赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207 作:くコ:彡の本棚
哨戒が始まって五日が経過した。
"グァン・ドゥ"は六隻の同型艦を引き連れ、星系の外に睨みを利かせている。乗り込んでようやく気がついたのは、主砲に代わり艦上に装備されている武装の正体だった。
アンドロメダ級、ドレッドノート級といった戦艦に備わる、四連装の対艦グレネード発射装置である。
「戦艦に積めば補助兵装でも、スケールの違う艦に搭載すると印象が違いますよ」
雷撃特化型、と通称されるという。四つ並んだ発射管の放つ、対艦魚雷やカートリッジ型エネルギー弾の火力は大きく、倍する規模の敵艦と互角に渡り合う力を護衛艦に与える。ただ、無理もないが、陽電子ビームと比べて射程が短い。交戦距離は自ずと短くなる。
敵の至近に飛び込む勇気を、試されるということだ。目の前で穏やかな笑顔を浮かべるシャルマ艦長に、シュミッツはこれまでとやや異なる印象を抱いた。
「それにしても、渉外武官って、こんな危険な前線に身を投じねばならないんですね」
シュミッツは許可を得、"グァン・ドゥ"にオブザーバーとして乗り込んでいた。指揮に口を差し挟むことは決してないとシュミッツは念を押したが、シャルマは純粋に案じてくれているらしかった。
「狭くて居心地はいまいちだけど、危険が及ばぬよう最善を尽くしますから」
「私も、使命を心得ています。守られるのみならず、手を携えて任を果たすつもりでおりますよ」
そう、使命があるのだ。それを遂行する覚悟、信心とも言うべきものが試される時は、目前に迫っている。むしろシュミッツの方こそ、シャルマを巻き込むことになりはしないかと心配してすらいた。
「聞くべきでないかもしれないことを、聞きます。不快に思われたなら、そう仰ってください」
「何です?」
互いに、命を賭す。存念を全て曝け出しておくことは、修羅場を前にして代え難い紐帯となるに違いない。
「火星独立を企図する方々が、アナザーマーズに根を張っているとお察しします。シャルマ艦長は、それに対しどのようにお考えですか?」
苦笑に似た表情をシャルマは浮かべた。この問いを予期してはいたようだ。あの星にいては、表に出すにしろそうでないにしろ、己の立場について自分なりの答えを、持っていなくてはならないのだろう。選択を迫られる情勢なのだ。
シャルマが徐に携帯用端末を取り出し、画面上で指を滑らせる。表示された写真を、見せてきた。
「この方々は?」
家族を写したものだった。赤い瞳と白銀の髪をした女性はシャルマに似ているが、少しばかり若い。傍には夫と思しき黒髪の男、そして二人の間に、立ち上がることを覚えたばかりだろう子供がいる。
子供の瞳と髪は、黒かった。
「地球で暮らす妹夫婦です。子供が立って歩けるようになったと、この写真を送ってくれて」
シャルマの顔が綻ぶ。家族の幸福を寿ぎ、小さな命の将来を願う慈愛の心が滲み出ていて、シュミッツもつられて微笑んだ。
「見ればお分かりでしょうけど、甥っ子は父親似です。マーズノイドの特徴は、これといって出てはいません。だけど、確かに妹の子供です。血を分けた可愛い息子なんですよ」
示唆的なものではない、とシュミッツは思った。粉飾のない本心を、シャルマは語ろうとしている。それができることを、微かに羨ましく感じる。
「火星生まれの軍人として守るべきは、こういうものだと思うんです。とっくに失われた形に拘るのではなく、将来を生きる希望を。私は、そのことを忘れないでいたいと希むだけです」
直後に鳴り響いた警報は、噛んで含めるように語るシャルマに、戦士の顔を取らせた。二人で艦橋へと急ぐ。
