星の座(ステラ・アストラ)   作:猫とふりかけ

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型月オタクが英霊召喚を模倣して、被検体にされたあげくに召喚される。そんな型月オタクの話。





再構築されし星の子

ホグワーツの地下深く――。

閉ざされた石造りの部屋に、ふたつの影が立っていた。湿った空気が、祈りにも似た静寂を孕んでいる。

 

杖を掲げたのは、東洋魔法学校マホウトコロの校長、花森壱与。

彼女の唇は、紅を垂らしたように艶やかで、いま、静かにその形を変えた。紡がれるのは、世界を震わせる古の呪文。その声は、やがてこの地の理をもたらす鐘の音のように、地下の壁をわずかに震わせる。

 

魔法陣の中央には、一つの棺。

蓋は透きとおるガラスでできており、その内には、一人の若い女が眠っている。星宮雨――。

とある儀式を解体し、再構築した者であり、その被験体でもあった。

 

本体を触媒とし、星宮雨という名を持つ人物を投影する。魔力による肉体と魂の再生。記録された膨大な情報をもとにした人格の構成。すべての要素が精密な歯車のように噛み合い、一つの偉業――いや、ひとつの再誕を形づくる。

 

それは魔法ではない。

それは、別の世界の魔術――。

召喚するのは、英雄ではなく、ただひとりの「人間」であった。

 

血のように紅い魔法陣が、石床を染める。壱与の掲げた杖先から、糸のような魔力が幾重にも分かれ、陣へと注ぎこまれる。その光景は、まるで世界の根幹を編み直す織機のようだった。

 

やがて、魔法陣は生き物のように蠢き、赤を深めてゆく。

床から、空間へ――。浮かび上がった幾何学模様が回転し、冷ややかな声が響いた。

 

 【召喚プログラム、開始】

 

【――すべてのデータを解析中】

 

時を置かず、続く。まるで、少しずつ解凍していくように、ゆっくりと時間をかけて。丁寧に、丁寧にと呪文は響かせる。

 

【解析完了】

【魔法系統の識別、完了】

【魔力数値、異常なし】

【肉体構成、可能】

【召喚者および対象者の生命活動、良好】

【心拍数――正常】

 

壱与はその声に目を閉じ、ただ一度、浅く息を吐いた。

紅い光が、彼女の頬をなぞり、影を刻む。その瞬間、棺の中の少女の指が、かすかに震えた。

 

光は、鼓動を持つかのように強まり、そして、世界は――再び、ひとりの「人間」を受け入れようとしていた。

 

その傍らに、蒼き眼の老人が立っていた。ホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドア。その瞳には、不安と好奇と、壱与へのわずかな畏れが交わっている。老いた知恵は黙して語らず、ただその眼差しのみが、紅き光を見つめていた。

 

二人の魔法使いは、彼女――星宮雨の到来を、静かに待っていた。

 

魔法陣が回る。

ゆるやかに、やがて、速く。

石床の上に描かれた赤の紋が、唸りを上げて震え出す。

紅は稲妻となり、光の糸が走る。

空気は裂け、魔力が吸い上げられ、壱与の体を侵していった。

 

痛みが走る。

肌の下で、血管が燃える。

骨の髄が光を帯びる。

それでも壱与は、唇を噛み、呪を紡ぎ続けた。

 

【――再構築プロセス、開始】

 

声が、地の奥より響く。それは金属の擦れる音でも、風でもなく――世界そのものの声であった。

 

壱与の唱える言葉に応じて、魔法陣の光は紅を深める。

赤い稲妻は何本も奔り、壁に、床に、彼女の影を幾つも映す。

その光が、まるで生きた花の蔓のように、彼女の足許を這う。

 

慣れぬ大規模な召喚術――。

痛みが、徐々に、彼女の内へ染みていく。痛みは、まるで代償のようであった。だが壱与は、その苦しみを喜悦とともに受け入れた。

――誰も教えてはくれなかった。

創造の瞬きは、常に痛みを伴うのだと。

 

【肉体の受肉率――七十二、八十五、九十七……】

 

 

無機質な声が淡々と数字を刻む。

淡い金色が紅に混じり、脈動する。やがて、その光は形を得た。

 

骨が、編まれる。血管が、流れを取り戻す。筋が、線を描き、肌が覆う。

 

まるで神が泥をこねて人を造るように――数式が、命を刻んでいく。

 

壱与は、痛みの中で笑んだ。

唇に浮かぶその笑みは、哀しみと誇りを併せ持つもの。星宮雨の理論は、やはり正しかった。彼女の召喚術は、荒削りながらも、ほとんど完全。魂を、魔力で再び編むことができる。

 

