限界少女とハイスペックダメ人間 作:スティック/糊
新婚生活一週間と少し。
明日は久しぶりに学校に顔を出さねばと思いながらも起床した。
夕月が寝起きするのはだんだん慣れ始めた旦那の部屋に置かれた広いベッド。
ダブルサイズのロング丈の比較的大きなサイズのベッドだ。
藤宮真護は大柄であるためゆったりと足を伸ばせるサイズにしようとしたらこのサイズになったのだと言う。
そこに小柄な夕月は転がり込んで一緒に寝ていた。
当初こそ彼は夕月をそこに放り込み、自身はソファーで眠ろうとしていたが家主がそんなことをするなと夕月がソファーで寝ると主張して二転三転あって一緒に寝ることに収まった。
夫婦なのだから間違いもクソもないだろう。
人によっては寝るときは完全に一人がいいとかあるとかあるのだろうが、彼がそれに該当していないのならそれでいいのではないかと愚考した。
目が覚めると大体彼の腕の中だ。
あの日以降致すことはない。
彼の方向性として「仮に夕月さんが良いとしても学校とか色々と……色々とあるだろう」との談。
俗物的かもしれないが夕月が勉強を頑張っていたのは将来的にいい人と巡り合うためには自分のスペックも上げておかないとだよね、と言う思考の元だ。
もしもが起きても早いか遅いかの違いでしかない。
それでも彼的には学びたいことや将来就きたい職があるのであれば、その進路を狭めたくはないのだと言う。
学のない母、と言うのもアレかと高校卒業までは我慢……させるのは、真っ当な成人男性にはきついだろうと避妊計画をしっかり立てた上でと言うことで合意となった。
彼はとても何とも言えない表情をしていたが「万が一の時は責任はしっかりとってくれるのでしょう」と言えば気恥ずかし気に首を縦に振った。
と言うか現在進行形で責任はとられているのだが。
そんな彼の腕の中はがっしりとしている。
曰く健康維持のランニングは欠かさないと言う。
だらしない兄だと思われたくないせめてもの意地だとか。
夕月と同い年の弟さんが居るのだとか。
食生活には少し物申したいところはあったが、そこの継続性は素直に凄いと感じてしまう。
今後食生活を整えていくのが夕月の目標となるだろう。
苦しくない程度に抱きしめられ、腕枕は些か硬いと思いながらもモゾモゾと脱出……するとすごい悲しそうな顔をするので体を数度タップして起こす。
「朝です」
「ん……」
彼は寝起きは強い方ではない様だ。
夕月は長年の生活から日の出前に起きることに何の苦も覚えない質なので寝ぼけてふにゃふにゃとしてる男を見ること言うのは少し新鮮な気分だ。
ゆっくりと腕から解放されると夕月はそそくさと部屋を出る。
身だしなみを整えるために洗面台に向かう。
と言っても寝癖を直して洗顔と歯磨きをする程度だ。
高校に入学してからは世話焼きな友人にケア用品を「試供品、試供品だから」と押し付けられて使用していたが、今となっては灰の中。
金銭的に余裕が生まれたとはいえ、何を買っておけばいいのかなど夕月には分からなかったので昔からしていた牛乳石鹸で洗顔する程度だ。
肩にかかる程度にセルフで適当に切りそろえている髪は色々と厄介な事象に絡まれていたことから地毛を黒に染めてたものである。
地毛が明るいだけでどうしてそんなめんどくさい事に絡まれにゃならんのかと言いたいところだが、幼い子供と言うのは異物を嫌うのだ。致し方なし。
高校はミッション系に分類されるちょっとしたお嬢様学校なので小中と違ってそこまで髪色に機敏になる必要はないが、あの絡まれた面倒ごとを思い出すとどうにも。
安心できる身元が出来たのでゆっくりと伸ばしていく予定だ。
旦那氏は長めの髪が好きらしい。
脱染剤で黒染め落としするか地道に伸ばすか……迷いどころ。
いきなり亜麻色に近い明るい髪にするものどうかと言った所。そこは相談だろう。
そう考えていればジャージに着替えた真護が現れて少し走ってくると家を出ていく。
毎日30分ほど走るのが彼の日課だと言う。
その帰宅時間に合わせて朝食の準備を開始する。
