願いという名の呪い 作:炙られた足
誰かに期待される事は、悪い気分ではない。寧ろ、気分が良くなる。
反面、面倒でもあると誰かが言った。期待などするだけ、されるだけ無駄であると。
期待されて生きてきた自覚はある。誰かにそうされているだけで、自分には居場所があると思えた。
それで?キミはやっぱりしくじったじゃん。上手く出来ない事もある。
可哀想に。哀れで仕方ないよ。他人にそれを決められたくはない。
どうでも良かったんじゃないの?そんな事はない。
ああ。何かが…照りつけて来る。眩いそれが、私に迫る。
もう、全てが─────────
目が覚めた。景色は寝る前と変わらない、薄暗い牢獄だ。
眩いものは何も無い。少し、少しだけ安心が来る。
「あれ、もう起きたんですか?まだ眠ってても大丈夫ですよ」
上からシェリーの声がした。どうやら、これは現実のようだ。
「いえ、過度な睡眠は体に悪影響を及ぼしますし、夜に眠れなくなりますので。これで十分です」
のっそりとベッドから起き上がる。少し手狭に感じる牢の中は、変わらず息苦しい。
私は体をほぐし始めた。丸まって寝ていたからか、体のあちこちが音を立てる。
シェリーはベッドに腰掛けて、足をぶらぶらさせている。些か手持ち無沙汰らしい。
時間的には、そろそろ夕飯の時間だろうか。
「そういえば、助手さんはここに来るまで何をしてたんですか?」
「……何をしていた、とは?」
「いいえー!ちょっと知りたくなっちゃって!」
そんな事をしていると、突然シェリーから質問が飛んで来た。
……実際、私の方が知りたい。私は何者だったのだろうか。
ここでわざわざ偽る必要はない。真実を話そう。
「実は……ここに来るまでの記憶が無く。申し訳ないですが、質問にはお答え出来ません」
「そうですか…ちょっとだけ残念です」
「同感です。自分が何なのか分からないというのは、怖いと感じます」
「あれ、意外と助手さんって怖さとか感じるんですね」
「私とて、マシーンではありませんので。ただ、それを表に出す必要がないというだけなので…
試しに、全力で怖がって見せましょうか?」
そんな会話をしていると、スマホからフクロウの鳴き声の様なアラームが聞こえて来た。
どうやら夕飯の時間らしい。牢のオートロックが外れる音がした。
「一先ず出ましょうか、余計な事をして何かされても面倒です」
「じゃあ、食堂に向かいましょう!」
途中でハンナとメルルと合流して、食堂を訪れた。他の少女達も来ているのが確認できる。
エマとアリサ、ノアの姿が確認出来ないのが少し気がかりだが……今は食事を優先しよう。
さて、食事は見る限りビュッフェ形式を取っているようだが……
カウンターの中の料理はとても美味しそうには見えない。というか何だこれは。
人間が食べるものとは思えない何かが詰め込まれている。
とはいえ食事は摂らなければならないから、私は胃が受け付けそうな分と食器、
この中ではまともそうな林檎を取って席に着いた。
「……探偵さん、これは人間が食べて良いものなのでしょうか?」
「うーん、まぁ当たって砕けろとは良く言いますし!とりあえず食べてみましょう!」
シェリーは勢いよく食事を口にした。顔色に変化は見られない。
(……もしや、意外と美味しいのか?)
