赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207 作:くコ:彡の本棚
瞼を上下させた。
合成皮膚に覆われた頭蓋ユニットの中、人工ニューロンが繋がってゆく感覚。
生成される電流は有機パーツを賦活化させ、頭脳中枢の指令を遂行する状態が整えられてゆく。右手、左手。十指が波打つように動いた。
個体識別名クラリス。マザーに授かった名前。自分である証を思い出す。
今は何処にいる?覚醒するたび記憶巣に尋ねるが、答えはいつも同じだった。ガトランティス残党が、我らデザリアムの技術を盗掘して建造した巨大艦の中。
現在の自分に、ここから離れる手段は無い。艦艇、航宙機、それらを手配する伝手が無いのだ。
何より、脱出する気が無かった。生死定かならぬ状態で椅子に押し込められ、頭の中を覗かれる。そのような有様から、脱しようという意欲が湧いてこない。
何故。しかし考えれば、このようなことになる前から、何故という言葉は心の片隅にあった気がする。
何故、ここまで必死に戦わねばならないのか。危険に身を投じねばならないのか。決まっている。「規格外」の不名誉を拭い去るため。己が存在する意味を、証明するため。
規格外の出来損ない。己に下された評価を、疑いはしなかった。感情の揺らぎに振り回される脳の誤作動が、自分を貶めているのだと信じていた。
直接の契機は何だったのだろう。ガトランティスに拿捕されて暫く後、自分の考えだと思っていたものは、マザーに「調律」された結果だと気づいた。
無意味だった、というのではない。絶対のものと信じていた意味そのものが、下らないものだった事実を、突きつけられた気がする。
徒労感と呼ぶには、苦々しすぎる揺らぎだった。
顔も知らない規格外の同胞。彼らは、このように思ったことがあるのか。
己が己として存在を続けるために、戦い、身を削り、そして散る。機能の停止をもって解き放たれることが、唯一の救いだというのか。
両の脚に力を籠め、立ち上がりながら思案する。そのまま、室内を歩く。下半身の伝達系も殆ど回復し、通常と変わらぬ機能を果たすまでになっている。
それでも、やはり部屋を出るつもりにはならない。
由ないことを考えた末に浮かんだのは、自分と「会話」を続けていたガトランティスの男の顔だった。
戸惑う。戸惑いつつ、その肖像をはっきりと掴もうとする。ノイズが走って、そのイメージは何度もぶれた。
コムメダルを通して聞こえるマザーの声に、妨げられているのだ。デザリアムにとっては至上の啓示とも言うべきマザーの言葉が、煩わしい雑音に思えてならない。
いつの間にか、首元に手が伸びていた。外れたコムメダルが床に落ちる、乾いた音が響く。
変な男だ。明瞭になったその顔を見ながら、つくづくそう思う。
ただの情報源に過ぎない、生きているとも言い難い相手に、この男は自分の言葉で語りかけるのだ。返事などある筈もないのに。
語る内容というのも、情けないものだった。問いかける体裁ながら、自らの懊悩を少しずつ絞り出すような口振り。敵の先陣に敗れた時などは、特にそうだった。
私に悔恨を明かしたところで、救われる訳もないのに。呆れさえ抱く程だ。
そんな男に、自分の口から名を教えようと思った。自分にも、呆れる。
そうすべきと考えたのか、そうしたいと望んだのか。それも、分からない。
それでも、一つの事実がある。この男との下らないやり取りが、自分という存在に、はっきりとした輪郭を与えてくれるということ。
千年の時を遡行し、艦を失い、生死定かならぬ虜囚と化した自分を繋ぎ止める、一本の糸。それを辿っていった先に、彼はいる。
視覚情報が霞んできた。蓄積されたダメージは大きく、意識の保持は断続的である。ただし、一度に覚醒していられる時間は、その度に長くなっていた。
