皆さんこんにちは。あれからもバイトにバンドの練習と、頭皮に汗を流して頑張る毛利拓也です。
ライブに必要な曲数……《あのバンド》と《星座になれたら》の二曲が出来上がり、最初の曲と合わせて無事三曲用意することができました。
「これで条件が揃えられたね!」
「うん。後はオーディションを受けて、通ればライブに出られる」
ノルマ代はバンドの徴収で払うことができますし、オーディションに合格すれば晴れてライブすることができます。
それにしても……月日が流れるのは本当に早いですね。もうすぐ夏休みですし……
「夏休み……それは約束された、その場しのぎの楽園……」
「……へっ?その場、しのぎ……?」
後藤さんの絶望が入り雑じったような声が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいでしょう。ああ、小学校の悪夢が瞼の裏に……
「八月の休みが終わったら学校……夏の思い出を語らう中、ポツンと一人淋しく眺める初日……」
「っ!?あっ、ああっ……!?」
「自分の人生の苦行の一つ……『夏の間にハゲは治ったか~?』と嫌らしい声と共にカツラを取られそうになり、必死に抵抗してさらに笑われて……」
「重い!重いよ!後、身体が溶けかけてるから!」
アア……ドウシテ、ヒトハイジメルノデショウカ……?ヤハリジブンガハゲダカラ……?ハゲハイジメテモイイソンザイダカラナノ……?
「ごめんなさい……話しかけられないだけでコンプレックスを感じて、ごめんなさい……」
「戻ってきてぼっちちゃん。夏休みにライブをしたら、きっといい思い出になるから」
「えっと、ヘアスプレーはどこかしら……?」
「ホント、喜多ちゃんも慣れてきたね」
イジメモンダイ……ダメ、ゼッ対。虐メハ誰ノ為ニモナラナイ……
「ところでさ……リョウが持ってるその袋は何?」
「カツラ。これで男装、女装をしてバンドの成長ぶりをアピールする」
カツラ……カツラ!?
「アガガガガガガガガガガガガガガガッ!」
「毛利くんの身体から蒸気が洩れ始めた!?」
「毛利くんがどんどん干からびていく……!まさか、リョウ先輩の言葉にダメージを負ったの!?」
カツラノコウカン……ニダンガサネ……ドチラモミジメニナル……ナンデコノヨハハゲニヤサシクナイノ……?
「このままじゃ毛利くんが死んじゃ……うっ!?」
「郁代?どうし……ふぐっ!?」
「喜多ちゃん!?リョウもどうじっ!?」
「ごめんなさいごめんなさい……」
ヤダヨ……カミノナイゲンジツモセカイモヤダヨ……
「髪の毛があってゴメンナサイ……」
「カツラを用意してゴメン……」
「サイドテールでごめんなさい……」
「ごめんなさ……えっ?み、みなさん、ど、どうしたんですか……!?」
アア……ミンナガハゲナラ、キットヤサシイセカイニナッタハズ……ユメノセカイヘイワガメノマエニ……
「どどど、どうすれば……!?」
「皆さんどうしまし―――集団殺人現場!?」
センソウハミニクイシットノエンチョウセン……マタハ、リエキホシサカラクルサイシュウシュダン……
「本当に何がっ!?」
「一体どうし―――」
「駄目ですっ、店長ざん……!近づいだら、店長ざんも餌食に……!もヴ、息がっ……」
「本当に何があった!?」
ヘイワヲトイタジンブツハハゲダッタカラ、ミンナガハゲニナレバヤサシイキモチヲイダイテ、ハッピーエンド……
「長い髪でごめんなさい……」
「髪を大事にしなくてゴメン……」
「毛髪が元気でゴメンナサイ……」
「可愛いヘアスタイルでゴメンナサイ……」
「マジで何が起きているんだ!?ええと、確かここに―――」
ハゲハセカイヲスクウ……ミライエイゴウツヅク、ジンルイノリソウキョウ……
「あわ、アワワワワワワワ……」
「ぼっちちゃん、無事か!?」
「うひぃっ!?」
「ぼっちちゃんは無事みたいだな。虹夏たちは……蒸気を発している干物?まさか、毛利なのか?」
「あっ、はい……喜多さんが毛利くんを治療していたら、毛利くんが急に蒸気を発し出して……」
「つまり、この惨状は毛利が原因か!まずはありったけのヘアスプレーを吹き掛けるぞ!」
アア、ミナガハゲトナリ、ダレモ馬鹿ニスルコトナク、互イヲ尊重し合う、明るい未来が―――
「―――はっ!?」
自分は一体何を……!?いえ、それよりも―――
「ガスマスク大沢!?」
「何だ?その芸名みたいな叫びは」
声からして店長さん!?何でガスマスクを被っているんですか!?