私も料理を口へと運ぶ。叫ぶ様な不味さでは無かったが、不快な感覚がした。
あえて言語化するなら、口の中で葬式か通夜でも行われている様な気分だろうか。
少なくとも、食べられないという程ではない。
そのまま二口目を口にする。
「…あなたたち、こんなもん良く食べられますわね…」
「少なくとも、土くれを食べるよりかはマシかと」
「そんなもんと比べられても困りますわ」
一緒に来たハンナに困惑されてしまった。これを好き好んで食べる人なんてそうは……
シェリーは意外とイケるとは言っていたか……こっちは舌がおかしくなりそうだ。
そのままもしゃもしゃと食事をしていると、エマが食堂に入って来た。
「あっ、来ましたねエマさん!貴女の分も取ってあるので一緒に食べましょう!」
「あ、ありがとう……」
エマは料理を見て困惑している。これしか食事がないので、どうにも出来ない。
せめて吐かないように、と心の中で少し祈った。
「見た目はアレですけど、意外と美味しいですよー!」
「探偵さん、流石にこれを美味しいと形容するのは如何なものかと」
「ヘルマンさんの言う通りですわ。とてもとても美味しいとは思えませんわよ。
あなた、味覚がイカれてるんじゃなくて?」
そもそも何処かヘンな人ではあるから、そこに突っ込んでもどうしようもないのではないか。
益体のないことを考えていると、エマが口を開いた。
「……これ、看守が作ってるのかな」
「恐らく。看守以外が作るとなれば、それこそゴクチョー位しか作れる者はいないでしょう。
ここに私達以外の第三者がいるとは考えにくいですから」
「アレが料理をしている様は想像できませんわね……」
看守とゴクチョーが鍋をかき回したり、フライパンを振る様子を想像してみるが、
いかんせんシュールな様子になる。
しかし、意外と愛嬌は……ないな。人を一刀両断出来る化け物にそんなものは湧くものか。
「そういえば、さっきアリサちゃんが看守に連れられているのを見ちゃって……大丈夫かな」
「わ、私も見ました…うぅ、とても心配です……」
「もしかしたら、禁止時間に外にいて看守に見つかったのかもしれませんわね」
「となると、恐らく行き先は懲罰房でしょう」
恐らく碌なことはされないだろう。管理する側としては、規則違反者を放置する理由がない。
その場の空気が俄かに暗くなる。何をされているのか想像したのだろうか。
気まずくなったのか、エマの視線がレイアの方に向けられる。
それに勘づいたハンナが口を開いた。
「あの女……気に食いませんわ…芸能人だとか何とかで囲いを作って…
ぜってー魔法使ってますわよ!女の子を誘惑するタイプの!!」
「ま、魔法…?」
余程レイアの事が気に食わないのか、ハンナは苛立ったまま食事を口にする。
気取った態度が気に障るのは、仕方ない事ではある。
「そういえば、メルルさんの魔法も凄かったですよね!
いや、魔法が存在するってだけでもうびっくりなんですけど!」
「そ、そんな……私は大した事は出来ません……エマさんの血を止めただけですし……」
「謙遜する事はありません。無条件で人を助けられるのは貴女の美徳と言えます」
メルルは恐縮しながらそう言った。そのまま顔を赤くして、俯いてしまった。可愛げのある事だ。
そういえばと、エマが気付いた様に喋った。
「み、みんなは当たり前の様に魔法って言うけど、ここにいる皆も魔法を使えるの?」
「私もエマさんと同じですね。魔法なんて知りませんでしたし、使えません。
「やっぱり貴女達、何もご存じないのね……魔女因子を持つ子は、不思議な力を持ってるんですの。
それが【魔法】。あなたたちも気づいていないだけで、持っているはずですわ」
「ええ〜?不思議な力なんて持ってないですよ私。特技っていうなら……」
シェリーはテーブルの上の林檎を持ち上げ……そのまま軽く握り潰した。
果汁が飛び散り、テーブルと床を汚す。それは正に粉砕としか形容できない。
そして軽く、まるで力など入っていない。これはどう見ても魔法ではないだろうか。
エマもハンナも唖然としている。
「と、こんな感じでちょっと力が強いだけです!」
「何処がちょっとなんですの!?あなたはゴリラかなにかでして!?」
「ひどいですねー!第一、リンゴなんて誰でも潰せますよ?」