再び椅子に身を預け、意識を停止させる。次なる目覚めの時は、そう遠くはないと悟りながら。
────────
第二分基地に"ヒュウガ"は入渠した。
先の戦いで、敵大型空母を占拠する大功を挙げたバラガキ隊を収容していたので、それを送り届ける役目もあったのだ。
艦内に、戦果に浮かれる気配はない。皆の目に焼き付けられているのは、今も尚マグマの坩堝となって煮え滾るアナザーマーズの基地である。
大型空母の直撃を受けながら、巨大艦には戦闘を継続し、剰え決戦兵器を放つ余力があった。基地の喪失は、あの怪物が最終防衛線を抜いたことを意味する。
始祖文明の叡智を、敵の手から守り通せるか。次に起きるであろう戦いの意味とは、まさにそれだった。
「艦長。守秘回線にて敵巨大艦の解析データを受信。そちらに回します」
報告する松井に頷き、篠原は艦長席を立つ。何処かにいる真田が届けてくれた、最後の頼みの綱。身命を賭して任地に在り続けた皆の、奮戦の結晶。
全体でブリーフィングを行う前に、サエキに見てもらうこととなっていた。
北野を連れて分基地の通路を歩く。急場凌ぎに見えて、小惑星の構造を計算に入れた、頑丈な建造物であることが分かる。
方々から、啜り泣きが聞こえてきた。紅の瞳から大粒の涙を流す、マーズノイドの将兵。モニターに齧り付いて、変わり果てた基地を見る者もいた。
ガミラスとの開戦から、"ヤマト"の航海が始まるまでの地球も、こうした光景ばかりだった。理不尽な現実と、それに何もできない己の無力さを呪う涙である。
痛ましげに目を伏せて歩く北野と共に、篠原は指定された部屋に入った。
「貴艦の勇戦のおかげで、我らには光明が見えた。心より礼を言わせてほしい」
サエキの様子に、戦闘前に会った時と何ら変わる所はない。
旗艦"だざいふ"を前に出し、一対一であの巨大艦に向き合ったのだ。堅牢きわまる防御力、暴風に喩えられる火力を至近で目の当たりにしながら、怯懦の片鱗も見せてはいなかった。
艦隊司令官たるに相応しい胆の太さ。しかしその奥底に、どうしようもない危うさを秘めているように、篠原には見えた。
それを態度にも言葉にも出さず、本題に移る。
「先の戦闘において、至近距離からスキャンを実行した結果が、これです。それから、"ダカール"が観測したもの」
同じ敵を映し出した二つの図面。それがスクリーン上で重なり、魁偉な影の内側を暴き出す。
総計で十数の光点が、群れをなしていた。
「これらが巨大艦を撃滅するにあたり、砲撃目標とすべきポイント。単に脆弱というだけでなく、確実に伝導系統を破壊する確度の高いものだけを、示してあります」
PDAを携えた北野が説明を始める。原理の異なる二つの機関が生み出す、桁外れの出力。伝導系統を破壊して莫大なエネルギーを暴走させれば、巨大艦は内側から崩れ始めるだろう。
それが、見つかった。老将が踏み留まって得た手掛かりに、大胆な作戦でもって最後のピースを填めたのだ。
「最も狙いやすいのは……両舷の武装区画だな」
「まさしく。攻撃成功時に敵の火力を削ぎ落とせることを加味すれば、この箇所が最適かと」
側面から攻める。つまり、回り込んで横を取らねばならない。そのうえで、ただ一点に砲火を集中させて装甲を無力化するのだ。
敵の足を止める手段が、何より肝要である。敵が狙っている遺跡に、ガミラスの駐留武官が入ったという話を聞いたが、その布石に違いないと誰もが思っているだろう。
「必要な火力、貫徹力は?」
「相当に分厚い装甲です。三式弾の使用が最善と考えますが」
「より万全を期すならば、恃むべきは"だざいふ"の連装砲か」
三式弾の発砲においても、あの大型砲は長大な射程を誇る。弾速もだ。敵に悟らせず、一瞬の隙を捉える作戦にはうってつけだろう。
