赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207 作:くコ:彡の本棚
不当な嫌悪を向けられていると、思ったことはない。
裏切者。そうした陰口は常日頃より飛び交っていることだろう。それも、間違いではないのだ。
地球に亡命するマーズノイドが続出したのは、2170年代末よりのことである。第一次戦争で勝負を決められなかった軍の、軍事独裁の色を日に日に濃くしてゆく自治政府の、将来を悲観する者達の選択だった。
間はそれに混じる形で、始祖の地を踏んだ。西暦2180年、十三歳の時である。
地球にとっては敵国の出身者、それも逃げてきた者である。居場所とは与えられるものではなく、己が力で勝ち取るべきものだった。
その力を間は軍に求めた。訓練で抜群の成績を修め、十五歳で戦場に立ったのだ。
折しも、地球と火星の第二次戦争真っ只中。同僚の白眼視も一顧だにせず、銃火の飛び交う戦場を駆ける。同胞の血で、装甲服が赤く染まるまで。
間は、自分が運に恵まれたと思っている。尊敬していると、胸を張って言える上官に出会えたためだ。
桐生吾郎。向う見ずだった自分に、生まれ育ちに関わりない戦士の誇り、空間騎兵魂を教えてくれた男。その桐生も、ガミラス戦争末期に月面で逝った。
「隊長、脱落なしです。第一関門はパスできましたね」
副隊長の小杉に声をかけられ、間は刹那の回顧から抜け出した。
選抜した強襲隊五十名で乗り込んだ岩塊を、マスドライバーで敵巨大空母に向け射出。そして擦れ違いざま、甲板に降着する。
無茶だと言われたが、間としては堅実な案を選んだつもりだった。大型空母の防空火力を奪うにあたり、"ヒュウガ"と麾下の飛行隊は、完璧としか言いようがない働きを成し遂げた。
それでも、敵は恐らく例の自律対人兵器を抱えている。ガトランティス戦役の折、第十一番惑星で酸鼻をきわめる被害を齎したものだ。騎兵戦闘艇で近づけば早々に捕捉され、文字通り串刺しにされかねない。
故に、探知の暇も与えない方法を選んだ。バラガキにとっては、日常的な演習の延長に過ぎない。怯えるどころか、作戦を聞いて猛る部下を、間が抑えてやらねばならないほどだった。
「悪くない景色だ」
「同感です。殺風景ではありますが」
地球、火星、ガミラスを見渡しても、戦闘の只中に大型空母の甲板に降り立った者はいないだろう。これが、戦闘種族の見る景色か。空母というより、基地の滑走路を眺めている気分だ。風穴を空けられた方々の砲塔から黒煙が立ち昇り、いつか見た廃墟を間は思い出した。
迫る気配。降着した皆で飛び退り、上方から死角となる遮蔽位置に潜り込んだ。敗残の攻撃機が急降下しながら、機銃を射掛けてくる。三機のうち、一機はミサイルを残していた。
まず損傷を与えるには至らないにしろ、母艦を撃ってくる攻撃性には驚かされる。
今回作戦に突入した機動甲冑は五十体。その内、十体が二式である。固定武装だけでも、攻撃機を落とせる火力があった。
四体で迎撃させる。肩に備えた一対のパルスレーザーで弾幕を張り、ミサイルを潰すのが二体。敵が四散したミサイルの破片を潜り抜けながら撃ち続け、下降から上昇に転じ始めた瞬間、もう二体が両腕を天に翳した。
前腕のカノン砲から飛び出したエネルギー弾が、勢いのままに攻撃機を貫き徹す。一機は巨大空母の縁に衝突して粉々となり、他二機は制御を失ったまま宇宙を漂っていった。
それを見届けると、間は背後で作業を続ける隊員に振り向く。艦内へ侵入するための準備だ。
「どうだ?」
「爆破準備は完了です。スキャンの結果も、以前のデータと変わりありません」
セットされた爆弾が起爆し、船体の一画に侵入口が作られる。垣間見える艦内通路は、高さも幅も相応のサイズである。五式は無論のこと、二式の移動や戦闘も容易いだろう。
「では諸君、所定通りこいつを頂戴しにいくか。傷の多いデカブツだが、あの化け物に挨拶しに行くにはちょうどよかろう」
居並ぶ皆を見渡しながら言った。機械的なシルエット、バイザーに覆われた向こうで浮かべている不敵な笑みを、間は確かに見ている。ちょうど、自身と同じようにだ。
皆、亡命者だった。ガミラス戦争から間と共に戦ってきた者、アナザーマーズに基地が設けられてから、麾下に加わった者。身の上は様々だろうが、わざわざ詮索するつもりはない。
共に死線を潜る中で、そんなものは些末な事情に過ぎないからだ。
腹心と恃む一人である、難波率いる分隊が斥候として穴に飛び込む。その視界は、バイザー上で間や皆も共有していた。