朝はゼリー飲料一つで済ませていた人にしっかりとした朝食は重いかと思ったが、和でも洋でもどちらでもあれば彼は食べる。
単純に作るのがめんどくさいだけだと言うのだ。
ならば時間がある時は作ろう。
時間が無い時は簡単なトーストとおかず、時間がある時は和食を作ることにした。
正直早朝ガソリンスタンドのアルバイトから解放されてから暇がすごい。
早起きしてちょっと朝ごはんに力を入れるくらいのバイタリティは有り余っていた。
冷蔵庫を開ければ真護が買いそろえたちょっとお高い食材群が現れる。
……食事は作ると言ったらコレだ。
買い物の躊躇いと言う物が彼にはないらしい。
しばらくは賞味期限との格闘だ。
随分と減って来たので今後の買い物のスケジュールは要相談。
いちいち高い食材は心臓に悪いのだ。
彼が帰ってきて風呂場に向かうのを確認すると料理の仕上げや盛り付けに移行する。
育った教会は基本洋メインであったが、夕月個人としては和食が好きだ。
一汁三菜。
みそ汁とごはん、焼き魚と和え物と納豆。
THE日本の朝食と言った所だが、ここまでするのは珍しいのかもしれない。
それでも有り余ったバイタリティをぶつけるとこれくらいは用意してしまうのだ。
それに結婚初日、もしもの場合にと言うことで彼に連れられ産婦人科を受診した時に「低体重、やせすぎ、栄養失調、健康的に体重増やして」と怒られたので健康的な食事は必須で急務となった。
体重は40㎏前半になっていたがなんで胸の脂肪は落ちないんですかね……?
小さくなった胃袋を広げるように夕月は徐々に食事量を増やす訓練中である。
シャワーから出てきて雑に拭き上げただけの少し滴る髪を見て食事前にソファーに座らせてタオルドライする。
夕月にされるがままになっている彼の髪を痛めないように優しくタオルで挟んでいくのだが、最後に雑にわしゃわしゃとされるのがお好みらしい。
……やっぱり大型犬では?。
比較的健啖家な彼はペロリと朝食を食べる。
美味い美味いと食べてくれるのだが、その中でも卵料理が特に好きらしい。
コレステロールを気にしながら考えていこう。
朝食を食べ終えれば真護が茶を入れてソファーに座らされる。
洗い物はさせてくれないのだ。
……別にそれくらい苦でも何でもないのだが、彼がやると言って聞かないのだ。
リビングに置かれた大きなテレビでニュースを見ながら夕月は茶を飲む。
これが定着しそうだ。
〇 〇
朝食を食べ終えれば夕月は勉強、真護は執筆作業に入る。
3LDKの藤宮家の個室は一室は寝室、もう一部屋は真護の書斎。
そして残るもう一室は本と言う物をこよなく愛している真護の集めた本が置かれている部屋だ。
ジャンルを問わず法律関係からエッセイまで様々。
正確に数えたことはないが4000冊近いらしい。
部屋に置いた本を片付け辛くなったら引っ越しのタイミングなのだとか。
それでもジャンルごとにいくつかの本棚に分かれており、その様からちょっとした図書館にいる気分。
そんな部屋の一角にPCデスク程の机が置かれている。
以前彼が使っていたらしい一枚板の天板の机だ。
元々彼が使っていただけあって机の高さは少し高い。
夕月と真護の身長差がA4サイズ程あるためだ。
在宅ワーカーのプロからして体に合わないものを使わせるのは見過ごせなかったのか、椅子は新調されたしデスクの足も昇降式で変動するタイプのものに差し替えられた。
ボタン一つで高さを変えられるとは文明の進化凄いな、なんて夕月は感動する。
何分使えればそれでいいの精神の少女だったためだ。
あまりにも座り心地の良い高さと作業のしやすい状態であるためか学校の授業で集中できるのか少し不安になる。
そんな図書室じみた部屋にポツンと似つかわしくない棚が一つ。
中には何も入っていない段と真新しいノートと替えの文房具が綺麗に整頓されている。
多くのものが焼けてしまった夕月に対して真護が揃えたものとなる。
自身の経験から使いやすいものを、と偏見で選ばれたのだがトンボHBの鉛筆と消しゴムでやっていた人間には少しオーバースペックな気がしてならない。
