赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207 作:くコ:彡の本棚
行手に芒と浮かび上がる赤い星が、目指すべき任地だった。
ガルマン・ガミラス特務渉外武官・シュミッツ。そのようなガミラス人は本来存在しない。新旧ガミラスで公認された肩書ではないのだ。とはいえ、曖昧な身の上で動いた方が良い事態というのは、確かに存在する。
すっかり、その名前に慣れてしまっていた。
「指定された待機宙点には、間も無くだな」
宙雷艇に一人きり。応じる者とてないが、シュミッツは敢えて口にした。人並みに、不安や緊張と呼ぶべきものが胸中にある。事は重大で、切迫してもいるのだった。
ゲシュ=タム・アウト反応のブザーが鳴り響くのを聞きながら、眼前の宇宙が割れるのを見る。通常空間に飛び出したのは、友邦としての関係が七周期にもなる地球の艦隊だった。船体から剥離する氷片の光を纏いながら、鋼鉄の群れが巍然として近づいてくる。
「赤いな」
思わず、息を呑んだ。ジャンプしてきた艦艇はその全てに赤い塗装が施されている。暗く、冷たい宇宙空間に突如として現れた紅の軍勢は、燦然とさえ表しうるものだった。
外観の違いだけであれば、瞠目するに値しない。その動きも、他と一線を画していた。ジャンプ直後の手際良い配置の組替えは、奇襲や超長距離砲撃を受け流し、反撃に転ずるうえで理想的としか言いようがない。軍神が振るう炎の槍を想起させる、鋭さと威容。
二隻の小型艦が艦列を離れ、先導のためこちらに近づいてくる。いずれも、船体は燃えるような赤だ。大型の電探装置を備えたパシフィック級巡視艦は、こちらをかなり早期に捕捉しているだろう。
赤地に青の差し色が入るもう一隻は、機動力重視の護衛艦である筈だが、記録にある艦影と些か異なる。艦上にあった主砲二基に替わり、四門の発射管を備えた楕円体の武装が配されていた。何か、別の艦で見たような気もする。
事前に送られていた識別コードを提示し、迎えに来た艦に挨拶する。地球で用いられるアルファベットという文字でステンシルされた、『GUANDU』の一文。通信が入る。
『護衛艦"グァン・ドゥ"艦長のシャルマであります。司令部までの先導を仰せつかりました』
女の声である。促されるままに宙雷艇を滑らせ、赤い影が列をなす中を進む。真紅の輝きを纏う騎士が形作る、アーチを歩くようでもあった。
大小の艦に針鼠の如く満載された砲。思わず、身が固まる。味方であると頭では分かっていても、強張らずにはいられない剣呑な迫力が、艦隊から立ち昇っていた。
艦列の後ろに抜けると、朧げな輪郭に過ぎなかった惑星の影が、確かな存在をもって迫ってくる。酸化鉄を含んだ赤い地表は、この艦隊の寄る辺であることを雄弁に語っているとも思えた。衛星軌道上にも展開する真紅の艦列がその一角を開き、大気圏への突入軌道へと誘ってくる。
アナザーマーズ。それが、惑星の名前だった。
太陽系の第四惑星に酷似した規模と性質を有するために、そう名付けられたらしい。火星というその星は、ガミラスにとっても因縁浅からぬ地である。地球との戦時中は二度の艦隊戦が行われ、二度目には文明レベルがかけ離れている筈の地球艦隊に、ガミラスの艦が沈められている。
そして何より、イスカンダルの遣わした使者が、叡智の結晶を携えて降り立った星でもある。あらゆる事象の始まりが、火星にはあるのだ。
湖のほとりに築かれた開拓ドームを上空から窺えば、軍事施設が立ち並んでいる。青々とした木々の存在は、内部が人間の居住に支障のない環境下にあることを教えてくれた。ドーム外に航宙ポートが隣接しており、内部へと誘導される過程で臨検と検疫が完了する仕組みとなっているようだ。
「人が多くありませんね」
ドームに入って暫し歩くと、シュミッツはまずそのことを気にした。行き交う人影は疎で、軍事基地の運営を可能とする定数に達する程の人員がいるのか、怪しいところがある。先導する、"グァン・ドゥ"の女性艦長が苦笑を浮かべた。
