毛利拓也は現在、自宅のリビングで人生の窮地()に立たされている。その原因は目の前にある四枚の紙にあった。
「確定チケット二枚……残りチケット二枚……後、二枚……どうやって売ったら……」
拓也はテーブルにある紙―――チケット二枚と手に握ったチケット二枚を交互に目を向けながら暗い声で呟く。
先日、STARRYの審査を無事(?)に通り抜けたことで《結束バンド》は、およそ一週間後のライブに出られるようになった。
ライブへの出演が決まれば後はステージで演奏するだけ……とはいかない。そのライブで利益を出すための客寄せ、つまりチケット販売が待っている。ライブハウスも慈善事業ではない。しっかり利益を出さなければ店を維持できないし、生活も儘ならなくなる。なので、利益がマイナスにならないよう、販売ノルマや不足分の自己負担が存在している。その販売ノルマに拓也は頭を抱えており、解決策が浮かんでいない。
そんな拓也に、彼の母親である
「ごめんなさいね、拓也。お母さんのお友達みんな、既に予定が埋まっていたから……」
そう。拓也は早々に母の茜に泣きついて残り二枚のチケットを捌こうとしたのだ。茜も拓也にチケットを売れる友達がいない……そもそも友達と呼べる人物はバンドメンバーのみだと知っている茜は、あっさりと拓也の願いを聞き入れた。
聞き入れたのだが……その結果はまさかの全滅。茜の友達……ママ友たちは既に家族で予定を組んでおり、その日は家族サービスで出かける予定の一家ばかりだったのだ。父親の方は仕事の都合上、妹の亜季は五歳児なので論外。姉の
「母さんが謝らなくて、いいよ……チケットを売る宛てのない自分が悪いんだし……」
「おにーちゃん、頭がツルピカのせいで友達いないからねー!」
「…………」
妹の無邪気な言葉に、兄は撃沈。テーブルの上に突っ伏す始末である。子供は時として鋭利な言葉の刃を突き刺してくる。それはどの世界でも同じかもしれない。
「こうなったら、美智代さんのお友達に頼ろうかしら……?事情を話せば、美智代さんも協力してくれると思うし……」
茜が口にした女性は拓也が知らないことであるが、美智代は同じバンドメンバーである後藤ひとりの母親である。なので、親通しの繋がりで拓也とひとりが同じバンドに所属していることを把握している。もちろん、拓也とひとりはその事実を知る由はない。
ただ、その母の呟きが拓也の耳に届いているかどうかは別であるが。
「チケットの販売方法……ネットで販売……知名度ゼロで1500円のチケット……いや、転売に悪用されるかも……やはり直に……知らない人に押し売りは犯罪……何かしらの方法でチケットを売らないと、ライブに支障が―――」
そこで、拓也に電流が走る。一途の希望を見出だしたかのように。
「……ライブ。そうだ、路上ライブだ!路上でオリジナルソングを弾いて、チケットアピールをすれば、こんな自分でも残り二枚のチケットを売ることができる筈!!父さん、母さん、路上販売!これで四枚全部捌ける!!」
追い詰められた思考故か、普段からでは想像できない拓也の流暢な言葉に茜は困ったように笑い、亜季はぽえ~っと呆気に取られたかのような表情をしている。
「そうとなれば善は急げ!外で弾いてライブチケットを売ってきます!!」
拓也はそう宣言するや否や、ドヒュン!とその場から立ち去って自室へと向かう。自室に入ってすぐに必要なものをケースに詰め込んでいく。ショルダーキーボード、乾電池……シールドと電源コード、財布とスマホもオマケに詰め込むと、マスク、帽子、サングラスのフル装備で家の外へと出ていくのであった。
「おにーちゃん、出かけちゃったね」
「そうね……本当に大丈夫かしら?」
~♪~♪~
自分は現在、再び途方に暮れていました。
「……路上ライブが許可制……それも無許可でやったら犯罪だなんて……」
路上ライブを思い付いてすぐ、自分はどんな場所が路上ライブに適しているのかをスマホで検索しました。すると……路上ライブには事前の許可が必要であり、無許可で路上ライブをしたら道路交通法違反になるそうです。
妙案と思っていた方法が犯罪行為だったなんて……そもそも地元で路上ライブをしようとした事自体にも問題がありました。そもそも県外の学校に通っているのも、ハゲのトラウマから逃げるためだったのに……なのに目立つ行為をすれば、あの悪夢と鉢合わせしてしまう事を失念してしまうだなんて……
これは……浅はかな方法でチケットを売ろうとした自分への罰なんでしょうか?ロクに調べもせず、安易に飛び付いた自分の自業自得なんでしょうか?
