赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207   作:くコ:彡の本棚

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プロローグ前篇 ある女との出会い

 ガトランティス二人の前にいたのは、人間だった。

 

 幾十本もの電線が伸びる玉座めいた席に背を預ける、青い肌の女。大破していた識別不明の漂流艦に、ただ一人乗っていたらしい。バルムークはつとめて無表情を保つが、困惑を隠し遂せはしなかった。

 

「貴様はこれを何だと思う?」

「ガミロンでしょうか」

「我もそう思った。はじめはな」

 

 エルダインが浮かべる笑みには含みがある。

 

 ゴレムの奏で上げた滅びの歌を耳にしてなお、生き永らえたガトランティスがいた。生き方を変えられない大多数が劫掠と戦闘(ガトランティス同士でも)を続ける中、傑出した将の幾人かが、軍閥と呼ぶべきものを形作っている。

 どこか閉塞的とも言える情勢の中で、エルダインという名はさしたる重みを持っていなかった。ゴレム発動の際に撃沈を免れた黒い巨大空母こそあれど、大戦艦や重戦艦もなく、いわば小粒の戦力を率いて動き回っていたに過ぎない。

 

 いや、今一つあるにはあるのだ。実戦場に投入するのが、あまりに現実的ではない代物が。その巨大な影がただの置物で終わると考えた時、皮肉っぽい哀れみをバルムークは覚えた。

 

 部下を引き連れ銀河を流れ歩き、傭兵ごっこをしていたバルムークは、エルダインが根城としている不毛の岩石惑星に呼び出されていた。招聘する、という表現まで用いられて。そして、二番目に見せられたのがこの女だった。

 

「果たして人間どもは、これを己の同胞と看做すであろうか」

 

 身体の内部構造を映し出した画像を見て、呻くような声が出た。それは、人の形をした外枠に押し込まれ、生体部と複雑に絡み合った、機械部品の群れ。ガトランティスがこれまで襲撃してきた中で、ここまでの機械化技術を有する星はない。

 

「時にバルムークよ、貴様はゴーランド閣下の下で科学奴隷の統轄を務めていたそうだな」

 

 ほんの一時期のことであるのに、よくそこまで調べたものである。科学奴隷を指揮して、テレザートを覆う封印岩盤の建造を計画、実行させた責任者の一人として、バルムークは名を連ねていた。

 その過程で、本来ガトランティスには無用の長物である科学的知識が、多少なりともバルムークの頭には刻まれている。主だった幕僚も同様だ。

 

「その見識を是非とも役立ててほしい。此奴の脳、そして乗ってきた艦から知識と技術を叩き出し、我らが力となすのだ」

 

 大ガトランティスの栄光を甦らせるために。大仰な身振りを交えて言うエルダインの目には、傲然とした光がある。

 

 そのようにして、バルムークと機械女の「対話」が始まった。開かれたままの両目は虚で、微かな口の隙間から息の一つも発さない。食事、排泄といった生理的行為は、そもそも必要ないように身体を造り替えられている。

 だが、生きていた。高度な演算装置と化している脳は盛んに電気信号を走らせており、こちらの技術で言語化、画像化することもできなくはない。

 

「デザリアム……それがお前達の号か?」

 

 最初に拾った単語から、その女をデザリアム人(デザリオン)と呼ぶことにした。デザリオンの頭の内に眠っていた科学技術はきわめて高度なだけでなく、ガミラスにボラー、そして地球とも全く異なる体系に連なっている。

 マザー、位相機関、時空結節点、重核子、β空間、グランドリバース、時の輪、ふるさと、規格外。一ヘブロンかけて拾い上げた単語や情報、その真の意味を全て把握できた訳ではない。それでも、エルダインは成果を見て満足げに頷いた。

 

「大儀である。早速、この艦の解体と解析に移ろうではないか。未知の力を取り込むことが叶えば、我が"イシュタルム"の船出も夢ではない」

 

