スキンヘッド(泣)・ざ・ろっく!   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ。


路上ノハゲ

無事にご自身の手元へと返ってきたベースを、持ち主である廣井さんは自慢するように掲げました。

 

「じゃーん!これが私のマイベース、スーパーウルトラ酒呑童子EX!どう?カッコいいでしょ?」

「あっ、はい……カッコいいです」

「そ、そうですね……」

 

廣井さんの問い掛けに、自分と後藤さんは当たり障りのない言葉で返します。ベースにもお酒絡みの名前を付けていますが……仮に車を持っていたら、そちらにもお酒絡みの名前を付けていそうです。グレートマックス八岐大蛇SPとか。

 

「昨日のライブでも大活躍だったんだよ~?それで打ち上げで飲み過ぎちゃって、気付いたら日も昇ってるし全然知らない場所にいたんだよねー!」

「ほ、本当に飲み過ぎなのでは……?」

 

廣井さんが倒れていた詳しい経緯を知り、後藤さんがおずおずといった様子で飲み過ぎではないかと指摘しています。記憶が飛んでしまうほどお酒を飲んでしまうなんて……自分たち以外が見ても飲み過ぎだと思います。

 

「あ、あの……他の人たちとの連絡は……?」

 

打ち上げと仰っていましたから、誰かと一緒に飲んでいた筈です。バンドを組んでいる筈ですし、メンバーに連絡したら迎えに来そうな気がするのですが……

 

「それが連絡したらさ~、怒って電話を切られちゃんだよねー。いや~、まいったまいった!」

「み、見捨てられてる……」

「ほ、本当に自重した方がいいのでは……?」

 

悲報。廣井さんが連絡した相手に見捨てられていました。怒って見捨てられるなんて……ひょっとしなくても常習犯ではないでしょうか?反省を促すために敢えて見捨てたという可能性もありますし。

 

「いやいや、それは無理な相談だよ~。私はお酒を飲まないと、不安に押し潰されちゃうから」

「そ、そうなんですね……」

「本当に泣けてきますね……」

 

お酒を飲まないと不安に押し潰されるだなんて……哀しみのあまり、涙が出てきました。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ!私には幸せスパイラルがあるからね!お酒を飲めば、不安は全部忘れられちゃうから!!」

 

廣井さんは陽気に笑いながら、どこからか取り出した紙パックのお酒をチューチュー飲んでいきます。四次元ポケット並みにお酒を取り出してきますね……

 

「それよりさ~、君たちはずっと暗いままだよね?何か悩みがあるなら、改めてお姉さんが相談に乗るよ?」

「……じ、実は―――」

 

廣井さんが再び自分たちの相談に乗ってきましたので、自分が観念したように全部話しました。

ノルマのチケットの売る宛てがなく、手元に四枚残っていること。路上ライブとビラ配りを思い付いたはいいものの、無許可だと犯罪になってしまうので頓挫したこと。同じバンドメンバーに土下座して泣きつこうとしたところで廣井さんと遭遇したこと、そのすべてを。

……路上ライブと聞いて顔が崩壊した後藤さんを放置して。

 

「そっかそっかぁ……二人は本当に苦労しているんだね。私も最初の頃はチケットを売るのに苦労したんだよ~」

「……今は、違うんですか?」

「今は大人気だからね~!ファンもお客さんもいっぱいで、しっかり稼いでいるんだよー!全部、弁償とお酒に消えてるけど」

「「…………」」

 

最後の言葉のせいで、どう反応したらいいのか困ってしまいました。お酒はともかく弁償って、廣井さんは一体何をして弁償代を払っているんですか?何となく、聞いてはいけない気がしていますし。

 

「だから、このお姉さんが君たちのために一肌脱いであげようっ」

 

廣井さんはそう言って、上着を脱いでしまいました。

一肌……上着を脱ぐ……

 

「け、警察に捕まるっ!?」

 

この歳で警察のお世話に……!セクハラで逮捕されちゃうぅううううううううっ!?

 

「うぇ?警察?アハハッ、大丈夫だって!注意されてすぐに片付ければ、大目に見てくれるって!」

 

……え?注意?大目に見てくれる?セクハラは注意だけでは済まないと思うのですが……

 

「あっ、あの……お姉さんは今から何を……?」

「何って、路上ライブに決まってるじゃん?ビラもあるんだし、チケットを売るなら路上ライブが一番手っ取り早いんだよ?」

 

……うぇええええええええっ!?