なんと美しい理だろう。

なんという冒涜だろう。どこでこの思想を得たのか、誰に教わったのか、壱与には知る由もなかった。

 

それでも、分かる。この術は、生者の尊厳さえも越えている。

 

紅の光が、ふと息を止めた。

静寂が降りる。光が消えたあとには、ひとりの少女が立っていた。その肌は月白く、瞼はまだ閉ざされたまま。

 

ダンブルドアは動かなかった。

彼の瞳だけが、星のように微かに揺れていた。

 

そして壱与は――

その光景の前で、知らず微笑していた。それは、祈りにも似て、罪にも似た微笑であった。

 

すべてが、揃えられた。

魂の再構築も、肉体の復元も、なにもかもが――完璧である。

 

光の粒子が散り、紅の魔法陣は静かに脈を打つ。その中心に、いのちが立ち上がる気配があった。

 

奇跡の瞬間を目の当たりにして、ダンブルドアの声が掠れる。

 

「これは……まさか、魂の再構築。いや――自己の投影か。」

 

その言葉に、花森壱与の唇がわずかに笑んだ。紅に濡れたその微笑は、まるで花が崩れる瞬間のように美しく、そして、どこか狂気を帯びていた。彼女は瞼を閉じ、息を吐きながら、低く呟く。

 

「ええ。魂を――“演算”する。

 彼女が最後に残した、あの理論。」

 

その響きは、祈りにも似て、呪いにも似ていた。老賢者は、絶句したまま言葉を失う。人の理の限りを越えた、外道と呼ぶほかない論。だがその声音には、恐れと共に、わずかな敬意があった。

 

壱与は彼の沈黙を背に、そっと少女の方へと向き直る。その足音が、静寂を割った。

 

現れたのは、一人の少女。

黒のワンピースを纏い、同じ色の長き髪がゆるやかに揺れる。ブーツの踵が石畳をカツンと鳴らした。その一音が、まるで世界の始まりを告げる鐘のように響く。

 

彼女の瞼が、ゆっくりと、ひらかれた。――そこにあったのは、夜と星とを閉じ込めたような双眸。

深く、透きとおり、宇宙の果てを覗き見るような静けさを湛えていた。

 

その眼差しを見た瞬間、

壱与の胸に、何かが崩れ落ちる。歓喜か、畏怖か。それとも、創造という罪の甘美なる痛みか。彼女は静かに微笑んだ。

それは、神の沈黙をも揺るがすほどに――静かで、美しい笑みであった。

 

 

 

 

【☆★☆★】

 

 

 

 

最初にあったのは――闇。

射干玉の闇。天もなく、地もなく、ただ、無音の海のように世界は眠っていた。

 

わたしはその底にいた。

目も、声も、まだ形を持たないまま。

 

思い出す。

ハロウィンの夜――。風のない通りを歩き、姉の友の家へ向かっていた。

 

扉は開いていた。

家の中は――まるで止まった絵のように、静かだった。音が消えた世界。ひとつの鼓動も、ひと声もない。

 

最初に見つけたのは、ジェームズの倒れた影。次に響いたのは、リリィの悲鳴。

二階から洩れる緑の光。

 

――ヴォルデモート。

 

あの夜、命が裂けた。光が走り、世界が白くなり、それから、何もなかった。

 

ただ、闇。ひたすらに、闇。

 

けれど――その闇の底で、誰かが呼んでいた。

 

声。

 

あの声は、知っている。

幾度も夢で聞いた。あたたかくて、哀しくて、名前のような響きをしていた。

 

私は、掻き分ける。闇を、まるで海を泳ぐように。指先が光を掴む。

 

その光は、星だった。

瞬くたび、ひとつひとつ、記憶がほどける。波のように押し寄せては、わたしを包んだ。

 

マホウトコロの教室。

窓の向こうの海。潮の匂いと、制服。笑っていた仲間たちの顔。

 

風が吹く。景色が溶け、次の夢へ。

 

ハワイの陽射し。イギリスの霧。誰かの背中。笑い声。そのすべてが、光に溶けてゆく。

 

そして――声。

 

呼ばれている。はっきりと、確かに。その声を、私は知っている。

 

だって、何度も聞いたことがある。夜の果てで、夢の中で。あの声は、いつも、わたしを見つけ出してくれた。

 

だから、私は進む。闇を裂いて、光の方へ。泳ぐように、祈るように。星々が道となり、

闇が花びらのように開いてゆく。

 

そして、――見えた。

 

紅の光。誰かの瞳。あの人の手。世界が、息をした。私は、再び、生まれた。

 

さあ、帰ろう。今度こそ道を間違えないように。

 

 