「以上の情報を踏まえ、既に決めている作戦で行こうと思う。篠原艦長、一時この星系を離脱してほしい」
一瞬、怪訝な視線を北野と交わした。
それから話を聞いていくうちに、作戦の嚆矢として"ヒュウガ"が期待されていることを理解する。"ヒュウガ"に積んであるあの兵器は、サエキの構想を実現するのに最適だった。
「それで、その後は如何します?巨大艦への砲撃に加わりますか」
「いや、"ヒュウガ"には他の敵をお任せしたい。まだ三十隻はいる。横槍を入れられたくはないのでな」
さらに、ドレッドノート級"ドレスデン"以下の艦隊もまた、作戦時に乱入してくるであろう敵の機動部隊に備えることを、サエキは語った。
巨大艦に火力を集中させるのは、金剛改型の仕事となるだろう。片側とはいえ、かなりの火力と真っ向から対することになる。動けないと悟った敵は、全力の砲雷撃でもって打開を狙うに決まっているのだ。
「その火力部隊を率いる指揮官は、死線に立ちますね」
「ええ、辛い役目を押し付けることになる」
サエキが初めて微笑んだ。分かるか分からないかのさり気なさで、口角を上げただけのそれが、悲壮と凄絶の色を纏っているように見える。
先の戦役。黒いコスモゼロを駆る加藤のことを思い出し、篠原ははっとした。誰が最前線で指揮を取るか、質すまでもないではないか。
「なるほど、心得ました」
それでも篠原は、飄々とした新任艦長の仮面を被り続けることに決めた。その振舞いを、目の前の男は求めている筈だからだ。
「では整備が終わり次第、一足お先に"ヒュウガ"はここを発ちます。どうかご健闘を」
北野から発せられる気配。本当にいいのか、言葉にはせずそう問うてきている。察しているのは篠原と同じである。
無論いい訳はないが、サエキが考え抜いて決めただろう道だ。それを進むと決めたというなら、それを引き留めるのは軍人としても、一人の男としても憚られる。
それでも、伝えられることはあった。
「この戦いが終われば、待命状態になられるんですよね?是非とも地球に来てください。若い連中に、司令が教えてあげられることは少なくない筈です」
一秒にも満たぬ間に、迷いに似たものを顔に浮かべたサエキは、小さく頭を下げた。
「感謝している。何度でもお伝えしよう」
篠原は敬礼を施し、退室して"ヒュウガ"へと戻ってゆく。後に続く北野は、何も言おうとはしない。
────────
静養カプセルでバルムークは目を開けた。確かめるように首をゆっくり振ると、安堵に綻ぶカラボグの顔がある。
「どれだけ経った?」
「十分の一ヘブロンであります、閣下」
「苦労をかけたらしいな」
カラボグの頭や腕に見える治療跡。自分も負傷していながら、静養カプセルを上官に譲り、代理を務め上げていたのだ。、
「お赦しください。身を挺してお守りすべきでありましたのに」
「言うな。お前が死んでは、無理を押し付ける相手がいなくなる」
戦況と艦の被害状況を聞く。至近弾を食らった艦橋の修理は終わったが、飛行甲板の損傷は甚大で、艦載機の発着艦など不可能だった。
さらに、艦橋要員も三人死んでいる。塞がった筈の傷口に走る痛みを、バルムークは感じた。
「ところで、エルダイン閣下が通信を寄越してほしいと。落ち着いてからで構わぬとのことでしたが」
「いや、すぐに繋いでくれ。今後の意向を伺いたい」
通信装置から陽炎のような光が立ち昇り、エルダインの姿が立体映像として現れた。
一見、常と変わらぬ表情である。惑星にある敵の基地を消し飛ばしたと聞いたが、憤怒のままに強行した訳ではないらしい。
『……そうした訳だ。跳躍もできぬまま、立往生の体で嬲り殺されるというのも、つまらん』
あるいは、撤収して後日を期すことを受け入れてもらえると期待したが、前提となる状況はきわめて切迫していた。
