学校から無事(?)にバイトの許可が降りて、自分と後藤さんは学校が終わってすぐ、下北沢のSTARRYの入口前に来ました。……道中の後藤さんはずっと、自分の後ろに隠れるように歩いていましたけど。
「し、失礼しまぁ~~す……」
自分は静かに扉を開け、少しだけ顔を覗かせるように中の様子を窺います。受付にいるのは店長さんでした。
「いや普通に入れよ。何で忍び込むように入ろうとしているんだ?」
「あっ、その……すみません。色々と初めてなので……この前とは全然違いますし……」
店長さんの呆れ混じりの睨みに、怯えながらも答えます。だって、バイトするのも初めてなんですし、お客様に粗相をしたら大量のクレームがががっ。
「だからって布にくるまって隠れようとするな。つかその布どこから持ってきた?」
ショルダーキーボードをしまっているバッグからです。薄い布なので折り畳めば問題なく入ります。元々はショルダーキーボードを包むために入れていたものですので。ほら、キーボードって高いじゃないですか。中古でも状態次第では結構値が張りますし、万が一壊れでもしたら大惨事じゃないですか。
「いや、包むにしては無駄に大きいだろ。しかもそれ、ショルキーの専用バッグだし」
「ごめんなさい半分嘘つきました。自分が隠れる目的で持ってきました」
店長さんから当然の指摘を受け、自分は正直に白状しました。ゴミ箱に隠れるのは衛生上良くないことですし、臭い店員がいるなんて噂が立ったら経営に響くかもしれないですし。
後、損害賠償がとても怖いです。
「わ、私も今度から布を……」
「仕事中は止めてくれないかな。布にくるまったダンゴムシが二つもいたら、さすがに客が困惑するから」
「「ハイ……ゴメンナサイ」」
駄目でした。
「取り敢えず……仕事内容は虹夏に教えてもらえ。初日だから無理せずにな」
店長さんからの気遣いを受けた自分と後藤さんは、既に来ていた伊地知さんに仕事を教えてもらうことになりました。
「じゃあまずはテーブルから片そう……って、あれ?ぼっちちゃんは?」
「ど、何処に行ったんでしょう……ゴミ箱、でしょうか……?」
「女の子に失礼なことを口にするね。毛利くん」
「す、すみません。後藤さんが前にゴミ箱へと入っていましたから、てっきり……」
伊地知さんの冷たい視線に、自分は言い訳しながら謝りました。後藤さん、バイトに対して凄く怯え腰でしたし、先生に用紙を渡す時もどこか涙目でしたし。
「あっ、すいません……暗くて狭い場所で一息つきたくて……」
テーブルの下から後藤さんの声が聞こえてきました。自分と伊地知さんがテーブルの下を覗くと、そこに膝を抱えて丸くなっていた後藤さんがいました。
「ぼっちちゃ~ん。もうちょっと頑張ろ?ほら、毛利くんも頑張っているんだしさ」
「い、いえ……自分じゃ後藤さんと比べ物にならないかと……顔を帽子とサングラスで隠してますし……素顔で仕事を頑張ろうとする人以下ですし……」
「微妙にフォローになってないよ?後、サングラスは外そうね?」
伊地知さんの目がどんどん面倒くさい人を見る目に変わってきています。事実ですから何も言えないです。
「じゃあ、次はドリンクを覚えよっか~」
頑張って掃除を終えた自分と後藤さんに、伊地知さんは次の仕事でドリンクについて教えてくれました。
「トニック水はここからで、ビールはこのサーバーからね。カクテルは後ろの……」
は、早い!早すぎて追い付かない!!トニック水って何ですか!?水はここでビールはそれ!?カクテルはえっとえっと!?
「ごごごごめんなさい!早すぎて全然覚えられないです!もう一度ゆっくり、十テンポずつ空けて説明して下さい!知らないことが多すぎて、頭が追い付けていませんので!!」
「土下座はやめて!?」
本当に分からなくなって、自分は謝罪と同時に懇願しました。だって仕事って、一発でちゃんとできないとお叱りを受けるんですよね?
