赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207   作:くコ:彡の本棚

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プロローグ後篇 幻の戦艦

 標的と定まった星系に侵入した。

 

 かつてガミラスの属州だった国である。豊富な鉱脈の眠る惑星を複数有し、大規模なガミラスの軍工廠が置かれたという。"ヤマト"の侵攻に端を発する政変でガミラスの影響力が弱まった途端、新たな盟主として君臨すべく独立を宣言していた。

 

 被支配国家の構成員(二等ガミラスと呼ばれていたらしい)として培った技術と実戦経験でもって、周辺の小国を次々と併呑。艦隊戦力は二千隻にのぼると目された。

 それを、無に帰すために来た。

 

『我らの行末を占う緒戦である。先帝が遺された宇宙静謐の志を継ぐは我らであることを、輝かしき勝利でもって示すべし』

 

 通信回線にエルダインの訓示が響く。さりげなく、ズォーダーを先帝と呼んでいた。

 こちらの来攻に対し、敵は機動戦力の大半を差し向けてきた。エルダインが自らの動きを喧伝し、唆したのである。さらにそれは、未だ去就を決めかねているガトランティス残党の耳目を集め、力を誇示するためでもある。

 

 茶番だった。ガミラスの浮遊大陸を占拠した友軍が地球・ガミラス連合軍と交戦している最中、押し退けるように現れた地球の新鋭艦の、"大砲"の一撃で消滅させられた時のような。あれと同じことを、今度はこちらがやる。

 敵は、軍事基地の築かれた惑星を背に数段の陣を敷いていた。砲火の壁で立往生しているところに、後背から雷撃部隊で包囲させる構えだろう。

 

「友軍の展開は?」

「巨大空母が先鋒に。座乗艦のおかげで気が大きくなっているようです」

 

 グレイムの駆る巨大空母の黒影が目の前にあった。バルムークらを当てにはしないと吐き捨てているようでもある。

 

「構わんさ。せいぜい手を抜かせてもらおう」

 

 空間を抉る勢いで巨大空母の飛行甲板が旋回し、飛び出したデスバテーターの群れが雲霞となって敵に向かう。これでも、定数の三分の一である二百機前後だった。

 電探員の報告を聞いたカラボグが上申してくる。

 

「閣下、本艦も前進を」

「よし。周辺の友軍に交戦許可」

 

 バルムークの座乗艦"スカージア"は、打撃型空母に改装を施したものである。両舷に大小の輪胴砲塔と量子魚雷を備えた重武装区画を有し、対艦戦闘能力が向上していた。

 

 バルムークは交戦域の外縁に達すると、あたかも航空隊を発艦させる体で"スカージア"の足を緩めた。そうはさせじと向かってくる三隻の敵。ガミラスのそれと共通した艦首の目玉が敵意に光る。

 エンジンを噴かし、量子魚雷を放ちながら急加速した。一発は敵を鼻面から貫いて火球に変え、もう一発は敵の左舷を抉る。均衡を失った敵が虚空へと流されてゆく。

 

 残る敵一隻には擦れ違いざま、右を指向する輪胴砲塔からビームの乱打を浴びせた。砲塔が回るたび敵艦に入る罅。それは繋がって亀裂となり、敵を煤けた残骸に変えた。

 

「航空隊、出せ」

 

 漂う黒煙を切り裂いてデスバテーターが飛び去るのを見ながら、戦況を思案する。一見、激しく砲火を交えているように見えるが、敵陣の表層を引っ掻いているに過ぎない。友軍の総計は敵の二十分の一に満たないのだ。敵は悠然と構え、こちらの息切れを待とうとの肚だろう。

 本陣よりの入電。後退命令。カラボグの顔が憤懣に歪んでいる。

 

「閣下、これはあまりに」

「いよいよお目見えという訳だ」

 

 冷え冷えとした響きが呟きに籠るのを、バルムークは抑えきれなかった。

 

 ────────

 

 デスバテーターは正副操縦手と雷撃手の三人で飛ばすものだが、フランベルにとっては成体となって以来、一人で操縦するのが当たり前だった。クローニングで将兵が増えるといっても、航空隊にリソースを割く優先順位が低いのだろう。

 

