赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207   作:くコ:彡の本棚

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蠢動の群像

 

 戦場にいた。

 

 緊張に張り詰めた艦橋。通信回線に谺する無数の声。このままの速度を維持すれば、艦隊は一時間で月軌道に達する。対地戦闘用意の指令を受け、艦橋要員が慌ただしく作業に掛かっていた。

 そうだ。月面にある国連軍の宇宙軍港。それを跡形もなく吹き飛ばす大任を帯びて、自分達はここまでやってきた。

 

 デブリとアステロイドを用いた偽装工作が功を奏し、敵の主力は遠方に誘引、拘束されている。その隙を突き、帰るところをなからしめるのが作戦の骨子だった。地球にとっては、宇宙に機動戦力を展開させる足掛かりを喪失するに等しい。

 

 火星が初めて獲得した慣性制御技術を地球も収得してからというもの、戦況は日を追うごとに不利になりつつある。そもそもの国力、工業力に開きがあるため、当たり前のことだった。だが、それを一度で覆してやれる。状況が許す限りの精鋭が集められ、敵の懐に飛び込む特務艦隊が編成されたのだ。

 

 漆黒の宇宙に浮かぶ白い影。月。近づくにつれ、戦果への期待に胸が高鳴る。艦隊から立ち昇る戦意は音高く帯電し、解き放たれる時を待っているかのようだ。指令が各艦を駆け巡る。重爆隊順次出撃、全艦大気圏突入用意。

 

 眼前を何かが横切る。

 叫喚じみた声が、直後に響いた。

 

 何事かと質す声も虚しく、悲鳴ばかりが通信回線を走る。混乱の渦中で、何故という問いは意味をなさない。

 目の前で動き回るのは、いる筈のないもの。いてはならないもの。二十隻は下らない地球のコルベット。それは、迫り来る大きな災いの前触れに過ぎなかった。

 

 後方に敵艦隊の反応見ゆ、との報告が齎された時、艦橋を寒気が支配した。皆の血の気が引いたのだ。

 

「識別信号あり。戦艦"キリシマ"以下、敵艦隊は概算にして──」

 

 飛翔体多数接近、の声が重なった。こちらの背を狙い澄ましての、一斉雷撃である。艦橋の壁しか見えないことを承知で、後ろを見ようとする。

 殴り飛ばされた。固体と化した衝撃波に、張り倒されていた。

 

 艦橋の窓が割れたのか。軋む身体に鞭打って、頭を上げる。死屍累々の惨状の向こうに、その艦影はあった。発射煙の白い残滓を艦首に纏わせ、敗者を睥睨する戦艦"キリシマ"の姿。

 見上げる余力すらも、失った。明滅する非常灯に照らされる床、そればかりが見える。滴る血が視界に入ったが、それが自分のものか否かも分からない。宇宙とは異なる闇の中に、意識が落ちていく。

 

『司令。サエキ司令』

 

 声がする。自分を、呼んでいる。司令とは何のことだろう。自分は一介の砲術士官だ。重巡に配属されて艦橋に上がっている……。

 

『来たよ、定刻通りに』

 

 ああ、そうだった。

 

 ────────

 

 アナザーマーズ駐留艦隊司令兼基地司令のネルソン=サエキは、眠りながら目を覚ました。

 

『今日は長い夢を見ていたようだね。邪魔をしたかな?』

「むしろ、これでいい。続きを見たいと思うような夢ではなかった」

 

 眠っている、気を失っている人間の意識に同調し、意思疎通を可能とする。"彼ら"の能力にはかなりの幅があるらしかった。"彼"に初めて呼びかけられた時は驚いたものだが、今は一番安心できる情報交換の場とすら思っている。

 

 もう一つ、経験豊かな老将の意識がその"場"にはあった。数十年の戦歴に由来する、静かな重みとも言うべき貫禄。

 

「待たせてしまったようで、申し訳ない」

『なに、齢を重ねて朝が早くなっとるだけです』

 

 二ヶ月あまり、三人で密議を重ねてきた。この星に迫る脅威、ガトランティス残党艦隊にどう対するか。それ以上に、裏に潜む策謀に如何なる手段で立ち向かうべきか。

 

『欧陽のしようとしていることがようやく掴めました。ガトラン艦の強制制御プログラムを組み立てとります』

「ハッキングによるガトラン残党の吸収か。技術畑の奴ならば考えそうなことだ」

 

 ガトランティス戦役の終盤、"ヤマト"が彗星都市帝国に突入した際、船内に潜り込んでいたスパイの協力を得、無人のガトランティス艦を制御した事例がある。その際に観測されたデータは残っている。

