スキンヘッド(泣)・ざ・ろっく!   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ。


ハゲハカタル

後藤さんの加入前に逃げたギターボーカルが喜多さんでした。

その事実が判明し、自分も含めた五人はテーブルを囲って話し合っています。

 

「……まだ布にくるまっているんだね」

「ごめんなさい。仕事が始まるまでは勘弁して下さい」

 

自分は布にくるまって団子のままですが。後藤さんと喜多さん以外に人がいなかったとはいえ、外でハゲバレしたダメージは大きいままなので。

 

「その……改めて本当にごめんなさい。毛利くんの頭がまさか……カツラだったなんて、夢にも思ってなくて……」

 

喜多さんが本当に申し訳なさそうに自分に謝ってきていますが、同い歳の人の頭がカツラだなんて普通に想像できませんので仕方ないです。

 

「あの……えっと……自分のことはいいので、話を続けて下さい……」

「そ、そうだね。それじゃあ改めて聞くけど……喜多ちゃんはどうして彼処にいたの?あの日以降、全然連絡が取れなくなっていたし」

「うっ……それは……」

 

伊地知さんの質問を受け、喜多さんは気まずそうに視線を游がせています。沈黙が少しの間この場を支配しましたが、それに耐えきれなくなったのか喜多さんは観念したように話し出します。本当はギターを弾けなかった事、それが理由で初ライブの直前で逃げ出してしまった事、迷惑を掛けたお二人に謝りたいと考えていた事、()()のために自分と後藤さんのバイト先に着いてきた事、そのバイト先がまさかのSTARRYで追い詰められて咄嗟に自分の帽子とサングラスで顔を隠して誤魔化そうとした事を全部話しました。

 

「そうだったんだ……だから喜多ちゃんは、あたしたちとの合わせの練習を頑なに避けてたんだね」

 

喜多さんの話を聞き終え、伊地知さんは納得したように頷いています。合わせって……自分もやったあの音の合わせですよね?その練習を一度もせずにライブをしようとしていたんですか?違和感の一つも覚えずに?

 

「あの……本当に失礼なんですけど、全く気付かなかったんですか……?」

「全く疑ってなかった」

「あたしも、バンドを組めたこと自体に浮かれちゃっていたからね~。リョウがいるから大丈夫かな~って」

「すごい楽観的ですね!?」

 

本当に疑問に感じていなかった山田さんとバンド結成で浮かれていた伊地知さんの返答に、自分は思わず声を上げてツッコミを入れてしいます。後藤さんも同意するかのようにウンウン頷いてますし。

 

「だから、喜多ちゃんばかりが悪いわけじゃないんだよ。あたしたちにも問題があったわけだし、あの日だって何とかなったしね」

 

あの日……話だけ聞いた後藤さんが加入した初ライブの時ですね。何でも『マンゴー仮面』と称して段ボールの中に隠れてギターを演奏したとか。それはそれで印象が強く残りそうだと思いました。

それでも喜多さんの罪悪感は消えず、何か罪滅ぼしをさせてほしいと頭を下げてきました。喜多さんも嘘をついた挙げ句、初ライブ直前で逃げ出して晴れ舞台を台無しにしかけた事を後悔していますし……

そ、そうだ。もう一度結束バンドに再加入するのはどうでしょうか。ギターをちゃんと弾けるようになりたいと言っていましたし、本当に伊地知さんたちとバンドをしたいと思っていた筈ですし。

 

「あ―――」

「じゃあ今日一日、ライブハウス手伝ってくんない?忙しくなりそうだし」

 

自分がそれを伝える前に、カウンターでパソコンを操作していた店長さんが話に入って提案してきました。

 

「そうだね。そうしよっか!」

「で、でもそれだけじゃ……」

「じゃあ少しだけ恥ずかしい格好で仕事してもらおうか」

 

店長さんはそう言って、上品そうなメイド服を取り出しました。完全に臨時バイトで罪滅ぼしする流れになりました。この流れに逆らって自分の意見を言うなんて、無理です。喜多さんもそれなら……と頷いてますし。

結果、喜多さんはメイド服を着て臨時のバイトとして働いてもらう事となりました。

 

「~~♪」

 