 地上の獲物を品定めする猛禽の動きで、厳つい機影を走らせる。対空砲火を射掛けてくる駆逐艦を黙らせるために通常のミサイルは撃ち尽くしたが、最大火力はまだ残っていた。

 

「イピア、あれあれ。小部隊の旗艦だと思う」

 

 バルムークの下に参じてより、フランベルと組んでいる雷撃手がイピアだった。一度も皆の前で口を開いたことがないため、どのような声をしているのかすら知らない。それでも、同じ女としての形質を持っていることもあって、共にいることは互いに不快ではない。

 

 イピアは言葉を介さず、思念波を放つことで意思疎通を行う。肯定か否定か、何に注意を向けようとしているのか、自然と分かる。言葉よりも遥かに雄弁ですらあった。これを徹底的に磨き上げれば、超空間思念通信であるコスモウェーブに昇華するらしい。

 

「艦橋にぶち込んで手柄にしてやれ」

 

 艦橋の付近ともなれば、襲ってくる対空砲火は壁と表しうる程の密度だった。上下左右、緻密かつ大胆に機体を滑らせて躱し続ける。歯軋りして追尾してくるであろう砲門を揶揄うように。

 艦橋を射角に捉えた一瞬を狙い澄まし、イピアが大型対艦ミサイルを撃ち放った。弾体の速度と質量そのものが装甲を貫き通す。内部で破壊力をぶち撒けられた艦橋が、炎の蔦に締め上げられながら崩れて落ちてゆく。

 

 フランベルは得意な顔をイピアに向けるが、直後に入ったのは後退の下知だった。

 

「何それ、退がったら勝てんの?」

 

 数が数なので、このまま進んでも勝てる訳ではないだろう。しかし、知ったことではない。荷を下ろして軽くなった今、敵航空隊と一戦交えるつもりだったというのに。無言を貫くイピアも、不服の気を纏っていた。

 不満を覚えたところで、デスバテーター単機では命令に逆らい難く、不承不承"スカージア"への帰路を取る。追い縋ってきた敵機を、背を向けたまま輪胴銃塔で落としながら。

 

「バルムーク閣下も来なきゃよかったんだよ、あんな胡散臭い奴の下に──」

 

 イピアの顔が引き攣っていた。額に汗も滲んでいる。こんなことは初めてだった。

 

「何か来る?」

 

 思念波での意思疎通に慣れている個体は、感応力が突出して発達することがあるという。攻撃機乗りとしては便利なものだが、今のイピアは何か尋常でないものの接近を察知したのか。

 

 その時、"無"が咆哮した。

 

 漆黒の虚空から緑に輝く光条が二十は湧き出して、敵の群れに突き刺さる。一本で二、三隻の敵が火球に変わり、六十あまりの反応が一度に消滅した。凍りつく時を動かすような第二射が、立て続けに残骸を量産してゆく。

 

 途轍もないものがいる。敵もそれを悟ったようで、宙空に向けて砲火を集中させてきた。「着弾」の度に極彩色の波紋めいたものが広がって、確かにそこにある何かの輪郭を、微かに描き出しているのだ。

 

 着艦の誘導を受けるまで、フランベルとイピアはその光景に唖然としたままだった。

 

 ────────

 

"イシュタルム"。最終戦艦、と都市帝国では呼ばれていたらしい。

 

 テレザート制圧と前後して、重戦艦の後継となる新型戦艦の建造計画が持ち上がった。機動部隊を麾下として突貫し、敵を破砕する切札としての想定である。

 

 結局、テレザートの失陥により、戦役終結まで建造途中のまま放置されていた。テレザート由来のガイゼンガン技術を抜きにして、空前の巨艦を恙なく動かすことは不可能だったのだ。ゴレム発動による破局の最中、エルダインが持ち出したそうだが、当然ながら竣工の目処は立っていなかったという。

 

 そこに流れ着いたのが、デザリオンの乗った難破船である。話を聞けば聞く程、薄気味悪さを感じる巡り合わせだった。何者かの作為を疑わずにはいられないのだ。エルダインはそれに気付いていながら、敢えて目を塞いでいるように見える。

 

"イシュタルム"はガトランティス製の主機に加え、デザリオンが位相機関と呼ぶ補機によって動いている。位相機関には現次空間と亜空間の境を操る力があり、主機が莫大な動力を艦に供給し続けても、余剰エネルギーを亜空間に逃すことで円滑に制御できるのだ。

