赤き大地の夢は遠く AnotherMars2207 作:くコ:彡の本棚
唐突な開戦による友軍の動揺を鎮めるのは、至難であると思われた。
高エネルギー反応接近、の声が上がった時、何が起きたのか見当さえつかなかった。敵が"大砲"を発射する兆しはまるで無かったし、敵味方の通常兵器が射程圏内に入るのは、まだまだ先の筈だったのだ。
直後、陽電子ビームの青い輝きが"イシュタルム"に突き刺さって、装甲に激しい波紋を走らせる。
先手を取られ、ざわめく皆の心の具現であるように、バルムークの目には映った。
またも。またしても、防御に見せかけた敵の攻撃に、一杯食わされた。しかも先日は機先を制しての突撃だったが、今回は射程外からの砲撃である。
敵の虚実に、翻弄されるばかりだった。
青い瞬きを遥か遠方に望んだ半瞬後、量感を伴った光の軌跡に空間を引き裂かれる。それが幾度も続いていた。
艦首から貫かれて上下に分断される巡洋艦の残骸、艦橋をもぎ取られて力なく漂う空母。それらを視界の端に入れながら、艦底を焼かれて吹き飛ぶ駆逐艦を""スカージア"は回避する。
友軍の成れの果てが炎と共に四散し、光がバルムークとカラボグの横顔を照らす。
「閣下、このまま留まっても瓦解を待つのみです。所定通り前進を」
「分かっては、いるがな」
直後、エルダインから同様の指令が下ったことで、バルムークは腹を括った。
短距離跳躍による波状攻撃で敵の両翼をかき乱し、孤立した中央を殲滅するという作戦である。開戦を主導する利を奪われてしまったのは痛いが、秩序と士気を保つには前進するしかない。
敵の砲撃が来ない周期を見計らい、機動部隊を順次跳躍させた。"スカージア"もそれに続く。穿たれた次元の穴に突っ込み、飛び出した時には、敵左翼の艦列が目の前にあった。
左方、前方に突出する敵中央。強烈な光芒の源を見出した。緒戦で一戦交えた敵将の乗艦と同型だが、通常の三連装砲より、ふた回りは大きい砲塔がビームを吐き出している。これならば、あの距離を易々と飛び越える砲撃も可能な訳だ。
これを沈めてしまいたい。欲求とも不安ともつかない思いが過るが、それこそ敵の思う壺だろう。敵左翼と向き直る。快速艦とコルベットで編成される、前衛部隊と見た。
「カラボグ、考えを聞かせてくれ」
「戦艦の影が無いのが、気になります。こちらに敢えて前衛を抜かせ、陣の最奥で砲火を叩きつけるつもりではないでしょうか」
バルムークの見解とほぼ一致していた。やはり肝要なのは、前衛部隊に乱戦を仕掛けて消耗を強い、速やかに後退する動きを、過たず繰り返すことである。
"スカージア"の輝く複眼と同調するように、バルムークは見開いた目から闘志の火花を散らした。
「突撃」
燃え盛るプラズマの尾を曳いて、鴨緑色の兵どもが駆け出す。"スカージア"はその後背につき、前進と離脱を援護する態勢を取った。調練を重ねただけあり、部隊の動きからは無駄が削ぎ落とされている。
輪胴砲塔はみだりに動かさない。有効な間合いに敵を収め、初めて光弾の雨を叩きつけるのだ。
敵を射界に捉える。
目まぐるしく回転する砲塔から降り注ぐビームが、戦場を塗り潰す。それに当たった敵の"防壁"が揺らめく様は、豪雨に打たれる水面を思わせた。
船体各処のスラスターを噴かして、敵の応射を躱す。青く照らされる装甲。回避運動を取りながら、標的を射線上に乗せられるのは、輪胴砲塔の強みだった。
まだ、有効弾は無い。"防壁"の出力が高いのもあるが、敵は巧みな機動で直撃を避けている。一度、退がらせた。数は減っていない。
「態勢が整いました」