 だが、それを解析して数年で、実用化しうるだけの技術が地球とガミラスにあるだろうか。その背景を執拗に探っていった先に、今この惑星を覆う不穏な気の根源がある筈だ。

 

「それを使えば最後、この基地と無人艦もガトラン艦の後を追うことになる訳か。そして、丸ごと奴らのパトロンに売り渡される」

『でしょうな。しかし、毒草を根から枯らす好機です。仕掛けが大がかりな程、それを使えば関わった人間の尻尾を掴むのは容易い』

 

 老人の明るい声が、強がりであるとは分かっている。火星自治政府再興という迷妄に囚われた分離主義者達にとって、火星の宿将たる彼の重みは無視できない。当然、陣営に取り込もうとする。謀りを見抜く端緒はそこにあった。

 しかし、そこにも純粋な敬慕がある。偉大な先達に対する憧憬が。それを利用して情報を聞き出す任務が、純朴な老人の心を削り続けているのは間違いない。振り払うことのできない、罪悪感がネルソンにはある。

 

「そちらは、どうだ。ガトランの"隠し玉"について目星は」

『残念ながら、皆目見当がつかない。奴らに壊滅させられた惑星の周辺で、色々探ってはみたのだが」

 

 ガルマン・ガミラスにとっては、外交交渉を通じて新たな関係構築を図っていた国だったという。大使を乗せた外交船団が異常な残留熱量を観測して近づいてみれば、そこには艦隊の成れの果てらしきデブリの群れと、半球が火の海と化した惑星の姿があった。

 一帯には、機関のオーバーロードによって沈黙した、カラクルム級戦闘艦数十隻が漂っていた。これら事実だけを見れば、先の戦役でも発動された戦略砲撃が実施されたと誰もが考える。

 

 聞かされた時、覚えたのは不気味な違和感だった。わざとらしさとも言えるだろう。ガトランティスらしからぬ搦手で、何かをひた隠しにしている、としか思えない。"彼"も同様に考えていたようで、探ってはいるが未だ空振りらしい。

 

『そちらでは、どうかな?それらしきものについて言及は』

『何も。未だこちらを信じきってはおらんのか、あるいは本当に知らないのか。まあ、後者だろうとは思うがの』

 

 ガトランティス残党がアナザーマーズ方面に近づいていることは、今回初めてガミラス側から伝えられた、ということになっている。にも関わらず、分離主義者は都合良くガトラン艦のハッキングなどを行おうとしている。知らされているのだ。闇に潜んでこちらの分裂を狙う、大きな力に。

 しかし所詮は使い潰しの傀儡、全てを知らされてはいないだろう。

 

『その時が来れば、私も前線に出て探査に当たるつもりだ。接近すれば感知できるかもしれない』

「危険だぞ。それに、君がいなければアケーリアス遺跡の封印はどうする?」

『今日手渡したデータに、君達の使用言語に訳した封印プログラムを仕込んである。安全確保のうえで確認してほしい』

 

 飄々とした"彼"の声にも、微かに張り詰めたものがある。全知的生命の始祖文明たるアケーリアスの遺産、その暴走は宇宙そのものの破滅に直結しかねないのだ。"滅びの方舟"がそうだったように。

 

「必ず、やり遂げよう。皆を欺き、忌避されようとも。報われないために残る悔恨は、我らに無い筈だ」

 

 わざわざ口にするのは無粋だった。それでも、共に戦ってくれる二人を思い、ネルソンは敢えてそう言った。

 

 ────────

 

 斥候に出た遊撃隊が戻り、件の星が険阻な星系にあると分かった。不安定な強重力域、濃密な星間物質、艦の機能を蚕食する電磁波。恐れ知らずのガトランティスといえ、直進を躊躇わせるのに十分すぎる要素が揃っている。

 ただ、一度の跳躍で飛び越えられる距離ではあった。

 

「それは危ういかと考えます」

 

 余計な口を挟もうとするグレイムを制し、バルムークの懸念を聞く。狭隘な星系内に跳躍すれば、機関の立ち直りに時がかかり、無防備な姿を曝すというのだ。

 

「貴様の言はもっともだ。新たに参じてきた者どもの編成をしつつ、ゆるりと進むとしようか」

 

"イシュタルム"が初陣で示した武威にあてられ、加勢を表明する部隊が続出している。戦力は百五十隻に届こうとしていた。さらに百隻余りが、こちらに合流するべく向かっているという。ただしエルダインとしては、総旗艦ただ一隻こそ真の戦力である。