そんな格好で鼻歌混じりに仕事を始めた喜多さんは……パーフェクトでした。仕事も早く、覚えもいい。まさに理想のスタッフです。山田さんも立って眠れる程に仕事が出来る程です。自分と後藤さんのメンタルにクリティカルダメージです。自分と後藤さんは掃除と雑用くらいでしか役に立てていないのに。接客業は落第レベルのままなのに。

 

「……それでは聞いて下さい。入ったばかりの新人より使えない、『駄目バイトのエレジー』」

 

ゴミ箱に入って意気消沈していた後藤さんは、某猫型ロボットのようにギターを取り出してその場で演奏を始めました。魂が抜けてあの世へと旅立とうとしていますが。

 

「後藤さん……あまりゴミ箱に入らない方が……衛生面からの苦情が……」

「そこは心配するな。それはぼっちちゃん専用にして、常に清潔に保っているからな」

 

後藤さん専用のゴミ箱なんですか、店長さん。それなら臭いの心配はないでしょうけど、サイズの方はどうするんですか?

 

「……ゴミ箱、何時か割れてしまいません?」

「……ちょっと買い出しに出掛けてくる。お前も着いてこい」

 

店長さんはそう言って、自分を連れて外に買い出しに行きました。連れて行かれた先はホームセンター。購入品は四角型のゴミ箱。それも人一人が問題なく入れる大きなサイズの。

 

「こちら、一万五千円になります。お持ち帰りは……」

「こいつに持たせて帰りますので大丈夫です」

「かしこまりました」

 

おそらく後藤さん専用に購入したゴミ箱を自分が抱えてお店へと戻って行きます。その帰り道で、店長さんが話し掛けてきました。

 

「そういえばあの時、お前何か言いかけていただろ。私が提案しなかったら、何を言うつもりだったんだ?」

「あっ、その……バンドにまた入らない、かと……喜多さん、直前で逃げたことを本当に後悔していて……今日着いてきたのも、その辺りの相談で……彼女自身も、ちゃんとギターを弾けるようになってから……伊地知さんたちに謝りたいと、言っていまして……」

「…………」

 

店長さんの問い掛けに自分がそう言い終えると、店長さんは自分から顔を背けていました。えっと、この反応は……

 

「駄目……でしたよね。狡いというか……無理強いしそうな提案で……」

「いや違うから。後、ぼっちちゃん用のゴミ箱を被ろうとするな」

 

店長さんにたしなめられつつお店に戻ると、受付には後藤さんと喜多さんがいました。今日は山田さんではないんですね。

 

「えっと……このゴミ箱は何処に……」

「その辺りに置いといてくれ。その後は外回りの掃除な」

 

店長さんの指示に従って、旧後藤さん用のゴミ箱が置かれていた場所の近くへと置きます。サイズの違いから目立っていますけど……しばらくしたら見慣れると思います。

そして店長さんの指示通り、自分は塵取りと箒を手に階段と入口周辺を掃除していきます。清潔感を保つのも、大事な仕事ですから。顔はマスクと帽子のダブルガードで備えていますし。

外回りの掃除を終えて再び店内に戻りますと、喜多さんが誰かを探すようにキョロキョロとしていました。

 

「あっ、毛利くん。後藤さんを見なかった?急に何処かに消えちゃって……」

「た、たぶんですが……彼処じゃないかと……」

 

自分はそう言って、新しいゴミ箱を指差します。自分が示した先であるゴミ箱を見た喜多さんは、困ったような笑みを浮かべました。

 

「さすがに冗談でも後藤さんに失礼だよ、毛利くん。後藤さんがゴミ箱の中に隠れるなんて、そんな真似をする筈ないでしょ?……ないわよね?」

 

最初は否定していた喜多さんも、後藤さんの行動を思い出してか自信を無くしたように呟く。そのまま半信半疑でゴミ箱の蓋を開けると……膝を抱えるようにすっぽりと隠れていた後藤さんが其処にいました。

 

「後藤さん!?本当にゴミ箱の中に隠れていたの!?」

「へへっ……暗くてじめじめした場所が、本当に心地よくて……」

 

うん、分かるよ後藤さん。隠れられる場所があると其処に隠れたくなりますよね。

 

「……毛利くんは何でバンドを始めようと思ったの?」

「えっ……?あっ、その……伊地知さんに誘われて……元々バンド自体に憧れもあって……」

 

突然の喜多さんの質問に、自分はおろおろしながらも正直に答えていきます。後藤さんが何故か泣きそうになっていましたが。

 