狭い艦橋の各席には要員がついている。いずれも、艦長より若い青年ばかりだ。欠員が出ていたのを埋める形で、シュミッツは電探席に座る。
「状況は?」
「随伴のパトロール艦が敵影を捕捉しました。数は三十。ガトランティスの空母機動部隊です」
十隻が、光学観測可能な距離に迫っていた。一隻の空母と、それを守る巡洋艦、駆逐艦。これは先行部隊で、後方に二十隻が控えている。
「"ダカール"より入電。我、ガトラン艦隊の接近を見ゆ。概算八十隻あまり」
バクストの乗艦である、アナザーマーズ第一機動部隊の旗艦だった。数だけを見るなら、本隊はそちらで、眼前の敵は側面援護というところだろう。本当に、そうなのか。表と裏を確かめるのが、シャルマ達の仕事だ。
こちらは七隻である。速やかに敵の十隻を蹴散らし、距離を取って敵の出方を見るべきだろう。シャルマも同様に考えたようだ。
「全艦戦闘態勢。敵空母の撃沈を絶対目標とし、それを果たしたら後退。可能な限り敵艦隊の動静を注視し、本隊と合流する」
指令が各艦を駆け抜け、敵を跳ね返さんばかりの戦意が一帯を覆い始める。敵は横列を敷いたまま船足を上げて迫ってくるが、微塵もたじろぐ様子はない。士気の違いさえも感じさせる。
敵空母が艦載機の射出を始めた。それに応じたように、"グァン・ドゥ"艦上の発射装置が唸りを上げて稼働する。剽悍な狼が、牙を剥く様を連想した。
────────
数が多いだけに、苦労の多い進軍だった。
巨大戦艦の威容に魅了され、寄り集まっただけの烏合の衆。慎重に進むべしとの指示を、肯じない者が続出している。あまりに露骨な反感を示す艦は、量子魚雷を叩き込んで見せしめに沈めた。
エルダインには予め許可を得ていたが、カラボグの進言がなければ決心できなかったかもしれない。ともかく、艦隊は一応の秩序を保っている。
「接近する敵の映像が入りました。戦艦とコルベットによる三段の横列に、縦列の遊撃隊。総数は四十隻前後です」
盾を翳してこちらの鋭峰を防ぎつつ、矛で逆撃する。そうした陣構えと思われた。遊撃隊の中に見える戦艦は、敵艦の中で最も大きく、艦隊の旗艦だろう。地球が護衛艦、巡視艦と呼んでいるらしい快速艦を引き連れている。
横列を構成するのは、ガミラスとの戦争終結後に改修されたという前世代艦だ。戦艦といっても、ガトランティスの尺度ではせいぜい巡洋艦程度。ただし、決戦兵器である"大砲"を積んだ型も先の戦役で確認されているので、その辺りの見極めは大事だった。
それにしても、赤い。全ての艦が赤く塗装され、燃え盛る炎が壁となって立ち塞がっているようでもある。横溢する戦意が、すぐ目前に迫っているような気さえした。
「"大砲"を抜きにしても、彼奴らの砲熕兵器は射程、威力共にこちらを凌駕します。守りに徹されては、抜くのは容易ではありませんぞ」
「銀河水平面を逸脱しすぎると、エネルギー消費が馬鹿にならぬからな。潜ることも、飛び越えることもできん」
敵の備える、機関出力を転用した"防壁"も厄介である。それを中和、貫通しうるイーターがあればと思ったが、建造当時から希少な兵器だった。今は最後方に控える巨大空母にも積まれてはおらず、どこかの星に保管されているという話も、聞いたことはない。
そもそも、無理をして破る必要もないのだ。敵の耳目を引きつけ、睨み合いの形で拘束していれば、"イシュタルム"を駆ったエルダインは、意気揚々と側背を突きにかかるだろう。それ以上のことを期待されていないのも、よく分かっている。
陣立ても、そのことを念頭に置いて組み上げている。こちらが攻め込んではいるが、迎撃を意識した構えだ。空母を核とした打撃部隊を七つに分散させ、"大砲"を避ける。その周囲に、撹乱を旨とする巡洋艦部隊を置いた。