光の奔流が、視界を焼いた。

白でも紅でもない。まるで、記憶そのものが燃えて流れ込んでくるようだった。

 

世界が反転する。

膨大な情報の波が押し寄せる。

過去、前世、今に至るまでのすべて。誰かの記録。わたしの経験。

それらが絡まりながら、一枚の織物のように編み上がっていく。

 

――そうか。

わたしは、思い出している。

すべてを。

 

なぜ、ここにいるのか。

なぜ、少女の姿をしているのか。

それらはもう謎ではなかった。

 

魔法陣が記録していた欠片たちが、わたしの抜け落ちた知識を静かに補い、形を取り戻させてくれる。まるで“私”という存在そのものを、再び描き直しているかのように。

 

視界の先――懐かしき影が立っていた。

 

マホウトコロの校長、花森壱与。

その背後には、蒼き瞳の老魔法使い――ホグワーツの賢者、アルバス・ダンブルドア。

 

二人の姿が、ゆらめく光の向こうに浮かび上がる。

その瞬間、胸の奥で記憶が静かに囁いた。

 

――わかる。

これは、召喚だ。

 

棺の中の“私”を触媒に、

前の“私”が解体し、再構築したあの召喚術。

花森先生は、それを再現した。

そして皮肉にも――その術を最初に“模倣”したのは、他でもないこの私、星宮雨。

 

記憶が流れ込む。

前世の知識、Fate世界の英霊召喚理論。

その構造を参考にして、私は独自の式を編んだ。

 

触媒による召喚。

聖遺物でも、肉体でも――核がなければ、声は届かない。

呼ばれた者は召喚者の魔力を受け、この世に“肉”を得る。

そこまでは、原典と同じ。

 

けれど、私はそこに小さな改良を加えた。

支配ではなく、共生のために。

 

英霊はマスターの魔力を糧に存在する。だが、私の使い魔は違う。

魔力の循環は閉じている――

自己生成、自己完結。世界から切り離されてもなお動く、独立した機構。

 

つまり、マスターがいなくても生きていける。食べて、寝て、――魔力は補充される。……はい、わかってます。「それ、マスターの意味ないじゃん」って言いたいですよね?

 

安心してください、繋がってますよ。

(※とにかく明るい安村風)

 

――ふ、と笑ってしまう。

世界がまだ光に満ちているのに、

この一瞬だけ、確かに“人間の感情”が蘇った気がした。

 

どれほど理を極めても、

笑いという無意味な呼吸があるかぎり、私は――生きている。

 

……まあ、そんなことを頭の中で幻想小説風に浮かべておりましてね。はい。でもね、ずっと前世の頃から、どうしても言いたかったことがあるんですわ。

 

サーヴァントが言いたい台詞ランキング第一位。あの、セイバーの名台詞ですよ。主人公の運命が変わった、あの瞬間の言葉。言いたくて言いたくて、研究までしてきた。今日この瞬間、それを言えるなんて……感無量です。

 

ダンブルドア先生、花森先生。

どうか聞いてください。

ずっと、言いたかったんです。

(ここは力を込めて)ずーーっと!

 

……よし、深呼吸。

あーあー。マイクテスト、マイクテスト。神に感謝を。奇跡に感謝を。では――行きます。

 

「問おう、あなたがマス――」

 

「あ、そういうのいいから!」

 

バッサリと言い切る花森先生。なんでや。なんでーなんでー……なんでやねんね。え?言わせてよ。ひどい。せっかく研究してきたのに。それすら言わせてくれないの?ケチ。いやー、それにしても、こっちのほうが楽だし、フランクで喋りやすいわ〜。まあ、読者がいたら「え、さっきの雰囲気なに?」とか言い出しそうだけど、まあ、気にしない気にしない。気にしたら負けですよ。お客さん。

 

……でもね。

さっき笑ってた口が、少しだけ真面目になる。

 

言いたかった台詞を言わせてもらえないとか、鬼畜ですか? 鬼畜ですよね?あーあ、勝手に論文漁られて、その上被検体にされて召喚されたかと思えば、言いたい台詞すら言えないとか。私の研究、なんだったんだろうね。ほんとに。

 

でも、私が言ったことは全部本当だよ。英霊召喚を解体して再構築した。それもマスターなしで単独行動できるように。ただし、生きた体を触媒にしないと召喚はできない。

 

……だって、死者や遺体の一部から蘇ることができたら、大変やん?ヴォルデモートとかダンブルドアですら、それを利用するかもしれない。そして誰かが、死んだ闇の帝王をまた呼び出す。――悪夢や。終わらない地獄の始まりですわ。それに、死んだ友人が蘇らされて戦う姿なんて見たくない。戦うのは、私一人で充分。それが、私のけじめ。