 

 彗星帝国が健在だった頃、船体のみ建造を終えていた大戦艦。各地に眠っていたそれら張りぼてをかき集め、破壊したうえで戦場にばら撒いている。敵と惑星を焼き払った砲撃の起点を偽装するためだ。"イシュタルム"が劇的な形で戦場に乗り込むためならば、小細工も厭わない。

 障害を避けつつ「渡渉」できる宙点は、前方に二つあった。それを除けばヘブロン単位の迂回を強いられることとなる。艦隊を二つに分け、敵を幻惑することを考えついた。

 

「"イシュタルム"は不可視状態のまま本隊を率い、直進する。三十隻だ。他の艦隊は"スカージア"指揮の下、もう一つの航路から星に迫るのだ」

 

 敵は選択を迫られることとなる。星を出て迎撃するとして、どちらに主力を向けるか。見かけに騙されて別働隊を攻めるならば、本隊で星を直撃する。本隊に向かってきた場合は、別働隊で後方を遮断してやればいい。

 星に立て篭もるというのであれば、尚更望むところだった。素通りしてアケーリアス・コードを確保に向かうも、星に"イシュタルム"の最大火力を叩き込むも、思うがままだ。

 

「正直のところ、指揮を完遂するだけの器が己にあるものか、些か不安を覚えてはおりますが」

「なに、過半が命令も行き届かん三級品ということは承知だ。"イシュタルム"が進むための露払い、時間稼ぎをなしてくれればよい」

 

 バルムークにないのは、自信以上に、自分の麾下として戦う意欲だろう。それでも構わぬ。いずれは軍を去って何処かに消えるかもしれないが、離反に際して背中を撃つような真似は、決してしない男だった。

 二、三の打ち合わせを済ませ、バルムークが下がる。その背中が扉の向こうに消えてから、グレイムが顔を寄せてくる。

 

「閣下はご存じでありましょうか?バルムーク殿にまつわる噂を」

「謀反でも企てておるのか」

「いや、なに。更なる情報を引き出すためと称して、バルムーク殿はあの機械女の下に通っているのですがね。どうも奴に懸想しているようなのです」

 

 下卑た笑みを浮かべながら、グレイムが鼻を鳴らした。

 

「深い知識を有していると、却っておかしなことを考えるようですな。脳と脳を繋いで逢瀬でもしておるのか」

 

 不快さに口を尖らせ、エルダインは返事もしない。

 折を見て、殺そうと思っている。他に気の利いた幕僚が幾人かいたのだが、ゴレムの発動によって生命活動を停止している。生き残ったのがグレイムだけだと知った時、落胆は小さなものではなかった。戦場では使えないこともないから、生かしている。それだけのことだ。

 

 その必要性も薄れてきている。"イシュタルム"は攻防性能は勿論だが、艦隊指揮能力も冠絶していた。中級指揮官を頼る意味も失くなりつつあるのだ。勇猛だけが取り柄の将など不要、指示を過たず実行する者こそ揃えるべきだった。

 

 とにかく、アケーリアスの叡智を押さえることである。その成功は懸案を忽ちのうちに解消し、エルダインが新たな大帝として登極する契機となるだろう。

 

 ────────

 

 緊急のブリーフィング。副官のモロトフですら、直前に聞かされたものだった。足早に会議室へと向かう。待ち構えていたような人影が、通路の向こうにあった。マーズノイド特有の赤い瞳。

 

「間三佐か」

 

 第十三空間騎兵特務強襲隊を率いる間眞一三佐は、陸戦指揮といい、白兵戦技といい、アナザーマーズで最強と称されるに足る人物と言える。黒と白の髪を靡かせる間が、不敵な笑みを端正な顔に浮かべていた。

 

「貴官も出るのか?」

「ええ。また私が説教でもされるかと思いきや、主だった士官全員が集められるとのことですからな」

 

 もうすぐ40歳となる間は、15歳の初陣から二十年以上、空間騎兵として前線に立ち続けている。麾下の隊員も、命知らずの猛者が揃っていた。真紅の装甲服に身を包む彼らの戦いぶりたるや、薔薇のように華麗にして、炎のように峻烈だった。

 しかし、基地の人間から彼らに向けられるのは、賞賛と敬意の目ばかりではない。

 

 特に断りもなく、間は自分の隣についてくる。言われても気づかない程さりげない形で、自分が護衛されていることを、モロトフは察した。

 

