限界少女とハイスペックダメ人間   作:スティック/糊

6 / 20
年が明け

 

 1月1日。

 

 割と深夜まで起きていたものの夕月の朝は早かった。

 

 元から遅くに寝て早くに起きる行動が体に染みついてしまったため、6時前には完全に目が覚めていた。

 

 深夜ある程度の時間になって真護を寝室に叩き込み、義父母もソファーを倒した簡易ベッドで横になっていたので突っ伏して風邪を引きそうな光景ではなかった。

 

 分かれて寝る訳でもなく二人で一緒に身を寄せ合って布団に丸まっている姿は仲の良さを感じる。

 

 将来的にこんな光景を続けられるようになりたいものだが、以降は何か来客用の物をそろえておいた方がいいのかもしれない。

 

 

 新年の朝だから何か特別ということもないが、こうして誰かが起きてくるのを待つ朝と言うのも嫌いではない気がした。

 

 

 決して、数時間前の羞恥から寝れなかったとか、義父母がいるから眠りずらかった訳ではない。

 

 夕月は生命活動に置いた部分は割と図太い方だと思っている。

 

 しっかりと身支度を整えてキッチンに立つ頃には頭痛の類もすっかり良くなっていたが、自分はお酒に強いのか弱いのか良く分からないところだ。

 

 

 寝落ちしていた机の食器類は片付いていて、義父母のどちらかが洗ってくれていたようだ。

 

 これが親力……。

 

 

 布巾でテーブルを軽く拭いておくくらいしか片付けでやることが見当たらない。

 

 と言うか、拭き掃除すらもされている気配がある。

 

 

 夕食時に「新年サボれるように」と朝食の下準備も殆どされていた。

 

 ……年季が違う。

 

 ものの見事に夕月は手持無沙汰になってしまった。

 

 

 そうなると自分の部屋で勉強でもするところなのだが、バイトのない生活は結構自由度が高いもので、年が明ける前に冬休みの課題は終わっていた。

 

 身支度の勉強、要はファッション誌を眺めるような気分でもない。

 

 と言うか見ても何も分からない。

 

 

 春休みまで我慢できませんわと皐月とメアリに冬休み中に顔を合わせる予定はあるのだが、私服に何を着ていけばいいのか問題は真護に任せてしまおう。

 

 おしゃれ初心者所か入門もしていない女子には何も分からないのだ。

 

 

 さてどうしようか。

 

 時間はあるから何か少し手間のかかったものを作ろう。

 

 新年だし真護の好きそうなものを何か準備させてもらおう。

 

 量があっても人がいるから大丈夫だろう、多分。

 

 夕月は昨晩修斗がお雑煮を作るためにいくらか昆布が残っていたように思う。

 

 正月らしい料理は数日前にレシピ本を見ていて覚えている。

 

 その中でも真護が「これ食べたい」とつぶやいていたものが作れそうな食材はちゃんとあったので気合を入れて作ることにした。

 

 好奇心で買いそろえて数回しか使っていないことなんてザラなやけに豊富なキッチン用品を取り出しながら夕月は準備を始めた。

 

 ……真護基準で物が仕舞われていたのがいつの間にか夕月が取り出しやすい位置に模様替えされているのが彼の周到なところだと思う。

 

 

 

 茶碗蒸しを蒸し器に入れてタイマーをセットし、次はだし巻き卵を作るかと一息つくと視線を感じた。

 

 

「い、いつから起きていらっしゃったんですか」

 

「割と序盤?」

 

「すみません朝からうるさくしてしまって」

 

「あ、違うのよ、娘が料理してくれてるうれしいって感情しかなかったから」

 

 

 ダイニングテーブルで修斗と志保子がニコニコとこちらを見ていたのだ。

 

 そのことに起こしてしまったのかと思えば、微笑ましく見ていただけだと言う。

 

 

「声をかけて頂ければいいのに」

 

「見惚れてたのよ」

 

「ああ、真護は幸せものだなって」

 

 

 ……きっと真護のダメ人間製造機な所はきっとこのご両親譲りなのだろう。

 

 決して人間的にダメな訳ではないのだが、こう……自制心を持っていないとあっという間に甘えたになってしまいそうな気がするのだ。

 

 夕月は気恥ずかしい気持ちになりながらも、お望み通り料理を続けてやろうと邪念を振り払った。

 

 

「後だし巻き卵作ったら朝食の用意をしますので、もう少しお待ちください」

 