敵が押し出してきた時、周囲を駆け回って敵の自由な動きを封じる。と同時に、ミサイルや魚雷を落とすための弾幕を張る。敵は足を鈍らせたまま、ビーム兵器だけでこちらの打撃部隊に直面せざるを得ない。損害を被った敵が引っ込めば、仕上げは"イシュタルム"がやってくれる筈だ。
「敵の針路と速度を解析し、会敵位置を割り出すのだ」
あの艦のことを考えると、きわめて個人的な妄念が頭を過る。椅子に座り込んだままの姿を。目の前の戦場に精神を集中させ、振り払わんとした。
算出されたのは、ガス惑星を左手に見る宙域だった。艦隊を動かす選択肢が狭まるため、防衛線を敷くにはうってつけということだ。なにしろ、敵には地の利がある。かねてより罠を仕掛けていてもおかしくない。
「デスバテーターを斥候に出せ。敵にも備えがある筈だ」
"スカージア"の飛行甲板。左右二機ずつがその上を滑り、前方の偵察へと飛んでゆく。結果が出たのは考えていた以上に早かった。機関との共鳴現象を引き起こし、機能を停止せしめる機雷原。ゾル星系侵攻の際に地球側がこれを使用し、白色彗星直率のミサイル艦隊を壊滅させていた。
付近の駆逐艦に掃海を命じる。艦上の輪胴砲塔が回転と共に放つビームは機雷を纏めて撃ち抜き、安全圏が見る間に広がってゆく。それを確認しつつ、バルムークは敵艦隊の動きを注視した。"大砲"の射程に入るまでに、余裕を持って作業は終わるだろう。
次々と現れる青白い光点に、バルムークは一瞬、呼吸を忘れた。
「て、敵の短距離跳躍です。既に射程圏内!」
「落ち着け。遊撃隊の奇襲か?」
「全艦です。補足していた全ての敵艦が目前に」
狼狽する電探員とカラボグの会話を聞きながら、バルムークは眼前の光景に息を呑む。時空の壁を破って飛び出してきたのは、紛れもなく真紅の敵艦隊だった。
高エネルギー反応。それを認めた時にはすでに、数十の蒼光が槍となって宇宙を切り裂いていた。ひっきりなしに入ってくる被弾報告は、大半が空母からのものだ。沈んでこそいないが、甲板を灼かれて母艦機能を喪失している。
背筋が凍えるほど、緻密で周到な狙撃だった。それも、跳躍直後に。さらに畳み掛けるように、快速艦の魚雷が多数、噴射煙の尾を曳いて群がり来る。輪胴砲塔を全力稼働し、ビームの網を張ってそれらを防ぐのが精一杯だ。動きを封じられ、連携などとても取れそうにない。
一つ、また一つと、複眼が光を失ってゆく。火球と鉄屑が、友軍に取って代わる。その光景が、味方の左翼に集中していると気づいた時、悪寒がバルムークを貫いた。
「右翼の味方が、敵遊撃隊の頭を押さえんと突出しております」
やめろ、との指令は間に合わない。青い奔流が戦場を縦断し、十数隻の友軍が一時に両断されてのたうった。
それは"大砲"ではない。戦艦の艦首から放たれる、大口径の陽電子ビームだった。三段に分かれて斉射されるそれは、こちらを押し流す量感すら有している。
遊撃隊の突貫で頭に血が昇った右翼が、無防備な側面に直撃を食らっていた。敵の横列の前に、誘い込まれたと言っていい。
「本艦を前に出せ。次は雷撃が来る、味方を退かせる時を稼ぐのだ」
僚艦を連れ、"スカージア"は撃ちのめされる味方の下に急行した。捻くれた残骸を踏み越えながら。
予想通り、敵戦艦とコルベットが艦首の発射管を開き、満身創痍の右翼に魚雷を投げつけようとしている。垂れ込める発射煙が、白雲にも似ていた。
四発の量子魚雷が"スカージア"を飛び出す。炸裂する衝撃波は盾となって、敵の魚雷から友軍を守る。逃げる背に容赦なく浴びせかけられる、青い光条。流石に、進むことは即ち無駄死にと、皆悟ったようだ。右翼が退いていく。
反転して左翼を望めば、敵遊撃隊はまだ暴れ回っていた。十隻。たった十隻あまりの敵の強襲がために、陣も戦術も瓦解してしまったのだ。