質量兵器と化した巨大空母を受け止めた艦に、跳躍可能速度に達する力は無い。おまけに、補修のためのエネルギーをそちらに振り分ければ、雷撃ビットの再生成を行う余裕が失われる。
跳躍だけでなく、決戦兵器も奪われているのだ。
「それにしても、遺跡まで進出して補修を行うというのは」
エルダインが考えていたのは、そもそもの目標である遺跡に停泊し、内部の補修とアケーリアス・コードの確保を同時に進めるというものだった。
「基地を壊滅させたとはいえ、敵は星系内に潜伏し、逆襲の機を窺っていること疑いありません。それを──」
『そこだ。二兎を追う我らを見て、敵は意気揚々と巣穴から出てくるに違いない。分かるな?こちらで選んだ戦場に誘き出せる』
消極でなく、あくまで積極を追求しての決断。いずれが滅び、いずれが残るか。超文明の遺産の前で、それを天に問わんとしている。
翻意を促すのは無意味と、バルムークは悟った。この期に及んでは戦うのみと腹を決めるが、告げられたのは前線を離れよとの命令だった。
「情けなくも采配の誤りを重ねてきた身とはいえ」
『そうではない、もっと先を見てみろ。ここまで撃ち減らされた艦隊を立て直すのに、貴様以外の誰を頼ればよいというのだ?』
現在の戦況で先のことを考えられるのは、流石に登極を目指す男の気宇だった。
思い返してみれば、命に背いて粛清された者はいても、逃亡した者を出していただろうか。
路頭に迷い、それでも戦士の本分を果たさんとする将兵達を惹きつけるだけのものが、この艦隊にはあるのかもしれない。自分には無いものを、エルダインは確かに持っている。
『我が艦の進発と同時に貴様は機雷原に向かい、掃海に当たれ。退路を押さえるのだ。機動部隊も待機させておく』
遺跡に向かう"イシュタルム"、退路を確保する"スカージア"、そして機動部隊。三つに分かれての同時展開である。
機動部隊は敵の攻撃に固執せず、回避に専念する。いつでも"イシュタルム"の援護を受けられる位置にあるからだ。これは"スカージア"も同様で、退路の啓開は敵の攻勢が収まってからで構わないと、エルダインは言う。
"イシュタルム"が集中攻撃を受ける場合は、機動部隊が敵の背後を襲う。この場合でも、攻撃の中心はあくまで"イシュタルム"であり、敵の拘束が機動部隊の主な役目となるのだ。
三者が連携して動くだけの調練と実戦は、十分に積んでいる。
「早速、準備を進めます」
『頼むぞ。それにしても、次はお前の方が一時昏倒するとは。ままならんものだ』
「はっ……?」
その言葉の真意を質して得られた答えに、バルムークは驚きのあまり身動ぎをして、鈍痛に呻いた。
立って、歩いていたというのだ。彼女が。
『戦いが終われば、会いに行ってやれ。我が旗艦の中を好きに散策させてくれよう』
エルダインの姿が掻き消える直前、バルムークは慌てて頭を下げ、礼を述べた。
餌をちらつかせて働かせようという、浅ましい響きはどこにもない。望んでもいない未来の地位を提示してきた頃とは、まるで違っている。
相手が心の底で何を求めているか知るのは、人を治めるのに不可欠な素質だろう。その目を配下全体に向けることができるようになれば、エルダインには王たる資格があると言えるかもしれない。
「手配は自分が進めておきます故、閣下は今少しお休みください。経過は順調なので、間もなく常通りの状態にはなりましょう程に」
「助かる」
カラボグにそのことを告げれば、買い被りは自重しろと諫言されるかもしれない。無論のこと盲従するつもりなど無いが、結末がどうあれ、最後まで義理を果たそうという気持ちがある。
とにかく、元の調子を取り戻すことだ。
────────
当座の司令本部となった第二分基地を囲むように、健在な艦が充満している。