「はーい」

 

「僕は手伝わせてもらおうかな」

 

 

 こっそり見ているのもバレてしまったし、と。

 

 明けましておめでとうございます、なんて言いながら修斗はキッチンに入る。

 

 

「あ、修斗さんズルい!」

 

「志保子さんはゆっくりしてて」

 

 

 夕月も今年からよろしくお願いします、と言いながらあっという間ににぎやかな朝になったと笑みがこぼれた。

 

 

 

 

「起こして欲しい」

 

「真護さんのお好きなものを用意したので機嫌を直して頂けると……」

 

 

 朝食の準備が終わり、彼を起こしに行こうと扉に手をかけた瞬間に彼は寝癖ぼっさりで渋い目をしながら出てきた。

 

 配膳の終わった食卓に皆で座り食べ始めた所で小さくぼやいた。

 

 

「次は起こしてくれ」

 

「はい、起こします」

 

 

 彼も彼で軽度に二日酔いなのか雑煮の温かいものが染みると言わんばかりの表情を浮かべながらゆっくりと食べ始めた。

 

 

「怒ってはいない」

 

「はい。寂しかったと」

 

「……そこまでは言っていない」

 

 

 どうにも朝食の準備に混ざれなかったことをがちょっと悔しかったらしい。

 

 そんな状態の真護を見て二人はにやにやとしていた。

 

 

「すごくいい光景だったわ。あ、このだし巻き卵美味しい」

 

「そうだね。新年から良いものが見れた」

 

「……ありがとうございます。お雑煮もとてもおいしいです」

 

 

 もはや二人は彼を揶揄う方向にシフトしながら、きっと彼が横に居たらつついていたのであろうことがわかる。

 

 本当に仲が良いな藤宮家。

 

 もっと自然に入れる日はやってくるのだろうか。

 

 この暖かな人たちならきっとそう遠くはなさそうだ。

 

 

 

 〇 〇

 

 

 

「え、はい。高校一年です」

 

 

 そろそろ帰宅しようと準備をしている最中に志保子が「子供は何人でもいいわ、全力で可愛がるから。あ、その前に結婚式よね!」なんて言い始め「できた時は生ませて頂きますが、一応……式とかも高校卒業後しようと思っていますので」なんて話からのコレだ。

 

 

 昨日説明しなかっただろうか。

 

 夕月は昨日話したことを思い出すと明確に年齢を言っていなかったことに気が付いた。

 

 なお結婚式に関しては真護が絶対にやると言う熱量だったので、高校在学中に挙げるのもアレだしそれまでに髪を伸ばさせてもらおうと言う計画だ。

 

 

「すまない、大人びていたから既に大学か、専門学校くらいかと勝手に考えていたようだ」

 

「私も明確にお話していた訳ではありませんし、ちょうど籍を入れた前日に誕生日を迎えたから取れた手段でしたので」

 

「昨日は随分と遅くまで付き合わせてしまったね」

 

「いえいえ、バイトから返ってきて予習していたらアレより遅い時間なんてザラだったので」

 

 

 あはは、と夕月が笑えば修斗は固まった。

 

 

「……その朝も、その早起きが得意だったようだけれど」

 

「はい、日の出前にガソリンスタンドのバイトに行っていたので自然と」

 

 

 接客業と早朝のスタンドの時給が良かったのでと言えば志保子も固まった。

 

 

「えあ、いえ、今はちゃんと温かい所で寝起きで来てますし、しっかり三食どころか十時三時のおやつ付きですので、ほんとにお気になさらないでください。今は健康的に過ごさせてもらえてるので」

 

 

 決して彼に厳しい生活を与えられている訳ではないと夕月は全力で否定する。

 

 

「真護」

 

「食べさせてる。クリスマスのアレ助かった。とにかく胃袋標準に戻すとこ」

 

「……志保子さん落ち着いて。財布握りしめてスーパーに駆けようとしないで」

 

「ほんとに、本当に真護さんには良くして頂いているので大丈夫ですから志保子さん止まってください」

 

「私は可愛い娘の胃袋も幸せにするの!」

 

「それは俺の役目だ母さん!」

 

 

 必死に止めた。

 

 必死に止めた代わりに彼らの帰宅後、定期的に色々な食材が送られるようになった。

 

 

 

 〇 〇

 

 

 

 彼らが帰宅後、夕月はソファーに突っ伏していた。

 