 

 そして、特殊な装甲。デザリオンが位相変換装甲と呼ぶそれは、砲撃を相殺する波を照射し、その威力を減衰させてしまう。さらには可視光を遮断して、宙域に何もいないかのようなステルス状態を作り出す。今、戦場で起こっている事態のカラクリがそれである。

 

 ビームが突き刺さった虚空が波打ち、魁偉な亡霊の影を描いたかと思えば、強烈なエネルギーの波濤が数十の艦を押し流す。それに耐えかねた敵が一斉に魚雷とミサイルを投げつけてきた。

 応じるように現れた光はビームではなく、降り注ぐ爆雷の群れだ。炎の滝が向かってくる弾体に立ち塞がり、残らず霧消させる。驚く暇も与えず、量子魚雷の煌めきが敵中に飛び込み、炸裂して激震を呼んだ。

 

 攻防はそれほど長くはない。だが、敵はたった一隻を相手に二割もの戦力を失っていた。否、それ以上に、得体の知れない恐怖で戦意が摩耗しきったように見える。艦首をめぐらして逃げ出す敵の背を、ビームが次々と貫いてゆく。

 

「敵が惑星まで退いていきます」

 

 衛星軌道上の要塞に逃げ込んでこちらの鋭峰を躱し、態勢を立て直すつもりのようだ。姿の見えない相手に対する恐慌が、陽炎となって立ち昇っている。

 

 総旗艦を披露する戦であった筈だが、"イシュタルム"はステルス状態を一度も解いてはいない。エルダインが本当に見せたかったのは艦ではなく、如何にもガトランティスらしい力そのものだったのだろう。ならば、必ずやあれを使う筈だ。

 

『全艦、直ちに退くがよい。"インフィナイト=カノーネ"、発射準備』

 

 エルダインの命が下ったその時、妖しく輝く光の輪が律動的に回り始める。かつて大戦艦にのみ装備されていた雷撃ビットが唸りを上げ、力を解放するまでの時を刻み始めた。秒を追うごとにいや増す輝きが、宇宙の一画を照らす。

 エネルギー伝導の都合上、"イシュタルム"前部上方のステルス化が解かれ、ようやく艦影の一端を現した。旋回式発射管、ミサイル孔、所狭しと並ぶ輪胴砲塔。一見豊富に見える武装も、全体の半分に過ぎない。

 

「怒れる女神の姿か」

 

 敵にとっては、これまでに輪をかけて禍々しい様であることだろう。空間を断ち割って頭をもたげる鴨緑色の怪物が、四つの複眼を爛々と輝かせているのだ。

 敵要塞が慌てたように長距離砲撃を繰り返すが、無益だった。砲撃態勢にある雷撃ビットの円陣は強力な力場を形成し、正面に対する堅固な盾ともなる。僅かな遅滞もなく、発射の時が来る。

 

 膨大な光と熱の爆縮は一瞬、それでいてあまりに強烈だった。

 

 目を盲さんばかりの輝きが長大な柱となり、敵味方の距離を一瞬で貫く。要塞は防護フィールドを展開したようだが、刹那で用をなさなくなった。光の怒涛が要塞を飲み込む。周辺に展開していた敵艦隊にも、後を追わせる。"イシュタルム"は艦首を左右に唸らせ、空間を塗り潰すように敵を一掃していた。

 

 炎と残骸の坩堝となった衛星軌道を突き抜け、奔流は惑星を直撃する。青灰色をしていた惑星に赤い雫が垂れたと見えた直後、それは忽ちの内に表面を覆っていった。

 

 ────────

 

 広い艦橋が、祝いを言上しに来る者で溢れ返る。たった一隻で敵艦隊の大半を撃滅した"イシュタルム"に、帰順を誓った者達が集まっているのだ。

 

 酒の匂いと威勢の良い声に満ちる艦橋を、バルムークは無感動に見つめる。窓を隔てた先では、指揮下に入ったことで公認された略奪に、嬉々として興じている部隊も多いことだろう。

 

「輝かしき勝利を同胞と共に寿ぐこの時を、我は決して忘れることはないだろう。ここに集いし勇士達と共に歩む覇道は、ガトランティスの新たな栄光を築き上げること疑いない」