友軍をすり抜けるようにして進み、"グァン・ドゥ"は発着ポートに接舷を果たした。その隣では"ドレスデン"が補給と補修を受けているが、深々と抉られた波動砲口の復旧は間に合いそうにない。
元々アナザーマーズには、旗艦"だざいふ"の他に三隻のドレッドノート級戦艦が配備されていた。"ダカール"に"ドロミテ"、それから"ドレスデン"。各々が第一から第三の機動部隊を率いていたのだ。
今や"ダカール"は沈み、"ドレスデン"の艦首は大きく損傷した。"ドロミテ"は単艦で非戦闘員を地球領海内まで運んだため、こちらにいつ戻って来られるか分からない。
決戦兵器たる波動砲を撃てるのは、増援の"ヒュウガ"含めてたった二隻ということだ。
「現有火力で、あれだけ巨大な目標を仕留めきれるでしょうか?」
シャルマはシュミッツに、思うところを率直に述べる。何を考えても読まれるだろうから、自分から言ってしまうのが良い。そんなことを思っていた。
「皆の尽力により割れた敵の弱点。それを突くことに意を注ぐ限り、火力の不足を嘆く必要は無い。……作戦を組み上げた君達の司令を、もっと信頼すべきだと私は思う」
ひと呼吸置いて発した言葉には、噛んで含めるような響きがある。
シュミッツにとっては、赴任先を統轄する同盟国の軍人という存在に過ぎない筈であるのに、妙に同志めいた感情が滲んでいるようにも感じるのだ。
分基地の会議室は、先日まで惑星にあった基地のものと変わりない設備を有するが、内装は簡素にして無骨きわまるもので、野戦陣地じみた雰囲気が横溢している。
それだけに、サエキやモロトフ、間といった列席の指揮官達の顔に刻まれた陰影は、これまでない程に峻烈なものと見えた。
「敵を、遺跡の至近まで手繰り寄せる」
巨大艦が遺跡に向けて進発したとの情報は、既に広まっていた。三十隻あまりが追随する形で展開し、空母一隻も機雷原を啓開するべく動いている。
遺跡のデータを奪って逃走する、というのではない。腰を据えて、こちらを真正面から返り討ちにするつもりでいるのは明らかだった。
だからこそ、罠にかける機会も生まれようものだ。
「一部ながら、遺跡の制御プロトコルの復旧に成功した。目標が有効範囲内に侵入したのを見計らい、モノポール粒子を指向照射して奴の動きを止める。これが第一段階」
如何にアケーリアスの賜物とはいえ、あの怪物を捕らえてしまうことなど可能なのかと、不安が無いではない。しかし、このような時こそシュミッツの忠告に従うべきであろう。つまり、信じるのだ。
戦場の模式図。遺跡の傍らで静止する巨大艦の側面より現れる、艦首を連ねた戦艦の横列。
「第二段階として金剛改型を集中投入し、ショックカノンによる干渉波攻撃を行う。一点に対する飽和攻撃だ」
金剛改型の艦首ショックカノンは、通常兵器の中でも最上位クラスの威力を有する。波動砲のように発射前後の隙を曝すこともないため、巨大艦の応射を避けることも可能だろう。
問題は、一点に狙いを定める精度を、装甲を破断させるまで維持する手段だった。
「パシフィックとのデータリンクを行いますか?」
「いや、先の戦いで敵もその手法を知った。集中的に狙われて目を失うような事態は避けたい。そこで」
スクリーンが切替わって現れた金剛改型戦艦。一座から上がったどよめきが連なり、会議室を内から圧した。平静なのは間くらいのものだ。
宇宙に海軍を蘇らせた、過日の火星艦を踏襲したカラーリング。火星に引導を渡したとも言える戦艦の艦影に、それが施されている事実を、皆はどのように受け止めているのだろう。
艦名を"アモン"という。
試製の複合コスモナイト装甲は従来同艦種の210%にのぼる強度を有し、次世代型のデータリンク制御システムは艦隊を手足の如く操る。
総じて、生存性と指揮管制能力を飛躍的に上昇させた、後続艦種の試金石となるべき艦であると、配備された際には説明されていた。