銃を持ったガトランティスの兵士が四人、爆発を検めに来ていたらしい。赤い装甲に身を包む機械の歩兵が飛び降りてきて、面食らっている。難波は躊躇いなくライフルの引金を引き、全員を薙ぎ倒す。
周囲の安全確認を終え、皆が艦内に降り立った。二式を三体、侵入口の確保に充てる。
「よし、俺は艦橋を押さえにいく。小杉、お前は皆を率いて機関部を確保しろ。自爆は絶対に許すな」
「お任せを。隊長もお気をつけて」
「ヘマをしそうに見えるか?」
「まさか。突飛な真似で部下を振り回されぬように、とね」
間は随伴の五名を選抜した。自身を含む五式装備が四名と、二式が二体。艦橋のような要所を突くには、数は少ない方が都合が良いのだ。
逆に、この艦の機関部は相当に広く、通路が分かれる箇所も多いため、小杉に本隊を預けて押さえさせる。
それに、本隊の仕事はもう一つ。自律兵器の寝ぐらを潰すことだ。
先の戦役が終結し、地球はガトランティス艦に関する、多くのサンプルを得た。
大型空母の内部構造もその一つで、おかげで皆は迷うことなく艦内を駆けられる。さらに解析の結果、自律兵器の整備と補給を可能とするであろう区画の存在も明らかとなっていた。
候補となるのは最大で五箇所。それぞれ然程離れてはいない。間達が艦橋へとひた走れば、そちらに敵の注意は向く。その間隙を突いて本隊が自律兵器の格納庫を叩けば、全体の負担を軽くできるのだ。
赤い武士どもが疾駆する。重い足音と、モーターの駆動音が綾をなして響いた。クローラーを使わないのは、不意の交戦を可能な限り避けるためだ。包囲されやすいジャンクションなどは特に。
敵の迎撃は散発的だった。要所で防衛線を敷いているのではなく、接敵した者から攻撃してくるといった具合で、纏まりに欠けている。遭遇戦のような形で敵を撃ち払い、屍を踏み越えることを十数度繰り返した。
「どこか拙く思えます。閉所での近接戦を行う訓練を積んだ兵とは、とても」
「空戦や艦隊戦が行われる戦場で、接舷攻撃への警戒をする奴の方が少ないからな」
ともすれば不満げな難波を間は宥める。戦の高揚に身を委ねながらも、血の匂いに酔ってはいない。
傍らには、照射モードに切り替えたパルスレーザーで、内壁を矩形に切り取っている二式の姿がある。機関部に続く通路に出る、横道を啓開しているのだ。
「ただ、艦隊に陸戦要員を加えるという発想が、そもそも敵にはないと思う。陸は陸、宇宙は宇宙で特化されてるんだろう。効率化の弊害だな」
「今度の作戦、その辺りの隙も考えて立案されたのですか?」
「照れるだろ、買い被るなよ」
話す内に作業は終わった。小杉指揮下の隊員が、薄暗い竪穴に次々とその身を滑り込ませる。二つに分かれる隊の有機的な連携が、これからの要となるのだ。
前方を警戒していた難波が、声を上げた。
「あちらさん、ようやく我々を本気でもてなすつもりです」
通路の向こうから迫る影。鏃を思わせる輪郭の鋼鉄が、切先をこちらに向けて飛んで来る。小銃を抱えた兵士の一団を従えた、十体前後の自律兵器。
既に戦場は選んでいた。前後にしか移動できない直通路が続き、背後は曲がり角であるため、容易く包囲されることはない。
通路の両脇、逆八の字で迎え撃つ陣を敷いた。遮蔽物に身を隠して機を窺う、銃撃戦の基礎に則っている。
機動甲冑は卓抜した火力と機動力を歩兵に与えるが、装甲は薄い。慎重に立ち回って被弾を避け、逆襲に転じる時を見出すのだ。
二式の機関砲で弾幕を張る。火線の壁に潰された自律兵器が内部の配線を撒き散らしながら、次々と壁面に叩きつけられた。まるで生物が尻込みするように、その動きが鈍る。
斉射を止める。敵の方は突破の好機と見ただろう。自律兵器が押し出してきて、対人戦闘用に形態を変化させてくる。
「よし、落とせ」
五式で前に飛び出し、変形しつつある自律兵器にパルスレーザーの雨を見舞った。甲高い着弾音が鳴り止むと同時に、蜂の巣にされた自律兵器が通路に横たわる。
それを見る敵兵の反応は緩慢で、応射も散発的だ。異なる戦力が補完しあって動く訓練を、積んでいないだろうことがよく分かる。
元の位置に戻り再び弾幕を張る。そう見せかけておいて、二式を突撃させて攻勢に移った。間達も肩を並べ、飛び散る破片とすれ違いながらライフルの引金を引き絞る。泡を食った敵兵が跳ね飛び、血腥い泥濘の中に倒れ伏す。
撃ち込まれてくる赤い杭は、落とすことに固執せず躱す。杭は硬く速度も高い代わり、軌道は直線的である。
