見上げる時に眼鏡の縁と言うか境界が煩わしくなって大半がコンタクトになる模様。
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