「どこも、こんなものですよ。マンパワーの不足が慢性的なものとなっている以上、僻地に割ける人間が多い筈もありませんから。ガミラス戦役で失われた熟練兵の──」
気まずそうに艦長が口を閉ざす。ガルマン・ガミラスから来た自分に対し、適した話題ではないと考えたものか。
「その事実がありながら、地球の方々は我らとの握手を惜しまれなかった。深い感謝こそあれど、何を非礼と思いましょうか」
「恐れ入ります」
軍帽を取って頭を下げた彼女の、白銀の髪と真紅の瞳が目に入った。
彼女の名を、ザラ=シャルマという。シュミッツより二、三周期は年長のようだ。本来の階級は一等宙尉ながら、特別に三等宙佐の権能を与えられ、護衛艦を任されている(ガルマン・ガミラスではそれぞれ大尉、少佐に相当する階級だ)。
軍組織として無理のある人事だった。それを承知でせねばならないのが、人材の払底している地球の現状ということだ。これはガルマン・ガミラスも同じで、他人の苦労を気遣ってばかりはいられまい。
「正直、持て余していますよ。艦の数が人員に比して多すぎる。幸い、空軍手動で開発された、無人艦制御システムの導入は恙なく」
何かを認めたシャルマが建物に駆け寄った。後を追う。壁面に貼られたポスターだ。火星の写真を取り巻くように、何らかの文章が記されている。読む者を煽り立て、行動を促す文言であることは、何となく分かる。
だが、記録で見て覚えた地球の言語に、このようなものがあっただろうか。
「これは、何と書いてあるのですか?」
「読めないのは当たり前です。こんな言語、そもそも存在していない筈のものですから」
うんざりしたような色を赤い瞳に湛え、シャルマはポスターを引き剥がす。それだけで二つのことが分かった。記載されているのは彼女を思い悩ませる内容であること、それを目にしたのは、一度や二度ではないということ。
問い質したい衝動をどうにか抑え込んだ。あの男の話では、言及されていなかったことだ。自分が提供を望んでもいないので、不義理でも不都合でもないが。
「ああ、司令が戻りましたね」
見上げてみれば、薄い大気を裂いて降下してくる艦影が見えた。地球艦隊の主力とされる、ドレッドノート級戦艦。やはり、赤い。
しかし、その艦には同型艦との大きな違いがもう一つある。通常、三連装砲が前部甲板に二基装備されているところ、一基がより大型の連装砲に換装されているのだ。砲身は長大にして口径も大きく、撃ち出されるビームの威力と射程は相当のものだろう。地球艦隊ならではの砲弾も然りだ。
艦名を"だざいふ"という。かねてより渡をつけていた男が、その艦にはいる。真に顔を合わせるのは、初めてだった。
シャルマと取り留めのない話をしながら、司令本部に向かう。あのポスターが他にも貼られていないか、彼女は気にしている様子だった。
────────
どこか、浮世離れした青年である。
シュミッツ渉外武官を司令本部に案内する中で、シャルマはそう思った。ガミラスの軍人と任務を共にしたことは少なくないのだが、あのような不思議な印象を覚えたことはない。
他人には理解され難い苦悩を抱えた人間が、放つ雰囲気だとも思った。
そんな彼は基地司令との面会を果たし、会談に臨んでいる。余人を交えず、というのは決まっていたことのようで、シャルマにそれを立ち聞く権利はない。聞いてもよいことだけを、後から知らされるのを待つだけだ。
展望室のベンチに腰掛け、PDAの画像フォルダを開く。地球に住む妹が送ってくる写真は、任地における数少ない楽しみである。水が染み込むように、心が安らぎで満たされてくるのだ。全てが報われる気分にすらなるのが、我ながら不思議だった。
「モロトフ三佐」
近づいてくる人影を認め、シャルマは立ち上がって敬礼する。
「休息の邪魔をするつもりはなかった。楽にしてくれ」
艦隊旗艦"だざいふ"の副長であり、艦長を兼任する司令の片腕である。自分のような俄か佐官待遇ではない。今の地球には稀少な、実績と実力で佐官の地位に昇りつめた軍人だった。