そうやって途方に暮れていますと……ギターケースを背負って、意気消沈したかのように歩いている後藤さんを見つけました。その手に大量の用紙を持って。
「あっ、毛利くん……」
後藤さんも自分に気付いて近寄ってきました。なので、確認の意味を込めて問い掛けます。
「あっ、後藤さん、どうも……チケットは……?」
「えっと……まだ、売れ残ってます……今からビラを配って売ろうと……」
後藤さんもチケット販売に苦労しているようです。後藤さんにも友達がいないから、完全な第三者にチケットを売るべく、ビラでバンドの活動アピールをして売ろうとしているんですね。情けなくても、後藤さんに便乗しようかな?ビラの絵は凄く怖いですけど。
……あれ?でも、ビラ配りって確か……
「確か、ビラを配るのにも……許可が必要だったような気が……」
「……え?」
自分のうろ覚えの呟きに、後藤さんが崖っぷちに立たされたかのような表情になります。そして、自分は再びスマホで検索して確認していきます。通信費を気にしている場合ではありませんし。
そしたら、あらビックリ。ビラ配りも無許可でやると、路上ライブと同じく道路交通法違反に抵触するとあるではないですか。これで完全にビラ配りもできなくなってしまいました。
その事実に……自分と後藤さんは四つん這いとなって崩れ落ちました。
「チケット二枚……どうやって売ったらいいんだろ?友達なんていないのに……」
「私も友達がいないから……せっかく用意したビラも使えないですし……」
友達ゼロ。路上ライブもビラ配りも許可を得ないと犯罪行為。完全に詰んでしまいました。
「うぅ……変な見栄を張らずに、素直にお母さんの提案を聞いておけば良かった……」
「自分なんて……母さんに泣きついて全滅で……もう、宛てが全くないのに……」
「……もう、恥もプライドも捨てるしかない!!」
後藤さんはそう叫びますと、スマホを連続でタップしていきます。きっとロインで母に泣きついているんでしょう。
「―――がはぁ!?」
タップし終えてから数秒後、後藤さんが口から緑の液体を吐いて倒れました。後藤さんが手に持つ、そのスマホの画面には―――
『お母さんごめんなさい。お母さんの友達四人を呼んでほしいです』
『ゴメンねひとりちゃん。あれからお母さん、念のためにお友達に確認したんだけど、その日はみんな予定が埋まっていたの』
「……ごふっ」
非情な現実に、自分も撃沈しました。まさかの後藤さんの方も全滅……!二人合わせてチケット四枚、売る方法が完全になくなりました。それと後藤さん、自分の分もなんとかしようとしてくれて、ありがとうございます。
「どうしよう、どうしよう……チケットを売る相手がいなくなった……」
「友達ゼロ人……友達ゼロ人の弊害が……」
「肝臓……肝臓を売ったらワンチャン……」
「駄目です……肝臓を取り出した後は絶対安静……確実にライブに出られなくなります……」
「肝臓が駄目ならギター……ギターを担保に借金すれば……」
「楽器がないと弾けないです……存在する意味がなくなります……こうなったら、知らない人に押し付けて……」
「押し付けられる相手もいないのに……無理矢理渡したら、警察のお世話に……」
その後、何とか復活した自分と後藤さんは、適当な場所で憂鬱な気分のまま地べたに蹲りました。
「虹夏ちゃんたち、順調そう……」
ロインの通知画面を見た後藤さんはボソリと呟いています。自分のスマホのロイン通知画面にも、ノルマ達成報告が上がっているのですから。これが社会から取り残されつつある人間の
「……もう、土下座して謝るしかないです」
「土下座……土下座で許してくれるのかな……?もしかしたら、バンドをクビに……」
「クビにはしないと思いますけど……自分たちの罪悪感は凄いことになります……」
そう。宛てが完全に潰えてしまったのなら、取り返しが着かなくなる前に泣きつくしかもう手がありません。優しい伊地知さんたちであれば、しょうがないと仰って代わりにチケットを捌いてくれるでしょうが……見事に迷惑を掛けた事には違いがありませんから、申し訳なさと罪悪感で胸が爆発してしまいます。どちらも物理的に。
『ノルマを達成できない人は本来、問答無用でクビなんだけど……特別に許してあげるよ?』
……あれ?自分の未来予想図がおかしな事になっている気が……
『こっちでぼっちと毛利の売れ残りのチケットは何とかする。だから、お金を十万くらい貸して』
『だったら私は、今度上げるイソスタのモデルになって!タイトルは……“チケットを売れなかったバンドマン”!!』
「「ひぎゃああああああああっ!!公開処刑ぃいいいいいいいいいいいいっ!?」」
何て恐ろしい未来予想図!後藤さんと一緒に正座して反省アピールの姿をネット世界にフルオープン……!世界の全てが敵に回っていく……!
