願いという名の呪い 作:炙られた足
それから、レイアは自身の犯行について話し始めた。ノアを殺害したのは、彼女だった。驚きが心の中にあった。彼女は犯行に及ぶ理由などない。しかし、もう事実は変えられない。彼女は魔女だったのだから。最早処刑する他ないのは、火を見るよりも明らかだった。
「……以上が、私の行った犯行だ。最後のステージ、見てくれてありがとう」
「なんで、なんでノアちゃんを殺したの!?悪いことなんか、何もしてないのに!」
「……アンアンくんはノアくんの塗料に苦しんでいた……私は彼女を助けたかったんだ。それだけさ」
表情で覆われてはいるが、レイアの発言には何処か含みがあった。それがなんなのかは、まだ分からない。
「ち、ちがう……ノアは、わがはいを助けようと……励まそうとしてくれたのだ……わがはいが怖くないようにって、おまじないをかけてくれたんだ。流れる血を全て蝶に変えて……」
「……蝶が示すのは不死や不滅。ノアちゃんは、本当に私たちを守ろうとしていたのかもしれないわね」
「そんな、そんな……私、は」
レイアはその場に崩れる様にしてしまった。善意と悪意も関係なく拗れあって、これがこの先に禍根を残さないのは難しいだろう。私には止められなかった。その思いが、どうも心にささくれを作っていたように思えた。分かっている。止められたとしても私は───
「あのー、時間が押しているのでお話はそこまでに……処刑を行いますので、スマホを出して下さい」
どうやら感傷に浸る時間は与えられないようだ。当然、レイアがノアを殺した事実は変えられない。今はこの状況に従う他ないだろう。私はスマホを取り出す。
「そのボタンをぐーっと長押ししてください。そうすれば……処刑が始まりますので」
ほとほと趣味が悪い。最後のトリガーを私達の手に委ねようとは。……私はノアと関わり合いがあった訳でもないから、この場でレイアに怒りをぶつけても許されはしないだろう。だが従うにせよ、これによって下されるのは法に依らないただの私刑だ。どうすればいいのか分からない自分がどこまでも愚かに思えた。
(今は押すしか……)
横目で見ると、シェリーも無表情にボタンを押している。やらなければ何が起こるか分からない。腹を括るしかないだろう。私は画面のボタンを押した。数秒程押して、ようやくチェックがついた。神経がすり減りそうな作りだ。苛立たしい。
「……はい!それでは、魔女に処刑を執行します〜」
宣言と共に、仕掛けが作動したようだ。僅かに揺れを感じ、中央の台座に何かが出現する。天使像だ。一人なら簡単に入る程巨大なそれは、中に入る罪人を今か今かと待ちわびているように思えた。構造の予想は大体つく。恐らくアイアンメイデンの類だろう。レイアが嫌がる声が聞こえたが、何も聞く気にはならなかった。だが、目を離す事はダメだ。それは……無礼に思えたから。それが開いて、無数の針と青い花が露出する。花の形から察するに、恐らく薔薇の花か。
「……これはまた、苦しそうですね」
重々しい、隣のシェリーが呟いた。こんなものに入れられたなら、どんな人物もひとたまりもないだろう。……不死身の魔女はどうなのかは知らないが。中のレイアは黒い腕に絡め取られて、身動きが取れないようだ。
「いやだ!いやだ!これを閉めないでくれ!お願いだから!!閉めたら、みんなに見えないじゃないか!!!」
レイアは叫ぶ。何か、とても切実に。恐らく……これが彼女の内に刻まれたもの。一番に欲するもの。それが今明るみに出ようとしているのだろう。詰まる所、彼女の踏み込んではいけない部分が露呈しかかっていた。それは───
「……他人の、視線」
「あ〜……そゆこと?なぁんだ、みんなを守りたいなんて嘘っぱちじゃん。あんたがノアを殺したのは、自分が一番目立てなかったのが許せなかったからでしょ?」
「なるほど、そこが動機でしたか!知名度なら、芸能人のレイアさんよりよっぽど上ですもんね」
目立ちたかったから。だから……ノアを殺したというのか?理解が及ばなかった。本当に、そんな理由で……?疑問が、頭に浮かんだ。だが、最早確認するのは難しくない。……本人の口から聞けるだろうから。
「っ……ああそうだ!認めるよ!私は目立ちたかったんだ!そうじゃなきゃいけないんだ!だから許せなかったんだ!!邪魔で邪魔で邪魔でしょうがなかった!!だから殺したんだ!!!」
……正直、正気とは思えなかった。彼女がいくら見られなければ価値のない世界で活動していたとはいえ、そんな理由で人の命を奪ったというのか。レイアを見据える。涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔は、確かに端正だ。……忘れないでおこう。それがせめてもの弔いだ。
「これが閉じたら、誰からも見られないじゃないか!!それはダメだ!私を見てよ!!!私だけを!!!いやだぁぁぁぁ!!!」
苦痛の叫びと抵抗をも意に介さず、アイアンメイデンは閉じられる。天使は微笑みを崩さず、ただ罪人を閉じ込めた。もう誰にも見られないからか、単純に痛みに耐えかねたのか。レイアはずっと叫び続け……叫びの内に、声が、聞こえた。
……目を開くと薄暗い病室だった。おかしい。私は……
[私を見て!]