「よし、次は二方向から攻めかかれ」
戦力を二分し、敵の正面と側面から突っ込ませる。迎撃に出てきたのは敵のコルベットだ。イーターの全長にも満たない小柄な艦艇だが、雷撃能力は低くない。
向かってくる魚雷の群れには、ビームの網を張って対応する。"スカージア"も前に出して、味方の下方から迫る魚雷を、連装の副砲で叩き落とした。敵の第二射が来る直前、一斉に間合いを取って艦列を整える。
寄せては退くことを繰り返して"防壁"を削り、無防備になった瞬間、量子魚雷とミサイルを投げつけて火の海に沈める。その戦法は間もなく結実する筈だ。
次なる攻撃の準備が完了したその時、今度は敵の方から押し出してきた。僅かにずれた横陣を敷く快速艦の群れ。
砲撃が来る。そう思って身構えていると、艦と艦の隙間をすり抜けるようにして、十隻のコルベットがこちらへ向かってきた。
集中砲火を浴びせるが、速度と小柄な体躯のために捉えられない。翼を思わせる艦首の装甲は意外に堅固で、光の束を掻き分けて突き進んでくるのだ。
乱戦になった。本来はガトランティスにとって得意な状況の筈だが、敵コルベットの機動は常軌を逸していた。気が触れたような勢いで船体を振り回し、砲火を躱しながら喉元に迫ってくる。
クローニングされている訳でもない地球人に、耐えられる筈はなかった。
「無人制御であの挙動か」
乗組員の生存を考慮する必要が無ければ、制限なしの機動や急加速は可能だろう。しかし、無人制御は艦の動きを多少なりとも単調にするものだ。どのようなプログラムを組めば、戦闘記録を学習させれば、ここまで荒れ狂う無人艦が出来上がるのか。
巡洋艦が一隻、鋭鋒を避け損ねた。雷撃によって穿たれた穴。コルベットは肉食魚の勢いで急迫し、艦首の砲門二つから放つ砲弾を、内部に捻じ込ませた。船体を中から食い破る爆発が二度、三度と連鎖する。
その向こう側では、炎上した船体下部を切り離そうとする駆逐艦が、敵に群がられて四方から串刺しにされていた。
憤激する友軍の応射は激しさを増す。二隻のコルベットを撃沈、もう一隻の左舷を吹き飛ばしたが、それが炎に身を包みながら"スカージア"への衝突軌道を取ってくる。
「火力を集中せよ」
カラボグの指令はバルムークより迅速である。"スカージア"右舷の輪胴砲塔二基が全力稼働し、迫るコルベットから形を奪い去った。
「差し出た真似をいたしました」
「いや、助かった。間もなく"イシュタルム"も前線に着到する頃合い──」
索敵システム、突如として右方に現れた無数の反応に、バルムークは閉口した。見紛う筈もない、それは敵に他ならなかった。
右方。バルムークは右翼に在って敵左翼と対峙しているのだ。右方から敵が攻め寄せてくることなど、考える訳がない。
敵は疑問に答えてはくれない。砲火と雷撃の蟻地獄に、こちらを突き落とさんとしてくる。正面の横陣も、見計らったように撃ち始めた。
予想より遥か手前で、重囲に取り込まれたことになる。
青い光と白い煙に取り囲まれ、鴨緑色の友軍が赤い火球と化していく中、バルムークは平静であろうとした。右から迫る敵の編成は、先程まで戦っていたものと同じだ。
しかし、数が多い。回り込んできた別動隊と考えるのは不自然である。飛行甲板を持つ戦艦以外の増援も確認されていない。
「左翼は……敵右翼はどうなっている?指揮官に問い合わせるのだ」
反対側の戦域を検め始めた時、後方から飛来した熱線が敵の横陣に突き刺さった。"防壁"を破り、三隻は串刺しにしている。
その意味は明白だった。"イシュタルム"が戦場に出てきたことを知って、湧き立つ味方の喊声が通信回線に響いた。苦々しいとさえ思える"イシュタルム"の巨躯が、この時ばかりは有難い。