「このままでは全滅も有り得ます。敵旗艦に対する飽和攻撃に賭けるしか」
「藪を突くまでもない。蛇はこちらを睨んでいる」
敵の旗艦が"スカージア"を射界に収めていた。バルムークが右翼の救援に出たのを目敏く察知し、旗艦であると断じたに違いない。立て続けの砲撃を辛うじて躱すも、右舷の輪胴砲台が吹き飛ばされた。
苦し紛れにミサイルとビームを射掛けるが、敵の艦橋構造物から放たれる光弾に、ミサイルが消し飛ばされた。ビームは敵の"防壁"に阻まれるばかりである。
逃走に徹したため、どうにか振り切った。というより、敵は無意味な追撃を控えて後退したらしい。味方を集結させ、損害を検める。
惨憺たるものだった。決して長くはない戦闘の結果、四十七隻も沈んでいる。"スカージア"を除く空母は悉く四散していた。健在な艦となれば、十隻もあるかどうか。
言い訳のしようもない、敗北である。"大砲"を意識しすぎて敵の真意を見誤った、自分の失態に他ならない。防御のためと見えた敵の備えは、全て攻撃のためのものだった。逆に、敵はこちらの意図を見抜いていたのだろう。不可視の巨大戦艦がいるなど思うまいが、それでも決意する将器が、敵にはあったのだ。
この敗北も、全て"イシュタルム"に塗り潰されるのか。バルムークは俯いたまま、歯軋りを抑えられなかった。
────────
赤い艦隊の戦いぶりは、果敢そのものだった。
交戦距離に入る直前、"グァン・ドゥ"の発射管四門が唸りを上げ、白い弾体を次々と撃ち放つ。それが天頂に消えてゆくと見えた時、七隻はロングレンジの砲雷撃戦に移った。
主砲からの陽電子ビーム、三連装発射管四基による雷撃。小柄な艦容からは想像もできない火力である。
敵の巡洋艦と駆逐艦、七隻がそれに応じた。特徴的な回転式砲塔で弾幕を張って、魚雷を遮る。そしてビームを躱しながら、増速して突っ込んでくるのだ。
如何に対するかと思いきや、こちらも競うように前進を始めていた。五隻は無人仕様となっているのだが、寸分の乱れも遅滞もない。綿密に組んだプログラムで、運用試験を根気強く重ねていることの証だった。
交錯する艦隊と艦隊。敵味方の位置が入れ替わる。敵は、こちらの背後を突く好機と認識したらしい。正面火力を向けるために回頭してくる。
直後、炎の雨が敵を打ち据えた。先だって"グァン・ドゥ"が上方に放った対艦グレネードが目標の接近を察知し、降り注ぐように着弾したのだ。
炎に巻かれる背後の敵を尻目に、空母とその護衛、駆逐艦二隻を狙う。艦載機の発艦直前だった。立ち塞がるように出てくる駆逐艦に主砲を集中させて沈めると、孤立した空母に容赦のない火力が投げつけられた。
甲板上に出てきた攻撃機が、その直後に狙撃される。火達磨になった敵機は格納庫にまで被害を及ぼし、内から食い破るような爆発を呼んだ。均衡を失って艦底部を曝す空母に、十何発もの魚雷が突き刺さる。
空母が崩れ落ちる様を見届けると、満身創痍の敵に止めを刺しつつ後退した。期待した以上の戦果と言えよう。
「後続の二十隻に動きは?」
「ありません。微速前進を続けるだけで」
しかし、シャルマは楽観してはいないようだ。というより、訝しんでいる。戦闘用人造種族であるガトランティスの性質を考えれば、いきり立って突撃してきそうなものだ、と。
何かを、隠している。やはり行き着くのはそれだろう。それを確かめる機を逃すべきではないと、シュミッツは上申した。
「特殊反応材の散布をお願いできませんか」
「あれを?」
ガミラスで開発された特殊素材である。それが付着した目標の質量、エネルギー反応をあらゆる方法……レーダー、重力センサー、果てには感応波まで……によって、捕捉することが可能となるのだ。かつて、あの"ヤマト"に対して一度だけ使用されたこともある。