「って、ぼっちちゃん!?どこからギターを取り出して……ここで歌い始めないで!?」
後藤さんもキャパオーバーからか、ギターを取り出して演奏し始めました。ダメーズでごめんなさい、本当に。
って、あれ……?後藤さんのギターの音、凄く綺麗なんですけど……動画サイトの《ギターヒーロー》さんと同じくらい、上手な気がするんですけど。
オーチュブで再生回数十万回のギターヒーローさんの演奏、凄くいいんですよね……ギターヒーローさんが奏でる音色を聞きながら、ショルダーキーボードを弾いて……キーボードのパートやコードがないから、自分で作ってアレンジして……音源が難しい曲も、自分なりに弄ってそれっぽくしたり……
「お前ら、仕事しろ」
ギターヒーローさんの音楽を脳内再生していたら、店長さんから手刀と共にお叱りを受けました。
「ごめんなさい……」
「なんであたしまで……」
「すぐにヘルプを呼ばなかったからだが?ぼっちちゃんに意識しすぎて、毛利を放置した上に客への対応も後回しにしただろ」
「思っていたより正論だった!」
伊地知さんへのお叱り、意外と正論だった件について。自分に関しては別のことを考えていた顔だったとのこと。店長さんはエスパーですか?
その後もゆっくりですけど片付け、掃除、接客の仕方を教えてもらいました。伊地知さん曰く、ライブハウスは飲食店の扱いだそうです。ドリンク一つ五百円と、とても高いですけど。
「そろそろ忙しくなるよ~。お客さんがどんどん入ってきたからね」
……接客って最初、何を言えばいいんでしょうか?あっ、お客さんがこちらに来てえっと、えっとえっと!?
「ほほほ、本日はご来店頂き、あああありがとうございます!!」
「そんなに丁寧に言わなくていいよ!?声もそんなに出さなくていいから、普通の声でいらっしゃいませで……ぼっちちゃんは勝手に終了させないで!」
ごご、ごめんなさい伊地知さん!接客なんて初めてですし、会話自体も得意じゃないんです!!本当に必要なことしか喋れない、エセ底辺なんです!
あっ、ちなみにエセなのは後藤さんの方が重症だからです。後藤さんは本当に、必要なことすら喋れないほどコミュ障が酷かったんです。自分は伝えるべきことは、一応ではありますが伝えられていますので。
「あの……注文して大丈夫なんです?」
「すす、すいません!ごご、ご注文は!?」
「……コーラで」
な、何とか注文を取れました。が、頑張って働かないと……!
「ぼっちちゃーん。ちゃんと立って接客しようよ。普通にお客さんに失礼だから」
「こっ、心の準備が……」
「毛利くんは頑張ってお客さんの顔を見ようね。頑張っているのは分かるけど」
「す、すいません……」
伊地知さんが呆れていますけど、反論しようがありません。後藤さんはカウンターに隠れて飲み物を出してますし、自分はお客さんから顔を背けてドリンクを渡していますし。
な、何とか伊地知さんに応えるべく、お客さんの顔を見て……!
「こ、こちらがサワーになりましゅ……」
「足が凄い震えているんだけど!?」
す、すみません。いつハゲがバレるか怖くて……一度ここでハゲバレしていますし、あの時も他にお客さんがいたような気がしましたし……
「あれ?あなた、この前のカツラをしていた……」
「毛利くん!?急に石になって砕けないで!?」
お、覚えラレテタ……ハゲデアルコトガ、他ノ人ニ……ハゲノ店員ト認識サレテ……
「え?え?もしかして……触れちゃいけなかった?」
「ああ、気にしないで下さい。敢えてお願いするとしたら、その件にはあまり触れないでもらえたら幸いです」
「そ、そうなの……そうよね。触れられて嫌なこともあるよね……」
「どどど、どうすれば……?」
「……ヘアスプレーでくっ付けようか」
アハハ……明日カラキット、カツラヲ被ッタハゲノ店員ガイルト話題ニ……
……はっ!?