ただし、これまで実戦投入されたことはない。機関の出力調整と各種ソフトウェアの最適化が、相当難航しているらしいことはシャルマも聞かされていた。
確か、整備責任者として報告書に記されていた名は──。
「この"アモン"が前線に在り、精密砲撃の指揮を取る。装甲の無力化を確認した瞬間、後方で待機する"だざいふ"の三式弾発射で伝導系を破壊。第三段階の成功が認められた後は」
鋭気の稲妻が室内を駆ける。
「全力砲撃をもって奴を沈める」
立ち昇る熱気は室内を席巻し、陽炎の揺らめきさえ見えるようだった。居並ぶ皆が猛りに猛っている。
ようやく。ようやくあの大敵に牙が届く。偉大な先達を討たれ、守るべき拠点までも焼き払われた屈辱を雪ぐ機会が、ようやく訪れるのだ。その心は、シャルマにも理解できた。
俄かに血を滾らせた皆が敬礼を残し、退室してゆく。各々艦に戻れば休むこともせず、来る決戦に向けて準備を進めるのだろう。踏んだ地面にまだ熱が籠っているようだ。
シャルマとシュミッツもそれに続いて、会議室を後にした。ふと振り返ると、サエキにモロトフ、それから間は未だ残っている。最上位士官同士で、重要な話が残っているのだろう。
……それが驚倒に値する内容であることを知ったのは、"グァン・ドゥ"で分基地を発って三時間後のこと、艦内の展望室においてである。
「司令自らが"アモン"に?」
巨大艦の応射を受け止める最前線、その中核である"アモン"にサエキが乗り込み、陣頭指揮を取るというのだ。
「余りにも危険です。そもそも"だざいふ"の指揮はどうするおつもりなの。巨大艦の弱点を貫く役目があるのに」
「モロトフ三佐が全ての権限を引き継がれると。無論、強硬に反対されたようだが、最後は承諾してくれたらしい」
「……今のお話、司令からはいつ聞かされたのですか?」
そのような暇は無かった筈だ。遺跡での作業の疲労が出たと言って、シュミッツは出立から今まで仮眠を取っていた。バイタルの確認がその裏付けとなっているし、そもそも艦と分基地の間で通信が行われた記録は無い。
「貴方に疑念を抱いてはいません。自分ではそう思っていますが、心の奥底にはあるのだと思います。それを晴らすためにも、本当のところをお聞きしたいのです」
シュミッツは頷くと、左手首を胸元に近づけた。
「もとよりそのつもりだ。私にも、それから彼にも、全てを明かすべき時が来ている」
腕輪型の装置に手をやる。ガミラスの工作員が使用するという、肌の色を変える装置だ。その情報は地球側にも伝わっており、任務上必要なこともあるのだと理解はしている。
まさか、それがガミラス人に変化するためのものだと、思いもしなかった。
装置から発せられる光の波が手首から全身に浸透すると、シュミッツはシュミッツでなくなる。
「我が名はラバシューム。ジレルの名において、始祖の旋律を守り伝える者」
灰色の髪に薄紫の肌、尖った耳。幻想の住人であるかのような雰囲気を総身に湛えたシュミッツ……ラバシュームが、その正体を現した。
「本意でなかった、とは言わない。必要なことと信じて事を進めてきたが、君達を騙したことに変わりはない。心から、それをお詫びする」
怒りは無く、驚きも然程ではない自分にシャルマは気づく。今にして思えば、色々と符合するものはある。
「司令の心を、読んだの?こんなに離れているのに」
「許しも得ず人の心を覗き見る無体は絶対にしない。そもそも、私は読心の力を持ち合わせていないからね」
そういえば"ヤマト"が遭遇したジレルの指導者は、天体規模の幻影領域を発生させる桁外れの感応能力を有する一方、相手の記憶を読み違え、親しい人間の二人称を誤るというミスで正体が露見したという。