シュミッツが乗ってきた宙雷艇に積み込んでいたのを、この度"グァン・ドゥ"に移していたのだ。
「やりましょう。この違和感を消さずに戻ることはできない」
艦首に二門備わった大型発射管から、反応材を満載した魚雷が飛び出す。すぐに飛び去って見えなくなったかと思えば、遥か遠方で炸裂し、靄のような輝きを撒き散らした。
敵の行手を覆うように、指向性を付与されたうえでの散布。果たして何があるのか、あるいは何もないのか。艦橋の皆が固唾を呑む。
異変は唐突で、常軌を逸していた。そこには何かがあったし、何もなかったのだ。
「二十隻の敵を除き……質量反応認めず。ゼロです、あそこには」
「馬鹿を言え、そんな訳があるか。このエネルギー放射は1,000m超級の艦艇でもない限り、観測される筈がない。艦長、これは……」
ガトランティス製機関の、エネルギー反応。それも、アポカリクス級と呼称される超大型空母に匹敵、ないし凌駕する程のものだ。
にも関わらず、それを発している筈の艦影がどこにもない。質量反応を探知できないのだ。常識という尺度で、測ることのできる事態ではなかった。
「これはもう疑いようがない、あそこに何かがいる。反転180度!観測データを"ダカール"に──」
緑の光条が幾つも奔って、冷たい宇宙を高熱の坩堝に変える。何もない筈の虚空から、光の怒涛が押し寄せてくるのだ。
逃げる。それしかない。全く異質の脅威が迫っていることを、一刻も早く伝えねばならない。
護衛艦が一隻、直撃弾を食らって爆散する。船体の半分が炎の尾を曳きながら、こちらに向かってくる。回避、というシャルマの指令に、衝撃が重なった。
────────
半数以下に打ち減らされた敵が、細波のように退いてゆく。
「火星魂を見たか!」
欧陽が気勢を上げると、通信回線に勝鬨が響いた。その声色、言い方。他者を狂熱に巻き込むうえで、どのようにすべきかを知悉している。賛同する体で頷きを返しながら、バクストはそれを見切った。
敵の指揮官は、まともな用兵家だった。波動砲を警戒し、部隊を分散させて迎撃の構えを取った戦術は、理に適ったものと言える。それだけに、裏をかきやすくもあったが。
そして、ガトランティスともあろう者が、まともな指揮官一人を寄越しただけで終わる筈もない。
別方面の斥候に出ていた"グァン・ドゥ"ら小艦隊と、通信が途絶えた。不可思議な観測データを受信した、その直後にだ。
「質量反応ゼロでありながら、極めて大規模なエネルギー放射だと……?」
欧陽の声は引き攣っていたが、微かな興奮も滲んでいる。技術者としては水準以上に優秀な男だ。未知の事象を柔軟に受け入れ、探究する好奇心がある。
戯けた夢を見るようになってしまったのも、それを何者かに歪まされたためであろう。残念でならなかった。
「拡散波動砲、発射準備」
艦橋が色めき立つ。ドレッドノート級戦艦である"ダカール"の決戦兵器を使い、未知の存在を炙り出そうとバクストは決めた。特殊反応材のおかげで「目標」の位置は大凡分かる。拡散波動砲ならば、まず捕捉できる筈だ。
「ですが、万が一にも撃ち漏らしたらなんといたします。発射直後の本艦はきわめて無防備です」
「現在の情報だけを見ても、規格外のものが迫っていると分かる。出し惜しみをして、マーズノイドが拠って立つ地を危険に曝す訳にはいかん」
敢えて、欧陽とそのシンパが喜びそうな言い方をした。
それに、万が一ではない。今撃とうとしている何かは、波動砲では沈まない。嫌な予感がするのだ。外れてほしいと思う予感ばかり、いつも当たる。火星時代からそうだった。
「波動砲への回路開く。非常弁、全閉鎖」