通路の向こう側で、敵が微妙な動きをした。こちらを引きつけて包囲する構えだと察した時、間は素早く退却し、皆もそれに続いた。逆進するクローラーが通路を震わせる。
交戦開始時に確認した自律兵器は全て破壊したが、増援は何機も送り込まれてくる。その移動ルートを基に、小杉は格納庫の正確な位置を割り出してくれる筈だ。
鏃のまま突っ込んでくる機影、三。その勢いに妙なものがある。防衛線を破るというのではなく、すり抜ける際の動きではないか。
頭で閃くと同時に、間の体は宙を舞っていた。転回する視界の端に、変形する自律兵器の姿。
跳躍した勢いを右拳に乗せ、背後で両腕の発射管を構える敵の頭を殴りつけた。仰向けに態勢を崩したところを組み伏せ、片腕を掴んで前方に向ける。赤い杭が後続の自律兵器を穿ち、地に縫い付けた。
用済みとなった後は、頭部に銃口を捩じ込んで沈黙させる。
「お手間を」
「なに、一発ぶん殴ってやりたかった」
機動甲冑が実戦投入される前は特に、多くの空間騎兵を餌食にした敵である。アナザーマーズでのバラガキ隊は、もっぱら攻撃機を主敵とした防空戦闘を行っていたため、間には交戦機会がなかった。
少しは、自分も無念を晴らすことに寄与できただろうか。柄にもなく、殊勝なことを考えた。
俄かに、目の前の敵が困惑の色を浮かべる。バイザーに浮かぶ、小杉の視界を借りた映像が、その理由を雄弁に語っていた。
その区画には、木に付いた葉のようにして自律兵器が並び、指令を待っている。本隊が格納庫に辿り着いたのだ。起動して侵入者の排除に動き始める、直前の隙。隊員達が一斉にグレネードを撃ち放つ。
小さな枠一杯に乱舞する、緑の鉄屑と紅蓮の炎。この有様を目前の敵に見せてやりたい思いに、一瞬だけ駆られた。
「上出来だ、小杉」
『危機管理がなっておりませんな、奴ら。格納庫はもう一つがあるだけのようです。既に向かっていますよ』
その足で、小杉達は機関部の制圧にも取り掛かる。格納庫を潰しておけば、その際に背を心配する必要もなくなるのだ。
増援を断たれ、立ち尽くす敵に向き直った。本隊と歩調を合わせ、艦橋への道を切り開く。
難波を先頭に斬り込んだ。自棄でも起こしたように、敵は同士討ちも厭わず銃弾と杭を撃ち掛けてくるが、その全てを避けて反撃を叩き込む。
屍体と残骸を残して、間達は通路を駆け抜けた。纏わる煙と血の匂いは、駆けるうちに剥がれてくる。
どれだけの間疾駆したのか、よく覚えていない。ただ、未だ疲れを覚えるだけのものではない。難波以下五人も同様で、盾代わりにした自律兵器の残骸を抱える者もいた。
壁となって立ち塞がる一団を薙ぎ倒し、目指す艦橋までは扉一枚となった。
機関部では既に戦闘が始まっている。流石に、抵抗の激しさはこれまでと違うようだ。銃火が橋となって敵味方の間にかかり、互いの破壊を狙う機影が交錯する。
それでも、負けの不安は微塵も湧いてこない。浮き足だった敵と対しても、恐れなど感じないからだ。
間の経験則で言うなら、内惑星戦争末期、火星軍兵士の気迫は人のものと思えぬ程だった。フォボス要塞に攻め入った時など、こちらが圧倒的優勢に関わらず、死の恐怖を絶えず肌で感じたものである。
扉をグレネードでぶち破り、隊員に手にした残骸を投げ込ませた。案の定、対戦車兵器と思しき重火力がそれに集中し、ずたずたに引き裂かれている。
そのようにして待ち伏せを躱し、間達は煙を掻き分けて艦橋に踊り込んだ。
巨大な艦容を制御するに足るだけの広さを有した、上下二層の艦橋。艦長以下の主要員は、本来ならば上層に詰めている筈だが、迎撃のため下層に数十人が展開している。
戦闘形態で艦橋に浮遊する、十数機の自律兵器。見慣れぬ機影に座す大男の姿があった。
「指揮官機でしょう。装備からして、奴がこの空母の艦長では」
「らしいな。回り込めるか?」
艦長は露天コクピットで大剣を振り回し、ガトランティスの言語で何事かがなり立てている。翻訳するまでもなく内容を察し、間は薄い笑みを浮かべた。
たちまち、艦橋は鉄と火力の坩堝と化した。敵味方の銃口が燃え上がるような熱を纏い、それが冷める兆しとてない。エネルギーの銃弾は敵兵を引き裂き、赤い飛沫が壁に床にと飛び散る。
窓を隔てた先の宇宙は、先程の苛烈な戦闘が嘘のように静まり返っている。全く別の世界を映しているように見えた。
下層での戦闘となったのは、好都合だった。艦の全機能を統轄する艦長席さえ無事であれば、差し支えなく任務を遂行できる。
