願いという名の呪い 作:炙られた足
意識が覚醒する。情景は変わらず牢屋の中。夢などではない……いや、人が死んだのだ。
夢で済ませる訳にはいかない。硬いベッドから体を起こし、軽くストレッチをする。
朝は苦手だが、特有の澄んだ空気は好きだ。しかし、外に出れないここでは吸えないか。
(糖分とコーヒーが欲しいが、そんなに呑気なことを言っている場合ではない)
そこまで考えてピタリと思考が止まる。ある事が頭の中に浮かんだからだ。
ここに放り込まれた人間は、恐らく帰れはしない。
また私達以外の少女も見当たらず、看守も収監者であったようだが生きているとは言い難い。
だが、私のする事は変わらない。命令と規則を遵守し、従うのみ。
その果てに死んでも、別に気にはしないし、誰も私を非難する事はないだろう。
(それはそれと、誰かに殺されるのを考えてしまう私もいる……怖いな)
そこまで考えて、私は牢の鍵が開くのを待っていた。
朝食を摂り終え、長い自由時間に入った。いまいち手持ち無沙汰だ。
何かしたい事もないのが影響しているな、とは思ったがここで出来る娯楽も少ない。
先ずはシェリーの動向に従う事にしよう。
「探偵さん、どうしましょうか?」
「そうですね、牢屋敷の探索に出てみますか!エマさんも連れて行きましょう!」
「承知致しました」
食堂から出て、地下へと降りる。
エマの牢へと向かい、扉を開けた。ロックは当然だが外れており、
ベッドを見るとエマが寝ている。人のことは言えないが、随分とぐっすりと寝ているようだ。
「おーい!エマさーん!朝ですよー!起きてくださーい!」
「申し訳ないですが、起床の時間です」
「う、う〜ん……あと五分だけ……って、うわぁっ!?」
シェリーはエマをゆさゆさと揺らして起こした。かなり近くに寄っていたので、
エマはびっくりしたのか、飛び起きて叫んだ。
「朝食の後の自由時間が長いので、牢屋敷を探索しようと思ってて。一緒にどうですか?」
「うん、わかった……顔洗うから、ちょっと待ってて」
エマは手早く顔を洗い、私達は房を出た。廊下に差し込む柔らかな光が今日の到来を告げている。
(……どこにいても、朝が訪れるのは何故か嫌な感覚になるな……)
そんな思いが胸の何処かに湧いた。余計なことを考えるべきではないと、頭を軽く振って思考を戻す。
エマとシェリーの方を見ると、隣の房を見ていた様だ。中では城ケ崎ノアが鼻歌を歌いながら絵を描いていた。
そういえば、同室の夏目アンアンは医務室にいるのだったか。
房の中のスプレーアートは見事なほど緻密に書き込まれている。これ程の芸術は中々目にかかれないだろう。
「バルーン……」
シェリーがそう短く声を漏らした。……風船の事だろうか?
それがノアに関係ある事だとは思えなかった。
「バルーン?」
「知らないんですか?世界的に有名なストリートアーティストですよ!
正体不明でその姿を見た人はいないって話でしたが……まさかノアさんだったなんて!
ノアさーん、サインくださーい!」
エマの疑問にシェリーは答えた。……そんな有名人が、どうしてここにいるのかが疑問だ。
原因はやはり、魔女因子とやらの所為なのだろうか。
疑問は積もるばかりで、解決の糸口は一つも見つからない。
「さいん?」
シェリーの呼びかけにノアは振り返った。
その顔は幼く、また態度も子供の様だ。
「ノアさん、バルーンなんですよね!?」
「え?うん、そうだよ〜。へへ〜照れるな〜」
ノアは恥ずかしそうにそう答えた。
……本当にそうだったようだ。そんな有名人だというのに、
何故私は知らなかったのだろうか。少し羞恥心が刺激された。
「そんな有名人も捕まってるなんて……絶対騒ぎになってるよ!レイアちゃんだって芸能人だし、
世間が黙ってないよ!きっと警察が、ボクらのこと探してる!!」
「いえ、その線は限りなく低いでしょう。この事件は恐らく、国家……若しくはそれに従属する
何かが主導しているのは間違いありません。少なくとも警察も加担している可能性が高いと推測します」
「それとゴクチョーが言ってましたよ、全国調査に引っかかったって。
もしかしたら外では私達、死亡扱いになっていてもおかしくはないでしょうね」
私達はエマの願いを否定するように言った。
私も何故ここに連れてこられたのかはわからないし、記憶だって多くが消えている。
「そんな、そんなの、おかしいよ!このままじゃダメだよ!ヒロちゃんが殺された事、ちゃんと知らせるんだ!