誰だ?子供の声?目の前には、女性がベッドに横たわっている。見覚えはない。この状況にも、同様に。ただ、私は女性に語りかけている。
[だいじょうぶだよ、レイアが、おかあさんをまもってあげるから!]
私は女性にそう言った。女性は何の反応も見せない。これは……レイアの記憶か?何故私はこれを見ている?唐突にテレビの電源がついた。演劇を映しているようだ。気づくと、女性の視線はそこに向けられていた。ぼんやりと、光に寄せられただけにも思えたが。
[そっか!ならわたしが、そこにたてばいいんだね!]
追憶に、砂嵐が走る。目を開けると、そこはステージの上だった。全ての観客の視線が私……いや、レイアに集中する。彼女は魔法を使っていたのだろう。だが、母親の目は向けられてはいなかった。
[そう。だから……足りないんだ。魔法を使っても、どんなに努力しても。……主役であり続けなければならなかったのに……そうしないと、見てもらえないのに]
気がつくと、再び情景は病室へと戻っていた。誰もいないのに、テレビの画面はノアを映していた。
[だから邪魔だった。あいつが……何処までも]
「ですが、殺す必要などない筈です。そんな事をしなくても、貴女は十分目立っていました。これは貴女を信じた人間への背信であり、城ケ崎ノアへの侮辱です!」
[だが、分かるだろう?]
冷たい影が、頬を撫でる。レイアのカタチをした影が、後ろに立っていた。狭い病室の中だ。逃げ場はない。
[キミだって、そうだったんじゃないか?]
「何を!?」
躙り寄る影が、私にへばりつく。身動きが取れないが、気にする必要はなかった。影は伽藍堂の顔でこちらを見据えている。
[譲れないもの、欲しいもの。ある筈だ。思い出せないかい?]
「……貴様、蓮見レイアではないな!何のつもりでこんな事を!!」
[いいや、確かに私はそうさ。彼女の影。トラウマの影。剥がれた残滓であり砕けたカケラ]
「訳の分からない事をごちゃごちゃと……!離せ!」
[思い出したまえ。何の為にキミがここに来たのか。キミは……誰の為に戦うのか]
何のため。その言葉が頭にリフレインし、痛みとなって現れる。彼女の記憶が、感情が、流れ込んで……
「ぐうううううっ……」
再び目を開けると、裁判所だった。気分は最悪だ。立っていられない。思わずその場に片膝立ちになる。
「はぁ、はぁはぁ……何だ、これ……?」
「ちょっと、大丈夫ですかー!?」
「……申し訳、ありません。暫く動けそうにも……」
ぐらぐらと揺れる視界に、頭の中をくちゃくちゃに掻き回されたような不快感が今の私を支配していた。一刻も早く休みたかったが、どうやらそうも言ってられない。
「……」
ナノカが銃を構えて立っている。まだ一悶着あるようだ。しかし、意識がこれ以上持ちそうにない。祈れるだけ祈って、私は目を閉じた。
「助手さん!助手さん!起きてください!助───」
[ま◼︎◼︎◼︎人◼︎。◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎は◼︎うな。◼︎◼︎◼︎いる◼︎だ……?]
「ぐっ……ここは」
目が覚める。気がつくと、そこは医務室のベッドの上だった。脱出自体は無事に成功した様だ。ふぅ、と一息を吐いた。しかし誰の姿も見えない。状況がどうなったのか聞きに行くべきだと考えていると、後ろから聞こえた。
[やぁ、目覚めた?体の調子はどうだい?]
それは聞けるはずのない声。聞くはずがない声。とても悍ましいものが後ろにある。覚悟を決めて振り向く。
「……どうして。貴女は、ここにいる訳がないのに」
[おや、どうしたんだい?鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をして]
思わず息を呑む。処刑されたたはずの蓮見レイアその人が、私の直ぐ隣に寝ていた。
色欲、暴食の獄は超えた。もはや深くまで進むのみ。