 

「えっ、あっ、いやっ、そのっ」

「むむむ、無許可でやると犯罪では……!?」

「さっきも言ったけど、余程でない限り警察も大目に見てくれるよ。それに、今日はここら辺で花火大会があるみたいだし、人も多いからバレないって!」

 

バレなきゃ犯罪ではないの精神なんですか。本当に思い切りが良すぎますよ。

 

「それに路上ライブ用の機材も、ウチのメンバーに持ってきてもらうし」

 

廣井さんはそう言ってスマホを取り出して連絡しますと、あらびっくり。路上ライブに必要な機材を持って来てくれると了承したそうではないですか。

トントン拍子で路上ライブの準備が進んでいますけど……路上ライブをする上で致命的な問題が存在しています。

 

「あの……路上ライブのメンバーは……?」

「?どうしてそんなことを聞くの?ここにいる三人でやるに決まっているじゃん」

 

ああ、やはりそうなんですね。でしたら、ちゃんと伝えないと駄目ですよね。

 

「……本当に申し訳ないんですけど、自分は辞退、します……」

 

自分のその言葉に、後藤さんがショックを受けたように自分の顔を見てきます。後藤さんを犠牲に自分が生き延びたいからではなく、根本的な問題があるからなんです。

 

「じ、自分と後藤さんは……音の合わせが本当に駄目で……破綻する可能性が、高くて……ですから、花形のギターである後藤さんと……廣井さんだけでしたら、破綻せずに済みますから……」

 

そう。自分と後藤さんは周りの音合わせに苦労しているんです。人気相応の技量を持っているであろう廣井さんでも、バラバラな自分と後藤さん同時に合わせるのは、どう頑張っても不可能なんです。

それに……

 

「ま、ましてや……自分なんかでは、お二人の足を引っ張ってしまうだけ、ですし……」

 

何度かレコーダーで音を聴いたり、練習で漠然と感じたことですけど、後藤さんの演奏技術そのものはかなり高い可能性があります。お二人だけならまだ大丈夫の可能性は高いですけど、自分が加わってしまうとそれも無くなってしまいます。だから、路上ライブは後藤さんと廣井さんの二人だけでやるべきなんです。

そんな自分の申し出に対し、廣井さんは本気で首を傾げていました。

 

「そうかな?バンドで練習しているなら、そこそこ合わせられるんじゃない?それに、失敗もまた経験だよ。私も昔、見事に失敗して冷えきった空気を作ったこともあるしね」

 

「で、ですけど……」

「大丈夫大丈夫!仮に失敗しても私のせいにすればいいからさ!だから、三人でライブをしよー!!」

 

廣井さんは自分の申し出なんざ知ったことないと言わんばかりにそう告げますと、後藤さんが用意したビラをバサッ!とばら蒔きました。

 

「はーい!皆さん注もーくっ!今からこの子たちと路上ライブしまーす!!」

 

ああっ!?廣井さんの呼び掛けで通行人がこちらに視線を……!?もう逃げられない!

って、後藤さん!?いつの間に観客側に!?自分も早くそっち側に……!

 

「いやいや、君たちもやるんだよ?むしろ、君たちがメインなんだよ?」

「「……はい。ごめんなさい」」

 

廣井さんのご指摘に自分と後藤さんは素直に謝り、ライブをする側へと戻りました。

 

「そんなに不安だったらさー、目を瞑って弾いてみたらどうかな?も―――」

「あっ、いやっ!人前で名前は!あれがバレた時、情報はとにかく伏せて……!」

 

万が一、ハゲであることがバレてしまったら……名前と共に拡散されたら……川に見投げするしか道が……!

 

「……あー、そっか。じゃあ、何て呼んだらいいかな?さすがに呼び名がないと困るしさ」

 

廣井さんのその問い掛けに、自分は何て呼んでもらうべきか必死に頭を働かせます。

本名の捩り……略称……駄目です。出来る限り、自分と直接結び付かない呼び名を……!

必死に頭を働かせていますと、廣井さんの持ち物であるワンカップ酒が目に入りました。丸鶴のワンカップ酒が。

 

「お……オツルでお願い、します……」

「あ、うん……私のお酒からのネームだね」

 

廣井さんのワンカップ酒を胸元で掲げて答えますと、廣井さんは陽気さが抜けたかの如く気まずそうに頷きました。答えた自分でも、泣きたくなる呼び名です。

だって……ツルピカも連想する言葉なんです。ハゲであることも意識してしまう、大失敗の呼び名なんです。後藤さんも凄く反応に困っていますし。

自分の呼び名に気まずそうになった廣井さんは、出所不明のお酒で幸せチャージをして元通り(?)となりました。

 

「それじゃ、そろそろ始めようか……今日目の前にいる人は、君たちの闘う相手じゃないからね。敵を見誤るなよ?」

 