「あの、自分は……?」
「君の秘密でノックアウトしてたよ。本当に君もぼっちちゃんに負けず劣らずだよね」
「ごめんなさい……昔、散々弄られていましたので……学校も不登校に近かったですし……」
特に中学三年生は、一日も学校に行きませんでしたし。卒業アルバムすら、一年の時に撮られた集合写真にしか写っていないですし。
「凄く失礼な言い方だけど、それでよく高校に入ったね?」
「そ、それは親がせめて高校は出た方がいいと……本当は、中卒で働こうと考えていましたけど、将来苦労しない為に最低でも……と」
「……うん、ゴメン。気軽に聞いて本当にゴメン」
「……ごめんなさい。安易な考えで引き籠ろうとして、本当にごめんなさい」
「あっ、いえ……全部、自分に原因があるので気にしないで下さい……」
伊地知さんだけでなく、何故か後藤さんも謝ってきました。お二人が謝る要素なんて、本当は一つもありません。全部、自分の方に原因があるんですから。
「ライブが始まったね」
伊地知さんがそう呟いて視線を向ける先には、今日ライブをするバンドが挨拶しています。メンバーは三人でギターボーカル、ベース、ドラム……キーボードはいません。その後のバンドでもキーボードは不在……やっぱり、キーボードはいらない子なんじゃ……
「本当にキーボードって必要なのかな……?」
「ライブ見てダメージ受けちゃってる!!」
「あっ、だ、大丈夫です……決して不要な存在ではないですから……!」
ううっ……後藤さんの励ましが心に沁みる……!伊地知さんといい、本当に優しい人たちばかりです。
「ま、キーボードは確かにいないことが多いからな。他の楽器と違って、迫力と壮快感が薄いのに音源の多さからやることが多い。にも関わらず存在感も薄く、ライブ感のある動きもあまりない。加えて、キーボードのパートがないのが大半だ。あっても難しいものが多いし、駆け出しの初心者にはハードルが高すぎる」
やっぱり自分はいらない子……カウンターでライブを見守っていた店長さんの発言は、自分にも心当たりがありますし……
「だからこそ、演奏できるキーボーディストは希少なんだよ。お前のはライブパフォーマンスがしやすいショルダーキーボード……それもショルキーの中じゃフルサイズの49鍵盤あるRoland製だしな」
こ、これが下げて上げる大人の話術……!?分かっていても嬉しさで涙腺が崩壊―――
「まっ、鍵盤数の少なさから出せる音に限界はあるけどな。ライブ向けのキーボードの鍵盤数は61からだから、その辺りは本人の技量次第だが」
「やっぱり自分はいらない子……微妙な自分じゃ戦力になるか怪しい子……」
下げて上げて、そこから下げられた。現実はやはりそんなに甘くなかったです。必要な音源を用意できない自分は、底辺のキーボーディストです。
「毛利くーん。そんなに落ち込まなくていいよ。あれでお姉ちゃん、結構誉めているから」
「だから店長って言え」
そんなこんなで、初日のバイトは無事(?)に終えることができました。
バイトが終わり、バンドの練習もないので真っ直ぐ帰っているのですが……
「自分の家はこっちなので……」
「あっ、私はあっち、です……」
「「…………」」
悲報。後藤さんは自分の地元の人間でした。まさかの地元の人間が同じ学校に……まさか中学も同じだなんてことは……ないですよね?
「……不登校の生徒がいるって聞いたこと、ありますか?」
「あっ、えっと……ない、です……少なくとも、私は知らない、です……」
違う中学でホッとしました。いえ、もう後藤さんにはハゲバレしてますし、そもそも意味のない質問でした。
「そ、それではまた明日……学校とライブハウスで……」
「あっ、はい……それでは、また、明日……」
自分と後藤さんはそのまま、正反対の方向に歩いて家へと帰ったのでした。
~♪~♪~
次の日。
今日も学校が終わってSTARRYでバイト……の前に、店内のスタジオで伊地知さんと山田さんと一緒にバンドの練習をしています。ちなみに後藤さんは風邪でお休み中です。
ドラムの伊地知さんとベースの山田さん。そのお二人と一緒に練習しているのですが……
「ド下手になってる……」
「リズムが本当に合ってない。遅れたり早まったりして、全体のリズムの乱れに繋がっている」
お二人に下手判定を受けました。山田さんがキーボードのパートを用意してくれたのに、十分な結果を出せませんでした。
「下手でごめんなさい……期待外れでごめんなさい……」
「燃え尽きた人みたいに真っ白になってる!」
厚意に甘えてバンドメンバーに入ったのに、ちゃんと演奏できなくて本当にごめんなさい。
「けど、光るものがあるのも事実。音自体は鍵盤を見ずに弾けているし、音の切り替えも早いし正確。そこは普通に凄いと思う」
「そうなの?ショルキーは弾くのが難しいって聞くのは確かだけど」
「うん。ショルキーはギターやベースのように肩に掛けて演奏するから、通常のキーボードのように目視で鍵盤を把握するのは困難。特に音源の切り替えのスイッチは覗き込まないと見えない」