そう。戦意と殺意をぶつけ合う白兵戦も、敵の総旗艦を丸裸にする策の過程に過ぎないのだった。
剣光。空気を断ち割る斬撃を、間は仰け反って躱す。仕留めた自律兵器の残骸が、見事に両断されていた。
「良い斬り口だ」
そう評するだけの余裕はある。間が部隊の指揮官であることを、艦長は悟ったらしい。
厚刃の大剣を振るってくる。ほんの少し掠っただけでも、地獄を見る威力であると嫌でも分かった。織り交ぜる形で、自律兵器の両腕も向けてくる。
蹴り上げ、受け流す。身を屈めてやり過ごす。勘、あるいは生存本能というべきものが、間を現世に留めていた。
一対一。隊長が強敵と対する中で、皆は狼狽えることなく、それぞれの持ち場を堅持している。それでこそ、こちらも存分に戦えようというものだ。
何十度目のことか、バイザーに覆われた間の頭を狙い、大剣が振り下ろされる。その時、赤い鉄槌が敵機に落ちかかった。
軽やかに壁面を駆け上がった難波が、飛び降りる勢いのままに、指揮官機を殴りつけたのだ。
衝撃に引き摺られ、乗り込んでいる艦長ごと倒れ伏している。間は容赦なく銃口を向けるが、敵は倒れたまま得物を横に薙いで、ライフルを斬り落とさんとする。
両手を離した。ライフルが床を滑る甲高い音を聞きながら、間は腰の拳銃を抜いた。腕を振り抜いたまま固まる艦長の眉間に、一発を撃ちこむ。
ばっ、と真紅の花が開き、敵は動かなくなった。
気づけば、艦橋を静けさが包んでいる。動く敵、生きている敵は、既にこの場から失せている。その中で間の耳に入る声は、機関部の制圧に成功したと報告する小杉の声だ。
難波に親指を立て、勇戦を讃える。仕事は、まだまだこれからだった。
────────
総旗艦を先頭に押し立てた縦列。エルダインはそれで埒を明けるつもりらしい。
艦隊の半数が、既に沈められた。今、バルムークの目の前で崩れ落ちているのは、"スカージア"を除く最後の空母である。自分が敵の立場でも、やはり重点的に狙うだろう。
あの巨砲。敵の旗艦に積まれた連装砲が光を放てば、宇宙が燃える。貫かれた味方が、物言わぬ残骸と化す。
発砲のたびに竦み上がる自分を、いつまでも抑えられそうにない。
すぐさま、エルダインの指示が実行に移された。自軍で最大の火力と防御力を有する"イシュタルム"で前線を突破し、敵の内奥に飛び込もうというのである。
左右二つの縦列。右の最後尾に"スカージア"をつけた。
「航空隊が戻りました。やはり、通信は拾えないと」
「仕方がない。全機、戻しておけ」
敵の懐へ飛び込むこと以上に、バルムークを不安にさせる材料が戦場にある。
敵による通信妨害が、きわめて深刻化しているのだ。岩塊の発射源に向かったグレイムの部隊とは、完全に通信が途絶している有様だった。
戦場で敵に仕掛ける妨害としては、ごく当たり前の手立てである。散々に撃ち破られたために、過剰な意識を向けてしまっているのか。
しかし、それを振り払おうとするだけ、嫌な気配はますます強くなってくる。とんでもない策謀の網に、引き摺り込まれているような。
強烈な光が先頭で弾けた。"イシュタルム"の砲熕兵器が火を噴き、敵に光の束を叩きつけている。
干戈を交えていた敵の旗艦を、すり抜ける形でだ。相対していた大敵を無視しての前進。エルダインの決心は、ガトランティスの本能にすら抗し得るものだった。
敵の旗艦も"イシュタルム"に固執せず、後続の縦列に砲雷撃を仕掛けてくる。件の巨砲は休ませていた。通常の主砲と、短魚雷によるものだ。
進むしかない。縦列をなす艦は皆、攻撃を避けることに注意を傾けた。船体を傾けてビームを受け流し、弾幕を張って魚雷を落とす。
先頭を征く"イシュタルム"が暴れ回った甲斐あって、広い前進可能圏が生まれた。隔絶した火力に屈した敵の残骸が、炎と共にのたうっている。
このまま周囲の艦を追い散らし、腰を据えて敵旗艦を包囲するのだ。そうなると目下留意すべきは、未だ積極的に動かない、敵の戦艦がいつ出てくるかであろう。
巨大な黒影が、こちらに近づいてくる。
「あれは」
グレイムの駆る巨大空母であると認識するには、数秒を要した。砲熕兵器の大半を潰され、船体の各処から煙が立ち昇っているのだ。相当に執拗な爆撃を食らったらしい。
岩塊の発射設備は攻略できたか。確かめようとしたが、依然として通信は繋がらない。
そもそも、何故あの艦は加速を続けている?味方と合流するのに、最大戦速で突っ込んでくる必要があるのか。質さねば。回線を開く努力は続いているが、まるで実る気配はなかった。