……廣井さん?どうしてそんな言葉を口にしたんです?目の前の人たちは……きっかけ一つで簡単に人を傷付ける敵になるんですよ?見誤りようが、ないじゃないですか。

 

「それじゃ、カウントいくよ!1、2、3―――」

 

廣井さんがカウントを声で取り、《あのバンド》の演奏を開始していきます。

廣井さんのリズムはとても的確で、即興にも関わらず完璧と言えるレベルで合わせています。後藤さんのギターを完璧に支え、その魅力を十全に引き出しています。間違いなく、この人は高い演奏技術を持っています。それに加えて、音にも迷いが一切なく、自信を持っているのがわかります。

それに比べて自分は……着いていくだけに必死で……ハゲがバレるのが怖くて……後藤さんのギターの音が次第に安定していくのに……自分の音はとても不安定で……

 

「―――お前、ハゲの毛利だろ?」

 

――――――。

 

 

~♪~♪~

 

 

―――キーボードの演奏が止まった。

 

「その反応……やっぱりハゲの毛利だな。ハゲのくせに、一丁前にバンドなんかやってるのか?マジでウケるんだけど?」

 

観客の一人である、ガラだけでなくマナーも悪そうな黒いニット帽を被った少年が下卑た笑みを浮かべて近寄ってくる。予想外の事態にひとりちゃんも固まってしまっている。なので、大人のお姉さんである私が対応する。

 

「こらこら~。演奏中に割って入るなんてマナー違反だぞ?後、この子はオツルくんで、君の知り合いじゃないよ?」

「あ?いやいや、コイツは間違いなくハゲの毛利だっつーの。頭にカツラを被ってツルピカのハゲであることを隠している、仏の毛利拓也だよ。あ、ツルピカだからオツルなのか?自虐ネタかよ!ギャハハハハハハッ!!」

 

私の注意も何のその、目の前の少年は平気で拓也くんを傷付ける言葉をツラツラと並べた挙げ句、嘲笑するように笑い声を上げていく。

……これは確かに自信もなくすし、怯えるようにもなる。拓也くんの自信の無さはひとりちゃん以上だと薄々察していたが、これを見ればそれも納得がいく。こんな心のない相手にずっと虐められてきたのだ。私もお酒がなければ家に引き籠るくらいの酷さだ。

 

「ほらほら~?その帽子をカツラごと取って、自慢のハゲを晒してみろよ。みんなが可笑しく笑ってくれるぜ?」

「…………」

 

拓也くんの足が完全に震えている。逃げたくても逃げ出せない……おそらくトラウマから動けなくなっている。

……本当に失敗したな。二人に協力したつもりが、逆に追い詰めてしまうだなんて。でも、未来ある若者を守るのも、大人の務めだからね。手遅れだとしても、何もしない理由にはならないからね。

 

「言いがかりは本当に止めなよ?せっかくの楽しい雰囲気が台無しだよ?」

「そんなつもりはありましぇ~ん!むしろ、俺のお陰で楽しみが増えたんじゃないかな~?」

 

私が少しきつめに言葉を投げ掛けても、モラルがない少年は全然堪えた様子がない。ああ、ここに先輩がいてくれたら容赦なく締めてくれたのに……いや、もしかしたら先輩相手でも平気な顔をしているのかもしれない。明らかに周りの空気が彼を責めるものなのに、一向に気にしていないのだから。

 

「―――そんな訳あるか」

 

そんなドスが効いたような低い声と共に、ガタイの良い男性が観客の輪の中から出てくる。私も思わずお酒を飲みたくなったくらいだ。

 

「さっきから気分の悪い言葉をベラベラと……お前のせいで台無しになっただろうが」

「いやいやオッサン。このハゲが……」

「だったらお前もハゲにしちゃろうか!?ええっ!?」

 

こ、怖っ!私が怒られたわけじゃないのに、めっちゃ怖!ひとりちゃんも全身が溶けかかってるし!