 

 エルダインは素面だが、その声は自らの野望に酩酊している。やがて、艦橋のスクリーンが立ち上がって星図を投影した。十数の宙点が強調されている。

 

「これに示されたるは、先帝ズォーダーが我らに託された遺産。かのアケーリアス文明が宇宙各地に遺した叡智を守る遺跡群、アケーリアス・コードである」

 

 人型種族全ての始祖とも言われる先史文明アケーリアス。白色彗星に眠っていた"滅びの方舟"がそうであるように、それらを究めれば宇宙を制するに足る力となるだろう。エルダインは"イシュタルム"が完成した事実から、それを解読する自信を持ったのかもしれない。

 

「我らの根拠地から最も近い宙域にあるのはこれだが……」

 

 当該宙点に至る最短航路上に、一つの星系がある。その第四惑星が拡大された。

 

「この星はとある国の要塞となっており、それなりの数の艦隊も詰めている。何を隠そう、憎き仇敵である地球のな」

 

 どよめきが座を満たし、集った者達が視線を交わし合う。数十ヘブロンを経ながら消えることのない敵意が、帯電している。

 

「分かるな?言うまでもなく、これは避け得ぬ戦である。忌まわしき地球の艦隊をかの星で覆滅し、先帝の無念を晴らして差し上げるのだ」

 

 獣性を剥き出しにした鯨波が上がり、大音声が艦橋の窓を微塵に砕かんばかりに轟いた。闘争本能が横溢した者には、先の敗戦を不当なものと看做し、それを正すことに執念を燃やす者も多い。

 

 この有様を見ていると、バルムークはガトランティスへの帰属意識そのものが薄れていくのを感じる。狂熱を耐え難く思い、艦橋を後にした。

 

 ────────

 

 何故、来たのか。いつの間にか来ていた、としか言いようがない。

 

 同じ艦内の喧騒が幻であるかのように、女のいる部屋は排他的な沈黙に包まれていた。デザリオンは相変わらず椅子に身を預けたまま、光のない目でここにあらざる何処かを見つめている。

 片膝を折り、虚ろな目と高さを合わせて語りかけた。

 

「どうだ、ここの居心地は?お前の持ち込んだ技術で組み立てた艦だぞ」

 

 そうしたことを問いかけた愚かさに自嘲する。

"カノーネ・プロトコル"と総称される戦略砲撃システムは、発動すれば幾千、幾万の大戦艦を贄とする程のものだ。"イシュタルム"はそれを一隻で行いながら、全く健在のまま航行を続けている。蒸発した雷撃ビットの再生成に時を要するだけだ。全ては、この女の脳から絞り出した技術の賜物である。

 

 この女のおかげで勝てた、だから礼を言いに来た訳ではない。暗く、冷たい静寂の中に一人置き去りにされていることが、何となく筋が通っていないように思えた。

 バルムークとしては、エルダインらに過ぎた玩具を造るのに手を貸したようで、忸怩たる思いがあった。こいつは、どうだろう。人事不省に陥って漂着した挙句、脳を覗かれて技術を盗まれたのだ。無念……なのだろうか。

 

「馬鹿げているよな」

 

 自分自身からして、そうだった。バルムークの名跡を継いでより、先代のような模範的ガトランティスとして瑕瑾なく生きてきた。

 それが今は、生きているか死んでいるかも分からない女と語らい、慮ってすらいるではないか。それはガトランティスにおいて、汚染と称すべき幼稚な情動だった。

 

「補給が終われば、ここを発つ。この艦はまた敵を殺しにいく。お前は、やはりここにいるのか」

 

 バルムークは開き直った。下らない感情が芽生え始めた自分を隠そうとしても、それは徒労に過ぎないだろう。粛清されるべきというなら、甘んじて受け入れようではないか。カラボグ達配下を道連れにはしたくないが。

 

「地球という国の基地がある惑星を攻める。知っているか?」

 

 女があるかなきかの反応を示したようにも見えたが、単なる錯覚であったかもしれない。いずれにせよ、バルムークとしては行く意義の感じられない戦だった。翻って、この女は何かの意味を求めた末にここへ流れ着いたのだろうか。

 まだ、自分の艦に戻るまで時があった。

 

「その星の名は……」

 

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