しかし、他に手がない以上は、謝罪して泣きつく以外に道がないのも事実……決死の覚悟で進むしか、道はありません……!
「……もう、素直に土下座して謝るしかないです……噂に聞く、ウルトラジャンピング土下座をして……」
「そうですね……もう、それしか方法が……ウルトラジャンピング土下座……私にできるかな……?」
お互いに死刑囚のような心情で、自主練習で来ているであろうSTARRYに向かおうとします。足が鉄球に繋がれたかのように、凄く重いです。
「うぅ……っ」
そのタイミングで、物陰から這い出るかのように誰かが地面へと倒れてきました。突然の物音に自分と後藤さんは恐る恐る近づくと……倒れてきた者の正体は、ジャケットを羽織った女性でした。
「み……水……お水をください…………」
「あっはい!!」
「それと酔い止め……シジミのお味噌汁……お粥も……」
「こ、コンビニで買ってきます!!」
「後、介抱場所は天日干ししたばかりの、フカフカの布団の上で……」
「「…………」」
具合が悪そうな女性の厚かましすぎる要望に、自分と後藤さんはお互いに顔を見合わせます。きっと同じことを考えていると思います。
―――この人、本当に助けて大丈夫なのかと。
「もう、げんか……い、ヴェロロロロロロロロロロロッ」
は、吐いたぁああああああああああああっ!盛大に口から吐き出しちゃったよ、この人っ!!
「後藤さんっ!急いで水と酔い止め、味噌汁を買いに行きましょう!!後、ビニール袋なども!!」
「えっ、あっ、はいっ!!」
完全に退路を断たれてしまい、自分は後藤さんを巻き込んでこの人を介抱することにしました。
近くのコンビニでお水2Lサイズを三本、酔い止めにシジミの味噌汁、それとゴム手袋に紙コップ、ビニール袋とティッシュも。
「いやぁ~、悪いね!介抱だけじゃなく、汚いマーライオンまで掃除させちゃって!」
「あっ、いえっ、気にしないでください……」
後藤さんが酔っぱらいだった女性の介抱をしている間、自分はそのお姉さんが作ってしまったマーライオンの掃除に勤しんでいます。ゴム手袋で嫌な物を拾ってビニール袋へと詰めて、残りは水をかけて薄めて流すことで掃除しました。
「ところで君たち、名前はー?」
「あっ、後藤ひとり、です……」
「も、毛利拓也、です……」
介抱した女性の質問に、自分と後藤さんはつい正直に答えてしまいます。本当は、今すぐにでも逃げ出したいのに。
「吐いちゃうからお酒はほどほどにしないとねー。また飲んじゃうけど!アッハッハッ!」
もう疑う余地のない、酔っぱらいの女性はどこからか取り出したカップ酒を手に笑っています。吐いてすぐにお酒……完全にアルコール中毒の人です。
そんな酔っぱらいの女性は、自分の方をじ~っと見ていました。
「拓也く~ん。顔が見えないから、ちゃんと見せてー?」
「うぇっ!?いや、それだけは……」
「いいじゃん、いいじゃ~ん。別に減るものじゃないしさ~」
酔っぱらいの女性の口から吐き出される酒臭さに思わずたじろいでしまい、絶対に防ぐべき事態の対処に遅れてしまいました。
「……へ?」
酔っぱらいの女性から間が抜けた声が洩れています。その手には酒カップと……自分の帽子。その帽子を自分に被せ直し、再び取ってを目の前で繰り返しています。その度に、その人の顔はどんどん青ざめていきます。
「……ハゴ」
マタ、ハゲガバレタ……ソレモ酔ッパライニ……
「えっ、あっ、その……本当にごめんなさい。まさか帽子を取っただけで髪の毛が全部抜けるだなんて……傷害罪で警察に捕まってバンド解散……二人にも多大な迷惑が掛かっちゃう……賠償金を支払えるお金も持っていないし……」
「お、お姉さんの情緒が不安定に……!」
