赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207   作:くコ:彡の本棚

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エピローグ 未だ見ぬ星

 

 その報せに直面した時、サエキは感情を如何様にも動かすことができなかった。

 事実だと思えなかったためだ。

 

「バクスト艦長」

 

 外惑星防衛戦線で重傷を負ったバクストは、西暦2200年時点で後方勤務に就いている。

 ガミラスの侵攻という未曾有の事態において、軍組織の抜本的な再編に与る者が必要だったし、そもそも乗るべき艦の多くが失われていた。

 

 バクストは私室の椅子に座し、静かに瞑目している。それを、開けた。

 

「お聞きになりましたか?」

「老いたとはいえ、あの歓声が聞こえぬ程耳は衰えておらん」

 

 希望の艦が還ってきた。

 

 遊星爆弾に汚染された地球の環境を復活させるシステムを、遥か大マゼランより持ち帰る。誰もが一縷の望みを託しながら、心の底では諦めていた作戦を、宇宙戦艦"ヤマト"は完遂してみせた。

 

 絶望の暗雲に覆われていた人々の心は、差し込む希望の陽光に狂喜している。サエキとしても、僅かな希望を持ちながら滅んでゆくための方便だと思っていた計画が功を奏し、未来を与えられたことに困惑混じりの喜びがある。

 

 だが、同時に齎されたもう一つの報せ……訃報であったが、そちらはより強い衝撃を伴って心に突き刺さった。

 

"ヤマト"艦長・沖田十三宙将、死す。ガミラスだけでなく、自らを蝕む病痾とも戦い続けた歴戦の英雄は、航海の終わりを見届けてこの世を去ったという。

 

「今でも、心の底では信じられないのです。あの男が死んだということが」

 

 サエキは率直な心情を吐露した。

 

 沖田十三という男。サエキの心に食い込んでいる残影は、地球最後の盾としてガミラスに立ち向かった英雄ではなく、内惑星戦争で火星を完膚なきまで叩きのめし、独立の夢を潰えさせた敵としてのものであった。

 

 憎い、許せないというのではない。恐ろしい、に近くはあるが、根底にはもっと別の感慨がある。

 

 一人の将としての才とか、器がどうこうではないのだ。機運。時代を動かす歴史のうねり、何かを掴み取ろうとする人々の想いの集積をそう呼ぶならば、あの男はまさにその化身だった。

 

 その沖田がこの世を去ったという事実。それは、きっと小さからぬ意味を帯びているだろうが、どう表すべきかをサエキには見出し得なかった。

 故に、助けを求めてバクストを訪ったのだ。

 

「果たすべき役割を終えて、あの男は旅立った」

 

 外部監視モニター。入渠する"ヤマト"の姿を、バクストは眩しそうに見つめている。

 

「同時に、残された者達にとっての始まりでもある」

「一つの終わりは、すなわち新たな始まりですか」

「そうだ。性急な復興と軍備の拡張を進める地球は、恐るべき戦闘民族の侵攻に直面する。それを警告し、救いを求めるメッセージも」

 

 少し、おかしい。全知の存在の啓示を受け、それを伝える使徒のようなものにでも、バクストはなりきっているようだった。それとも、時が混ざり合っているのか。

 不気味だ、というのではない。むしろ、形容し難い安心感がある。

 

「"ヤマト"は、地球は、故郷を守るための戦いに身命を賭すこととなる。友邦となったガミラスと共にな。そして大戦が終わり、新たな船出の時を迎える地球は、混迷きわまる星間情勢に身を投ずる……」

 

 サエキにはようやく分かった。これが追憶ではなく、己が記憶巣の描く幻であることが。

 

「アナザーマーズは、終わった。新しい何かの萌芽を残してな。それを守り、育んでいく苦労を押しつけてしまったよ」

「ですが、今より良い世界を作ることができる。その希望を与えることはできます」

「それでは、足りんな」

 

 暖かな波にさらわれる感覚。黄金の光が降り注ぎ、あるいは立ち昇って、視界を染め上げてゆく。

 

「与えられた希望など、いずれ底をつく。皆で分け合い、背負い、見出していかねばな。それを、導く者が必要だ」

 

 光は、バクストにも及び始めていた。それとも、バクストが光そのものと化しているのか。

 

「私には、無理です」

「勝手なことを言わせてもらっている。しかし、やはり貴官だろう。皆を欺き続ける後ろめたさを抱えながら、決して逃げなかった貴官こそが」

 