「そうなんだ……同じ憧れでも全然違うね。後藤さんは世界平和で意識が高いし……」

 

え?世界平和?本当にその理由でバンドを始めたんですか?後藤さん。

 

「あっ、その……嘘ですごめんなさい。つい、見栄を張っちゃいました……」

「嘘だったの!?」

 

自分が問いかけの視線を向けると、後藤さんは小動物のように震えながら嘘だと白状しました。

 

「ほ、本当は…………、……じ、自分を変えたくて……こんな私でも、バンドを始めたら、変われるかなって……」

 

自分を変えたい……ですか。最初から話せなかった理由は情けないからかもしれませんが、自分からすれば十分に立派な理由だと思います。

 

「き、喜多さんはその……リョウさんが理由ですか?」

「うん。リョウ先輩の路上ライブを見て一目惚れしたの」

 

喜多さんが嘘をついてまでバンドに入った理由は、山田さんだったんですね。確かに雰囲気は大人っぽいですし。中身は凄く残念でしたけど。

STARRYでバイトして知ったのですが、山田さんのお金の管理はかなり酷いみたいです。お金があれば全部楽器に注ぎ込むほどで、食費すら集りや奢りで何とかしようとしていますし。事実、お腹が空いたら草を食べるか伊地知さんに泣きつけばいいと本人の前で口にしていましたし。

 

「それにバンドって第二の家族って感じがしない?本当の家族以上にずっと一緒にいて、皆で同じ夢を追って……友達とか恋人とか超越した不思議な存在だと思うのよね。私もリョウ先輩と……」

 

喜多さんは理由を笑顔で語っていますが、最後の言葉に思わず後藤さんと顔を見合わせてしまいます。後藤さんの目を見て、きっと自分と同じことを思っていると思いました。

喜多さんって、結構ヤバイ感じの人なんじゃないかと。明るく交遊関係も広い人だけど、ブレーキが効かない人なんじゃないかと。

 

「……だからこそ、バンドにはもう入らないけどね。学校でも言った通り、私みたいな無責任な人間は駄目なのよ」

 

そう自虐して話を締め括った喜多さんの表情は笑顔から一変して、黄昏ているかのような表情になっています。

 

「……そんなこと、ないと思います」

 

そんな喜多さんを見て、自分は自然とそう口に出していました。驚いたように自分へと顔を向ける喜多さんに、自分は思ったこと、感じたことを口にしていきます。

 

「本当に無責任な人は……やった事に対して真剣に考えもせずに、平気で同じことを繰り返すから……です。何れだけ相手が嫌がっても、軽いジョークで片付けて……自分は悪くないと当たり前のように考えるから……」

「それって……」

「小五の時なんて、何度も公開処刑されて……光らせる目的でオイルを塗りたくられて……この頭だからお笑い芸人を目指せとか言われて……泣き出しても『坊さんだから一日三回までは大丈夫だろ』とか言ってきて……」

「言わなくていいから!聞いている私も泣きたくなってくるから!そんなに辛いなら無理に喋らなくていいから!!」

 

本当に何で人は平気で傷付けようとするのかな……?人が苦しんだり、泣きそうになっている姿を見て、何で笑えるんでしょうか……?自分には、何一つ理解できないです……

 

「ごめんなさい……誰にも話し掛けられなかっただけで黒歴史扱いにしてごめんなさい……」

「ネガティブが伝染してる!?お願いだから戻ってきて!!」

 

喜多さんが何か言ってる……本当に、何でハゲに厳しい世の中なんですか……

 

「あ、あの~~……」

 

……はっ!?

 

「すすす、すいませんお客様!御用件は何でしょうか!?」

「急に戻ってきた!?」

「へっ!?あっ、えっと……コーラを」

「か、畏まりました!!」

 

お客様が少しビックリしたように見えましたが、とにかく仕事はちゃんとしないと!