 

擬似的な死者蘇生なんて、藁にでも縋る人を増やすだけ。そうなったら――生者の居場所がなくなる。

 

世界中が死者まみれになる。

そんなこと、あかん。踏み込んだらあかん領域ですわ。あかんあかん。ほんまあかんことです、お客さん。

 

だから、これでいい。生者どまりの儀式であったことを、誇りに思います。

 

生きた体を触媒にするなら、誰も真似できない。これは私の、たった一つの線引き。

 

……まあ、趣味で作っただけやけどね。もし使う機会があっても、私はお断りします。成功しても、次が成功するとは限らない。失敗するのが、怖いから――やりません。

 

そもそも、使う機会なんてあるの? ないと思うんだけどなー。

なんだろう、エセ関西弁で喋ってて、関西人から怒られそう。

うん、やっぱり普通に喋るのが一番だね。

 

……ずっと疑問に思っていたけど、ここどこ?召喚された理由は理解しているけど、召喚された場所までは特定できない。明らかに日本の空気じゃない。マホウトコロでもない――日本でもない。

 

ここはいったい、どこですか?それにしても、寒っ。……うん、流石は私。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、全部ちゃんと機能してる。あとは味覚だけだな。

 

まあ、飲食と睡眠で魔力補給できるから、味覚がなくても生きてはいけるけど……。砂を食べてるみたいな味しかしなかったら嫌だよね。やっぱり味覚はあった方が楽しい。

 

甘い、苦い、辛い、しょっぱい、旨味。これがあるから、食事は好きなんだ。

 

……味覚の性能チェックは後回しにするとして、まずは――場所を聞かないと。まあ、この姿の予想はつく。おそらく、ホグワーツへの入学。そうでしょ?ね?

 

姉から聞いた話だと、ダイアゴン横丁に行くんだよね。

噂のアイスクリーム屋さんとか。ああ、アイスクリームは絶対食べたい。それに三年生になれば、ホグズミード村にも行けるんでしょ?三本の箒でバタービールにシェパーズパイ。……なんて幸福な世界。

 

学生生活は、ハワイの魔法学校以来だ。青春をもう一度――そんな気持ちで胸が高鳴る。

 

わくわくしながら、目の前の花森校長たちに問いかけた。

「ここはどこなんですか?」

 

答えたのは、懐かしい声だった。

 

「ここはホグワーツの地下じゃよ」

 

ダンブルドア先生――。

会うのは、本当に手で数えるほどしかない。あのイギリスの第一次魔法戦争以来だ。

 

――空気が変わった。

懐かしい声が響いた瞬間、胸の奥の記憶が疼く。あの頃の私は、若さに任せてやんちゃばかりしていた。思い出すたび、背筋が冷える。

 

……Fate世界の死霊魔術に取り憑かれていた私は、死喰い人の遺体を研究素材にし、死人の指をガンドに加工し、心臓に歯や爪を詰め込んで、呪いの手榴弾を作っていた。

 

――我ながら、正気の沙汰じゃなかった。

 

姉や友人に知られたらどうなるか。考えるだけで背筋が凍る。

縁を切られるどころじゃない。アズカバン送りも免れない。

 

だから、あの過去は胸の奥に封じた。墓場まで、誰にも明かさない。絶対に。

 

そんなことを胸の奥で噛みしめながら、私は静かに頷いた。

 

「……なるほど。ホグワーツの地下、ですか。」

 

明るいはずの心に、ひやりとした影が差した。ダンブルドア先生は儀式の終わりを確かめると、穏やかに言った。

 

「さて、儀式も終わったことじゃ。温かい紅茶でも、いかがかな? これからのことはお茶を飲みながら話そう」

 

「はい、ダンブルドア先生」

 

「ええ、それがいいわね」

 

私たちはホグワーツの地下をあとにした。儀式で触媒にされたもう一人の私――本体を、ひとまず置き去りにして。

 

石造りの階段を上がると、古いヨーロッパの城の内装が出迎えてくれた。姉から話には聞いていたが、やっぱり城はいい。マホウトコロも素晴らしいけれど、ホグワーツも負けてはいない。

 

廊下に響くブーツの音。コツ、コツ、と石畳を打つたびに、胸の奥が少しずつ現実へ戻っていく。

木の扉を押し開けると、広い校庭が目の前に広がっていた。

 

芝生はふかふかと柔らかく、陽光を受けて翡翠のように輝いている。ダンブルドア先生は、紅茶会を口実に儀式の効果を確かめようとしているらしい。――さすが研究者だ。

 