「薬室内、タキオン粒子圧力上昇」
発射シークエンスを進めつつ、艦を10時方向に動かし、射撃宙点を軸線に乗せる。随伴するのは、金剛改型戦艦が四隻と、磯風改型駆逐艦が十隻。いずれも無人艦である。
「対ショック、対閃光防御」
「発射、十秒前。九、八、七……」
波動砲発射直後の隙を埋めるのに加え、波動共鳴機雷を積み込んだ魚雷を装備していた。姿を暴いたら、それによって動きを封じるつもりだ。迫り上がってくる発射トリガーに手を添えながら、バクストはその機を待つ。
機関の高まりが震動を呼び、足底から頭頂へと駆け上がってくる。余剰次元の扉を開く輝き、それが艦首に集まり、解き放たれるのを待っているのが、俯瞰するように分かった。
「波動砲、発射」
引金を引いた。青い輝きの海嘯。射線上に新たな宇宙が生まれては、瞬きする間もなく消え散り、膨大なエネルギーで時空を揺るがす。
それは一点において炸裂し、数多の光条と化して戦場を光に染める。百腕の巨人が、宇宙を抱きすくめているかのようだ。
「着弾を確認──」
やはり、何かがいた。拡散波動砲の大嵐に耐える、何か。両の眼で見定めてやろうと、遮光ゴーグルを外す。
艦橋に走る戦慄が、沈黙を呼んだ。
艦艇である。そう認識するのに十秒の時を要したのは、城砦と見紛うばかりの魁偉な艦影を、目の当たりにしたためだ。"ダカール"の五倍を超える全長、百七十倍を超すであろう艦容。
黄金の煌めきをぎらつかせる四つの複眼が、封じられていた魔獣の目覚めを想起させた。
「惑星を壊滅させたのはこいつか」
疑う余地もなかった。眼前の巨大艦は両舷に迫り出した区画に、小基地の防備を優に超える武装を有している。メダルーサ級重戦艦と同様の五連装砲四基を始め、カラクルム級大戦艦の大型連装砲、量子魚雷発射管も所狭しと並んでいた。
恐らくは、それらを超える火力の決戦兵器もあるのだろう。一隻で、惑星一つを焦土に変える力を有しているということだ。
よく見れば、鴨緑と白に塗り分けられた船体の各処に、青白い輝きが燻っている。拡散波動砲の着弾痕だ。それを受け止め、打ち消してしまうような極彩色の波紋。
波動防壁とは根源から異なる技術の防御手段。思い当たるのは、やはり"イスカンダル事変"で交戦した、未知の勢力の名前である。
「ほぼ完璧と呼んでいいステルス性能、波動砲にも耐える防御力。あの通信はやはり正しかった……」
欧陽の呟きが聞こえないふりをして、バクストは狼狽える艦橋要員を叱咤する。戦艦を前に出し、駆逐艦に突撃態勢を取らせた。
戦艦四隻、各八門ずつの計三十二発、放たれる魚雷。炸裂と同時に散布された機雷を、破壊される前に一斉起爆させた。
無数の稲妻が蛇の如く巨影に絡みつく。すると、敵の推進部がぎこちなく明滅しながら沈黙し、稼働が止まった。巨大戦艦が擱座した、ように見える。
「絶好の機です、艦長。強制制御プログラムの使用許可を」
勝利の確信に満ちた、欧陽の声。巨大戦艦を沈められるというのではない、より先を考えてのものに違いなかった。
「ガトラン艦は忽ち我らの手中です。あの未知の巨大艦も。波動砲さえ寄せ付けない切札を擁することが叶えば、再びの独立は現実のものとなる!」
バクストは返事も寄越さなかったが、欧陽は構わずコンソールを叩き、プログラムを起動せんとしている。
無意味だった。今、欧陽がやろうとしていること、熱弁を振るったことの全てが。その蒙昧を、自分という偶像が育ててしまった側面がある。
巨大戦艦が動き出した。これ程の短時間で、波動共鳴の戒めが解ける筈がない。次元波動理論とは、全く異なる技術体系の機関を搭載しているのだとすれば──。
敵の艦載砲に血が巡るのを、はっきりと看て取った。緑光が砲口に灯ったと見えた時、バクストは前衛の戦艦に、波動防壁の最大展開を命じていた。