「あの……店長、さん?どうして、ガスマスクを……?」
「ちょっとした感染対策だ。つか、生物兵器を疑ったわ」
「???」
店長さん?本当に何を言っているんですか?何が何だか分かりませんので、隣にいる後藤さんに聞いてみることにします。
「ご、後藤さん……一体何が、あったのですか……?」
「うぇっ!?え、えっと……その、室内の空気が悪くなって……それで虹夏ちゃんたちが倒れちゃって……」
後藤さんが歯切れ悪く説明しながら、気まずそうに視線を逸らしています。その視線の先には、テーブルに突っ伏している伊地知さん、山田さん、喜多さん、PAさんがいました。
「髪を結ってごめんなさい……」
「ハゲと言ってゴメン……」
「カツラを取ってごめんなさい……」
「髪の毛を伸ばしてごめんなさい……」
く、暗いです!皆さんがとても暗いです!普段のお姿から想像できない程に暗いです!本当に何があったのですか!?
「いや、お前が原因だからな?お前の蒸気を吸ってああなったんだからな?」
店長さんが呆れた口調でそう言ってきました。嘘をつく理由が欠片もありませんので、たぶん事実なのでしょう。全然記憶にないですけど。
「その……すみません……全然覚えてませんけど……」
「無理に思い出さなくていいから。また蒸気を発せられても困るし」
「あっ、あの……毛利くんは、夏が嫌いなんですか……?」
夏が嫌い?嫌いではなく地獄の大釜なんです。ハゲの公開処刑場なんです。
「水泳の授業は『海坊主』と馬鹿にされ……水泳用の帽子も『ハゲにはいらねぇだろ』と取られた挙げ句、『プールに河童が出たぞ』と煽られ……終いには溺れさせられるから近づくなよと言われて……」
「ひ、酷いイジメ……」
「どんだけお前の周りは道徳心がゼロなんだよ。本当によく心が壊れなかったな」
「えっと、その頃から……キーボードを弾いて逃げ始めていたので……」
むしろキーボードがなかったら、二度と部屋から出てこなかったと思います。今も外に対して恐怖を感じていますし。
「…はっ!妖怪髪置いてけ!?」
そんな声と共に伊地知さんが顔を上げました。
「あれ?何で此処に……って、お姉ちゃん!?何でガスマスクを着けてるの!?」
「店では店長って呼べ。それとこれは感染対策だ」
店長さんのその言葉で思い出したのか、伊地知さんはあ~っと言いたげな表情になっています。そんな伊地知さんに、自分は申し訳なさそうに話し掛けました。
「その……すみませんでした。自分のせいで、大変なことに……」
「あ~、謝らなくていいよ。基本的に何時ものことだし、むしろリョウの無神経さが原因だし。そもそもカツラでバンドの成長アピール自体が意味不明だし」
伊地知さんは気にしなくていいと伝えてくれていますが、自分が原因で引き起こした惨状ですし……
「それに演奏も最初と比べたら上手くなってるし!しっかり成長できているから、今度のオーディションも大丈夫だよ!」
「あの時と同じクオリティなら、容赦なく落とすけどな」
「お姉ちゃん!何で余計な事を言うの!?」
成長……成長、しているのかな……?みんなに気を使わせて、下手な演奏しかできていないのに?