外に連絡をとって、救助を呼ばないと!」
「つまり、脱獄するって事ですね?」
「う、うん。ボク達は間違ってここに連れてこられたんだ…だから脱獄を考えないと」
「……わかりました。それが貴女の望む事ならば。私も賛同いたします」
「うん。だからここを調べよう。ボク達はまだ知らない事が多すぎるから」
そうして私達は牢屋敷を調べる事になった。
「一先ず、調べ物をするなら図書室でしょう!」
というシェリーの提案に従い、まずは図書室を調べる事にした。
足を踏み入れると、劣化した紙の独特の匂いが鼻をついた。
そして室内には何故か大きな桜の様な樹が植えてある。
「結構な量の本がありますねー!」
「わっ、ホントだ……読めるかな?」
「桜の樹……?」
エマが本を手に取ったので、私も同じ様にする。
本は訳の分からない言語で書かれていて、全く読めない。
「読めない……」
「既存の言語体系と比較すると、一番近いのはラテン語と思われますが……
字、文法、単語。その全てが不明です」
「うーん、辞書でも探してみましょうか?」
私は更に本を漁るが、全て同じ言語で書いてある様だった。
これは想定外だ。さてどうしたものかと思案していると、後ろから声がした。
「あら、小鳥ちゃん達がたくさん……」
振り返ると紫色の衣装を着た少女、宝生マーゴが佇んでいた。
初対面の時から変わらない笑みを浮かべている。
「キミは……マーゴちゃん、だよね?ここにいたんだ」
「ええ。かわいいさえずりが聞こえたから、ちょっと見にきたのよ。
読める本もなくて暇してたところだったの」
そう答えて彼女は元いたらしいテーブルを見る。
そこには幾つかの本とカードが置いてあった。
「これってタロットカードですよね……マーゴさんはカードで魔法を使うんですか!?
折角ですし、教えてください!」
「あら、ごめんなさい。私、これから殺人事件が起こるかもしれないのに手札を晒す気はないわ」
マーゴの顔は笑っているが、その目は確かに不信を映している。
気持ちは分かる。だが、そんなに露骨になる事はないだろうに……
「殺人事件なんて、起こる訳ないよ……」
エマがそう願う様に呟く。
彼女を否定する様に、マーゴはカードを広げて1枚を抜き取った。
それには崩壊する塔と、そこから転落する人々が描かれている。
「……『塔』の正位置。崩壊、予想外の展開を意味するカードね。
これから起こる事への予兆としては十分じゃない?
あなたたちも気をつけてね。誰が、殺意を抱いているかなんてわからないもの」
「みんなを疑うなんて、ボクには……」
「随分と優しいのね。いや、ただ甘いだけかしら。お互いの事は何も知らないのに、良く言えるわね。
それに、貴女の知り合いの二階堂ヒロは殺意を剥き出しにしていたようだけど?」
「っ、ヒロちゃんは───」
「……それ以上はよしてもらいましょう。空気がこれ以上悪くなるのは御免です」
見かねた私はエマとマーゴの間に入った。
彼女は良からぬことを考えていないのは分かるが、
これ以上誰かに不信感を植え付けるのは流石にやめてほしい。
「あら、割って入って来るなんて……いけずな人」
「貴女の行為はこの閉じられた空間においてあまりにも看過できません。
疑念はやがて育ってしまいます。それは貴女を結局殺す事になりますよ」
「なら、貴女は疑うことをせずに黙っているの?信じている訳でもないのに?」
「確かに全員に信頼を寄せる訳には行かないのはわかります。ですが──」
「あーっと!急にスマホに通知が!なんでしょうか!?」
そこまで言おうとして、シェリーの声に止められた。
……しまった、止めようとしたのに巻き込まれてしまった。
反省せねばならない。
「あー、あー。聞こえる?やっほー、ココたんだよー
今日からあてぃしの配信始まっからぁ、みんな見ろよぉ?」
シェリーが開いていたのは、沢渡ココの配信だった。
このスマホ、そんな機能も搭載されていたのか。
「おっ、同接3かぁ。この調子で宣伝と拡散よろしくぅ!」
「最大同接は12人ですよね?」
「それは言わない方がよろしいかと」
すると、画面に映るココは話し始めた。
「あてぃし、推し活が趣味なのね。推し活こそ人生!推しさえいれば他はどうでもいいってーか
みんな死んじまえっつーか─」
そこまで話した所で、シェリーは配信を切断した。
……マーゴと私も含めて、その場の全員が硬直している。
どうやらココは配信者としてはあまり面白い部類ではないという認識がついたのは、
間違いなさそうだった。
「時間の無駄でしたねぇ」
「それは言わないお約束だよシェリーちゃん……」
「……そういえばあの後のアンアンちゃんは大丈夫だったのかしら?
医務室は1階よ。様子を見に行ってあげたら?」
「ボクもあの後のこと知らないや……行こう。シェリーちゃん、ヘルマンちゃんも」
「そうですね、私も行きたかった所です!行ってみましょう!」
「問題、異論の類はありません」
そういうわけで、図書室を出て私達は医務室へと向かった。
背中に刺さるマーゴの視線が、妙に棘を帯びていたのは気のせいではないだろう。
なぞるだけでも面白くないけどオリジナルに発展するにもまだまだ助走が足りない……温かく見守って頂けると嬉しいです……ヘルマンちゃんはまだまだ影が薄いですね。