 ちょっと暴走フェーズに入った真護もそれなりのものだが、本家本元と言えばいいのか志保子さんの暴走モードもなかなかのもので疲れ果てていた。

 

 説明した時より疲れたかもしれない。

 

 

「ココアだ」

 

「頂きます」

 

「……疲れたか」

 

「疲れましたが、幸せな疲れと言うやつですね」

 

 

 ゆっくりと起き上がりマグカップを受け取った。

 

 

「急に話しを進めてすまなかった」

 

「いつかは訪れることですから、遅いか早いかでしかありませんよ」

 

 

 あの時点で夕月としては遅かったと思ったくらい。

 

 色々と失念して、やらかしてしまった所で二人は優しく受け入れてくれた。

 

 

「ですがまぁ、藤宮家初心者には難易度が高かったのでもうしばらく真護さんで慣れさせてください」

 

「任せろ」

 

 

 真護は良好な顔合わせになったと笑った。

 

 

 

 〇 〇

 

 

 

「初詣に行こう」

 

「はつもうで」

 

 

 数日後、いつものように過ごし勉強をしようと自分の部屋に引きこもろうとすると真護からの待てが入る。

 

 正月らしいことの代表格、初詣に行こうではないかと言う。

 

 三が日が過ぎ、6日。

 

 今年最初の水曜日がやって来たタイミングだ。

 

 これで土日を挟んだ次の月曜日には学校が始まる所で、何か冬っぽいことをしようと言う訳らしい。

 

 スキーやどこか温泉に、と言うことも計画しようとしていたらしいが流石に時期が時期で宿が取れなかったと真護は悔いた。

 

 そんな時に真護は志保子より、弟の周とその彼女(予定)を連れて初詣に行ってきたと連絡を受けた。

 

 なるほど、初詣なら夕月に着物を着せられると昨日色々なことを調べに調べ、3が日が過ぎお参りのピークが過ぎたタイミングかつ、成人式前のタイミングである今なら呉服店の営業やレンタルがやっているようだと調べが付いたのだ。

 

 真護は人混みが苦手であり、夕月も必要に駆られる場合以外はあまり人が密集するところに居たいと思わない質なので仕事始めでだんだんお参りする人の少ない今がタイミングだと図った訳だ。

 

 

 それに対して夕月は初詣と言う文化に触れてこなかった人間だ。

 

 ミッション系の育ちでなんとなくの見聞と一般知識としての理解はあるが初詣に行ったことがないのであまりピンと来ていなかった。

 

 

「だが、どこの神社に行くかは全く決めていない」

 

「そこはノープランなんですね」

 

「ああ」

 

 

 話を聞くに真護は夕月に晴着を着せたいらしい。振袖とか。

 

 

「振袖ですか……現代では未婚女性の第一礼装とされているものですが、私既婚者ですし」

 

「……振袖の袖を短く仕立て直したことに由来するのが着物が留袖であり、既婚女性の第一礼装だ。まだ何も送っていないから初めての着物が振袖と言うのは不自然ではない」

 

「知識が豊富」

 

「作家だからな」

 

 

 厳密に自信がある訳ではないが、と付け足しながらもどうにも着せたいと言う欲望が見て取れた。

 

 そこまでされれば着ようじゃないかと一先ず出かけるために外出着に着替えることにした。

 

 

 

 

「すみません、こんなことになって」

 

「俺も知識が少なかった」

 

 

 夕月と真護は神社に足を踏み入れていた。

 

 真護は気合を入れてどこへでも、なんて感じだったのだが、想像以上に着付けと言う物には気合が必要だった。

 

 結構しっかりと帯を締められ、背丈の割に胸があるからか補正のためのタオルなど華やかさの裏には中々の努力が必要だったと言う話だ。

 

 次の機会があれば食事は抜こう。

 

 もしかしたら体系のアンバランスさが生み出したものなのかもしれないし、他にも色々なやり方はあるのだろうけれど、今回の夕月の感想としては着物着るの大変、という印象。

 

 着付けで体力を持って行かれた夕月を気遣って着物レンタルの店から一番近い神社に足を踏み入れた。

 

 

「……参拝の作法って二礼二拍手一礼でいいんでしたっけ」

 

「神様への敬意と感謝のそれぞれ一礼、神様を招き、邪気を払う動作で二拍手、感謝の気持ちを込めて最後にお辞儀……だっただろうか。出雲大社は四拍手だったか」

 

「なるほど」

 