その後は特にトラブルらしいトラブルは発生することなく、バイトを終えることができました。

 

「じゃあお疲れ。今日はもう帰っていいよ」

 

店長さんの労いの言葉を皮切りに、それぞれが帰宅の支度を進めています。自分も帰宅のために支度をしていると、学生服に着替え終えた喜多さんが一足先に帰ろうとしていました。

 

「……今日はありがとうございました。これからもバンド活動頑張って下さい。影ながら応援しています」

 

喜多さんは名残惜しさを圧し殺したような顔でそう告げています。こ、このまま帰ったら……喜多さんはずっと(しこり)を抱えて過ごすことに……

 

「あの……毛利くん。本当に申し訳ないんだけど……少し寄ってくれないかな?階段を昇れないんだけど……」

「あっ、その……ほ、本当に帰るんです、か……?お二人に、ご自身の本心を……隠したまま、で……」

 

喜多さんはきっと、結束バンドでバンド活動をしたかった筈。その根拠は喜多さんのお話だけで、確たる証拠は無いに等しいですけど。確かに最初に嘘をついたことは誉められたことではないですけど、全部が嘘だったとは思えないんです。

 

「……気遣ってくれてありがとう。でも、いいの。私は一度、逃げ出した人間だもの。皆が真剣にバンドをしようとしているのに、私だけ真剣じゃなくて……」

「あっ、あの……それは、嘘、ですよね……?」

 

一向に身を引く姿勢しか見せない喜多さんに、後藤さんが意を決したように嘘だと指摘します。そのまま、後藤さんは言葉を続けていきました。

 

「喜多さんの指の皮……とても硬くなっていました。それは、かっ、かなりギターの練習をしないとならない筈です……」

 

指の皮が硬くなっている……確かに、何もしていなかったら指先の皮は硬くならない。弦を押さえないといけない以上、指先の負担は避けられない。つまり喜多さんは、一人でずっとギターを弾けるように練習していたことになる。それは、真剣だったという証明にもなりうる。

 

「本当は……ずっと、練習していたんですよね……?最初の嘘を本当にするために……バンドを続けたくて、頑張っていたんじゃないですか……?」

 

後藤さんの問い掛けに喜多さんは無言を貫いています。それはきっと、肯定しているのだと信じて、自分も喜多さんの説得に加わります。

 

「そ、それに喜多さんは言っていたじゃないですか……ちゃんとギターを弾けるようになって、謝りたいと……それは許されるなら、また……一緒にバンドをしたいと思っていたからじゃ、ないですか……?」

 

謝りたいだけなら、ギターをちゃんと弾けるようになる必要はそこまでない筈です。にも関わらずちゃんと弾けるようになりたいと口にしたのは……本当にバンドをやりたかったからだと、思ったからです。

だから……このまま気持ちに蓋をしたままだと、喜多さんは苦しい気持ちを抱えたままになります。それはきっと、伊地知さんと山田さん、後藤さんも自分も同じです。だから……

 

「他の人より楽器を弾けないかもしれないですけど……人一倍努力している喜多さんなら、きっと……」

「ほ、本当に頑張っていたのなら……もう一度、頑張ってみませんか……?後藤さんもきっと、協力してくれると思いますし……」

「ひゃ?えっ……ひゃ、ひゃい……」

 

自分が喜多さんにそう伝えると、後藤も変な声を上げながらも頷いてくれます。その流れに便乗するように、伊地知さんと山田さんも喜多さんに近寄って行きます。

 

「あたしも喜多ちゃんに手伝ってほしいな。このバンドを盛り上げるために!」

「ギターが増えたら音が更に賑やかになる。ギター二人にベース、ドラム、キーボード……とても贅沢な構成。加えてノルマも五分割」

「も~!素直な言い方をしなよ!」

 

山田さんの発言に伊地知さんは口を尖らせていますが、喜多さんは何故か目を輝かせています。

そして、喜多さんの返答は―――

 

「……ありがとう。私、もう一度頑張ってみる。結束バンドのギターとして」

 

結束バンドへの際加入でした。

……良かったです、本当に。このまま、あやふやな形で終わらずに済んで。

 

「あ、あの、帰る前に一回だけ演奏しませんか?元通りになった記念に」

 

自分が思い付きで提案すると、伊地知さんも妙案と言いたげに頷いてくれました。

 

「それ、いいかも!スタジオはお姉ちゃんに言えば使わせてくれるし!喜多ちゃんの帰還と、ぼっちちゃんと毛利くんの歓迎も込めてやろう!!」

「い、今からですか?私の下手な演奏が……ボンボンって低い音しか出せない私の下手な弾き方が……」

 