 薄れている。目の前に広がる世界。幻。消えてゆく、否、自分が締め出されているような。

 

「前へ進め。その先に道が無くとも。歩いた後に啓かれた道を征く者は、必ず現れる。その導となれ……」

 

 視界一杯に溢れる黄金の光の向こうに、バクストは笑みを浮かべながら去っていった。

 

 目覚め。

 

 地面ではないものに、仰臥していた。ベッド。白さに満たされたここは、医務室なのか。

 

 包帯に覆われ、幾つものチューブを繋がれた我が身。律動的な電子音が、正常な脈拍が刻まれていることを証明している。

 

 生きているのだ、と思った。

 

 ────────

 

 艦隊のおよそ半数、五十隻あまりが健在な状態で残存していた。

 

 今や亡きアナザーマーズ基地からの撤収、そして駐留艦隊の解体は、残存艦の再配置を少しでも進めやすくするための準備という意味合いを持つ。

 

 それに付随する煩雑な作業を、モロトフは精力的にこなしているようである。臨時の執務室となっている"だざいふ"の艦長席でモニターを見つめるモロトフを、間は訪った。

 

「あれだけの戦いから一週間と経っていないのに、苦労なさいますね」

「どうということはない。昏睡から目覚めた司令に失望されたくはないからな」

 

 死闘の末に重傷を負ったサエキが昏睡する五日間、モロトフは残存戦力を完璧に纏め上げている。代理として前例をなぞるばかりでなく、自分なりのやり方で、各艦各員を新たな任地に送り出す膳立てをしていた。

 

 これまで鬱屈していたために自分自身でも見えなかった器が、難事を乗り越えた末に目覚めたようにも思える。

 

「その司令ですが、既に異動が内定しているそうで」

「療養のため予備役編入と聞いていたが」

「というのもね──」

 

 二ヶ月後、とある調査船団が出発する予定となっている。外宇宙探査を目的とした科学者と、その護衛。サエキは指揮官ではなく、一人の軍事顧問としてそれに参加する。

 

 という情報を、全く門外漢である筈の間が容易に知ることができた。そこに何がしかの事実が隠れているだろう。

 

「予備役を経るなら、経歴や所属の誤魔化しも難しくなくなるか」

 

 モロトフも、物事の裏を見極められるようになっていた。

 

 この星系で戦いが繰り広げられたように、地球に迫る脅威に対する極秘作戦は、大きく動き出している。外宇宙探査の真なる目的は、敵の侵攻に備えて科学者の多くを退避させることにあるという訳か。

 

 考えると、アナザーマーズが基地たる能力を喪失したことは、敵にそれを明け渡すのを防ぐのみならず、戦力の再編という観点でも意義があった。

 現在、地球連邦が擁する宇宙艦艇は(時間断層存在時の無秩序な造船により正確には不明だが)、五百隻を上回るが千隻には届かないという。

 

 太陽系内外の各防衛拠点に、資源惑星。いたずらに多数の艦を配するのではなく、有機的な連携を可能とする移動、連絡体系の確立が必須だ。

 この戦いを生き抜いた艦と将兵達は、その要として重きをなすことになるかもしれぬ。

 

 二日後。地球に帰還する"ヒュウガ"に、サエキは同乗することとなった。移動式ベッドで移されるサエキを見送りに、間はモロトフと共に篠原の下へ向かう。

 

「御無事で、何よりです。最後まで奮戦なさった勇士を、本艦が責任をもって地球にお届けします」

 

 篠原の背後には、"ヒュウガ"航空隊の坂本という隊員もいる。敵大型空母からの離脱を援護してくれた、間にとっては恩のある相手だ。

 

「お前さんの腕は中々だった。次はもう少し安全運転で頼む」

「へへ、努力しましょう」

「……モロトフ三佐、間三佐」

 

 仰臥したまま、サエキが声をかけてきた。言葉ははっきりとしている。それどころか、開戦前より明朗であるかとすら思える程だった。

 

「どれ程の苦労を貴官らに強いたか分からない。こんな言葉で報いることができるとは思わんが、言わせてほしい……ありがとう」

 

 モロトフはただ、静かな笑みをもって返答していた。決して強いられた訳ではないと、晴れがましい顔が無言の裡に伝えている。

 

「篠原艦長にも、随分お骨折りいただいた」

「当然ですよ、同じ軍の仲間なんですから。外宇宙の旅も無事をお祈りしております」

 

 調査艦隊の件は、既に広く知らされているようだ。敢えてそうしているのだろう。篠原も、表に出ない事情を多少なりとも把握しているかもしれない。

 