「今更だが、夕月は大丈夫なのか」

 

「信仰と言う意味では正式に一神教に入信している訳ではないですし、日本の神は八百万。あまり難しい事は考えなくていいでしょう」

 

「そうか」

 

 

 店で写真も撮らせてもらったからな、と神社の敷地に足を踏み入れた。

 

 

 夕月と真護が足を踏み入れた神社はそこそこ栄えている所らしく、三箇日がおわった状態でも短い列ができているほど。

 

 訪れた神社は健康長寿の御利益があるとか。

 

 

 順番が来ると真護から五円玉を渡され、二礼二拍手一礼。

 

 

 本当に神がいるかどうかは分からない。

 

 必要な時に漠然と神頼みをするのが何とも不思議なところだ。

 

 

 神は居るかもしれないし、居ないかもしれない。

 

 正直、夕月は神よりも懸命に思ってくれる近くの人の方に縋ってしまう。

 

 その何かの功績を神のお陰だと言うように考える風潮が夕月はあまり好きではなかったのだ。

 

 頑張ったのは貴方だろうと。

 

 それでも、極めて病弱であった夕月がこうして元気になれたのはほんのちょっぴり神のご加護があったのかもしれない。

 

 助けてくれた人の努力は決して忘れないが、日本人らしくこんな瞬間だけは神の存在を願おう。

 

 どうかこの人と永くいられますように、と。

 

 

 

「真護さん、安産祈願は流石に気が早い」

 

「違う。隣の健康祈願の方だ」

 

 

 参拝を終え、御祈願受付の札のかけられた社務所に並びながら熱心に見ているので思わずツッコミを入れる。

 

 どうやら夕月は真護の視線を読み違えたらしい。

 

 

「後は、御朱印を貰っておく」

 

「ごしゅいん」

 

「神仏とのご縁を結んだ記録のことだな。怒られるかもしれないが俗物的に言えば参拝記録。スタンプラリー」

 

 

 やがてやって来た順番に真護は御朱印帳を二冊と健康祈願のお守りを2個、申し出た。

 

 

「社務所のある神社であれば大体初穂料、御朱印帳2000円、記帳に500円前後が相場だろう。そう言った所は大体ある程度栄えて居たり、見ごたえがある。その……アレだ。一緒に色々な所に行こう」

 

「‥…ええ、貴方とならどこへでも」

 

「その最初の一歩だな」

 

「そうですね。私は生まれて初めてまともに来た神社になりますし」

 

「……もう少し大きな所、伊勢神宮にすべきだったか」

 

「神様に怒られますよ」

 

「……不躾だった」

 

「焦らずに進みましょう」

 

「そうだな」

 

 

 飲めそうなら、甘酒でも飲むか。

 

 ちょっとまだお酒はやめておきますね。

 

 甘酒にアルコール何てほとんどないんだがな。

 

 それでも、です。最初に訪れた神社の神に粗相は出来ませんので。

 

 

 神様のようなひと、という意味ではシスター、お医者様の次に彼が来るのだけど。

 

 口には出さないが、彼との一つの目標が出来た。

 

 

 あと、気軽に伊勢神宮と言われても距離わかってます?

 

 小中の修学旅行などのイベント事でも体調崩していたのでそもそも地元を離れたこともないような小娘なんですが?

 

 

 〇 〇

 

 

 朝、週明けの新学期に向け夕月は不足などがないかを確認していた。

 

 

「あ、移動手段」

 

 

 新学期に向け色々な準備をしているとそんなことに気が付く。

 

 通学手段の問題だ。

 

 夕月は自宅の教会からチャリで通学していた。

 

 まぁ、お嬢様学校なので正門から入るとあまり見聞が良いものではないので事情を配慮し裏門から教員らの駐車スペースに止めさせてもらっていた。

 

 夕月以外にも全体の1.5割くらいは庶民派な生徒なので電車通学の人も居る。

 

 大体は車の送迎であったり、学園の敷地内の寮に住んでいたりなのだが。

 

 いっそ学生寮に入ってしまおうと考えていた時期もあったが、特待生の全額免除枠は他の一般出身の才女が取得していた為それは叶わなかったのだ。

 

 夕月が獲得した特待生制度は学費の免除と同法人内の教会の維持管理を行うことで家賃と電気水道代の免除であった。

 

 校外外部施設依託管理人と言う名目だ。

 

 これに関しては教会の焼失を持って解任されたが、学費の免除は有効である。

 