~♪~♪~
『……それでアタシに電話してきたんだ?』
「うん……ごめん……母さん達に、切り出せなかったから……」
自宅の自室で、姉さんに電話して自分の不安を吐露してしまいました。本当は姉さんより父さんと母さんに聞くべきなんだし、自分で考えなきゃいけないのに、安易に頼って本当に自分はハゲで駄目な人間です。
『別にいいよ。むしろ嬉しくて舞い上がっちゃったくらいだし。我が弟の成長ぶりにね』
「……え?」
姉さんからの思いがけない言葉に自分は驚いていると、姉さんは優しげな声で言葉を続けていきます。
『以前の拓也なら、自己否定で終わって閉じ籠っていたでしょ?それが悩んで相談しているんだから、間違いなく前に進んでいるよ』
「そう……なの、かな……?」
『ま、人前で演奏するなんて始めてだから仕方のない部分もあるだろうけど。今日電話したのも、オーディションに落ちるのが怖いからなんでしょ?』
「……うん。みんなが頑張っているのに、自分が足を引っ張ったらと思うと……」
自分の演奏はお世辞にも上手いとは言えない。足並みを揃えて演奏するのに苦労しているし、今も必死に周りの音を聴いて弾いている。それでも途中で頭の中が真っ白になりそうで、本当に不安になってくる。
「それに……もし通って本番になったら……知らない人の前で弾くことになって、ハゲがバレたらと思うと……」
『話が変わってきてるぞー、弟よ。不安なのはよく伝わってくるけど』
「ゴメン……でも、避けられない問題だから……」
『そんなに気負わなくて大丈夫だって。動画サイトの動画を見た限りだけど、いい感じで演奏できてたじゃない』
「……動画、見たの?」
『試しにショルダーキーボードで検索したら偶然、ね。拓也の演奏の手癖は知っていたから、一目ですぐに気づいたよ。結束バンド……名前はちょっとアレだけど、いいバンドじゃない』
姉さんに誉められて、少し嬉しくなる自分がいる。気休めだとしても、本当に嬉しく思えてしまう。
「……ありがと、姉さん。気休めでも、嬉しいよ」
『気休めでも贔屓でもないんだけどな~。一応、プロとしての評価だし』
「……え?」
プロ?姉さんが何の?話の流れからして……音楽のプロ!?
「ね、姉さんが音楽のプロ!?え、えええっ!?」
『やっぱりアタシの仕事を把握してなかったか、弟よ。お姉ちゃん、少し悲しいぞー』
「え、いや、だって……姉さんは就職したって……」
『音楽活動自体は高校から続けていたの。そうして活動していたらお声が掛かって、前の仕事は辞めてその道に進むことにしたんだよ。今じゃ、わりと有名な音楽クリエイターなんだよ?』
「そ、そうなんだ……」
姉さんが音楽クリエイターの仕事をしていただなんて……
『もちろんあくまで駆け出しとしては、だよ。何処まで“本気”なのかは分からないけど……少なくとも練習通りにすれば審査は通過できるよ。そこは自信を持っていい』
本気……本気……バンド活動に何処まで本気なのか……自分はあくまで誘われただけで……ライブをしたいという想いは間違いなく本物だけど……何処まで熱意があるのか……
それでも、少しだけ気持ちは楽になった。だから、姉さんにちゃんとお礼を伝える。
「……姉さん、ありがと。おやすみ」
『おやすみ、拓也。オーディションとライブ、頑張れよ』
~♪~♪~
STARRYのオーディション当日。
ステージ前方には山田さん、喜多さん、後藤さん。ステージの後方に伊地知さんと自分がいます。それぞれがマイクの角度、ペグの調整、シールドの確認を行っています。自分もアンプとショルダーキーボードを繋ぐシールドを確認しています。ちなみにアンプは音源の微弱な電気信号を増幅・調整してスピーカーへと伝える電子機器のことで、シールドはそれらを繋ぐ配線のことを指します。
審査員は店長さんとPAさんのお二人……店長さんから合格を貰えなければ、結束バンドはライブには出られません。
「……結束バンドです!じゃあ、《ギターと孤独と蒼い惑星》っていう曲、やりまーすっ!!」
伊地知さんの宣言の後、お互いの顔を見て頷き合います。何時でも演奏できると伝え合うためです。そして、伊地知さんのリズムで演奏が始まります。
正直、人前で演奏することに不安もあります。ハゲが人前でバレたらと思うと恐怖も覚えます。本当は成長した気になっているだけで、何一つ変わっていないかもしれない。
それでも……例え始まりが誘われたからでも……下手な演奏でも……これが自分の我が儘でも……このバンドで、上を目指したい。本気で、バンド活動に打ち込みたい。
だから……ここで躓きたくない。絶対に成功させてみせる!!