そして、気づく。巨大空母は通信妨害に遮られているのではない。巨大空母がそれを発しているのだ。地球式の妨害電波を。
背筋を冷たい汗が滑り落ちた。
「巨大空母を沈めろ、早く!」
「何ですと」
「敵に奪われている」
バルムークは確信していた。敵に奪われた巨大空母は、"イシュタルム"目掛けて加速を続けている。
衝突する気なのだ。あれだけの膨大な質量に速度が備われば、その威力は岩塊などの比ではない。
縦列の巡洋艦数隻が"イシュタルム"と巨大空母の間に出るが、突如飛来したミサイルの群れによって、無慈悲に穿たれた。
敵の戦艦部隊が動いている。上下の垂直発射管から続く白い軌跡の先に、沈黙した僚艦が漂う姿。
それらを押し除け、乗っ取られた巨大空母は驀進する。敵を撃ち砕くことに集中していた"イシュタルム"は、回避運動を取る間もなかった。
衝突した。巨艦と巨艦、星の海を征く城塞同士のぶつかり合い。天地のない宇宙だというのに、地揺れの激震に巻き込まれた気がした。
波紋。巨大空母の艦首を捩じ込まれ、"イシュタルム"の装甲に生じた波紋は、先程までの砲撃によるものと比較にもならない。
遥かに激しく、長い。特殊な装甲を最大展開せねば、到底受け止めきれないのだ。内部の伝導系は保つだろうか。
否、より差し迫った危険が目の前にある。先頭で、敵との攻防を一手に引き受けていた"イシュタルム"がこのような形で釘付けとなり、他の味方が敵の攻撃に曝されていた。
この時を期して温存していたのだろう、横列に艦首を並べる敵戦艦の攻勢は、凄まじいという言葉でも足りなかった。
艦首の発射管から放たれる魚雷を、輪胴砲塔を稼働してどうにか落とす。間髪入れず撃ち込まれる陽電子ビームまでは、躱しきれない。おまけに後方には、すれ違う形で放置した敵の旗艦がいる。
「この艦を前に出せ。対空防御」
バルムークは叫んでいた。幸いにも、"イシュタルム"はさしたる損傷を負っていない。あの装甲が生きているためだ。
占拠された巨大空母を排除し、"イシュタルム"が自由になるまで、一度退がる。そうして、態勢を立て直す。このまま戦うにせよ、後日を期すにせよ、それは必要なことだった。
ひた駆けた。前線で苦戦する味方の下に駆けつけ、"スカージア"の火力で敵の魚雷を落とす。味方にはビームを回避することに専念させ、後方に導いた。
流石に、調練を重ねただけはある。目の前の敵に固執して退き時を誤ることはなく、離脱は円滑に進んだ。救えるだけ救った、そう判断して戻ろうとする。
黒い怪鳥が舞い降りてくる。他の地球軍機より一回り大きい機体、長大な牙のように突き出たビーム砲。
地球との交戦記録に残されていたのを、思い出した。火力と機動力の代償に、クローニングされていない地球人では容易く扱えない、希少な試作機。
「まだ生き残っていたか」
砲口の煌めきを見てバルムークは息を呑み、回避を命じた。光条の直撃こそ免れたが、飛行甲板を炙られている。発艦不能、の悲痛な声が艦橋に響く。
さらに、対艦ミサイルの群れだ。十二発。必死にビームをばら撒く輪胴砲塔の唸り。全て落とせ、そう祈る気持ちにさえなった。
窓の向こう、一つ、二つと爆炎の花が咲く。あの黒い機体は全弾を撃ち尽くし、"スカージア"所属の二機に追われている。
全て迎撃したのか。質そうとした時、目の前が白い光芒に覆われた。
意識が唐突に薄れてゆく。バルムークに知覚できるのは、全身に食い込んでくる鋭い痛みと、カラボグの叫びだけだった。
────────
まだ、動くのか。この化物は。
敵の大型空母を白兵戦で鹵獲し、目標に衝突させる。そして、詳細なスキャンデータを入手し、弱点を暴く。
初めて聞いた時は正気と思えなかったが、間率いるバラガキ隊の活躍は目覚ましく、投機的だった作戦を完遂してみせたのだ。
1,200mを超える規模の空母である。それに加速をつけて巨大艦にぶつければ、あるいは沈められるかもしれないとさえ、モロトフは思っていた。
しかし、所詮甘い期待が実ることはない。巨大艦は大質量の衝突を受けて前進を止めたが、航行と戦闘に支障を生じてはいなかった。
巨大艦の左舷に備わる砲熕兵器が一斉に鎌首をもたげ、光と熱を巨大空母に叩きつける。罅の入った箇所を狙ったミサイルが続き、装甲を抉り散らす。
砂の城が風に吹かれるように、大型空母が少しずつ輪郭を喪失していった。
先の戦役では、地球・ガミラス艦隊がついに沈められなかった艦。他と隔絶した堪抗性を有する艦が容易く食い破られる様は、いかにも現実感を欠いている。
