願いという名の呪い 作:炙られた足
医務室は清潔かつ開放感のある空間だった。薬品棚とベッドが一番に目につく。
中ではメルルとレイアが、倒れていたらしいアンアンの面倒を見ていたようだ。
当のアンアンはベッドで眠っている。
「あっ……エマさん、シェリーさんにヘルマンさん……」
「メルルさん、見かけないと思ったらこんなところにいたんですね」
「は、はい。アンアンさんの具合が悪くなったって聞いて……放っておけなかったんです……」
「賢明な判断です。優しいのですね、貴女は」
「い、いえ。私はそんな……ゴクチョーさんも、大丈夫って言ってましたから」
メルルは相変わらずだ。もっと自信を持つべきだとは思うが、これ以上は余計なお世話だろう。
しかし、本当に開放感のある部屋だ。ハーブの匂いが心を落ち着かせてもくれる。
妙にざわついていた心が落ち着くのを私は感じていた。
「アンアンちゃん、大丈夫かな?悪化してないといいけど」
「恐らく問題はありません。目立った他覚症状も今のところはありませんが……失敬。
……呼吸と脈が少々不安定です。もう少しここにいなければならないでしょう」
「高熱を出していたのを、メルルくんが看病してくれたんだ。
ハーブを調合して、お茶を淹れてくれてね。随分気持ちが楽になったんじゃないかな?」
「へー!メルルさん、そんな事も出来たんですね!凄いです!」
「あ、あうう……か、買いかぶりすぎですよぉ」
アンアンの容体はそろそろ安定するだろう。
少し息苦しさを感じて、シャツのボタンを1つ外す。
この環境では伝染病に罹っていてもおかしくはない。寧ろ軽く済んで一安心だ。
「おや、みなさんお揃いで……アンアンさんの容体はどうですか?」
「ゴクチョー……」
いつのまにかゴクチョーが飛んできていた。接近に気付いたレイアが、私達を庇うように前に出る。
ゴクチョーはテーブルに止まって、こちらを見ていた。
「あ、ちょうどゴクチョーさんに聞きたい事があったんですよー!
この場所ってなんなんでしょう!?随分と古い建物ですよね?
それと、前に収監された人達はどうなったんでしょうか!?」
「……まぁ、何も知らないままというのも可哀想ですし。折角ですし、ちょっとだけですよ?
ここは元々、沢山の魔女達が暮らすお屋敷でした。今から500年ほど前の事です」
500年。遡っておおよそ中世、もしくは近代に入るかという時代。
そんな時代に、魔女がいたというのか?
宗教が異教を異端視して、それを魔女と呼ぶ事はあったと聞くが。
「500年……どうりで老朽化が激しいわけだ」
「あるとき、魔女達は自分達と違う種族……人間が訪れた時も、魔女達はお茶会を開いて歓迎したんですよ」
「それがなんで、人を捕らえる牢獄に?」
「それは大魔女様が……失礼、喋りすぎはよくありませんね。
私はこれで。ああ、それと」
ゴクチョーはこの場の人々を見据えている。
造形はまるで奇妙だが、言葉の節々にはどことなく憂いを感じる。
「ここは良い場所ですから、殺人事件など起こさないで下さいね。
私も……残業は嫌いなので」
釘を刺すように言い残してゴクチョーは飛び去って行った。
奴が言っていた大魔女という単語が、頭の中にザラついた感覚を残している。
が、それを追求するのは時期尚早に思えたから、黙っておいた。
「ゴクチョーさんのお話、もっと聞きたかったですね……でも、良い収穫が得られた気がします!