「新天地」

 

 サエキが呟く。

 

「人が息づく新たな地を、是非ともこの手で見つけたい。分断でなく、手を取り合うために。火星を拓いた先人達の夢は、形を変えて生き続ける」

 

 強い光に満ちたサエキの双眸は、きっと未踏の宇宙を見据えているのだろう。

 

 ワープ航法に移る"ヒュウガ"が見えなくなるまで、二人でその背を見つめていた。

 

「夢、と言っていたな。司令は」

「ええ」

 

 決して大きくはなくとも、力感に満ちたサエキの声が、今なお耳朶で谺する。

 

「散々身を削りながら、あの方の指揮下で働いてきた意味というものが、ようやく分かった気がしたぞ」

「直接お伝えすればよろしいのに」

「言えんな。こんな恥ずかしいことは」

 

 真空の宇宙に響く二人の笑い声に、屈託は無かった。

 

 ────────

 

 シュミッツとして、ここを去ることに決めた。

 

 見送りに来たシャルマと握手を交わす。温もりを湛える手。この手が、自分の命を死の淵から掴み上げてくれた。

 

 視界を塞ぐ岩の群れから光が差し込んだ時、ラバシュームは信じられない気分だった。冥府からの迎えが来た、そんなものとはまるで違う感覚。紛れもなく、生の世界で起きているものではないか。

 

 命を擲つ覚悟は決めていた筈だが、命の奥底で生きたいと思っていたらしい。差し込む光に向かい、必死に手を伸ばした。シャルマはその手を取り、自分の無事を周囲に叫んだのである。

 

 助かってから分かったことだが、遺跡の崩壊はかなり広範に及んでいた。内部の地形が変わってしまう程の岩が降り注ぎ、地面を覆い隠していたのだ。

 

 にも関わらず、シャルマはラバシュームの居所を正確に掴んだという。まるで、知っているようですらあったとも。

 届いたのか、感応波が。思い当たったのがそれだった。しかし、やはり微弱きわまる自分の感応波が、堆く積もる土砂を貫いたとは考え難い。

 

 それとも、シャルマがテレパスのような力に目覚め、自分を探し当てたのか。これは馬鹿げた空想だが、そう切って捨てることもできない己を、ラバシュームは自覚した。

 どちらも、アケーリアスを祖とする子孫なのだ。根源に眠っている力が、テレパスで繋がったことで目覚めると、完全に有り得ないとは言えないかもしれぬ。

 

 いずれにせよ、確かなことは一つだった。

 

 あの時、シャルマが差し伸べた手が救ったものは、自分の命だけではない。故郷を失い、方舟で旅を続ける日々の寂寥。心の奥底に眠る冷たいものを癒し、解きほぐしたのだと、今では分かる。

 

「戻られてからは、どうされるのですか?」

 

 自身でも分からないことを、答えようもなかった。この星系に派遣されて封印の任を果たした訳だが、アケーリアスの遺跡は遍く宇宙に眠っている。把握しきれていないものもあるだろう。

 多分、そのいずれかに向かうことになるとは思う。ガルマン・ガミラスの渉外武官という仮初の肩書きは、先方の首脳部と交渉を重ねて使用の許諾を得ているから、その勢力圏外では違う名前、身分、種族の仮面を被って動くことになる筈だ。

 

「存外、安らぐものだな」

 

 心の裡で呟いたつもりが、口にしてしまっていた。それも、悪いことではないだろう。浅からぬ関わりを持った相手に、存念は全て明かしておきたい。

 

「自分の諱を、真の素性を知っている仲間が、宇宙の何処かにいてくれる。その事実が人に力と優しさをくれると、初めて悟った気がするよ」

 

 あるいは、とうに分かっていたことに、目を塞いでいただけかもしれない。異星の同胞と戦う中でそれに向き合うことができた経験は、いつまでも忘れられそうもなかった。

 

「壮健なれ、シャルマ艦長。私を知る者がいなくなってしまうのは、寂しい」

 

 出立の時だ。名残惜しさが足を縛る前に、ここを去らねば。

 

「ラバシュームさんこそ、どうかお元気で。次にお会いしたとき、私は必ずこのお名前を呼んで、再会を喜びますから」 

 

 別れは、寂しい。しかし、嘆くまい。いつかの時、何処かの星で再び見える希望が、確固としたものを人の心に与えてくれるのだ。

 

 一抹の心残りを振り払い、宙雷艇が飛び立つ。

 