 黒と赤に塗り分けられたデザリオンの艦は、巨大な鯨か芋虫を想起させる艦影をしていた。余剰次元の展開とは異なる原理で、大量のエネルギーを取り出す主機関を搭載している。それを応用した、特殊な装甲を有していた。

 それでも今、バルムークの前で舷側と艦橋構造物が大きく抉れた無惨な姿を晒している。余程破滅的な天体現象に巻き込まれたか、あるいは自身の強大すぎる力を持て余したのだろう。エルダインは意気軒昂だが、これは自分達の末路と言えはしないか。

 

 作業に臨むべく、デザリオンのいる一室に一人で入った。相変わらず、こちらに身を預けるように脱力したままである。ふと思い立ち、バルムークは側に歩み寄った。

 

「おい」

 

 馬鹿げたことを。そのように蔑む自分を、認識してはいた。この女はただ死んでいないだけ。反応などある筈もない。そう思っても、いつの間にか問いを発している。

 

「お前は何者で、どこから来た。どこへ行こうとしていた?」

 

 脳を調べるのではなく、この女の口から答えが聞きたかった。自分自身をどう認識しているのかを、知りたかったと言ってもいい。

 

「何を求めた末に、今お前はこんなところにいるのだ」

 

 そう言ってから、微かに後悔した。この女を通して、自分自身に問いかけているように思えたのである。

 指一本も動かない手に、触れてみる。内部の電装系が生み出しているであろう、仄かな熱が伝わってきた。

 

 ────────

 

 その日、バルムークは副官・カラボグを連れてエルダインの下を訪れた。複眼を閉じて眠り続ける一隻の巨艦が、見上げる視界を埋め尽くす。恒星の光が届かない工廠の中で、鴨緑の船体が存在を誇示していた。

 デザリオンの解析を始めて、十ヘブロンの成果がこれであった。魁偉な船体に所狭しと備わる砲熕兵器が、火を噴く時を今か今かと待っているようだ。

 

「何よりも、貴様の尽力あっての竣工である。このエルダインが覇を唱えた暁には、望む通りの地位をくれてやろう。大帝以外はな」

 

 来るかどうか分からない未来を上機嫌で語った後、エルダインはとある星系国家の名を挙げ、出陣を告げる。新造艦の初陣という訳だ。未知の技術を満載した艦をいきなり陣頭に立たせることが、バルムークは俄かに首肯し難い。

 

「征旅の第一歩を印す戦なのだ。総旗艦が出ずして何とする」

「何処かに立ち寄り、試験を重ねた後でも遅くはないと考えますが」

「バルムーク殿、貴公が不安を覚えておられるのは艦の仕上がりか、それともご自身の采配か?」

 

 巨大空母の指揮を取るグレイムが口を挟んでくる。エルダインの幕僚を代々務める忠実な男らしいが、威勢がよいだけのつまらぬ男としか思えなかった。対抗意識を露骨に剥き出しているところが、まさにそうだ。

 カラボグが佩剣の柄に手をかけようとしたのを、目で制する。するとエルダインはグレイムを叱責し、こちらに詫びてきた。

 

「言うまでもないことを敢えて言わせてもらうが、万が一艦が暴走したがために我が斃れようとも、それは我が武運が尽きた故だ。貴様が罪に問われることは決してないと、戦士の誇りにかけて誓う」

 

 グレイムのような輩を重職に就ける小ささもあれば、こうした大きいところもエルダインにはあるようだ。

 

 出陣の日取りも決まり、エルダインの下を辞して座乗艦"スカージア"に戻ったバルムークは、カラボグが巨体をゆすって溜息を吐くのを聞いた。

 

「閣下、隙を見てここを離れるべきです」

「戦に背を向けて逃げることをお前が忠言するとはな、カラボグ」

「無名の帥から脱することを逃げるとは申しません。エルダイン殿には、他者に収穫させた果実を平然と食らうところがありますな」

 

 本来、ここまで口数が多い男ではない。先程の一件が、否、エルダインに使われていることが相当腹に据えかねているようだった。

 