 飲食費と参考書代、大学進学に向けての貯金。

 

 学業成績で全額免除枠の才女と争って大学部の免除が確保できるか怪しかったためその貯金のためにバイトもかなり頑張っていたのだ。

 

 

 そもそも進学を考えていた目標は「いい人に出会うためには己のスペックを磨く必要がある」と言う一点だ。

 

 コミュニケーション能力に長けている訳でもないため、夜の世界はまず厳しいし、自身を性的に消費されるような生き方はするなと再三シスターに教え込まれていた為、本当にどうしようもなくなった時の手段であり、楽をするためにそちらの道を選ぶことは考えられなかった。

 

 そもそも容姿に自信はないし、かといってそれも劣化していくもので若さも有限だ。

 

 貯金や大学進学時の奨学金の返済などの計画を考えるとそれなりの年齢になってしまうことは明確。

 

 そう考えれば婚活と言う市場では見劣りするため、自分の中身や作法に力を入れて、学歴を手に入れる。

 

 学歴があればいい就職先を目指す下駄になる。

 

 確実な進学を求めるなら進学校で学力をつけて浪人せずにストレートで大学に……なんて考えていたのだが、夕月にとっての目標地点である「健康で住むところと食事に困らない収入があり、加害をしてこない人と家庭を持つ」と言う目標は早々に達成されてしまった。

 

 その過程はだいぶ変則的ではあるが。

 

 出会って短い期間ではあるが旦那の善良性は目に見えて分かるもので、端的に言えば溺愛されているのだと思う。

 

 愛想付かされないために中身は今後も磨いていくつもりだが、当初程の意欲が消えかけているのもまた事実。

 

 ヤった結果、子を授かれば高校中退でも別に構わない状態だ。

 

 何なら学校辞めてくれと言われればやめるつもりである。

 

 下賤や卑しいと言われようとも夕月にとって普通の生活を手に入れると言うのは中々ハードルの高い事象で、それが叶えられるなら多くのことを妥協してしまう。

 

 勿論譲れない最低ラインと言う物は存在しているのだが。

 

 そんなことを言えばもっと幸せになれと抱き寄せてくれる旦那が出来たのは何よりの幸福なのだろう。

 

 

 夕月にとって高校への進学とは出来の悪い自分が確実に学歴を手に入れるための手段でしかなく、青春なんてものの思考はなかった。

 

 その前提を全部ひっくり返すパワープレイをする旦那に出会ってしまったのだから何ともまぁ。

 

 現状は目の前に目的がやって来たと言うか、ゴールがこっちに向ってきたと言うか。

 

 娶ってくれた彼が周囲に常識のない嫁を貰った、馬鹿な世間知らずとは言われないためにしっかりと勉強はしていくつもりである。

 

 

 夕月の意図しないところでセーフティーネットが幾重にも気づかれていることに築かぬまま、小さな志を見つけて気合を入れた。

 

 

 気合を入れたのは良い、通学手段だ。

 

 通学用にチャリが欲しいと真護に夕月は昼食時に強請ってみることにした。

 

 

「真護さん、通学用に自転車が欲しいです。ハード〇フとか中古用品店でこれくらいで買えれば自転車のチューブ交換くらいは自分で出来ますので……」

 

「通学用?」

 

「はい、以前住んでいた教会からは毎日チャリ通学でしたので。ガソリンスタンドと学校に行くときは自転車でした。居酒屋はすぐに帰れそうなところを選んでいたので徒歩でしたが」

 

「俺が送るんじゃだめか」

 

「ダメ……と言うことは決してないんですが真護さんは真護さんでお忙しいですし、お仕事の邪魔をしたくありませんので」

 

「邪魔だなんて思うものかよ。よし、俺が登下校送る。友達と遊びたいとかがあれば連絡してくれ」

 

「は、はい」

 

「素直に引き下がるな」

 

「言い始めたら聞かないと言うか、この様子だと仮に自転車を買い与えてくれたとしてもその時間は常に動けそうにスタンバイし始めそうな感じがしたので」

 

「良く分かってるな。度々食材の買い出しもするんだ。誤差みたいなもんだ」

 

「パワープレイが過ぎるんですよねぇ」

 

 

 で、ダメだった。

 

 これ以上楽をさせられると人間強度的なものが落ちてしまう気がする。

 

 日々の最低限の運動としてチャリ通学はちょうどよかったんですが……。

 