それは、機関が回復した"ダカール"自身も例外ではない。出力の全てを波動防壁に回さねば、受け止めきれないと悟ったのだ。欧陽の席から度々エラー音が響くのを聞きながら、主砲への三式弾装填を命じる。
直後に襲い来た火力の圧は、百隻単位の艦隊と対しているかのようであった。氾濫する激流の中、さらわれないよう必死で耐えている。としか表現しようがない。
苦し紛れに三式弾を放ち、駆逐艦に雷撃を仕掛けさせるも、敵の装甲に波紋を走らせるだけだ。実体弾ならばあるいは、とも思ったが、運動エネルギーも相殺してしまえるらしい。
一方のこちらは、波動防壁の避弾経始圧が想定の倍を超えるペースで低下し続けている。一方的に撃ちのめされ、後退の機も掴めない。
「艦長、何故です。艦長……!」
ついに、破断界を迎えた。防壁が消失した戦艦が量子魚雷の直撃を食らい、あるいはビームに串刺しにされて、目の前で次々と轟沈してゆく。
「お考え直しください」
駆逐艦も、逃れられなかった。敵は艦上の発射管から対空ミサイルを放ち、駆逐艦を執拗に追い回す。逃げ惑った先には回転式砲塔の張り巡らした弾幕が待ち構えていて、四方から刺し貫かれるのだ。
早くも"ダカール"は単艦となった。
「ここまでだな」
"ダカール"の防壁が、敵の砲撃で秒を追うごとに削られるのを感じながら、バクストは静かに決定を告げた。総員、退艦。
「万難を排し、アナザーマーズへ辿り着け。我らがここに配されて以来、最大の難敵が迫っていると。頼んだぞ」
拳を胸に掲げ、去っていく乗組員達。啜り泣きが扉の向こうに消えてゆく。艦内は慌ただしい空気に包まれていることだろうが、欧陽と二人だけとなった艦橋では、喧騒とも無縁だった。
「何故です、艦長。何故、今になって」
エラー音を発し続けるコンソールを前に、欧陽が項垂れている。制御プログラムの実行を、艦長権限でロックしているのだ。それも、すり抜けられぬよう密かに新調したものである。
「今になって、か。それは儂もお前さん達に聞きたかった。だが、聞いても詮無いことではある。誰に唆されたか目星はついておるが……」
腹の底に響くような震動。"ダカール"の防壁が限界を迎えつつあるのだ。しかし、二人を除く全ての乗組員を乗せた内火艇や艦載機は、既に艦を離れている。
取舵に90度回頭し、右舷を敵に向けた。最後まで盾となるために。
「アナザーマーズはかつての火星でも、ましてや新たな火星でもない。勝手な期待を寄せられただけの、紛い物だ。それを手中に収め、己を慰める道化の王にでもなれと言うか」
「だから、あの星を橋頭堡とし、真の火星を奪還しに征くのです。あの巨大艦ならばそれができる!」
紛い物と評したバクストの真意を、欧陽は分かろうともしていない。
「誇りはどうなるのです。星の海に艦で乗り出した、マーズノイドの誇りは。我らはそれを取り戻さんがため」
「火星の誇りとは、未知の旅路を進む開拓者の誇りだ。侵略者に堕することなど、儂は断じて許さん」
欧陽は目を伏せた。次に顔を上げた時、諦念と憤怒が渦巻く瞳は、異様な光を湛えている。バクストは目を逸らして横を向きながらも、銃口を向けられていることに気付いた。荒い息と共に銃口が激しくぶれている気配がする。
コスモガンを抜き放って引金を引くまで、一瞬の逡巡すらなくバクストはやってのけた。欧陽だったものが倒れ伏す。その顔を、見るつもりはなかった。
自分を慕ってくれた後進を、手にかけた。今、この時ではない。もっと以前から、明るい道に戻してやることはできなかったか。
損害状況を示すモニターを見ると、大破を示す赤いマーカーが群れをなしていた。波動防壁は失われ、舷側に幾つものミサイルが突き刺さっている。主武装区画である前部甲板は丸ごと抉り飛ばされた。