勢いのままに右方の敵を押し除け、後方で艦列を立て直す。十三隻が戻らなかった。
「閣下、奇妙としか言いようがありません。敵右翼が薄すぎます」
敵との本格的な戦闘すら未だ生起していないと、左翼からは返答があった。
敵右翼はこちらの索敵を欺きながら、密かに左翼に回ったのである。空間航跡の解析で判明した。右方の敵は、本来の敵左翼が位置を譲る形で回り込んだものに違いない。
何をする気だ。少しでも答えに近づこうと、バルムークは窓の外を凝視しながら思案した。視線の先では、敵の旗艦を射程に収めた"イシュタルム"の砲門から、幾つもの光条が迸っている。
立ち塞がる光の壁にぶつかったビームが、飛沫となって霧消した。先程まで超長射程砲撃に用いていたエネルギーを、敵は"防壁"に回したようだ。
あの巨砲から立て続けに砲弾が飛ぶ。やはり、射程も弾速も並ではない。"イシュタルム"が両舷からミサイルを放とうとすると、目敏く砲弾を炸裂させて散弾を撒き散らし、発射管から飛び出した直後に粉砕してくる。
さりとて、敵の砲撃も"イシュタルム"の装甲を破れない。波紋が現れては消えるばかりだ。互いに決定打を与えられぬまま、旗艦同士が正面きって火力を交わし合う。
派手ではあるが膠着した対峙の中、敵右翼で何が起きているのか。
スクリーン。左翼の味方を示すマーカーの群れが、甲高い音と共に警告色に染まった。
伏兵か。否、敵艦を示す反応は増加していない。"大砲"は無論のこと、陽電子ビーム発射の際に観測される高エネルギー反応もなかった。
「なに、岩?岩だと……」
通信員が上擦った声を上げるのと同時に、左翼の空母が観測した映像が送られてくる。画面を埋め尽くす紡錘形の岩塊に、息を呑むばかりだった。
明確な指向性、おまけに避弾経始を意識しているであろう形状。紛れもなく敵の攻撃だ。初めて着想したのではなく、百ヘブロン単位の長きにわたり習熟した戦法に違いない。
殺到する幾つもの光弾を平然と弾き逸らし、岩塊は友軍を数隻まとめて轢き潰す。硬く重い物が加速してぶつかってくる。それだけのことが、宇宙空間では相当な脅威だった。
鼻面からひしゃげた駆逐艦が、爆発の断末魔すら上げずに漂う。必死に避けようとして均衡を崩し、嵐中の木の葉となる艦の姿もあった。
量子魚雷の赤い光点が数十投げつけられ、立て続けの爆発が岩塊を木っ端微塵にする。だが、勢いまでは殺せない。砕けた岩塊は散弾の豪雨となって友軍をさらい、艦の装甲を蜂の巣にしてゆく。迎撃されることも見越して、二段構えの仕掛けが施されているのか。
映像を送っている空母。飛行甲板に艦載機を出している。直後、画面が岩肌に埋め尽くされたかと思うと、映像は途絶えて戻らなかった。
「あの岩はどこから射出されていると思う?」
「相応に大規模な発射装置を要する戦法です。宇宙空間や小惑星で観測されていないとなると、惑星の地表に置かれているのでは」
「軌道を解析すれば、位置は割り出せるか」
俄かに、"イシュタルム"が左舷の砲を正面から逸らし、左翼に迫る岩塊に狙いをつけ始める。
砲口から放たれる光の怒涛が岩塊を引き裂き、爆雷の弾幕が破片を残らず焼き尽くす。その間隙を縫い、左翼は混乱から立ち直った。
「敵は」
中央、両翼。全て退がっていた。嵩にかかって反攻を仕掛けてこないのを見て、バルムークの心中では形容し難い不気味さが蠢き始める。
敵の旗艦は早くも"イシュタルム"の射程外に脱していた。このまま遠方から撃たれ、追い縋りつつ交戦し、岩を投げつけられて取り逃すことを繰り返すのか。敵が退がる余地を失うまで、こちらは艦隊としての形を保てるのか。