ドウシテコンナニモハゲデアルコトガバレルノ……?何モ悪イコトヲシテイナイノニ……
―――数分後。
「いやぁ~、本当にゴメンね?今回の事は記憶の奥底にしまっておくからさ!」
「そ、そこは忘れるとかじゃ……?」
「私はお金とお酒で解決できないことは忘れない主義なんだよ?」
酔っぱらいの女性―――
「……飲み過ぎで吐きません?」
「大じょーぶ大じょーぶ!一回吐いたばかりだし、お酒を飲めば嫌な事全部忘れられるし!将来の不安とか、お酒を飲めば彼方へと流せるんだよー!これを、私は幸せスパイラルと呼んでいるんだよ!勉強になるでしょ?」
幸せスパイラル……お酒で成立する無限ループ……薬物中毒の典型的な例を思い浮かべてしまうのは何故でしょうか?またお酒を飲んでいますし。後、勉強になりません。
「まー、今は分からなくても、君たちも大人になったらわかるよー。お酒は万能薬だってね」
大人になったら……お酒……
その言葉で浮かび上がったのは、自室に引き籠り、空になった酒缶の中心にいる自分……
『このままお酒に溺れて……急逝したら家族のためになるかな……?ずっと迷惑を掛けて……苦労を押し付けて……外は敵ばかりで……居場所はこの部屋だけで……みんな、それぞれの人生を歩んで……後藤さんも家庭を築いて……自分だけ取り残されて……平穏に暮らしていると、嘘をついて……』
そうして涙を流し、アルコール濃度の高い酒を一気に流し込み―――
「「いぃやぁあああああああああああああああああああああっ!!!」」
さ、最悪の光景がっ!あまりにもあり得る未来の光景がっ!現代の社会の闇がっ!自分の人生の終着点がっ!
「あっはっはっ!二人揃って叫んで面白いねー?君たち、ひょっとしてケッコーヤバい?」
廣井さんは笑いながら陽気に問いかけていますが、自分にそんな余裕はありません。このままだと、人生の袋小路に……!お酒に逃げる人生ルートは、避けないと破滅に直進してしまう……!
「ところでさ~、二人はどうして此処にいたの?デートって雰囲気でもなかったし、悩みがあるなら今回のお詫びということで聞いてあげるよ?」
「「…………」」
廣井さんの申し出に、現実に戻ってきた自分は後藤さんの顔を互いに見て、無言を貫きます。何となく悪い人ではないと分かるんですけど、相談していい人なのかと問われたら疑問しかないからです。
「ひとりちゃんのそれ、ギターでしょ?拓也くんのは……キーボードかな?もしかして、二人でバンドを組んでいるんじゃない?私もバンドマンだから分かるんだよ~。ちなみに担当はベースね!」
え?廣井さんもバンドマン?それも山田さんと同じベーシスト?ケースだけで楽器の種類を当てるだなんて……地味に凄い?
「あっ、あの……お姉さんのベースは……?」
「……居酒屋に忘れてきちゃった♪お酒と命と同じく、大事なベースを置いてきちゃったなぁ~」
後藤さんの指摘に、廣井さんは陽気な感じで答えます。休日でベースを持っていなかったんlではなく、お店に置き忘れてしまったんですね。盗まれていないか心配です。
「だから、急いで取りに行くよ~!」
廣井さんは自分と後藤さんの手を掴むと、ベースを置き忘れたであろう居酒屋へと向かっていきます。自分と後藤さんをビニール袋のように連れていく廣井さん……お酒パワーで筋力も上がっているんでしょうか?もちろん、片付けをしたゴミ袋は手放していません。放置したら大迷惑ですし。
幸い(?)、廣井さんのベースは居酒屋の店主さんがしっかり保管してくれていたおかげですぐに戻ってきました。ついでにゴミ袋も店主さんの懇意で引き取ってくれました。迷惑料もやんわりと断っていましたし、本当にいい人でした。
今日のぼっち。
ビラ配りが犯罪と知る。
未来予想図を互いに侵食し合う。