 

「第一、テメェの心の方がよっぽどハゲじゃ!モラルの欠片もなく、人様を傷付けることしかできんテメェより、そこのバンドマンの方がフサフサじゃ!」

「なっ……!?お、俺がハゲだと!?ざけんな!あんなクソハゲなんざより……」

「そもそも……ん?お前、もしかして寺から逃げ出した坊主か?」

 

その言葉にこの少年はギクリと肩を震わせる。

この子、お寺から逃げ出したの?確かお寺では髪は剃られる筈……

 

「やっぱりそうか。住職から、親に性根を叩き直されてこいと預かった坊主が金を持って逃げ出したと聞いていたが……まさか、こんなところで会えるとはな」

「あっ、いや……人違い……」

 

少年は大量に汗を流して否定しているが、それより早く強面の男性が少年のニット帽を掴んで引っ張る。すると、ニット帽の下には刈り上げられた頭皮……正真正銘の坊主頭であることが見事に証明された。

 

「やっぱり逃げ出した坊主だな。自分も坊主になっているのに相手を馬鹿にするとは……話に聞いた通り性根が腐っとるな!」

「う、うっせーよっ!そういうの、マジでウゼェんだよ!ハゲをハゲと言って何が悪いんだよ!」

「またそれか……おい、そこの小僧!!」

「えっ、あっ!?ひゃい!?」

 

急に呼び掛けられた拓也くんは、怯えが抜けきれないように返事を返す。そんな拓也くんに、強面は深々と頭を下げる。

 

「すまんかった。この阿呆のせいで嫌な思いをさせちまって……」

「…………」

「本当はもう逃げたいかもしれんが……もう一回、最初から弾いてくれんか?」

「……え?」

 

強面の男性のその申し出に、拓也くんは疑問の声を上げる。私もひとりちゃんも意味を測りかねる中、顔を上げた強面の男性は言葉を続けていく。

 

「音楽についてはよう分からんのが正直な感想じゃが……悪うないと思っとったんじゃ。それをこの阿呆にぶち壊されたままで終わらせたら……それこそこの阿呆の思う壺じゃ。この阿呆を見返す意味でも、やってくれへんか?」

「…………」

 

……顔は凄く怖いけどこの人、驚くほど良い人じゃん。それに私もこの子をぎゃふんと言わせたいと思ってるし。だけど、それは拓也くん次第。私が決めることじゃない。

 

「あっ、あの……続けましょう、ライブを……このまま終わらせたら、も……オツルくんも後悔するんじゃ、ないですか……?そ、それに……私も、こんな形で終わらせたく……ないです」

「後藤、さん……」

 

ひとりちゃんもおどおどしながらも、路上ライブを続けるべきだと拓也くんに意見する。それに対して拓也くんは……肩に掛けていたショルダーキーボードを構え直した。続行の意思表示だ。

 

「おいおい?マジで続けんの?そんな下手な―――」

「オメェは黙っとれ!!」

「オゴゴ……ッ!?」

 

またクズ少年が野次を飛ばそうとしたけど、強面の男性がチョークスリーパーを決めて強引に遮る。

改めて演奏をする前に、私は拓也くんとひとりちゃんに先程の演奏で確信したことを交えて言葉を告げる。

 

「それじゃあ、もう一度やるけど……次は()()()()()()()()()()()。無理に合わせようとしなくていい。私がしっかりフォローするから、どちらも全力で突っ走りなよ」

「……え?それは―――」

「大丈夫大丈夫。目に写る敵はあの阿呆さんだけ……後は、君たちの演奏を聴きたがっている人たちだけだよ」

 

敢えて(ぼか)していたアドバイスを、今度は明確に伝える。拓也くんもひとりちゃんのように自力で気付いてほしかったけど、冗談抜きの敵が本当にいたからね。だからこそ、大人としてちゃんと伝えなければならない。

―――敵は何時だって、自分自身だと。

 

「だから―――自分に負けるなよ、オツルくん」

「…………!」

 

これでちゃんと届くかは分からない。殻に閉じ籠るか、それとも打ち破るか……後は彼次第だ。

そうして再び、二人のオリジナルソングである《あのバンド》の演奏を最初から弾いていく。彼の演奏は―――

 

 

~♪~♪~

 

 

―――逃げたかった。

あの悪夢がまた目の前に……みんなの前でハゲであるとバラされ、多くの前でまた笑い者にされてしまうと。

逃げたいのに足が鋤くんで逃げ出せず……何もかもが永遠に終わると……

だけど……

 

『ぶち壊されたままで終わったら……それこそこの阿呆の思う壺じゃ』

『私も、こんな形で終わらせたく……ないです』

 

知らないおじさんと後藤さんの言葉通り、このまま逃げて終わらせたら、ずっといいようにされてしまう。こんな形でライブを……自分のしたいことを……終わらせたくない。

 

『だから―――自分に負けるなよ、オツルくん』

 

……うん、ここで負けたくない。絶対に、やりきってみせる!!