巨大な黒影が戦場の一画を染めた。"イシュタルム"に次ぐ威容を誇示する巨大空母の航跡が、左翼を抜けてさらに先へと続く。不毛な消耗戦を脱しようとする、エルダインの決断がそれだった。
岩塊の発射装置が惑星上にあると思われる以上、対地攻撃を得手とするデスバテーターを出すのは、筋が通っている。それに、巨大空母には航路啓開用のビーム砲があり、岩塊を排除しながら前進するのも容易い筈だ。
敵も当然、その程度のことは考えているだろう。それを作戦に組み込み、何か罠を仕掛けているのではないか。堂々とすら表しうる程に右翼を空けているのは、その証左であるとも言える。
しかし、戦況の停滞がこちらの一方的な消耗を招く以上、それを打開する動きは、どうしても必要だった。効果的な代案を持ち合わせてもいない。
意気揚々と進出してゆく巨大空母を見ながら、バルムークは嫌な予感を錯覚だと思おうとした。
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敵の大型空母が舳先を向けてくるのを見て、"ヒュウガ"の艦長席に座す篠原は、味方が一つの賭けに勝ったことを知った。
岩塊の投射を跳ね除け、その元を断つ能力を有した戦力。つまり大型空母を前線に誘き寄せるためのマスドライバー攻撃だったが、狙いが全て当たったことになる。
作戦が次の段階に進んだ合図だ。
数隻の駆逐艦を従え、岩塊を払い除けつつ驀進する大型空母。艦首一対のビーム砲は、入射角を調整して目標の軌道を修正することもできるらしい。質量計測を行ったパシフィック二隻によれば、搭載している攻撃機は二百機前後。
篠原は麾下の戦力、"ヒュウガ"と二個飛行隊・六十四機で相手取るつもりだった。
航空戦力で言えば三倍の開きがあるが、小惑星その他に囲繞される一帯は、数の利を活かしきれる戦場ではない。
それに、情報の面での優位があった。敵攻撃機との膨大な交戦記録を蓄積している地球軍に対し、ガトランティスは"ヒュウガ"も、次世代機であるパイソンも知らないのだ。
ほんの僅かな差を、何倍にも拡げて主導権を握る。できるのか。否、やるしかない。
「敵艦、第二警戒圏に侵入。針路、速度共に依然として変わらず。会敵まで最短で八分の見込み」
レーダーを睨む船務長の柏木が、癖のある髪を揺らしながら声を上げる。元より緊張感に満ちていた艦橋に、ひりついたものが走った。
あと二分もすれば、敵は艦載機を出してくる。パイロットとしての経験は肌に染み付いていて、艦に在っても忘れることなどない。
同時に、こちらも航空隊を展開させる機であった。敵に出遅れず、さりとて手の内を見抜かれることのない、際どいタイミングだ。それを、逃さない。
「対艦、対空戦闘用意。パイソンは全機空戦装備で出撃、タイガーは本艦の直掩に当たれ。予定針路の再確認を忘れるなよ」
本来の"ヒュウガ"麾下の飛行隊、三十二機を先行させる。
敵空母の繰り出す攻撃機に対するためだが、単なる露払いなどではない。後々、余計な横槍を入れられることがないよう、潰し切るつもりでいた。
「飛行隊第一陣、直チニ発艦開始。前方、障害ト判定サレル要因ハ認メラレズ」
航空管制の任を帯びたAUのブルーが平坦な口調で告げた直後、"ヒュウガ"の船体に血が通い始めるのを篠原は感じる。
二年前は航空隊員として乗り込み、今は艦長として乗艦の構造を知悉しているのだ。発艦の光景は目の前にありありと浮かぶ。