「司令のお側ではないのですね」
「真の意味で一対一の話し合いだよ。私は私で、多忙でもあるし」
紳士然とした顔立ちに、疲労から来る翳りがある。そうした状態の相手にする話ではないと思いつつも、シャルマはそのことについて話しておかねばならなかった。基地内の秩序にも関わることである。
「また、例のポスターを見かけました。三枚です」
モロトフが、呻きとも溜息ともつかない声を漏らす。
「火星再興。赤きふるさとを取り戻そう……」
ポスターに書かれた、火星標準語の文言である。もっとも、火星標準語は公認されている言語ではない。当時火星に住んでいた人間のごく一部が、暗号として用いられていた文字列を、独自の言語にしてしまおうと無益なことを考えた故の産物だった。
「終戦当時、私は7歳でした」
「こちらは14歳の訓練生だったよ。悔しさに崩れ落ち、泣きじゃくっていた学友の姿を今でも思い出す」
ここで言う終戦とは、ガミラスやガトランティスとの戦いを指すのではない。火星が地球に仕掛けた戦争を言っているのだ。
人類が初めて地球外への入植を果たした、火星。その統治を行っていた火星自治政府は地球からの独立を企図し、西暦2164年、地球に対し宣戦を布告した。後に言う、内惑星戦争である。
休戦期間を挟みつつ砲火を交え、2183年。戦争は火星自治政府の解体と、全住民の地球への強制移住という結果で幕を下ろす。紅い瞳と銀色の髪を持つ火星の人々、マーズノイドは、父祖の地に不本意な形で帰還を果たすこととなった。
ガミラスという巨大な外敵の来襲を経て、マーズノイドは官民問わず地球社会に組み込まれてゆく。ちょっとした転機が訪れたのは、ガミラス戦争が終わり、地球-ガミラス間の同盟関係が確立してからだった。
西暦2201年、政情不安のガミラスを支援するという名目で、火星に酷似した性質の惑星に基地が設けられることを知ったマーズノイドの軍人達は、こぞって配属を志願したのである。彼らの強い希望に総司令部が折れる形で、アナザーマーズという名が、惑星には与えられた。
それは、ガミラス戦役を経てなお、地球に馴染みきれないマーズノイド達の素朴な郷愁だった。地球を飛び出した任地に赴くことに、先祖由来のフロンティア精神を刺激された者もいるだろう。
シャルマとしても、それなりの居心地の良さと充足感を覚えていたものである。ガトランティス戦役では、太陽系に派遣されるガミラス艦隊の航路維持に大きな役割を果たしており、地球存続に少しでも貢献できたという自負があったのだ。
「あの戦いで君とは違う思いを抱いた者が、決して少なくないということだ。今度こそ、とな」
ここ二年程だろうか。火星独立の復古を標榜する、先鋭的なナショナリズムが基地内で台頭するようになった。
基地の共有サーバでのとある匿名投稿が、波紋を呼んだのは半年前のことだ。告発文と題されたそれには、軍首脳部はガミラスとの開戦時、既に密約を交わして利権を得ていただの、マーズノイド軍人の待遇は他に比して劣悪で、遺族年金の支払いすらなされていないだの、根拠に乏しい妄想の産物が列挙されていた。
リアクションは大きかった。若い士官を中心に、徒党を組んで司令本部に乗り込んでくるまでの事態となる。基地の各処でも、地球軍中枢の非を鳴らし、抗議のボイコットを行う事例すらも確認された。早急に釈明が行われ、デマを流布した士官グループの職権を剥奪、地球へ強制送還することにより、事態は収束したかに見えた。
その一件は契機ではない。アナザーマーズを静かに蝕んでいた、考えを偏った方向に捻じ曲げる病痾が、表に噴き出した一例に過ぎなかったのだ。急進的な内容のビラが出回ったり、独立を扇動する落書が発見されたりと、小さな例は枚挙に暇がない。
「近頃マークしている士官グループが、バクスト艦長と頻繁に話しているという情報がある。私も見た。確かに、昔を懐かしむところのある方なのだが……」