~♪~♪~
―――サビに入ってから曲の雰囲気が変わった。その理由はリードギターとキーボードの演奏に変化が起きたからだ。
(前々から感じていたが……やはりあの二人はかなり上手いな)
星歌がそう感じる二人は、後藤ひとりと毛利拓也だ。どちらもソロでの演奏を聴いて感じていたことであったが、今回のオーディションでそれは確信へと変わっている。ソロ演奏だけで見れば、二人はプロでも通用する技術を身につけている。
(だが、どちらも圧倒的なチームプレイの経験不足……加えて、自信のなさで本来の実力を発揮できないでいる……)
片方はおそらく生前の性格から、もう片方はコンプレックスから己に自信を持てていない。特に後者は重症とも言える。コンプレックスを周りから散々つつかれ続けたのだ。それも悪意ある形で。
その思考を星歌は一度頭の隅へと持っていき、目の前のオーディションへと意識を向ける。リードギターとキーボードの演奏にドラムとベースが追い付こうとし、ギターボーカルもそれに続こうと必死になっている。少しばかりズレが生じてしまっているが、破綻を招く程ではない。
そうして《結束バンド》の演奏が終わり、星歌はそれぞれの問題点を指摘する。
「ドラムは肩に力を入れすぎ。ギターボーカルは手元を見すぎ。リードギターは下を向いて先走りすぎ。キーボードはもっとリズムに乗れ。ベースは自分の世界に入りすぎ。お前たちがどういうバンドなのかは、理解できたけどな」
「……アドバイス、ありがとうございました」
星歌からの指摘を受け、虹夏は少し俯き気味に言葉を受け取る。その反応からして、不合格だと思っているのであろう。それが杞憂であることをすぐに知らされる。
「たぶん合格ってことだと思いますよー?」
「だからそう言っているだろ。合格だよ、合格」
「……もうお姉ちゃん!さっきのあれじゃ分からないよ!!」
星歌の隣にいるPAが分かりやすく伝えたこと、星歌本人からも合格だと告げられたことで、虹夏は嬉しさより姉の誤解を招く言い方に文句を口にする。
「やったね、後藤さん!……後藤さん?」
「オロロロロロロロッ」
「いやぁああああああっ!?後藤さんが吐いたぁああああああああっ!」
郁代が嬉しさからひとりに抱きつこうとしたが、それより先にひとりの口から虹色の吐瀉物が吐き出された。もし吐くより先に抱きついていたら、郁代も吐瀉物の被害に合っていただろう。
「……掃除が面倒」
「確かに面倒だけど、それより先にぼっちちゃんを心配しようよ。毛利くんも……」
虹夏はリョウをたしなめつつ、拓也にも同意を求めようと顔を向ける。その拓也は直立姿勢のまま、ピクリとも動いていなかったが。
「……毛利くん?」
ひとりがステージで吐いて大変な状況にも関わらず、微動だにしない拓也に虹夏は違和感を覚える。虹夏は訝しみながら人差し指で拓也をつつくと―――拓也はそのまま姿勢を崩さずに後ろへと倒れた。
「き、気絶してる……!?」
「たぶん、緊張が解けたからだと思う。一応、店長のアドバイスには反応していたし」
気絶した拓也を見下ろすリョウの推測は大当たりである。無事に合格を貰ったことで、拓也は緊張の糸が切れてしまい、立ったまま気絶してしまったのだ。姿勢が崩れていないので、知らない人が見れば人形が倒れていると思えるくらいに。
オーディションに合格しても、《結束バンド》クオリティ(?)は健在であった。
~♪~♪~
店長さんから無事に合格を貰い、初ライブが決まりました。合格の言葉を聞いて意識が飛んでしまいましたが。
しかし、その喜びもすぐに消え去りました。
「ノルマの1500円のチケット二十枚。五等分して一人四枚頼んだよ」
伊地知さんからライブチケット四枚を手渡された瞬間、自分の心は天国から地獄へと落ちました。
バンドをする上で絶対に避けられない道……最低限と呼べるチケットの販売……チケットが売れなければ、残りは自腹……確実に人が来るとは限らないとはいえ、捌けなければ自費の強要が待っている……
自分のチケットを売る宛ては……父さん、母さんの二人のみ。妹の亜季はまだ五歳だし、姉さんは一人暮らしで何処に暮らしているかも分からないし。特に姉さんは仕事の都合もあるだろうし……
それに自分には友達なんて一人もいないし……家族以外の宛てなんて、全くないも同然なのに!
「父、母、妹、ジミヘン……父、母、妹、ジミヘン……丁度四枚……ウェヘヘヘ……」
後藤さんは指折りで宛てを呟いて、不器用な笑い声を上げています。後藤さんが口にしたジミヘンという友達がいて、本当に良かったですね……
「四枚全部捌ける……父に母、妹に
……え?犬?
「あの……犬はチケット販売の、対象外なのでは……」
「……え?」
自分のその指摘に、笑みを浮かべていた後藤さんが床へと倒れました。
「あああ、後一枚……後一枚が……」
「おおお、落ち着いて後藤さん!自分はチケット二枚で……五歳の妹は無理だし……」
「あびゃにゃばららららららっ」
後藤さんを落ち着かせようとしたら、痙攣から突如全身から電気を発してスパークしました。