それに……まだまだ調べる事沢山ありますね!早く行きましょうみなさん!」
「わわっ、ちょっとシェリーちゃん!?」
「引っ張らないで下さい、服が伸びてしまいます」
シェリーに引きずられるようにして私達は医務室を出た。
後ろのレイアが「規則は守るようにね!」
と言っていたが、もう声は聞こえなくなった。
「それで、勢いで地下までやってきたというわけですね」
「うーん、ここはなんですかね?中には入れないみたいですけど」
「覗き穴があるみたい……ひっ!?」
エマが覗いた部屋には、どうやら拷問器具が沢山あったようだ。
つまりこの場所は……
「懲罰房、ですね。看守に捕まった人間はここに入れられるのでしょう」
「じゃ、じゃあアリサちゃんは……」
「もしかしたら酷い目に遭ってるかもしれませんねー!」
しかし、他の房も人の姿は見えない。
牢は水滴の音が一定周期で聞こえてくる。
どこかで水漏れでも起こっているのだろうか。
「チクショウ、出せよぉぉぉ!!」
「今の声、アリサちゃんだ!」
「話を聞いてみましょうか!」
声の出た房の方に向かう。覗き穴から見ると、アリサが磔にされている。
少し外傷が見られるが、命に別状はないようだ。
「あ?んだテメェら……?」
「ちょっと様子を見に来たんですよ。酷い事とかされてませんよね?」
「ああ、ハエ女と……よく見ると腰巾着もいるじゃねぇか。
ちっ、テメェらには関係ねぇだろうに……」
アリサは閉じ込められて参っているようだった。刺々しい態度が、更に酷くなっていた。
……腰巾着は恐らく私のことか。まぁ間違ってはいないので、訂正はよしておこう。
「ああ、なら一つだけ忠告しといてやるよ。屋敷から逃げると、監視のバケモンフクロウがうじゃうじゃ
飛んでやがる。そいつらに見つかった途端に看守が来やがった。脱出は難しいだろうな……
それに高い塀があったからどうにかしようしたんだが、それも無理だった」
「私達が囚人として閉じ込められたなら、脱出が難しいのは当然だと思われますが」
「んだとこの腰巾着!バカにしに来たんならとっとと失せろ!!!」
「撤収しますよー」
「ごめんなさーい!」
私達はその場から離れて、適当な場所で止まった。
「今日はここまでですね。アリサさんも規則によれば明日には開放されるようですし。
調査は継続しましょう!明日また、お願いします!」
「明日は屋外の探索が主になるかと思われます。食事はしっかり食べておいてください」
「そ、そうだね。はぁ……」
「エマさん、それに助手さんも!私、友だちが出来て嬉しいです!」
「ボ、ボクもだよ!!」
「友だちですか。それも、いいですね」
私は少し口元が緩むのを感じた。
奇妙な環境に入れられていても、情の類は芽生える事もあるらしい。
私達は解散して、夕食の時間を待つ事にした。
「はぁ、全く……どいつが何をするもんか分かったものじゃありませんわ」
「遠野ハンナさん。紫藤アリサは懲罰房に閉じ込められていたのですから、ああなるのも仕方ないかと」
「わかっちゃいますのよ。それでも怖いもんは怖いんですの……」
「あっ、スマホを見てください!レイアさんが配信してますよ!」
夕食を取り終わり数刻。随分に荒れていたアリサが一悶着起こすかと思われたが、
レイアがそれを宥め、事なきを得たという出来事があった。
……何度も言うが、この空間は妙に空気がざわついている。
アリサのように過敏になり、マーゴのように疑心暗鬼になるのも、仕方ないとは言えるだろう。
そんな考えを振り払うように、私はスマホを取り出して配信を開く。
『団結する為に、私も定期的に配信をしようと思っている。
衝動的にならないで、しっかり気持ちを保つんだ。全員で生きてここから出よう。
大丈夫。私が必ずどうにかしてみせるよ』
「……ふんっ、こんなもん見る価値もありませんわ」
「ええ〜その割には随分お熱みたいですけどね〜?ほんとはレイアさんのファンなんじゃないですか〜?よいしょっと」
「ああっ、ちょっと!返しなさいこのゴリラ女!!!」
ハンナの手からスマホを取り上げたシェリーが逃げ、ハンナがそれを追いかけ始めた。
それを横目で見ながら、私はどうもレイアの顔から目が離せなかった。
何故だろうか?
タグにガールズラブはつけた方がいいのか思案する今日この頃です。
追記(累計1000UAありがとうございます!! 今後とも温かい見守ってくれるとありがたく思います…!