喜多さんが困ったように自身の下手具合をアピールしましたが、その内容に意識が釘つけになってしまいました。

ボンボン?低い音?ギターって確か、ジャンジャンという高音が普通ですよね?弦を押さえなくても一応は高い音は鳴らせる筈なのに、幾ら下手と言ってもでもボンボンとは鳴らないのでは……?それにボンボンという音は……

 

「あの……それってベースじゃ……」

 

後藤さんも自分と同じ疑問……いや、一歩踏み込んだようにギターではなくベースではないかと喜多さんに問い掛けています。

 

「え?ベースって弦が四本のやつでしょ?私そこまで無知じゃないって」

 

後藤さんの問い掛けに喜多さんは笑って受け流すと、背負っていたケースを下ろしてご自身の楽器を初めて自分たちへと見せます。

 

「ほら?ちゃんと弦が六本あるでしょ?」

 

喜多さんが仰る通り、確かにその楽器には弦が六本張ってあります。ですが……

 

「あの……ブリッジがボディの端にあったり、ネックが長めになっているのは、ベースの特徴……なんですけど……」

「え?ブリッジ?ネック?新体操か何かなの?」

「えっと……ブリッジは下の方で弦を留めているパーツのことで、ネックは喜多さんが飾りと思っていた、木の棒のこと、です……」

 

ギターとベースのパーツの名称に疎かった喜多さんに、自分は可能な限り分かり易く説明します。

 

「意外と詳しいね、毛利くん」

「その……ギターとベースについて調べたことがあったので。あくまで興味本意の薄っぺらいもの、ですけど……」

 

伊地知さんの疑問に正直に答えますが、それよりも一番の問題は喜多さんです。

自分の指摘を受けた喜多さんは目が点となって、ケースの中にある楽器に視線を向けます。そのまま自分たちへと顔を向け、無言で表情で訴えかけています。

これはベースじゃないよね?ちゃんとしたギターだよね?と。

 

「べ、ベースには弦が六本のも、あります……」

「それ、多弦ベース」

「…………」

 

その訴えも、躊躇いがちのギタリストである後藤さんと、ばっさりと言い切ったベーシストである山田さんによって無慈悲に打ち砕かれましたが。

ベースには六本の物もあるんですね。もしかして、ギターにも六本以上張られたタイプもあるんでしょうか?アハハハハ。

 

「……あひゅん」

 

自分が軽く現実逃避していると、お二人によって目の前にある楽器がギターではなくベースだと知った喜多さんが、その場で崩れ落ちてしまいました。

 

「お父さんからお小遣いとお年玉、二年分前借りしたのに……ローンも二十回以上残っているのに……」

 

ショックで倒れた喜多さんの口から、白い魂のようなものが抜け出ています。その理由もすぐに察せられましたが。

お小遣い二年分……一月五千円として、お年玉を一、二万円くらいとしたら……15万円くらい?多弦ベースだけじゃなく、ケースにスタンド、エフェクター等も一緒に買っている筈ですし……それが間違えて買ったと知ってしまったら、確かにショックですよね。

 

「て、店員さんに聞かなかったん、ですか……?」

「それ追い討ちだから!」

 

通販で購入したとは思えなかったので、喜多さんにそう問い掛けたら伊地知さんからお叱りを受けました。そして、肝心の喜多さんは―――

 

「アッ……アッ……初心者なのに、見た目と値段で選んじゃって……その後で店員さんに聞いて、必要なものを揃えて……あの時にちゃんと確認していれば……ギターって口にしていたら……買ってすぐにレシートを捨てずに見ていたら……まだ、引き返せたのに……」

「喜多ちゃぁああああああああああんっ!?」

 

口から出ていた魂が銃で撃たれたように床に落ちて、ご本人共々撃沈しました。

 

 

 




「キーボードって、バンドでもあまり見ないよね?基本的にギターにベース、ドラムの構成ばかりだし」
「あっ、それは……」
「そ、れ、はっ!バンドの人数や曲の方向性、優先順位からキーボードは省略されることが多いから。キーボードはどうしても他の楽器と比べて優先度は低いけど、決していらない存在じゃない。キーボーディストがいるだけで曲の幅も広がるし、雰囲気もガラリと変えられる。絵に例えるなら他の楽器は輪郭となる線で、キーボードは着色するための色。色が付くとより曲のイメージが鮮明になってライブも盛り上がり易くなる。その役割からキーボーディストは他の演奏者と違って―――」
「リョウさんが凄く語ってる……」
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