艦後部に設けられている、シリンダー型格納庫。"ヤマト"で初めて実用化されたものを、改良して双連型としている。タイガーⅡとパイソン、それぞれを載せたパレットは、定められた方向にスライドして機体を運んだ。
両舷のエレベーターで外に運ばれたパイソンは、AU各機の誘導に従いながら甲板上を滑り、発進位置に着く。起き上がるブラスト・ディフレクター。誘導灯がレールを敷くように光を放ち、パイロットの花道を彩る。
二機のパイソンが管制塔の指示と、激励を受けながら飛び立った。戦場へと伸びてゆく白銀の軌跡。
篠原はその背を見送りつつ、次の二機が出てくるまでの拍を打つ。予想通り、いや予想以上の発艦速度だった。
艦底の発着口からはタイガーⅡが出る。艦尾方向に射出してゆく方式は"ヤマト"以来のものだが、"ヒュウガ"は双連式だ。単純計算するだけでも二倍の効率となるうえ、運用ノウハウも蓄積されている。射出は迅速きわまるものだ。
十六機のタイガーⅡは"ヒュウガ"を中心とした輪を形作り、直掩の編隊を組む。全方位からの攻撃に即応可能な、宇宙空間ならではのフォーメーションである。
パイソンを矛、タイガーⅡを盾とした構え。敵の目にはそう映っている筈だ。
「敵攻撃機確認、前方に二百。その内、三十機が側方へ離脱」
「コースは分かるか?」
「小惑星群に紛れつつ迂回、本艦の4時方向に出るものと推定」
パイソンと敵機の距離は秒を追うごとに縮まってゆく。三十機の最前衛。その数は敵の基本となる戦力単位らしく、同規模の編隊が概算で五つ、後続についている筈だ。
半分に満たない機数のパイソンを捕捉しながら、敵は両翼に懸吊した対空ミサイルをまだ撃たない。ガトランティスの対空ミサイルは、動きこそ単調なものの、初速と加速性能はずば抜けている。確実に押し潰せる機を見計らっているのだろう。
敵パイロットがトリガーに指をかけたのを幻視した瞬間、篠原は鋭く下命した。
「最大戦速」
猛然と動き出した。艦尾から迸るプラズマジェットの輝きも高らかに、母艦たる"ヒュウガ"が前へ押し出したのだ。
接敵行動を取っていた筈のパイソンが、まるで霧消するように散開し、俄かに開けた宙域に"ヒュウガ"が艦首を捩じ込ませる。
敵編隊と鼻面を突き合わせた。立ち直る暇を与えるつもりはない。
「副砲および各部発射管、対空戦闘。パイソン各機とのデータリンクを維持しろ」
手際よくコンソールを叩く戦術長の北野の背に、篠原は声をかけた。火器運用を担うAU・ピンクも頭部を忙しく回転し、砲撃プログラムと同調して自らを最適化している。
「砲撃諸元入力。船体制御との照準同期、全て問題なし。自動追尾開始」
「全システム正常。北野サン、頑張ロウネ」
両舷に備わる12.5センチ副砲が、生けるもののように砲口をもたげる。忘我を振り切り、回避運動を取ろうとする敵艦を睨め付ける砲口。その視界は照準モニターで共有されていた。
轟く砲口から奔る閃光は、青き光の矢となって、逃走を図る敵機を貫いた。
護衛艦やパシフィックの主砲に採用されている砲である。攻撃機を一つ落としただけで、ビームの足が止まる筈もない。一射で二機、三機がたちまち四散する。
さらに、両舷計十六門の発射管から対空ミサイルが飛び、敵機を追い回す。浮かび上がっては消える火球の群れが、前進し続ける"ヒュウガ"の船体を照らした。
砲塔の稼働、"ヒュウガ"そのものの繊細な傾斜が、副砲に無限の射界を与える。漫然と弾幕を張るのではない。一機一機を過たず狙い澄まし、撃ち落としてゆくのだ。
"ヤマト"で戦術長席に詰めていただけあり、北野の技量、AUとの連携は瞠目に値する。