「……毛利くん。試しにショルキーを持っていいかな?」
「あっ、はい。どうぞ……」
伊地知さんがショルダーキーボードを試しに持ちたいと申しましたので、自分はすんなりと伊地知さんにお渡しします。ベルトを肩に引っ掛けてショルダーキーボードを持った伊地知さんは、覗き込むように眺めていました。
「……本当に鍵盤がロクに見えないね。特に音源のスイッチが本当に分かりづらいし」
「ショルキーは種類も少ないし、教えられる人もほとんどいない。基本は片手での演奏だから、本当に難しい」
「それを聞いたら、技術と実際の演奏がちぐはぐに見えるんだけど?」
「たぶんだけど、バンド経験がないのが原因。毛利のリズムが合っていないのは私と虹夏、両方に合わせようとした結果だと思う」
「それって合わせる相手を迷ってるんじゃ……じゃあ、毛利くん。次はあたしのドラムに合わせて演奏してみようか」
「……ハイ。分かりました」
伊地知さんの提案により、自分はドラムだけのリズムに合わせて演奏してみました。
「……さっきよりはマシになってる。リズムのズレはまだあるけど」
「……ちゃんと合わせられるよう、もっと練習します」
バンドの演奏は、本当に難しい……自分のせいで音がずれるから、せっかくの良い曲が微妙な感じに……ちゃんとした演奏になるよう、努力します。
~♪~♪~
―――月曜日のお昼休み。
親しい人物ゼロかつ、キーボードのバッグを持ち込んで悪い意味で目立っている自分は、人気のない場所でお弁当を食べています。近くには風邪が治ってバイトにも復帰した後藤さんもいます。
後藤さんも教室でお弁当を食べるのは、自分同様に鬼門のようです。陰気キャは便所で食べないのかって?あれはマンガの世界における思い込みで、実際に便所で飯を食べる人なんていない。だって、便所で食べているなんてバレたら、揶揄られるのは確実じゃないですか。心の傷が増えるだけじゃないですか。
「「…………」」
お互いに無言で、虚無の表情でご飯を食べ続けています。後藤さんはおにぎりですが。お互いに話せる内容もないですし、そもそもどう話せばいいかも分からないですし。
「フヘッ……フヘヘ……」
後藤さんが不気味に笑い声を上げていますが、きっと哀しい現実から自虐しているんでしょうね。男女二人きりは恋愛もののお約束ですけど、そんな甘い雰囲気ゼロ。むしろ、ネガティブな空気が圧倒的です。
「昨日はカラオケ楽しかったね~」
「喜多ちゃんの歌、本当に上手かったよね~」
「辞めちゃったけど、バンドでギターもしていたらしいよ」
向こうから女子の会話が聞こえてきました。まるで盗み聞きのようになってごめんなさい。
そういえば、伊地知さんが新しいギターボーカルの人を探しているって……でも、話の流れからしてキタさんは間違いなく女子……!女子に話しかけるなんてレベルが高すぎる……!
こうなったら後藤さんに……!いや、後藤さんにどう話しかければ……!?そうだ!筆記なら、ギリギリいける筈!
自分はショルダーキーボードのバッグに入れていた、コードを書く目的で買ったノートの頁を使って、後藤さんに自分の意見を伝えます。
『後藤さん。今の話に出てきたキタさんを誘いましょう。最悪、紙に書いて勧誘しましょう』
「えっ、あっ……その……ハイ……」
何故かビビっていた後藤さんも同意しましたので、自分たちはキタさんを結束バンドに勧誘すべく探すことにしました。喜多さんの名字はクラスの中で聞いたことはないから、違うクラスなのは確実です。
「喜多ちゃ~ん。来週のバスケの試合、助っ人いいかな~?」
幸い、喜多さんにお願いしているらしい会話を聞いたので、教室の外の窓から覗くように後藤さんと一緒に確認します。喜多さんと呼ばれた子は……圧倒的な陽キャオーラを放ってました。
「あっ……あっ……アッ……!」
それを見た後藤さんは声にならない声を上げて、頭を抱えてしまっています。どどど、どうしよう!?結束バンドの為の行動が、後藤さんを精神的に追い詰めるだなんて……!後藤さんからパリーン、パリーン、と何かが割れていく音が聴こえてますし!ここは一度退いて―――
「ねぇ?誰かに用事があるの?」
「ぴぎゃ!?」
突然の呼び掛けに、自分は思わず悲鳴を上げてビビりました。
「……え?今、髪の毛が浮いた……?」
カミノケが浮いた……?それって、自分のカツラがバレ―――
「え!?急に走り出してどうしたの!?」
今は逃げるんだよぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!
――一ぼっちちゃんサイド
(まさか毛利くんと鉢合わせするだなんて……今から他の誰もいない場所を探すには時間があまりないし……男の子と一緒にお食事することに……はっ!?男の子と一緒にお食事……これは陽キャのお約束イベントの一つ!つまり、今の私は陽キャの仲間入り!?)
(執筆での会話!?もしかして、これが文通……!?仲の良い男女のリア充が行う文通なんですか!?食事に文通……もしかして今、私は最高に輝いてる!?)
※その自信は本物によって砕け散りました。