こうして文房具や本の並びを見るに彼は結構マメな性格なのではないか、なんて思うと同時に1週間で見えてきたハイスペックダメ人間な部分の落差で何とも言えない気持ちになる。
まぁ、完璧な人などいないのだから多少欠点があったところで成すことをしているのであれば夕月のつつくところではない。
空の段には買い替えた教科書を入れるのに使うと良いとのことだ。
……後3ヶ月程度しか使わない一学年の教科書を新調させるのも気が引けたが制服の注文と同時に処理されたので済んだことだ。
夕月としては勉強などできればどこでもいい精神なのでリビングのテーブルでやらせてもらおうか、なんて思っていたのだがちょこちょこと動き回る真護が視界に入っては邪魔だろうとの配慮らしかった。
と言うか視界に入ったら問答無用で何か構いたくなってしまうらしい。
しっかり集中できる机に備えられているのは手元がしっかりと照らされて手元に影の作りづらい仕様だと言う。
これに関しては読書趣味である真護のこだわりの一品なのだとか。
何から何まで至れり尽くせりすぎる。
ここまで環境を整えられてしまえば集中せざるを得ない。
バイトをやめて数日だが、あの肉体労働が自分の体にどれほど負担になっていたか目に見えて分かるほど夕月は勉強に集中することができた。
10時が近くなると部屋に控えめなノックがされる。
真護からのお茶をしないかと言うお誘いだ。
彼は長い事家に居るならメリハリをつけることが大事だと言い、10時と3時になると休憩の時間を設けていた。
元々は珈琲一杯入れてそれを飲み干すまでは他のことを考えないと言う時間だったらしいのだが、夕月が医者に体重をもう少し増やせと注意されてからは小食な夕月に合わせてちょっとカロリー高めの茶菓子が用意されるようになった。
日々のランニングで良さげな店をピックアップし、その店で数品買ってきていると言う。
自分だけなら少なくとも手を出そうと思わなかったものに出会えているのだから気にするなと言うフォロー?もあり、夕月も深く考えずにティータイムを受け入れている。
元々の生活から菓子類には手を出しずらい生活をしていた為、夕月にとってはこの時間は新鮮だ。
かつては夕月を拾ってくれたシスターが私財を投げ売って死にかけている病弱な身を救ってくれたのでかつての質素倹約と言わんばかりの生活に特に文句はない。
文句はないのだが、こうしてお出しされる茶菓子類の名前が良く分からないことは自身の世間知らず具合を明らかにするもので少し気恥しい。
食事に関するマナーはしっかり躾られていたため見苦しくはないと思うのだが、彼はじっと夕月を眺めるのが好きらしい。
それに対して夕月が見返せばスッと目線を逸らす。
数日前に問いただしたことだが、彼は身内が喜んでいる姿を見るのがとても好きらしい。
ビジネススマイルは出来るが余り表情筋が豊かではない自分を見て何が楽しいのかと思うが彼的には楽しいらしい。
夕月も自分の作った料理を食べる様を見るのは好きなので大差ないのかもしれない。
〇 〇
「外出する」
「はい」
ティータイムが終わり、片付けをしていると真護がそう告げた。
お仕事なのだろうか。
「何時ごろに帰ってきます?」
「わからない」
はて、昼と夕食の準備はどうしようか。
少なくとも彼の分のお昼は要らないだろうから簡単に済ませてしまおうか。
「夕月さんも、だ」
「あぁ、私を連れ出す方のお話でしたか」
「アウターあった方がいいだろう」
自分は家でどうするかと考えていれば彼のデート?のお誘いらしい。
詳細に聞けば、ランニングした後にウインドブレーカーを洗濯する際に夕月の外出着で防寒対策を行うものがないのではと思い立ったらしい。
制服を買いなおすにしても今の時期ダッフルコートなりはあった方がいいだろう、と。
それは大変ありがたい話で夕月の支度をすることにした。
夕月は基本的に格好に頓着しない人間だ。
学生服、居酒屋の制服、ガソリンスタンドのユニフォーム、修道服とある程度決まった場所では決まった服装をしてればいいと言う物が非常に気楽に感じる質だ。
ファッションとか永久に理解できない。