花森先生が小石を拾い、杖先で軽く叩く。すると、そこからおしゃれなテーブルと椅子がふわりと姿を現した。不思議だ。Fate世界の魔術とは違う、理屈を超えた「奇跡」。理論を積み上げるのではなく、ただ成り立ってしまう力――それが、この世界の魔法なのだ。

 

まあ、厳密にはFate世界では魔術と魔法は別物だが。けれど、いちいち指摘するのも野暮だろう。

 

私は死霊魔術について、姉やその友人に話さないと決めている。

けれど、花森先生は別だ。

彼女は私と同じ“向こう側”の人間。昔はやんちゃしていたらしいが――そのやんちゃが常軌を逸していたのを、私は知っている。

花森先生、流石です。他人には到底できない禁忌を平然と越えてしまう。そこに痺れない。憧れない。けれど、理解してしまう。

 

ダンブルドア先生がお茶の用意をして来るまでの短い時間、私は花森先生に、死霊魔術にのめり込んでいた頃の話をした。彼女はそれを聞いて、目を細め、肩を揺らして笑う。

 

「あははっ。それは墓場まで持っていかなきゃね。バレないといいわね」

 

「うーん。黒歴史ですよ、ほんとに」

 

案の定、花森先生は否定も肯定もしない。賞賛もなければ、侮蔑もない。彼女らしい反応に、私は希望にも似た絶望を覚えた。叱るでも、諭すでもなく、ただ研究者の顔で向き合うその眼差し。ああ、やっぱり、彼女はこちら側だ。

 

私たちはFateの魔術師に近い価値観を持つ。倫理よりも理論を、生命よりも成果を優先する。どう説得されても変わらない。むしろ開き直る。ピーター・ペティグリューとは違う意味で、もっと質の悪い人間たちだ。

 

彼もヴォルデモートも、そして私たちも、救いようがない。

いや、正確には――救う価値がない。救済という行為すら、時間の無駄だ。秩序を踏みにじりながら、なお冷静に理を求める者たち。たぶんヴォルデモートでさえ、私たちの冷たさには少し引くだろう。それほどに、花森先生と私は壊れている。

 

私が「正道を歩む異端」なら、彼女は「邪道を極める異端」だ。花森先生は、興味を持ったように矢継ぎ早に質問をしてきた。

 

「死を見つめるって、どうやるの?」

 

「まず、己に幻術をかけて、自分が朽ち果てていく様子を観察します。

 そこで“死”を理解するんです」

 

「ふふ……死を理解、ね。美しくて、恐ろしい話だわ。死を近づけてどうするの?」

 

「死霊魔術は、死そのものを統べるための学問です」

 

「死を統べる……。己に朽ち果てる幻術をかけて観察だなんて、正気の沙汰じゃないわね」

 

「正気でなければ、届かない場所なんですよ」

 

「……あら。そう言えるうちは、まだ安全圏かもしれないわね」

 

彼女は目を細め、口元をわずかに歪める。狂気の笑み――たぶん、こういう顔を言うのだろう。

 

私も彼女も、魔法をより高みへと押し上げるためなら何でもする。

きっと、子どもすら研究材料にすることを躊躇わない。いや、私たちは本当にやり遂げてしまうだろう。それが、私たちの価値観だ。

 

もしかすれば、私は愛することもできるかもしれない。だが、その可能性は限りなく低い。魔術師が大切にするのは「我が子」ではなく、「我が子の才能」だ。生まれてくる子が私のような思想を持つなら――きっとその子も、親を実験台にするような人間になるだろう。

 

だから、子どもはいらない。結婚相手もいらない。私たちは他人を幸福にできない。笑えるね――こんな自分たちを「人」と呼べるんだろうか。お前らには一生孤独がお似合いだよ。冷めた思考のまま、私はそう結論づけた。

 

そんな思考の延長で、さらに考える。悪――それは生物に備わった残酷な側面。

 

イルカは、弱い生き物をいたぶって殺しを楽しむ。

ライオンは、前のボスの子を殺す。チンパンジーは、嬰児を食う。それらすべて、知恵とともに与えられた生き物の本能。

 

悪を捨てることは、すなわち知恵を捨てることと同義なのだ。

善悪は紙一重であり、知恵の影が悪を形づくる。人間もまた、獣の総称。だからこそ、獣のように狡猾に、欲望のままに食らう。

 

だが、欲望のままに食らえば、社会は崩壊する。だからこそ、ルールや法律、そして道徳がある。それでも、そんなルールすら平然と破る人間は五万といる。山から海の果てまで、神秘を解体せずにはいられない――それが、私たちという獣の本性だ。

 

ちらりと花森先生を見る。

彼女はそよ風を心地よさそうに受けながら、静かに目を閉じていた。――彼女もまた、悪である。

狂気と背徳で形づくられた人間。それが、花森壱与だ。

 

嘘みたいだろう?