次第に深刻さを増す熱と息苦しさも、ダメージ・コントロールが及ばず、艦内火災が広がっているためだろう。
生き残っていた索敵システムが、味方の識別信号を捉える。一隻。通信回線を開くと、スクリーンに艦長服を纏った若者がいた。
『第28護衛隊、戦闘空母"ヒュウガ"艦長の篠原です』
長髪を靡かせた軽薄そうな男だが、修羅場を知らなければ滲むことのない気迫がある。船体が崩れゆくのを感じながら、敬礼を交わした。
「貴艦にお願いしたいことがある。本艦より離脱した乗組員が乗る機体をそちらでも確認していると思うが、どうかその護衛につかれたし」
「それは勿論ですが……貴方は?」
絶えることのない敵の砲撃は、"ダカール"の推進部を削り去っていた。自力航行は最早不可能である。命数が尽きた証だった。
「何も聞かずに、頼みを聞いてはもらえまいか。それからサエキ司令に……この老骨は役目を果たした、と」
了承を得て、通信を打ち切った。炎が艦橋にも迫る中、艦長席に身を預ける。
欺瞞に塗れた晩節も、自分が望んだことだった。悔いはない。当初は拭えなかった後ろめたさも、今は殆どない。今度こそ、役に立てただろうか。その思いだけがある。
自分の死が早いものか、遅すぎるものか、バクストには分からなかった。
────────
バルムークが"イシュタルム"の艦内通路を歩く間、惨めな気分は深まることがあっても、和らぐことはなかった。
あの戦艦、自分を散々に打ち負かした敵の旗艦が爆沈するのを見た時、自分は底無しの恥知らずであるように思った。正面から戦って勝てなかった相手を、より大きな相手に縋り付くことで、始末してもらったのである。
卑怯者。責める声が自分だけに聞こえた。逃れようと彷徨い歩く末に行き着いたのは、やはりここだ。
扉の先には常と変わらず、座り込んだままの女がいる。開かれているだけの両目は、憔悴する自分の顔を見ていない。それが、幸いだった。
「お前も、負けた末にこの艦にいるのか?」
答えは、返ってこない。知っている。
「負けたのだ、私は。言い訳のしようもない程に」
大した敵将だった。相当に戦歴を積み重ね、戦の呼吸を知り尽くした老獪な人物。それは、何となく分かった。
あのような死なせ方を、させてよい相手だったのだろうか。"イシュタルム"に攻め手を全て封じられ、甚振るような攻撃に締め上げられながら、最後まで撤退する味方の盾となり続けた。
最早、永遠に超えることの叶わない残影である。
「名ぐらい、聞いておけばよかったか」
それを口にして、ふと思い立つ。傍にいるこの女の名前。自分は、否、誰もが知らないのだった。
一度意識すると、気になって堪らなくなる。頭脳の中を再調査し、調べ上げることは、できなくもないだろう。だが、それは一つの敗北とさえ言えるようなことだ。
「お前、名は何というのだ?」
バルムークは自分自身に失笑した。返ってくる筈もない問いを重ねるのも、大概にした方がいいだろう。"スカージア"へ戻ろうと扉へ向かう。
「…………ク」
気がついた時、慌てて駆け寄っていた。自分と、この女しかいない一室での、消え入るようなか細い声。
この女の発声機能は、失われていなかったのだ。
「何だ。今、何と?」
自分が鬱屈していたことすら忘れて、バルムークは聞き耳を立てた。決して聞き逃すまいと。今、自分は大仰なまでに必死な顔をしているかもしれない。
「ク……ラ……リ、ス」
それだけだ。たった一度、そよ風のようにさり気なく発せられた言葉。それだけのものが、バルムークの耳から、心から離れそうにない。
口に出して、繰り返そうとした。だが、バルムークにはどうしてもできなかった。