いきり立つ敵機は蒼光を避けつつ、翼下の火力を闖入者に叩きつけんとする。その側面を、タイガーⅡのミサイルと機銃が襲った。
彼らは母艦に置き去りにされたと見せて、時間差で側背を狙うタイミングを窺っていたのである。あたかも、母艦の陽動に釣られた敵の不意を突くように。
三個編隊。"ヒュウガ"の眼前に現れた。何事かと焦っているだろう。前衛が炎に包まれたかと思えば、後方に在って然るべき母艦が至近にいるのだ。
艦底の発射管から対空ミサイルを放ち、突き上げるように先制攻撃を加える。下方から爆風に煽られ、誘爆が誘爆を呼んだ。新たに生まれた前進の余地。"ヒュウガ"を錐の如くロールさせ、副砲とパルスレーザーによる対空砲撃を繰り返す。
放たれる光は螺旋を描きながら八方に飛び、敵機を火力の渦に飲み込んでいった。燎原を踏み越え、後衛の二個編隊が見えたかと思った、その時。
「駆逐艦急速接近。数、二」
憤怒を湛えた複眼が近づいてくる。空母艦載機が艦に直接攻撃を受ける事態を前にして、事態を収拾すべく出てきたのだ。
味方が巻き添えを食おうともこの艦を沈める。そう宣言するかのように、駆逐艦の雷撃が始まった。視界の端に飛び込む赤い光点。
「パイソン各機に合図を」
2時方向に下げ舵を切り、量子魚雷の爆発を回避する。衝撃波が装甲を叩いて振動を伝えてくるが、船体に損傷はない。駆逐艦二隻はなおも追撃を試み、舳先を向けてくる。
瞬間、銀影が流星となって敵艦に襲いかかった。開戦時に身を潜め、密かに敵機を観測して母艦に情報を送り続けていた、パイソン十六機。
機首をすくめ、翼をいからせた高機動形態。対空性能に優れたガトランティス式砲塔の攻撃も、円と球を複雑に組み合わせた機動で躱しきる。
機体下部の機関砲が敵の隙を捉え、放たれた砲弾は右舷から装甲を突き破り、内部に飛び込んだ。五発は下らないだろう。
敵艦内を席巻する爆風が、内側から船体を歪に盛り上がらせ、直後に駆逐艦は真中から両断された。
機首と翼を戻して離脱してゆくパイソンを追いかける、もう一隻。
それを認めた時、視界が青い光で満たされる。"ヒュウガ"の主砲二基が、横腹を曝した駆逐艦にビームを叩き込んだのだ。
光が収まると同時に、艦としての形を喪失した敵を尻目に、反転する。行手には迂回して"ヒュウガ"の後背を狙っていた敵三十機がいた筈だが、取って返したタイガーⅡに蹂躙されてほぼ全滅していた。
飛行隊と共に前線から退がり、ひと息つく。タイガーⅡを補給のために戻し、第二陣の発艦準備を進めていた。
確認できただけでも、攻撃機を百二十は落としている。そして、駆逐艦二隻。大戦果と言ってよい。艦長としては実質的な初陣を迎えた篠原は、一先ず安堵していた。
母艦を前線に突入させ、艦載機と連携しつつ敵航空戦力を叩く。艦長に就任した時以来、温めていた戦術を実戦で使用した。
"ヤマト"の航空隊員だった頃から抱いていた違和感、それが大元である。
宇宙空間においては艦艇と航空間機の別もなく、同じ領域で戦うものだ。海と空で分たれていた洋上艦の様式を、ただなぞるというのが正しいやり方とは、どうしても思えなかった。
空対空、空対艦の形に拘ることはない。"ヒュウガ"のように、空母であっても必要以上の攻防性能を持つ艦は、積極的に前に出てよい筈だ。母艦の大火力で敵編隊を薙ぎ払う、母艦で敵艦の注意を引きつつ艦載機に仕掛けさせる。戦術の幅は、一気に広がるだろう。
つい先年まで操縦桿を握っていた自らが艦長になった意味とは、そうしたところにこそあると篠原は思う。
任を得たからには、自分にしか成し得ない何かを。単なる数合わせのその他大勢で、終わるつもりはない。本音を言えば"ヒュウガ"の艦首に、シャークマウスでもあしらいたい心持ちだった。