これが、あの邪馬台国の女王・卑弥呼の後を継いだ女王、壱与の血を引く人間なんだ。

 

こんな逸脱者でも、人をまとめる力があり、占いの才にも恵まれている。まさしく壱与の血の継承者だ。だが、彼女は人のために尽くすことをしない。あくまで己の欲望のままに生きる。まるで獣。知恵に溺れ、理性に取り憑かれた人間の末路。

 

狂気と悪に彩られた存在。

花森壱与――この女こそ、闇をそのまま人の形にしたような巫女であり、女王だ。FGOの壱与は「闇の巫女」として描かれている。だが、彼女の場合は、闇そのものなのだ。

 

マホウトコロのローブは、成績や禁忌によって色を変える。

優秀な者のローブは桃色に輝き、やがて金色へと昇華する。

だが、禁忌を犯した者のそれは白く濁り、二度と戻らぬはずだ。

 

――本来なら、彼女のローブもまた白に染まっていた。

 

だが今、花森壱与のローブは、燦然とした金色を放っている。

その輝きは純粋さの証ではなく、仕組みを知り尽くした者の細工によるものだ。

ローブに織り込まれた魔力反応の波長を微細に調整し、罪を覆い隠す――

ほんの少しの“魔術的偽装”で、禁忌は無かったことになる。

誰も彼女が外道であるとは思わない。むしろ、聖者のように崇める者すらいる。

 

現在、彼女はマホウトコロの校長を務めている。

上層部を言いくるめる舌を持ち、情と理を巧みに使い分ける。

生徒には思いやりを見せ、教師として慕われ、敵対者でさえも、その笑みに警戒と憧憬を抱く。

 

一部の日本魔法界の上層部からは忌み嫌われながら、同時に頼られてもいる。

その両極を自在に歩むのは、彼女に備わる悪の美ゆえだ。

狂気と悪には、人を惹きつける魔力がある。

花森壱与はその体現者――

金色の欺瞞を纏い、悪を美に昇華した唯一の魔女。

 

危険だ、と理性は告げる。

だが、私は彼女を犯罪者呼ばわりするつもりもない。その資格が、私にはないのだ。私もまた、正義を装った背徳者。彼女と同じ穴の狢。

 

正道と邪道、二つの道は異なれど、どちらも終着は闇。背徳者は歩みを止めない。私はその果てを見てみたい。たとえ、彼女と同じ闇に辿り着くとしても――私は、喜んで受け入れるだろう。だって、それが私なのだから。そして、きっと彼女もそう思っている。

 

ホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドア。彼の記録、そして語られてきた物語を見る限り――彼は人を見る目を持つ人物だ。スネイプをスパイとして動かしたのも、彼を信じるに足ると見抜いたからだろう。ダンブルドア先生は人を見極め、善と悪の境を判断できる稀有な人間。その眼差しは、常に真理を見通しているように思える。

 

……ならば、花森壱与の本質を見抜けぬはずがない。

彼女がどれほど優雅に微笑もうと、内に潜むものは光ではない。

それを見抜く力を、彼は確かに持っているはずだ。

 

――なのに、なぜ彼は彼女と親しくしているのだろう。

相性が良いとは到底思えない。

むしろ、価値観も歩む道も、正反対だ。

 

私はその疑問を、抑えきれずに花森先生へぶつけてみた。

あの金色のローブを纏う彼女は、どんな顔で答えるのだろう――。

 

「え? なぜって? それは私の外面がいいからよ。外道を見せびらかすなんて、馬鹿のすることね」

 

「それじゃあ、私が馬鹿みたいじゃないですか……」

 

口を尖らせて言うと、花森先生は少しだけ目を丸くした。

それから、いたずらを見つけた猫のように微笑む。

 

「そう? 私にはそうは見えないけど……。でも、そうねぇ……」

 

彼女は目をさらに細め、笑みを深くした。

 

「そうじゃないことを、祈るわ」

 

そう言って、ゆっくりと目を開く。その黒い瞳は、まるで人を惑わせる魔眼のようだった。

静かな光を宿したその笑みには、理性の皮を被った魔が潜んでいる。思わず息を呑むほどの魅力。

 

……男じゃなくて、良かった。

あの一瞬の微笑みだけで、心臓を掴まれていたかもしれない。

花森壱与――この女は、悪を知り、悪を受け入れ、それでもなお、美しく在ろうとする魔性の人間だ。

 

魔性の女A。前世の頃から耳にしていた曲だ。

まるで、彼女のような人間のことを歌っているのだろう。

そう——“魔性の女I”。

 