モロトフは俯いた。内部監視チームを統括する任を与えられている彼だが、仲間の裏を暴き出す仕事は、相当神経を擦り減らされることだろう。とはいえ、運営能力と、扇動に乗らないとの信頼を置ける人間は決して多くない。それを痛い程分かっているから、モロトフも苦しんでいる。
共に苦しむことぐらいしか、シャルマにできることはなかった。
────────
ボラー連邦がガルマン・ガミラスと戦争状態にある今、同盟国の地球を牽制することには、大きな戦略的意義がある。
酒を飲んで脳を濁らせなければ、とてもそう思い込めはしなかった。零落したエリートの左遷先といえば、辺境の巡視艦隊がまず挙げられる。肩を落として任地に向かう同僚を密かに冷笑していたボローズだったが、それが未来の自分だったとは。
ボローズがガルマン星総督の任を解かれ、辺境に飛ばされて暫く立つ。常と変わらぬ日々が始まろうとしていた。総計七隻の艦隊を引き連れて地球星系に侵入する。退去要請の声を聞き流しながら、暫く泳ぎ回って撤収する。ボローズのすることといえば、艦橋に座して酒を呷ることくらいだ。
虚しいものだった。旗艦である
ところが、今日ばかりは些か様相が異なっていた。
「斥候の結果は?本当に艦影は一つなのか」
「後続および伏勢の存在は確認されず。一隻が巡航速度でこちらに接近しています」
言葉を交わすのはガルマン星より秘書官を務めるレバルスと、"ラブロコフ"艦長のグダンである。ボローズはその様を黙然と見つめたまま、一言も挟もうとはしない。
こちらが領海に侵入した時点で三隻前後が出て、警告を発する。いつもはそうなのだが、今回は停泊地を発してすぐ、地球の艦と接触しそうな勢いだった。何故、ここまで出てきたのか。
「我らを撃滅しに来た訳ではあるまいな」
「まず、ありません。本気でこちらを潰すつもりであれば、もっと数を揃える筈ですから」
「現在の最前衛はどの艦だ?」
「"ノヴロダ"であります。観測映像を受信しました」
艦影を光学観測した
「レブートの発艦準備はどうなっている」
「全機完了しておりますが、出すのですか」
レバルスとグダンがボローズに目線を向け、無言の裡に判断を仰いでくる。拭い難い居心地の悪さがあった。戦うにせよそうでないにせよ、勝手にしろという思いがある。
何か繕う言葉を捻出しようとした時、通信員が入電を伝えてきた。接近中の地球艦からだ。
「こちらは地球連邦軍第28護衛隊所属、戦闘空母"ヒュウガ"。本艦は星系外の友軍の援護に向かう途上であり、貴艦隊と交戦の意思はない……」
「それだけか?」
「はい」
接触は偶然に過ぎず、手を出すつもりは無いと先方は言っている。こちらが手を出さない限りは、そうなのだろう。進路予測を確認しても、ガルマン・ガミラスの増援に向かう可能性は皆無と出た。
ならば、ボローズには関わりないことだった。
「"ノヴロダ"に距離を取るよう伝えろ。攻撃はするな。しかし、索敵圏外に出るまで監視を怠るなよ」
グダン艦長の差配で、ボローズの命令は実行に移された。"ヒュウガ"と名乗る艦が跳躍していく様を認め、短く息を吐く。
「交戦を避けるという御判断に異存はありませんが、よろしいのですか」
「何が」
「航行許可を出してやった、という体にすることも、できなくはないものと」
相手を属国化する前段階としては、常套手段の一つである。しかし、不遜きわまる地球に通じる理屈とも思えなかった。先の通信でも、こちらが何らかの許可を与えたという言質を取られることを、明らかに避けているのだ。
「永久管理機構からの命はあくまで牽制だ。勝手に事を起こして、無益な戦線の拡大を招く訳にはいかん」
それで更なる責任を追及されるなど、まっぴら御免である。
それにしても、あの艦は友軍の援護に向かっていると聞いた。ボラーとの開戦でも、ガルマン・ガミラスへの増援でもないとすれば、一体何と戦うつもりなのだろう。
気にはなるが、飲む酒を選ぶことの方が、今のボローズには大事だった。