決して万能の超存在ではない。能力の高低や得手不得手があるのは、地球人やガミラス人と変わりないらしい。
「その代わり、私には他者の無意識に干渉する力がある。眠っている者、気を失っている者の深層意識と接触し、意思の疎通が可能なのだ」
やはり。やはり"グァン・ドゥ"が巨大艦の災禍に遭った時、意識を失っていた自分に呼びかけたのは彼だった。
「アケーリアスが遺した叡智。人間が触れるには未だ高度に過ぎるそれらを、来るべき時まで封印して回る使命を持った者達がいる。その一環として私はここを目標と定め、そして彼らと出会った──」
件の遺跡が窓越しに見えてくる。作戦ではラバシュームが単身で遺跡内部に残り、モノポールの指向照射……モノポール・ウェーブの制御を行うという。
接舷した。
「世話になった君には打ち明けておきたかった。正体を騙ってはいたが、良き戦友に巡り会えたと思っている。これは本心だ」
そう言い置いて、重力のある岩塊の上を歩き始めた背中に、シャルマは声をかけていた。
「作戦が終われば、必ず迎えに行きます。貴方が導いてくれたこの艦で。火星の船乗りは約束を違えませんから」
少し振り向いて、ラバシュームが笑った。家族の写真を見せた時の笑顔に似ている、と思う。
約束を果たした時は、真の名で呼びかけて勝利を分かち合いたいものだ。
────────
機雷原に退路を啓開すると一口に言っても、容易いことではない。
機雷の挙動すらも把握しきってはいないのだ。たとえば、量子魚雷で纏めて吹き飛ばそうとすれば、自動信管が作動して、一斉に起爆させてしまうかもしれない。
回転数少なく、輪胴砲塔を控えめに稼働させる。少しずつ放たれる光弾が、広範の機雷原に有るか無きかの亀裂を入れた。これを幅、奥行き共に慎重を期して押し広げてゆく。
神経が擦り減るような作業の指揮を、カラボグはどうにかこなしていた。戦域からの離脱がかかっているとなれば、力も入ろうものだ。
二隻は並航できる回廊の先に、剣呑な気とは無縁な、宇宙の静寂がある。
このまま単艦で逃げ出してしまえばいい。今こそ絶好の機だとカラボグは見ているが、主は決してそれを容れることはないだろう。
「手間をかけさせるな」
バルムークは静養カプセルを出、艦橋にも上がるようになっていた。
大事を取り、今少し養生すべきではと上申したのは、一度だけだ。過ぎた気遣いは却って塞ぎ込む要因にもなるだろう。それに、艦長の健在な姿を見れば、兵士達も落ち着く。
幾つか質問を投げられた。総旗艦"イシュタルム"の現状、友軍の展開、敵増援の有無。カラボグに答えられないものは無かったが、最後の質問にはやや面食らった。
「飛行甲板を経ずにデスバテーターを出す術は無いか?」
主に問われておいて、その意を質すのは部下の為すことではない。戸惑いを隠しながらカラボグは答える。
「艦底の物資搬入口……機体が通過するには十分な幅がございますし、そこに至る経路も無事です」
それとて、戦闘中に十機単位で射出できるものではない。カラボグがそう締め括ると、バルムークは微かに頷いて目を伏せた。
きっと、瞼の裏にあの異星人の女を思い浮かべているのだろう。断ち切り難い思いを向けていることは、知っている。ガトランティスとしての生き方に疑問を抱いたことのないカラボグには、その執着の意味が分からぬ。
しかし、それが好ましいとも思う。いかにも、支えがいがあるではないか。
帝国が滅びて後、名も無き賊として宇宙の塵となる筈だった命。危うい程に感情を波立たせる主君に捧げることは、えも言われぬ充足感をカラボグに齎していた。
艦橋に走る警報。
「空間跳躍反応。星系外からのものです」
始まった。
「数は」
「一隻。……データ照合、先の戦闘で同様のものを観測。母艦機能を有する──」
仰ぎ見るバルムークの顔に浮かぶ色は、死地に在る時のそれであった。