「間隊長は?離脱可能なのか」
間は奪取した大型空母にただ一人残り、ここまで制御してきた。間近で敵の弱点を観測するために。そして、占拠完了後に積載した騎兵戦闘艇で離脱するのが所定だった。
だが、敵の航空戦力がまだ残っている。巨大艦の艦載機。纏わりつくように飛び回って、間の離脱を阻む動きと見えた。
パシフィックを連れて"だざいふ"が救援に向かおうにも、巨大艦の横撃を食らう危険がある。サエキに判断を仰ぐ直前、接近してくる"ヒュウガ"の艦影が見えた。最大望遠でモニターに映し出す。
飛行甲板の下部に設けられた、高加速カタパルト。それを飛び出した白銀の煌めきは、真空を切り裂きながらタイガーⅡの機影へと変わった。
『S.SAKAMOTO』の表示。パイロットの名前だ。
ここまで剽悍な飛び方をする者が、こちらの艦隊に何人いるだろう。呆れる程に荒々しく、研ぎ澄まされた鋭さを有する機動である。
機銃を射掛けて敵の足並みを乱し、間髪入れずにミサイルを投げつける。一連の攻撃に不規則な動きを織り込むため、敵はその影を踏むこともできない。
爆砕された敵の残骸を踏み越えながら進む機体が、崩壊間近の大型空母の陰に滑り込む。次に見えた時、赤い鉄の偉丈夫が機上に立っていた。
微かな安堵は、戦場を塗り潰す火力によって吹き飛ばされる。
巨大艦の暴威は、止まるところを知らなかった。莫大な数の砲熕兵器は、全方位を指向できるよう備わっている。斉射時には火線と弾体が四方に飛んで、まるで艦を核とした熱球のようにも見えるのだ。
開戦当初は一割に満たなかった損耗率が、早くも四割に届かんとしている。巨大艦ただ一隻によってだ。神話に語られる、怪物の尾を踏んだ気分にモロトフは囚われた。
「目標のスキャンデータは?」
戦場のことなど気にも留めていないような口ぶりで、サエキは技術長に問うた。収集完了、と技術長は鼻白みながら答える。
攻撃は、後方に位置する金剛改型にまで及び始めた。発射管を全て稼働しての飽和雷撃も、巨大艦には無力に見える。対空砲火と特殊装甲の壁を越えられず、虚しく威力が四散してゆく。
第三機動部隊の旗艦、ドレッドノート級"ドレスデン"が僚艦を庇うように前へ出ている。苛烈きわまる火力の矛先を向けられ、耐え凌ぐので精一杯と思われた。
「ここまでだな」
抑揚の無い声色でサエキが言ったのは、そんな時だった。
「所定は完了した。全艦、戦闘宙域より離脱。指定されたポイントに退却し、艦隊を再編する」
復唱は無い。悲痛な沈黙が、艦橋に満ちるばかりである。
艦隊を退げ、戦場を離脱する。それが額面通りでない意味を持つ命令であると、艦橋の誰もが知っていた。
「意見具申」
顔に焦りを滲ませ、戦術長が立ち上がる。ガトランティス戦役で初陣を迎えたばかりの、若者だった。
軍という領域の汚れに、まだ染まりきってはいないのだろう。
「本艦による目標への攻撃を続行すべきです。ここで沈めなければ」
息を切らす勢いで訴える戦術長をじっと見据えるサエキの目は、様々なものを捨てねば現れない光を浮かべていた。
「それを行うべき根拠と、実行しうる方法を述べてみろ」
「あの巨大艦の存在そのものが、我らの存亡に関わってくるためであります」
艦橋の皆が、二人のやり取りに聞き入っている。
「これまでに得られた情報からして、惑星を壊滅させる戦略砲撃が、巨大艦一隻により発動されたであろうことは、疑いようがありません。他の艦をどれだけ撃破しようと、あの艦を沈めない限り基地は陥ちます」
ブリーフィングで誰もが口にすることを憚ったが、戦術長の推測は皆の心中にあるものと同じだった。
属州惑星でばら撒かれていたカラクルム級の群れは、如何にも目眩しじみていたし、巨大艦が誇る桁外れの出力ならば、単艦での戦略砲撃も容易いことはよく分かる。
サエキだけが知らない筈がない。巨大艦の更なる脅威を知悉したうえで、どこまでも冷徹な色を顔に浮かべているのだ。
「それで、方法は?」
「波動砲の斉射で」
「こちらが、沈むだろうな」
戦場に目を向けてみれば、"ドレスデン"が艦首に直撃弾を食らっていた。痛々しく焼け落ちる波動砲口。継戦能力は失っていないが、最大の切札を封じられた形である。
巨大艦は、動く。当たり前のことだ。波動砲の充填するまでの間に、距離を詰められたら。発射できても、回避されてしまったら。あの敵を前に波動砲を使うこと自体、きわめて危険な賭けだった。
「今一度言う、艦隊を退げろ。このままでは"ドレスデン"も保たないぞ」