それでも汚れはないかとか、皴皴になって見苦しくないか程度は気にする。
逆に言えばそれ以外は何も気にしないのだ。
真護が買って来た服からコーディネートを考えろと言われても無理な話だ。
コーディネートとは。
そんなレベルの人間なのでチノパンにシンプルなシャツを選んでしまう。
スカートの組み合わせとか分からない。
夕月が露骨に女性らしい服装をする時は制服くらいのものだ。
そんな恰好で部屋を出れば真護に肩を掴まれUターン。
再びウォークインクローゼットへ。
クローゼットの服を見て気が付いたが彼は案外お洒落さんらしい。
それなら着せたい服を選んで貰えればそれが一番手っ取り早い。
「……夕月さんも大概だ」
数日前に夕月が彼のことを変なところでめんどくさがる人と言ったことの意趣返しらしいが事実なので夕月は何も言えなかった。
夕月がウォークインクローゼットの中で唸っている内に彼は身支度を整えていた。
オンオフがしっかりしているタイプの様だ。
大きな背丈に丈の長いジャケットがとても様になっている。
家にいるときは寝癖を気にしないくらい適当にしているのだが、外に出るときはその黒髪をしっかりと整えている。
ガイルヘア?と言うやつらしい。
「確かにカッコいい横に並ぶにはちんちくりんだと様になりませんね」
「……」
「あの、その無言でわしゃわしゃするのは何ですか。ちっこいですけどちびっ子って訳じゃないですからね」
顔を見れば照れ隠しらしい。
……照れる要素あっただろうか。
白状するようにクローゼットに詰め込まれたものはほぼ母と友人チョイスだと白状していた。
それを自分で選べるだけ上等では?
器用な人だ。
何故これで今まで彼女が居なかったのか不思議で仕方がない。
車の助手席に座らされ、運転する様を見て心底そう思う。
不思議で仕方ないがその疑問を少し前にぶつけたら想像の数倍の熱量で「夕月さんしかいない」との返答が来てからは納得は出来ないがそう言うもんだと思っている。
作家らしくこの人だと思った瞬間をまとめてみたとか言ってきた時はコイツは正気なのかと訝しんだものだ。
流石に読みはしなかった。
A4の紙いっぱいに……それも推定20枚にまとめるほどあっただろうか。
ちょっとだけ引いた。
夕月の髪型はヘアアイロンをかけられてほんのりウェーブしているがこれをどう称していいのか分からなかったがちょっとおしゃれ感が出ている。
当然の様に真護手ずからのものである。
……なぜこれができるのに風呂上りはあんなに適当なのだろう。
おそらく彼なりの雑な甘え方なのだと勝手に解釈しておくことにしている。
この際だから聞いておくか。
夕月は自分の地毛について聞いてみることにした。
「真護さん、私の地毛だいぶ明るいんですが黒髪とどっちがいいですか」
「……好きにしたらいいと思う」
「それは『黒髪でも明るい髪色でもどちらでも似合うだろうから俺には選択ができない、好きにしたらいいと思う』という文脈でよろしいか」
「ああ」
基本は変な方向に配慮をしてくるし、言葉を端折るので正確な意味で言葉を拾おうとするとやや手間ではあるがネガティブな方向で考えていないのが質が悪い。
それでもこうして問えばYES.NOをはっきり言うのでめんどくさいクレーマーよりは楽なのだ。
この一週間で藤宮真護語学テストがあれば3級は取れる自信が夕月には付きつつあった。
「では頭皮にダメージを当ててもアレなので今後は染めない方向で考えます」
「わかった」
「あと別に容姿について言及してもセクハラとか言いませんからね」
「わかった」
そう言うと彼の口角がほんの少し上がったことに気が付く。
基本的に夕月の外見よりも中身をとても褒めてくれる彼ではあるが、外見に関してはあまり言及してこなかったのでもしやと思うが、彼の「容姿について言及するのはセクハラなのではないか」と考えている説が当たってるようだ。
……まぁ、彼の口数ならそう大変な事にはならないはずだ。
なんて考えていたらこの後口の自制が無くなったのかすごい勢いで作家らしい語彙の豊富さで褒められた。