北野、大島、柏木、松井、それに田熊。篠原の考える艦の動かし方と、呼吸を合わせられる人間を選び抜いた。
篠原自身が目を通し策定した航行コースに則り、戦況に応じて針路を調整する航海長。艦載機とのデータリンクを維持する通信長。得られた情報から諸元を導き出し、正確無比な攻撃を実行する戦術長……。
その真価を試される時が、再び訪れる。前方に艦影捕捉、の声を受けてモニターを見れば、画面の半ばを埋め尽くす黒い姿。四隻の駆逐艦を引き連れた、大型空母のお出ましだ。
送り出した艦載機の惨状を見て、頭に血が上りきっていることは間違いない。目当ての相手をここまで手繰り寄せられた。
「飛行隊第二陣、直チニ発艦サレタシ」
赤いシルエットが飛行甲板を駆け抜け、漆黒の戦場へと飛び込んでゆく。アナザーマーズ駐留艦隊所属の雷撃飛行隊。その通称が示すように、全機が対艦火力に秀でた雷撃仕様のタイガーⅡだった。
「本艦は先行し、大型空母の火力を引きつける。その間に雷撃隊は駆逐艦を全て沈めろ。パイソンは敵攻撃機と交戦し、脇を固めること」
いの一番に"ヒュウガ"は加速を始めた。前方から迫る敵編隊を、断ち割るように突き抜ける。擦れ違いざま、副砲からビームを横薙ぎに一閃し、射線上の敵機を焼き潰した。
反転して追い縋ってくるものは、艦尾のパルスレーザーで返り討ちにする。
大型空母と相対する。全長は"ヒュウガ"の五倍近いという艦容で、火砲を備えた断崖と向かい合う気分である。
敵の左上方に出た。円形の砲塔が唸りを上げて睨みつけてくるのを見ながら、篠原は臍を固めた。
「敵の砲撃に合わせ、波動防壁の局所制御を開始。波動砲の予備動力は全て回すんだ。主砲、三式弾装填」
天頂へと遡る火力の激流を、右舷に最大展開された波動防壁は真っ向から受け止めた。艦橋の周辺が塗り潰されるほど強烈な光だったが、"ヒュウガ"は無傷だ。この戦況では使いようもない波動砲用の出力を、防壁に充ていた。
光の盾の内側で主砲搭二基を旋回させ、大型空母の砲塔を狙い澄ます。
三式弾が噴射炎と共に躍り出たのを皮切りに、激烈な火力の交錯が始まった。ミサイルと短魚雷の群れが我先にと三式弾の後を追い、対する大型空母はドラム式の発射管を猛回転させ、ビームの間欠泉を噴き上げる。
流石に、敵は己の強みを弁えている。壁と形容しうる光弾の群れは実体弾を飲み込み、着弾もさせず四散させていた。装甲が比較的薄い砲塔を狙った攻撃が、払い除けられる。
それは艦というより、基地の堅牢さであった。艦と艦の一騎討ちと思わず、基地の守りを一つずつ剥いでいく。そのつもりで当たるべきだろう。不動の守りには、柔軟な機動性で対抗するのが肝要だ。
艦尾を時計回りに迂回しつつ、大型空母の左舷に出た。落とされた弾体の残滓が煙と共に纏わり、一帯が黒い霧に覆われているようである。
横殴りの光の豪雨で船体が微かに揺れる中、細かな判断は艦橋要員に任せ、篠原は二つのことを気にかけていた。
一つ。前に出て攻撃を仕掛ける"ヒュウガ"は、大型空母の注意を十分引けているか。これは、上首尾と言ってよいだろう。位置取りが変わっても、敵は躍起になってこちらを追尾し、砲口を向けてくる。
そして、もう一つ。駆逐艦への対処を託した雷撃隊の戦況はどうか。大型空母との戦いの最中、それ以外の敵に横槍を入れられることはなかった。決して不利な状態にはない筈だが。
艦長席のモニターを注視する。全体の戦況図にて、一つのアイコンが瞬いた。敵の駆逐艦を表すものだ。