「離脱して後、どうする」

「これまで通りの傭兵稼業を続けましょう。ガミラス支配下にあった国が次々と独立したことで、働きどころは幾らでもありますぞ」

「遠からずエルダインとぶつかることになるな。奴らからすれば裏切者の我らを、執拗に狙ってくるのは間違いない」

 

 そうなった時、雇主は決して自分達を助けはしない。それどころか、外敵を呼び込む疫病神として、バルムークの悪名は諸国に広まるだろう。誰も仕事を依頼しようとはしなくなる……。

 

 肩を落として下がるカラボグの背を見ながら、バルムークは思う。自分が口にしたことは偽りではない。しかし、本心の全てであったろうか。他ならぬ自分にエルダインの軍を離れ難く思う心があり、それを糊塗するため、物事の一側面を殊更強調したとは言えないか。

 何故、を突き詰めていく内に、あの女の顔が浮かびそうになって、バルムークは狼狽えた。

 

 なんとなしに手を握っては、開く。あの時触れた温もりが、まだ纏わっている気がした。

 

 ────────

 

 口は開かない。さりとて、コムメダルの瞬きもない。アルフォンとランベルは無言のまま、その女の目に映る光景を見ている。

 アルフォンが溜息を零すのと同時に、ランベルが組んでいた腕を解いて吐き捨てた。

 

「イスカンダルの真似事のつもりか?こいつは」

 

 西暦2205年の邂逅に刺激を受け、建造されたデザリアムの試製戦艦。それが時空結節点を越えようとした時、位相機関が突如として暴走した。船体が崩れながら難破した艦は予定と大きくずれた座標にワープアウトし、ガトランティス残党の一派に拿捕されたのだ。唯一の生存者となった、女艦長と共に。

 

 二人は額面通りに受け取らない。本来は受け取らねばならないのだが、マザーの掌の上だと承知していても、それは抑えきれなかった。出航前、幾度ものチェックで異常はないとされていたし、ディガブラスの管制があれば難破など有り得ない。

 そもそも、ガトランティスが他文明の技術を盗掘するのに長けているからといって、千年先の未知の技術をたかだか一年で取り込める訳もない。艦長のコムメダルはリンクを維持しているとのことで、プロテクトをかけて情報流出を遮断することも容易い筈だ。

 

 ここまで考えれば、答えは明示されているようなものではないか。

 

「マザーはガトランティスを使い、地球やガルマン・ガミラスの戦力を削ぐつもりだろうか」

「こういうことも有り得るぜ。マザーのほんの思いつき、ただの気紛れ。時空を越えたお人形遊び」

「絶対的な管理者が気紛れを起こすかな」

「気紛れで生まれた俺達鬼っ子としては──」

 

 遭難した艦長の適性訓練のデータを調べてみると、彼女は自分達と同じ「規格外」だと分かった。感情の揺らぎに左右され、任務遂行に支障をきたす懸念があるとされる者達。

 

 闘争によって、知性によって、規格外の子供達は己の意味を証明せねばならない。存在を許されるために。だからこそ彼女も、試作艦のテストという危険の伴う任務に志願したのだろう。

 ランベルやマクシムと同じく、アルフォンの同胞たり得る人物だったかもしれない。

 

「軍人だけでもそれなりの人数を造ってるんだ。たった七人で済む訳がねえわな」

 

 ランベルの表情は苦りきっている。座乗艦として宛てがわれた新鋭艦"グロデーズ"が、件の事故のフィードバックによって、機関の安定稼働を完全なものとしたことを知ったのである。自分が不当な受益者であるとの錯覚に、苛まれているのだろうか。

 

「やめよう、この話は」

 

 虚しいだけだった。彼女の話を聞いて頭に浮かんだものは、憐憫と呼ぶべきものかもしれない。しかし、それで彼女を救える訳ではない。自分を、規格外の皆を救える訳でもない。

 

 成り行きを、見守るしかなかった。

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