 

 

~♪~♪~

 

 

―――彼の音楽から、遠慮が消えた。

周りに合わせる気のない、暴走列車上等の突っ走った演奏。普通であれば破綻する演奏だ。

だけど―――最初のような不安と弱々しさが一切ない、観客だけでなく演奏する側も引き寄せられそうな演奏だった。

 

「―――ッ!」

 

拓也くんのその演奏に、ひとりちゃんも驚きながらも演奏していく。遠慮していたら追い付けない、遅れたら破綻間違いなしの拓也くんのキーボードに、躊躇いを捨てるように着いていく。

私もベースを弾いて曲の下地を作っていく。そのリズムは私が作っているものじゃない、拓也くんが作っているものだ。

キーボードの上達法の一つには、ドラムにリズムを合わせるのではなく、ドラムと一緒にリズムを作るという方法もある。もちろん人によっては違うかもしれないが……キーボードは端的に言えば()()()()だ。リズムもメロディも作る、場合によっては他の楽器の代役を務める、そんな特殊な立ち位置。

 

もちろん、こんな暴走列車のような演奏は普通では成立しない。だけど、ひとりちゃんと拓也くん……二人の演奏技術はとても近い位置にある。加えて、二人の音には確かな()()が宿っている。最初の演奏から僅かに感じ取れていた、聴く人を惹き付ける力のある演奏。

その演奏とこれまでの合わせの練習が上手に噛み合ったことで、二人は無意識で音を合わせられている。単に、お互いの演奏に着いていこうとしているだけかもしれない。それでも、確信を持って言える。

この二人は絶対に上がってくると。

 

 

~♪~♪~

 

 

……完全に突っ走った演奏をしてしまいました。後藤さんの演奏を引き立てようと兎に角がむしゃらで……廣井さんがフォローしてくれた筈ですから、大丈夫ですよね?

自分は不安げに周りを見ますと……自分たちの演奏を聴いた人たちは、とても爽やかな笑顔で拍手していました。

 

「……嘘だ。あのハゲがあんな風に……あり得ないあり得ないあり得ない……そうだ、これは夢だ。これは夢に決まって……」

 

……茫然自失したように崩れ落ちた彼がぶつぶつと呟いています。何て言えば……いや、掛ける言葉なんて、一つも浮かばないですし。

 

「これで分かったやろ?オメェが如何に小さいかが」

「…………」

 

おじさんの言葉に彼は答えません。そんな彼をおじさんは腕を掴んで強引に立たせますと、そのまま引き摺るように連れて行きます。

そんなおじさんに向かって自分は無言で頭を下げますと……おじさんは無言で手を振って去っていきました。

そして、肝心のチケットの行方ですが……

 

「あの……チケットを買ってもいいですか?」

「うぇっ!?よよよ、四枚で六千円です!!」

「いや、私たち二人……」

「あー、わたしも連れと一緒に買いたいだけど……」

「四枚あるなら、丁度いいじゃん」

 

無事に四枚売ることができました。路上ライブを強硬してくれた廣井さんには感謝しきれません。

その後、急いで機材を片付けてその場から退散。廣井さんと遭遇したあの場所に戻ってきました。

 

「あっ、あの……今日は本当にありがとう、ございました……」

「いいっていいって!お礼なら、帰りの電車賃を出してくれたら嬉しいな~。ここでお酒を買いすぎたから、帰りのお金が厳しくて……」

 

廣井さんにお礼を伝えたら、お礼代わりに電車賃を要求されました。今回は色々な意味で助けられましたから、自分のお財布から出しますけど。

 

「ありがと~!これで無事にお家に帰れるよ!それじゃあ今度の君たちのライブ、楽しみにしているね!」

「……え?お、お姉さんも来るんですか……?」

「もちのろんだよ。君たちの演奏、良かったからね。オニコロ十五パック分の価値があるくらいにね」

「ひ、廣井さんらしい例えですね……」

 

オニコロ十五パック分の価値って……本当に身体の芯までお酒が染み込んでいるんですね。

無事にチケットを完売できて……路上ライブも最終的には成功して、本当に良かったです。

今までにない晴れやかな気持ちで、自分と後藤さんはロインでノルマ達成報告をしました。みんなもきっと、誉めてくれると思いますし。

 

―――翌日。

 

「……信じてもらえていない……ちゃんと売れたのに……」

「嘘と思われるなんて……ハゲの自分には信用すら……」

「ゴミ箱を頭から被らないで!」

 

 

 




『チケット売れました!』
『偶然出会ったベーシストさんのお陰でノルマを達成できました!』

「……二人とも、たぶん嘘ついてるよね」
「私がプレッシャーを与えちゃったのかも……」
「……その割に内容が具体的」
「明日の練習、二人を優しく迎えてあげようね……」

ロインの報告を一切信じないバンドメンバー一同。
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