「お前らには孤独がお似合いだよ」とか、「子供も実験材料にする」、「誰も幸せにできない」。

と散々私は言っていたが、まさかの“母親”。しかも、実際に会ってみれば驚くほど可愛らしく、美人で、優しい。何をどうしたら、あんなお人好しができあがるのか——正直、私にはわからない。

 

けれど、やはり血というものは強いらしい。彼女の娘は十一歳にしてすでに才を持ち、花森の巫女の血をそのまま受け継いでいる。本格的に占いを始めると、噂は瞬く間に広がり、彼女のもとには行列ができるほどだという。母である花森先生もまた、政治家や上層の人々の運命を占うほどの実力者だ。

 

だが、もしも願いがひとつ叶うのなら——どうか、あの子に“彼女の本質”だけは受け継がれませんように。負の連鎖は、ここで断ち切られなければならないのだから。

 

「お子さんは元気ですか?」

 

「ええ、元気よ。相変わらず、甘い性格だけどね」

 

「いや、そこはあなたに似なくて良かったです。優しいまま育ってほしいですね」

 

「それはあなたのエゴ?」

 

「エゴですね」

 

「そう」

 

すると、杖を軽く振ったダンブルドア先生が、ティーポットセットとお皿、フォークをふわりと浮かせながら現れた。

テーブルにはいつの間にかケーキの箱が置かれている。それを察して用意していたあたり、さすがは彼だ。

 

箱が開かれると、三人分のケーキが並んでいた。

ショートケーキ、モンブラン、チョコレートケーキ——どれも美味しそうで、迷ってしまう。

私はショートケーキを皿に取った。

 

生クリームは絹のように白く、苺はルビーのように輝いている。

ふわりとしたスポンジは、まるで空気を抱いた絹のようにきめ細かい。

 

まずは一口、口に運ぶ。

甘さが舌の上で静かに溶け、ミルクと苺の香りが広がった。

ひととき、会話の熱が遠のく。

 

「……おいしいですね」

そう呟くと、壱与先生はフォークを持ったまま、目を細めて微笑んだ。

 

「ケーキなんて久しぶり。あの子が喜びそうだわ——甘いものに目がなくてね」

 

「似てるところもあるんですね」

 

「ふふ、そうかもね」

 

ダンブルドア先生は湯気の立つ紅茶を三人分注ぎながら、穏やかな声で言った。

 

「甘いものは、時に真実よりも人を癒やす。特に、心を隠すのが上手な人にはのう」

 

その言葉に、壱与先生はほんの一瞬、視線を落とした。

 

「先生は、隠していると思います?」

 

私の問いに、彼女はフォークを皿に戻し、少し考えるように紅茶を口に含む。

「——隠してるわけじゃないわ。ただ、見せる必要のない部分もあるのよ」

 

「……それは、“魔性の女”の流儀ですか」

 

「違うわ。女としての、矜持よ」

 

紅茶の香りと、苺の甘い香りが重なり、彼女の言葉が静かに沈んでいく。

 

「あなたは変わらないわね。いつも正しさを信じてる」

 

「それが私の悪いところです」

 

「いいえ、それがあなたの——救いよ」

 

彼女はそう言って、カップをソーサーに戻した。

ダンブルドア先生は何も言わず、ただ静かに微笑んでいる。

私はポツリと、独り言のように呟いた。

 

「優しさって、心の贅肉なんですよ」

 

「だとしたら、うちの子は贅肉まみれね」

 

壱与先生はカップを持ち上げ、薄く笑った。

その笑みにはどこか自嘲にも似た影が差していた。

 

ダンブルドア先生は、そんな彼女を見つめながら静かにスプーンを置いた。

「しかし、その贅肉があるからこそ、人は冷たい風に耐えられる。痩せすぎた心は、すぐに折れてしまうからのう」

 

その言葉に、壱与先生は小さく息を漏らした。

「……そうね。確かに、私もあの子に助けられてばかりだわ」

 

「助けられている、ですか?」

 

「ええ。あの子が笑うとね、私まで笑ってしまうの。まるで——何もかも赦されたような気分になるのよ。そんなわけないのにね」

 

彼女の視線は、どこか遠くを見ていた。芝生がさわさわと緑の髪を揺らしている。その瞳には狂気の欠片もなく、ただ人間的な温もりがあった。まるで、罪悪感というものを初めて覚えた子供のように。

 

「でもね、あの子の優しさは、時々怖いの。何も疑わず、何も憎まない。……まるで、すべてを愛そうとする神様みたいで」

 

「それは、悪いことなんですか?」

 

「いいえ。だけど——神様は、幸福にはなれないのよ」

 