沈痛な静寂が再び艦橋に降りかかろうとした時、それを破るような甲高い音が響いた。
艦橋の床に投げ出されたもの。サエキが、携行する銃を放っていた。
「不満があるならば、いつでも代わってやる」
艦長席を立ったサエキが、無防備の体で両手を挙げる。
「私は艦隊および基地司令として、最も少ない損耗で敵を撃滅する方策を考えている。それに優る腹案を有し、最後まで責を負う覚悟がある者は、私を排除してそれを為すがいい」
反駁できなくなった戦術長が、肩を落として席に戻る。
皆が、目を伏せた。各席のモニターが視界に入っているだろうが、表示内容を把握できているか知れたものではない。
サエキの内側から発せられる何かが巍然として艦橋に聳え立ち、皆の不満をしたたかに撃ち砕いた。覇気と呼ぶには氷河の如く冷たく、あまりにも鋭いもの。
「司令の御判断に従え」
モロトフはその言葉をどうにか絞り出す。サエキの内に眠る、容易く触れてはならない面を、垣間見た気分だった。
"だざいふ"は回頭し、巨大艦と並航する形で離脱に移る。標的がこちらに変わった。投げつけられるミサイルの群れを、右舷の六連装砲で吹き飛ばす。
第三主砲で撃ちかけてみるが、やはり青い光条は波紋に打ち消される。それでも、稼いだ僅かな時で"ドレスデン"以下の艦隊は、安全圏まで後退を果たしていた。
全ての味方が離脱したのを見届け、"だざいふ"も戦場を後にする。巨大艦は追ってこない。甚大な被害を蒙った艦隊を、再編するためか。
それは、凱旋ではない。最大の脅威である巨大艦は未だ健在で、戦意も失ってはいないからだ。さりとて、敗走でもない。本当の戦いはこれからだと、サエキが確信しているためだ。
ふと、モロトフは思いついたことがあった。あまりにも馬鹿馬鹿しい想像で、頭を振ってそれを忘れようとする。
しかし、そうしようとすればする程、下らない推測はくっきりとした輪郭を持ってくるのだ。
サエキは最初から、惑星を撃たせようとしていたのではないか、と。
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彼方へと去り行く敵の背中を見ながら、エルダインは艦隊の被害状況を確かめた。
実に、七十隻あまりが沈んだ。しかし真に深刻なのは、機動部隊の中核たる空母が、一隻を除いて全て討たれたことである。
エルダインの采配を過たず遵守する中継役とし、他艦艇を制御する役割を与えていたのだ。いわば、手と口を奪われたようなものである。
ただ一隻残った"スカージア"も、飛行甲板が酷く損傷し、母艦機能が復旧する見込みは立っていない。
何より、座乗するバルムークが人事不省に陥っていた。敵戦闘機の放ったミサイルを迎撃し損ね、至近弾を艦橋に食らったのである。容態は落ち着いてきたと副官のカラボグは言っているが、復帰はいつになることか。
「巨大空母を奪うとはな」
巨大空母が衝突軌道を取ってきた時には、さしものエルダインも思考が停止した。
グレイムは思慮も節度もない蛮人ではあったが、武勇では人後に落ちぬ男でもあった。それを斃してみせたのだから、敵も白兵戦に長じた精鋭を投じてきたのだろう。
最大戦速で突っ込んでくる大質量を受け止めた代償は、高くついた。
伝導系統の損傷。戦で求められる機動を行うには問題ないのだが、船足が上がらない。長駆して敵を追うことを諦めたのも、そういう事情からだった。
何より、加速に支障があるというのは、跳躍に移るだけの速度を得られないということだ。内部を徹底的に復旧しない限り、この星系を脱する手段は、事実上失われたのである。
惑星に向けて牛歩の航行を続ける間、ずっと負けの味を噛み締めていた。
負けた。それを自覚するのは、初めてのことだった。彗星都市が陥落し、先帝が崩御した時でさえ、エルダインはそれを自分自身の敗北とは思わなかったのだ。
しかし、此度は違う。直々に総旗艦を押し立てて出陣し、自らの判断で艦隊を動かし、その結果がこの損害だった。
言い訳のしようもない敗北を、エルダインは自ら呼び寄せた。
煩悶する主を乗せて進む"イシュタルム"は、星を至近に認めた。
改めて見ると、確かに赤い。地表が酸化鉄で覆われているために、こうした赤を帯びているのだという。太陽系で戦場となった、火星とかいう星と同じだ。
あそこに、敵の本拠がある。艦隊の停泊地がある。岩塊の発射源も。そう思い至った時、燃え盛る衝動が胸に去来した。
「"インフィナイト=カノーネ"の陣を敷け」