「確かにリンゴを潰せる人もいるでしょうが、貴女は全く力を入れていませんよ。
普通ならば、全力で潰してもそのように粉々にはなりません。これは恐らく魔法によるものです」
そう言われてシェリーは、何処か他人事の様に目を丸くしてにへらと笑った。
「そっかあ……私も魔法が使えたなんて。いやぁ、ちょっと照れますね〜」
「どうして今まで気付かなかったのが謎ですわ……」
「あ、ハンナさんはどんな魔法を使えるんですか?」
シェリーが疑問を呈すると、ハンナは得意げになって立ち上がる。
表情も柔らかく、上機嫌そうだ。
「仕方ないですわね。どうしても見たいなら見せて上げますわよ?よ?」
ハンナは移動して、両手をバッと広げる。そして……
少しだけ床から浮いた。おおよそ10cm程だろうか。
「おおおおおー!すごいすごいすごーい!!」
「驚かないでご覧あそばせ、このまま移動もっ、出来ますのよっ!」
そのままふよふよと移動する。そして、そのまま着地する。
そしてハンナは肩で息をして喘ぎながら席に戻ってきた。余程力を使ったらしい。
「と、こんな感じに私たちは魔法を使えますの。魔女の見習い、と言ったところですわね。
……この力を使えると気づいてから、わたくしは色々調べてきましたの。
魔法を使える少女は、15歳の時に牢屋敷送りになると。都市伝説の類だと思っておりましたが、
まさか本当だなんて」
「確かに、私も友達から聞いた事があった様な…
あっ、そういえば!助手さんはどんな魔法が使えるんですか!?」
私に矛先が向いた。魔法。そんなものは空想上の存在だと記憶していたが……
そんな事は重要ではない。私はそんなものは使えない。どう答えたものか…
そう考えた途端、足元が崩れ落ちた。何処かへと落ちていく感覚が私を包み込む。
僅か数秒が、引き延ばされていく。
どこまでも深い水底。水面すら見えない程深い場所に私はいる。
しかし、息苦しさは感じない。寧ろ温かさすら感じる。
[キミの望むものはなんだ?]
沈む意識の中、誰かの声が聞こえる。
私の望み。そんな物はあっただろうか。
[いいや、必ずあるさ。人間は皆それを持つから]
心の奥底、聞こえる声に耳を傾ける。
私は、その声に本音を答えた。
「なら……消えてしまいたいです。誰にも見向きされずにいたいです」
[それが、望みなら。キミに力をあげよう]
聞こえる声は全て遠ざかり、やがて私のみが残る。
[契約は既に済んでいる。寧ろ、キミは遅すぎる位だ]
意識が再び現実へと戻る。……何があった?何も思い出せない。
しかし、体に染み付いた何かが私の中を巡る。
そうだ、私にも魔法があった筈だ。確か────
「あれ、助手さん?どうかしましたかー?」
「……失礼、少し眩暈が。多分、私の魔法はこれでしょう」
私は息を止めて、集中する。すると、私の体は服を残して消えた。
息を再び吸い始めると、私の体が出現する。
誰かが、驚きの声をあげた。
「差し詰め、透明化と言った所でしょうか。服が残るので完全にとはいきませんが」
「おおー!透明人間!SFチックですね!!」
「ゴリラ探偵に透明人間の助手……あなたたち、B級映画の主人公でして?」
「そ、その魔法だとどっちかというと犯人じゃないかな……?」
「殺人が出来るほど私のメンタルは強くありません。全員から刺されたくもないですしね」
「それが言えるならまだ元気そうですわね……はぁ」
ハンナが憂鬱そうに嘆息をついた。彼女はここに来てから妙に神経質になっている。
少なくとも、落ち着ききってはいない様だ。
「わたくし、牢屋敷の話を聞いてからはずっとこの力を隠してきましたのに…
こんな所に閉じ込められるなんて、どうなってしまうんですの……」
そんな言葉と共に、今日の夕食はお開きとなった。
この先どうなるか、そんな不安はみんなの中に渦巻いているのは間違いなさそうだ。
状況はまるで、この流れ行く冷水の様だとシャワーを浴びながら私は考えていた。
止まる事はなく。故に終わりはない。
そして、仮初の平和が砕かれる事になるのもまた私は知らなかったのだ。
どうも、炙り作者です。毎度毎度申し訳ありませんが、誤字脱字などを見つけましたらご手数ですがご報告ください。
また少し忙しくなるので、少し投稿ペースが下がるかもしれません。お許しください!