一瞬、空気が止まった。

ダンブルドア先生の微笑みが、わずかに翳る。紅茶の表面に映る彼女の横顔は、どこか寂しげで、それでいて誇らしげでもあった。

 

「……あなたに似なくて、本当に良かったです」

 

私の言葉に、壱与先生は少しだけ目を伏せ、やがて静かに笑った。

 

「……やっぱり、あの子の未来も心配ね」

 

「心配でも、希望でもあるでしょう」

 

彼女は紅茶を飲み干し、穏やかに息を吐いた。ダンブルドア先生が新しいポットを持ち上げ、静かに注ぎ足す。カップの中で琥珀色の液体が波紋を作る。

 

「贅肉も、矜持も、どちらも人間らしさじゃよ」

 

「……それなら、私はもう少し太ってみようかしら?」

 

「ぜひ」

 

三人の間に、ふと笑いがこぼれた。それは春の風のように柔らかく、どこか遠い記憶を撫でるようだった。

 

甘い香りの残る午後は、少しずつ、静かな青空へと溶けていった。

 

子を思う母は、いつの時代にもいる。だが、その本質だけは変わらないのだろう。しかし、彼女が子の将来を案じるのもまた、その本質の一つだ。

 

偉そうに「彼女と私は同じ穴の狢だ」なんて言っていたが、この会話でわかった。——やはり、子を持つと人は変わるのだと。

 

けれど、私はきっと変われない。

外道のままに、子供を生贄にするかもしれない。なぜか、そんな気がした。

 

それでも、大丈夫。

こんな私にも、花森先生にも、ダンブルドア先生にも、そして——優しいあの子にも、きっと最後には希望がある。だって、パンドラの箱の底には、いつだって希望が眠っているのだから。

 

「ゴホン、さて、本題に入ろうかのう」

 

咳払いをしたダンブルドア先生は改めて私を見る。

 

「わかります。ホグワーツの入学ですよね?」

 

「勘がいいのは良いことじゃ。明日は花森先生と一緒にダイアゴン横丁へ行ってみるといいのう。」

 

そう言って、ダンブルドア先生は私に入学許可書を渡した。

羊皮紙の封筒は手触りが少しざらついていて、古い紙の香りがした。封を切ると、中には入学許可書と、学校で用意するもののリストが入っている。

 

——ああ、遂に私はホグワーツに入学するのか。楽しみで胸がいっぱいになる。ハワイの魔法学校以来のわくわくが止まらない。

わくわく、わくわく、わくわく。

 

前世の頃から憧れていた『ハリー・ポッター』の世界。けれど、それと同時に、胸の奥がチクリと痛む。

 

あの日のことを思い出した。

ハロウィンの夜、転んだ拍子に頭を打って——すべてを思い出したのだ。ハリー・ポッターという物語を。ここが、“あの物語”の世界だったことを。

 

そして——運命のハロウィンの日の出来事までも。

 

あの瞬間、視界が白く滲み、遠くで誰かの泣き声がした。

時間が反転するように、記憶がひとつ、またひとつ、私の中に戻っていく。

 

魔法の光。緑の閃光。そして、静寂。

 

守らなければ、そう思った瞬間には、もうリリィ夫妻の元へ駆け出していた。だが、すべてが遅すぎた。遅すぎたのだ。リリィとジェームズは死に、私はヴォルデモートに敗れた。そこから先は、誰もが知る通りの“シナリオ”だった。

 

……けれど、今は違う。

今度こそ、私は救う。たとえ茨の道でも、苦痛に満ちていても、私は私の意思で進んでいく。

 

助けられる人間には限りがある。

誰もかれも幸せにできるわけじゃない。それでも——駆けつけたい。手の届く限りでいい。救える命があるなら、私は走る。

 

ハリーには、指一本触れさせない。彼の傍にいる。お節介でも、陰でも、構わない。

 

私は——ハリー・ポッターのダークヒーローになる。

 

外道でも、ヒーローになれなくても、ダークヒーローなら、なれる。紡いだ声も、積み重ねた痛みも、もう二度と失くさない。何度だって立ち上がってみせるから。

 

私が守ってみせる。ダークヒーローの私が、全身全霊で駆けつけるから。待っていてね、ハリー。




星宮雨

型月オタク。
型月作品が大好き。
ハリーポッター大好き。
ハワイの魔法学校にいた頃に趣味で英霊召喚の理論を解体し、模倣する。学生の頃は天文学を主に研究していた。とある大魔術も模倣している。前世から、ドライで好奇心旺盛。Fateの魔術師より。


花森壱与

卑弥呼の女王の跡を継ぐ女王・壱与の子孫。
占いが得意。子持ち。子供の名前は紗夜。

マホウトコロの校長。
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