 

「……嫌だったか」

 

「嫌と言う訳ではなく学校の体育ぐらいしか運動する機会が減ってしまうな、と」

 

「運動好きなのか」

 

「とても好き、と言う訳でもないんですが……スタイルは良い方がいいでしょ?」

 

 

 顔はどうにもならないので首から下くらいはどうにかしたいもので、夕月は外見上の不健康さが出るような肥満などにならないようには気を使っていた。

 

 ……そもそも肥満になるほど食べていなかったのだが。

 

 それでもしっかりと最低限の筋肉は鍛えていたのでそう見栄えが悪いものでは無いはずだし、背筋をしっかり伸ばすのにも貢献している。

 

 

「……だが、あんなことがあった後だ。俺がどうこう言えるわけではないが、心配が勝つ」

 

「それはそうですね……あそこまで絶不調でなければ多少のやり様はあったんですが、といった具合に慢心するのもあれですね。素直に真護さんにお願いします」

 

「そうか。だが運動、と言う事ならマンションの3階に簡易的なトレーニングルームがある。流石に高級なタワマンなどに比べれば質は落ちるが事前に予約すれば使える」

 

「本当ですか!」

 

 

 雨の日に打たれながら走る気が起きない時は使っている、と真護は言う。

 

 

「長い事執筆するには安定した体力があるとやっぱり違うからな。俺も同行しよう」

 

「そ、そうですか」

 

「汗を流してすっきりすると結構展開で悩んでいたことが晴れることがあったりする。基本的には23時間、夜中の2時から3時以外は使える」

 

「わかりました。後でジャージ買わせてもらっていいですか」

 

「数着買ってしまえ」

 

 

 よし。

 

 とりあえず肉体的に鍛え続けることは出来そうだ。

 

 夕月も体力があることで解決することは多い事を知っている。

 

 それこそ病弱な自分の転機が見え始めたのも体力をつけるようになってからだ。

 

 

 夕月を育ててくれたシスターはアメリカ海兵隊出身の人で結構キャラの濃い人だったように思える。

 

 『二度と上の階級になどなってたまるか、故に私はマザーにはならん』と言ってのける人だ。

 

 素行と口の悪さは一級品で人間的に魅力のある面倒見のいい人だった。

 

 慈愛で育てられたと言うよりは、地にはいつくばってでも意地汚く生き残る術を教えて貰った。

 

 

 『お前よりもそこらのストリートのネズミの方が生命力に溢れている。まぁ、私が死ぬ前には仔猫くらいにはしてやる」

 

 なんて言われて中々ハードだった気がする。

 

 あの人のお陰で露骨な罵倒とかにはノーダメージで流せる図太さを持てるようになった。

 

 やけにバリエーションが豊富なのだ、あの人の罵倒は。

 

 いや、シスター風に言えば激励だ。罵倒はお縄なのだから。

 

 

 ここ最近は良い生活させてもらってるから鈍らないように動かないと、あの世のシスターにあった時にまた罵倒されてしまうだろう。

 

 最後の最後まで近しいものにつつかれた程度で泣く仔猫は健在だな、なんて笑われたのだからそれは返上しないとならない。

 

 いつかあのシスターに普通の猫になったと言われたいのだ。

 

 





・帰路のふたり。


「志保子さん。そう言えば何故、あの時固まってしまったんだい」

「あー、あれね。その、私が可愛い可愛いって言っている真昼ちゃんっているじゃない?」

「ああ、周が良くしてもらってるって言うあの」

「そう、真昼ちゃん」

「それが一体……?」

「そっくりなのよ、夕月ちゃんと。並べてみたら双子なんじゃないかーって思うくらい」

「それは……」

「二人を比較するつもりはしないけど、スッゴイ衝撃だったわ。細部を見れば全然別人なんだけど、純朴さと言うか。にじみ出る優しさってところはとってもそっくり」

「まあ、二人ともうちの娘になったとしても偏らないように愛さないとね」

「ふふ、そうね。でもうちの息子独占欲凄いみたいなのよねぇ、私たちに構う暇見せてくれるかしら。それに見た?あの結婚指輪」

「あれは……我が息子ながらわかりやすい」

「修斗さんに似たんじゃないかしら」

「そうかもしれないけど、志保子さんにも似たところがあるんじゃないかな。夕月さんもちょこちょこと『遺伝を感じる……』って言っていたから」

「あら、そうかしらね」

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