「また、何人か忍ばせているのか?」

「そのようなことは。先日、跳ねっ返りを纏めて縛につけたもんで、力づくでは来なくなりましたからな」

 

 アナザーマーズに巣食う分離主義者を内偵するのがモロトフの仕事であるなら、間は検挙の実働役だった。事実上の憲兵である。嫌われがちな役目を押し付けてしまっていることに、忸怩たるものがあった。

 それでも、不穏の芽は見つけ次第摘まない限り、この基地は立ち行かない。分かってはいるのだが。

 

 定刻である。足下に大型モニターを備えた会議室に、召集された皆が揃っていた。各部隊の指揮官も顔を並べているのは、艦隊が動く前触れである。

 

 司令官のサエキが入ってきた。薄暗い会議室に紛れてしまいそうな程、沈んだ顔をしているようにも見える。傍にガミラス人の青年を連れている。

 ガトランティス戦役で負傷した初代司令官が2204年をもって退役し、補佐役だったサエキが第二代として任命された。自信に満ちた佇まいをしていた訳ではない。それでも、受け継いだものを守り、高めていこうという熱意と責任感は、確かにあった。

 四年間の情勢の変化は、ここまで陰鬱な顔を彼にさせるものなのか。

 

「まず、見てもらいたい映像がある」

 

 無惨にも焼け爛れた惑星が映し出され、呻きが方々から上がった。生命の居住に適した青と緑の惑星、その半分が炎で塗り潰されている。胸の悪くなるような暴虐の痕跡。

 

「旧ガミラス属州惑星の映像記録だ。およそ二ヶ月前、侵攻してきた艦隊との戦闘が生起した結果、壊滅したと推測される。迎撃行動に出て撃沈された艦の残骸群も、衛星軌道上で発見された」

 

 衛星軌道を覆う雲のように見えたものは、艦艇千隻分を下らない、夥しい数のデブリである。

 その様相は異様とも言えた。残骸は惑星近傍のごく狭い領域に蝟集しており、その悉くが艦の残骸を留めず細切れになっている。緊密な陣形を敷いた艦隊が、離れた間合いから強烈な熱波で薙ぎ払われたような。

 

 その惑星で如何なる攻撃が行われたのか、皆が悟るには十分だった。

 

「内部構造が崩壊したカラクルム級戦闘艦が、付近に漂っているのも確認された。ガトランティス残党による戦略砲撃が行われたことは、まず疑いない」

 

 映像が星図の俯瞰に切り替わった。件の惑星とアナザーマーズを示すアイコン、その間を光点が動き回っている。何かを探す、あるいは収集するように蛇行を繰り返していたが、それが思い定めたように直進を始めた。行手にあるのは──。

 

「見ての通りだ。ガトランティス艦隊はこの星に針路を取っている」

 

 一座の沈黙が重い。ガトランティス残党との戦闘経験といえば、十隻前後の機動部隊を蹴散らしてきた程度のものだ。戦略兵器を運用する艦隊との戦いが目睫の間に迫る事実を前にして、血塗れの切先を突きつけられる様を幻視した。

 

「ただし、敵の行手にあるのはそれのみならず」

「艦隊を急行させるべきだ!」

 

 遮った声は嗄れていながら、耳目を集めずにおかない熱気を湛えている。

 

「直ちに艦隊を動員し、星系外縁部に防衛線を敷くべきですぞ。地勢からして、敵は艦隊を二分し進軍する公算が高い。機動力をもって一方ずつ撃滅する戦法を用いれば、我が方の勝利は疑いなし」

「バクスト艦長……」

 

 モロトフは戸惑いの声を上げたが、当のサエキは冷めた色を瞳に浮かべたまま咎めもしない。

 

 アナザーマーズ駐留艦隊は三個機動部隊と二個火力部隊で構成される。第一機動部隊を率いるバクスト一佐は、火星軍所属の頃から佐官として内惑星戦争を戦い抜いた歴戦の雄だった。ガミラス戦役劈頭の木星沖海戦で重傷を負い、ガミラスとの講話成立まで戦線を離脱していたが、積み重ねた経験と勘は全く衰えていないことを、この星で幾度も証明している。

 

 それだけの重鎮が出撃を煽ったのだ。司令官の面前で、その言葉を遮りながら。乱脈と言わざるを得ない所業だった。それを苦々しく思うどころか、待ち望んでいる者さえいるのが、今の現状なのだ。

 

「バクスト一佐に賛同いたします。戦略砲撃の発動が現実に起きている以上、この惑星の遠方で迎撃するに如くはありませんな」

 