数度の明滅を経て、アイコンは赤く染まった直後に消え、戻ることはない。それが二つ。三つ、四つ。この戦場で敵艦を示すアイコンは、最早一つだけである。
「さらに接近せよ」
"ヒュウガ"への被弾がさらに激しくなる命令に、反駁する者はいない。機が熟したことを皆が知っている。
左舷に間合いを詰めてきた"ヒュウガ"に対し、大型空母は右舷の砲塔まで向けてくる。その内の一基が突然、赤黒い煙を吐き出して動かなくなった。
駆逐艦を沈め、駆けつけてきた雷撃隊各機が、機首の機関砲を何発も叩き込んでいた。その側面を襲おうとした敵攻撃機が、複雑に枝分かれする光点に刺され、砕け散る。パイソンの高機動ミサイルだ。
大型空母は惑ったようだ。"ヒュウガ"と雷撃隊、どちらに火力を集中させるか。ほんの刹那の逡巡につけ込むように、雷撃隊の攻撃が始まる。
やはり、ドラム式発射管の張る弾幕が一番厄介だった。触れれば落とされる火線の激流に、無策で突っ込むのは蛮勇にすぎない。
「俺であれば」
パイロットとして、あの発射管を沈黙させるにはどうするか。篠原が思案したその時、二機のタイガーⅡが機首を転じ、大型空母の正面から向かってゆく。
まさしく、思い描いていた通りの軌道だった。艦載機の発艦ルートを逆進する。それこそ、向けられる対空砲火が一番少なくなる飛び方だった。感心して口笛を吹きそうになるのを、艦長席に在ることを思い出して抑える。
甲板に乗り込んだ二機は回転砲塔のビームを避けつつ、翼下の対艦魚雷を切り離す。合計四発。二発は落とされるも、一発は発射管に直撃して装甲を破り、最後の一発がそこから奥深くへと突き刺さる。
回転機構に合わせ艦内に潜り込んだ魚雷が、遅延信管で内側から爆発した。発射管は血が噴き出すように大量の火花を吐き、煤塗れとなって動かなくなった。
それからの雷撃隊の猛攻は、赤い機体も相まって、火の玉と形容する他なかった。数多の火線と弾体がただ一隻に集中し、戦場に膨大な熱とエネルギーが横溢する。
パイロットの執念が乗り移ったミサイルが火線をすり抜けながらぶつかり、装甲を抉る。傷口にありったけの機銃と機関砲が叩き込まれ、砲塔が崩落していった。
敵攻撃機を片付けたパイソンも加わる。文字通り首をもたげ、きわめて短い半径の回避運動を繰り返すのだ。剽悍にして不規則な機動で大型空母に纏わりつき、その対空火力を漸減させてゆく。
……各飛行隊がミサイルを撃ち尽くした時、大型空母は砲熕兵器の大半を失っていた。回転砲塔のあった箇所は黒く焼け焦げ、方々で未だ収まりきっていない火災が、赤い林の如く見える。
八方から射られ続け、数えきれない傷を曝す手負いの巨獣。それでも、航行そのものには支障をきたしていないらしい。艦容に由来する堪抗性は、やはり凄まじいものだ。
だが、それでいい。大型空母を沈めず、その火力だけを奪い去るのが、作戦の眼目だった。"ヒュウガ"と飛行隊は一度退がり、次の段階を別の部隊に任せる。
こちらが抜かりなく役目を果たしたことは、すでに伝わっているだろう。
「第十三強襲隊より入電。貴艦の勇戦に心から敬意を表す、我が隊も所定通り出撃する。とのこと」
報告に篠原は頷き、飛行隊の収容と補給を命じる。今は、万が一の再出撃に備えておくことだ。
「バラガキのお手並み拝見といきますか」
惑星から射出された三つの岩塊が、"ヒュウガ"の左方を通り抜けて大型空母へと向かう。降り注ぐような軌道を描いていて、艦首の破砕ビームで防がれることはない。他の対空兵装は、言わずもがなだ。
一見ただの岩塊にしか見えないそれらが、赤い気炎の尾を曳いて飛んでゆくのを、篠原は確かに見た。