口走れば、艦橋の皆はすぐさま配置につく。命令への絶対服従は、叩き込んでいる。
二種の機関の高鳴りを両足で感じながら、エルダインは自らの判断について顧みていた。してやられたことへの腹癒せ、それは否定できない。あの星の存在そのものを、許し難く思っているのは確かだ。
ただ、切迫した危機感はそれにも増して強かった。覇道の前に立ち塞がる強敵は、必ず現れる。予想よりも遥かに早く邂逅したが、すべきことはただ一つ。
そう、徹底的な掃滅あるのみ。己が力で障害を叩き潰してこそ、未来の大帝たる資格を唱えられるのではないか。
輝きを放つ雷撃ビットが円を描きながら回転し、中心に赤い星を据える。眩い光の環を前面に押し立てた"イシュタルム"は、滅すべき星に艦首を向けた。
発動に際し、周囲の艦艇は各処に広く展開、不意の敵襲に備えている。空母は失われたが、最低限の作戦行動を取ることはできると見えた。
動きもせぬ的を撃って、何が楽しい。そんな冷笑が聞こえてくる。
分不相応な旗艦を得ておいて、辺境の艦隊相手にこの
自分は、何かに囚われている。いもしない誰かの嘲弄を聞いて、エルダインにはそれがよく分かった。
今は嗤え、好きなだけ。大帝への階を上るか、地の底へ転げ落ちるか、これからの結果が教えてくれる。それまでは、これと定めた道を進むだけだ。
エネルギーの高まりが臨界に達した光の渦を望みながら、エルダインは腕を振り下ろした。
「撃て」
熱と光の嵐が、星を融かしてゆく。
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目の前に、始祖文明の遺した叡智がある。
船外服を纏ったシャルマは、シュミッツと共に遺跡に降り立っていた。"グァン・ドゥ"もすぐ近くで停泊している。
突貫で修理が行われたこともあり、"グァン・ドゥ"は本領を発揮できる状態にはない。光学兵装が使えないのだ。それでも、艦上発射管が復旧したのは有難いことだった。
PDAを操作していたシュミッツが顔を上げ、頷きかけてくる。
「制御スコアの解禁と最適化に成功した。稼働実験を行い、実戦投入に備えるとしよう」
攻め来る敵が狙っている遺跡を、迎撃のために使うことを司令部は考えたようだ。発生させたモノポール粒子は汎用性が高く、指向照射すれば強力な電磁気力を恣にできるという。
既に激戦が繰り広げられてはいるが、司令部はこの一帯を決戦場と定めたらしい。大小の岩塊を動かし、艦隊を展開する戦場の整備が進められている。
さらに、星系外縁を囲繞するようにして、残存する全ての波動共鳴機雷も敷設されていた。
そして、思いもよらぬものまで、出てきている。
「第四分基地で整備中だと聞いていたけど……」
それは、一隻の金剛改型戦艦だった。外観からは、これといった武装の差異を見出すことはできない。
しかし、塗装は水際立っていた。艦隊全ての艦が赤い火星迷彩で塗り分けられている中、その艦は上部がオレンジ、下部が白の鮮やかな艦影を漆黒の宇宙に誇示している。
その姿はまるで……。
「艦長、"ドロミテ"が太陽系に入ったと報せが入った。乗せていた非戦闘員は全員無事だそうだ」
「それは何よりです。迎え撃つ準備は、これで万端ですね」
「まさしく。惑星は明日にでも攻撃に曝されるかもしれない」
何よりシャルマを戸惑わせてやまないのは、シュミッツの変わりようだった。
柔らかな物腰、一線を引いたような態度を見せていた筈の青年が、どこか超然とした雰囲気を漂わせている。それに、司令が秘めている考えを、代弁するような言葉を発することさえあるのだ。
貴方は、何者?思わず質そうとして、口を噤むことがしばしばだった。
「当惑させたようで、申し訳ないね。騙るつもりは無かったのだが」
そう口にするシュミッツは、こちらの内心を見透かしているように見える。
といって、露骨に心を覗かれるような不快感は無かった。意図せず読み取ったことを、詫びている響きさえある。
「いえ、そのような。決戦を前に、気分が高揚しておられるのかと」
「それも否定はできない。ただ、何より父祖の遺した場所では、自分を偽ろうという気にならなくなる」
司令部から通信が入ったのは、そんな時だった。艦隊の全将兵に、伝えておくべき事実を通達する時のものだ。
シャルマも、シュミッツも、その通信を同じように聞いていた。
何も言えない。互いに言葉を交わすこともできず、黙然と目を合わせただけである。
「基地が、消滅」
シュミッツの顔には、微かな悔恨の色があった。