 第一機動部隊の参謀である欧陽三佐は、異星文明兵器の解析に通暁した優秀な技術者である。しかし、卓抜した頭脳が歪んだ思想を後押しすることがあるとすれば、この男はまさにその典型であろう。

 アナザーマーズにおける、分離主義者の急先鋒。それを隠そうともせず、誇示してすらいるのだった。

 

「火星の同胞達の拠り所を、我ら自身の手で守り抜く!これは全ての作戦行動に通底しているべきこと、故に敵をここまで近づけるべきではありますまい」

 

 欧陽の追従にバクストが重々しく頷き、熱に浮かされたような賛同の声が次々と上がる。最早、目先の秩序ばかり重んじる訳にはいかない。意を決してモロトフが口を開きかけた時、サエキが喋り出した。

 

「ガトランティスは必ずしも、この星を標的としているとは限らん」

 

 続けて、傍のガミラス人が特務渉外武官・シュミッツと名乗る。浮世離れした印象の青年だ。ガトランティス艦隊から見て、アナザーマーズのさらに向こう側にあるものの存在を、シュミッツは明かした。

 

「アケーリアス文明の遺跡、ですか。そこには何が保管されているのでしょう」

 

 護衛艦"グァン・ドゥ"のシャルマ艦長が問う。シュミッツは一座を見渡してから、神妙な調子で答えた。

 

「モノポール関連技術の制御プロトコル」

 

 それを聞いた欧陽の両目がぎらついた。磁気単極子(モノポール)といえば、宇宙創世の折に生成されたという、S極あるいはN極のみを持つ理論上の物質である。

 それを操る技術を実用化し、宇宙戦力に導入したとしたら。波動エンジンに続く、第二の主要機関としての地位を確立することは疑いない。恐ろしい想像をするなら、惑星の地磁気そのものを狂わせて死滅させる、超磁力兵器さえも作り出せてしまうかもしれないのだ。

 

「万が一にもガトランティスの手中に落ちるような事態は、何としても避けねばならない。故に全ての戦力を遺跡周辺に投入し、飽和攻撃によって殲滅すべきと、私は考えている」

「馬鹿な。この星をがら空きにするとは」

 

 サエキの発言に、バクストが正面から噛み付いた。もう、その段階にまで来てしまった。

 

「このアナザーマーズこそは、火星軍人第二の故地。新たな天地そのものであります。それを蔑ろになさるが如きなさりようは、看過しかねますぞ」

「貴官の言う火星などは」

 

 会議の場にあるべき節度など、既に無意味なものとなっている。

 

「もう亡いぞ」

 

 司令官と老将が睨み合う様を見ながら、モロトフは立ち眩みに耐え続けていた。

 

 ────────

 

 間に声をかけられ、自分が誰もいない会議室で立ち尽くしていたことに気がつく。

 

「気を遣わせたな」

「なにを仰る。気楽な陸戦屋としては三佐の御心労を完全にはお察しできませんでね、これぐらいは当然のことです」

 

 モロトフにとって、バクストは単なる上官ではない。戦場の呼吸、指揮官としての心得を示してくれた、かけがえのない恩師なのである。

 それだけに、現状は見るに耐えないものがあった。欧陽に空気を入れられ、周囲を扇動し、分離主義の旗印となって司令と対立している。もうやめてくれと、叫びたい衝動に何度も襲われた。

 

「一つ、申し上げておきましょう。お慰めできるとは思えませんが」

 

 やや改まった口調で、間は話し始める。

 

「戯けた理想に浸る人間は、端から見れば妙な光を目に浮かべるものです。そう見せかけて、他人を思うままに操ろうとする手合いもおりますな」

 

 思い当たる顔が幾つも浮かび上がる。モロトフは己の記憶力を、初めて疎ましく思った。

 

「しかしバクスト一佐が目に浮かべているものは、いずれとも全く異なるように見えます。より複雑で、安易に触れてはならないような。それが何であるか、自分には皆目見当がつきませんが」

 

 本当は、間なりに当たりをつけているのかもしれない、とも感じる。

 

 だが、それを詮索する暇はなかった。折衷案として、機動部隊と火力部隊一個ずつによる、星系外縁の哨戒が一週間実施されることとなったのだ。指揮を取るのはバクストで、会敵すれば彼の判断で戦闘が行われる。

 

 何かが起きるかもしれない。ぼんやりと、予感めいたものがある。だが、それが吉兆であるように、モロトフにはとても思えなかった。

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