 ────────

 

 孤影ではなかった。機雷原の回廊を抜け、星系外に離脱する"スカージア"に、四隻の友軍が付き従っている。

 

「巡洋艦"ブルーザ"および、駆逐艦が"オルゴ"以下三隻。本艦との同道を望んでおります」

 

 カラボグの話を聞いて、バルムークはちょっと頭を抱えそうになった。

 

「正直、荷が重いな。空母に他艦艇の編成となると、一端の機動部隊だぞ」

「閣下に明日を託すことを、彼らが望んでいるのです。応えるのが将の道ではありますまいか」

 

 正論である。したいことのために部下を巻き込んでおいて、いざ自分の番となれば逃げだすことなど、許される訳もないのだ。賊に身を落とすような真似は、どうしても避けねばならぬ。

 

 エルダインは、散った。デスバテーターから目の当たりにした"イシュタルム"の崩れ落ちる様は、瞼に焼き付いて離れない。己の志に殉じた男の最期を、広い宇宙に生きる幾人が知っていることだろう。

 

 せめて自分一人、いつまでも覚えていようとバルムークは誓った。

 

 敵は"イシュタルム"が沈んだことを確かめると、艦列を整えて撤収したようだ。満身創痍の艦隊で、こちらを掃討するのは現実的ではないというのは分かる。四隻も敵の追撃を振り切ったのではなく、身を隠して敵が去った後に合流したと言っている。

 

 他の艦がどうなったかは、彼らも知らないようだ。尽く沈んだか、あるいは別の道から離脱したのか。いずれかの軍閥との合流を図っているとも考えられる。接触してきたら、その時に考えればよい。

 

「少し、休むことにする。お前もだ。大層苦労をかけてしまったな」

「お言葉に甘えましょう、苦労はこれからもありますから。まだまだ先は長い」

 

 カラボグが笑った。自分に寄り添ってくれる者の存在が、どれだけ貴重で有難いものか。

 彼らを裏切ることのない生き方を、いつまでも続けたいと思う。どのような結末が待っていようとも。

 

 艦橋を後にして艦内通路を歩き、展望区画に至った。星の海が湛える輝きが、窓から差し込んでくる。

 

 その横顔を見て、はっとした。クラリス。無垢とも、無機質とも表しうる瞳に、宇宙を映していた。

 

 クラリスが、自分の艦にいる。目を覚まし、自ら動き回っている。頭の中で分かりきっている筈の事実に、幾度も心を乱された。

 一瞬、近づくのを躊躇う。ある線を越えてしまうと、陽炎のように消えてしまうのではないか。不条理な不安に襲われたためだ。

 

「バル」

 

 その呪縛を解く一言を耳にして、バルムークは歩み寄った。戦艦の艦長だったのだから、宇宙など見慣れたものだろうに、新鮮なものを目の当たりにしているようである。

 

「気に入ったのか?ここからの眺望が」

「初めて見る。……裂けていない宇宙を」

 

 ここに来る前に何があったか、どのような世界で生きてきたのか。こちらから聞くことはない。向こうが話したければ、聞こうと思っているだけだ。

 

 今、ここに、クラリスがいてくれる。ただそれが大事だった。

 

「意味……」

「ん?」

 

 まだ、星から目線を逸らさない。

 

「意味ばかり、探していた。自分がこの時代に来た意味。生きている意味。……沈む艦の中、脱する術も無く歩き続けた意味」

 

 彼女の中に渦巻く葛藤は、彼女だけのものである筈だ。しかし、そう割り切れない自分がいる。

 

 ガトランティス戦士にとって、意味とは与えられるものだった。大帝が、累代のクローニングによる刷り込みが、戦と流血の道に進む意味を与えてくれる。疑問を差し挟む余地など無い。

 

 大帝が斃れ、白色彗星が消滅し、各々の穴を埋める意味が根底から失われた。それが今のガトランティスなのだ。

 

「意味は無くとも、お前はここにいる」

 

 クラリスが、初めてこちらに向き直った。双眸。星の光を映す鏡。

 

「ここにいても、構わない?」

「いてくれると、嬉しい」

 

 クラリスは、笑った。バルムークも。人間が、自分ならざるものと共に在ろうとする意味が、少しだけ分かった気がする。

 

 並んで、同じ星空を見る。名も知らぬ星。名など無い星。それらが放つ光の中で、生きてゆくのだ。

 

 未だ見ぬ星に向かって、航跡は続く。

 

 

(了)

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