VOICEROIDのウェポンサイド//双天の鶴翼円舞   作:EMM@苗床星人

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『螢惑編』はオマージュ元に近づくために平成初期のアニソンを聞きまくり脳を平成に戻しながら書いてます。べたなほど王道のストーリーをお楽しみください。


第一部『螢惑編』序幕 伊織弓鶴、熒惑より帰還せしこと

 勢天町(せいてんちょう)。

 そこは、我々が観測する基底現実と限りなく相似形を成しながら、絶対的な断絶を隔てた物語上の並行地球、あえて呼ぶなら『ボイロウェポン世界』の一角。

 この街の朝は、香ばしい油の匂いと、弾けるような少女の鼻歌から始まる。

 

「♪~♡」

 

 ぱちぱちと心地よい音を立てる揚げ油の中を、黄金色の衣をまとったエビフライが気持ちよさげに泳いでいる。

 それを菜箸で器用に操るのは、燃えるような赤い長髪をポニーテールにした少女、琴葉茜。

 

「ご機嫌だね、お姉ちゃん」

 

 食器を並べながら、妹の葵がくすくすと笑う。茜と瓜二つの容姿だが、その髪は理知的な青。

 対照的な二人が、ただの少女ではないことはこの物語を読んでいる以上は分かりきったことだと思う。

 この街を異界の魔の手から守護する、役目を人知れず負っている手練の姉妹である。

 

「へっへっへ、当たり前やん! 今日からうちらも、弓鶴兄ちゃんの『後輩』になるんやで!」

 

「うん、そうだね!」

 

 葵もまた、その言葉に満面の笑みを咲かせた。

 二人は実の姉妹だが、その『お兄ちゃん』――白髪になよっとした体格をした青年、伊織弓鶴との間に血の繋がりはない。

 琴葉家の両親が亡き友人から預かった置き土産……そんなカバーストーリーの下、赤子の頃から本当の兄妹のように育ってきた青年だ。

 

「ボイロウェポンとして覚醒して数年、私たちが守ってきたこの街で、弓鶴兄ちゃんとの甘い学園生活が始まるんだねぇ」

 

 うっとりと夢見るように呟く葵に、茜の箸さばきがピタリと止まる。

 揚げたてのエビフライに向けられていた熱視線が、そのまま妹へとスライドした。

 

「……抜け駆けは無しやで、葵」

 

「あら、お姉ちゃんは自信がないと?」

 

 氷のように冷ややかな妹の反撃に、「うぐっ」と茜は言葉を詰まらせた。

 そうなのだ。二人は仲の良い姉妹であり、同時に、一人の青年を巡る恋のライバルでもあった。

 ボイロウェポン。それは、無数の異界より飛来する侵略者からこの世界の守護する者として、人為的に『製造』された少年少女たちの総称。

 物語世界の主役として因果の集う存在――『特異点』の遺伝子情報を、異次元由来の自己増殖金属細胞に転写し、量産された生体兵器。

 彼らは各都市に一組ずつ配置され、高度な認識阻害魔術によって、互いの街に住む同一存在をはじめとしたその正体を一般市民に悟られることなく日常に溶け込んでいる。

 全くもって狂気的な防衛構想だが、それによってこの世界は維持されている。

 それは、日常と不可分な彼女たちの揺るぎない現実だった。

 

 そして、伊織弓鶴もまた、ボイロウェポンの因子を秘めている。

 だが、彼はまだ覚醒に至らない『一般人』として、穏やかな日常を生きていた。

 

 共に高校へ通い、その刺激の中で彼が覚醒の時を迎えたなら――その瞬間。

 傍にいた方が生命力ーーBLESSと呼ばれる呼気の力を譲渡する『契約』の儀式、すなわちキスを交わし、晴れて彼のパートナーとなる。

 この高校生活の幕開けは、姉妹の恋の戦いのゴングでもあったのだ。

 何も知らない弓鶴はただ、妹たちとの新しい日々に胸を膨らませているだけだというのに。

 

「できたでー!」

 

 山盛りのエビフライを皿に乗せた茜は、葵と火花を散らしながら階段を駆け上がった。

 弓鶴の部屋の前で、二人はぴたりと足を止める。

 ごくりと喉を鳴らし、互いに頷き合うと、意を決して同時に扉を開け放った。

 

「「弓鶴兄ちゃん、朝だよぉっ!」」

 

 その声が響いた先は――もぬけの殻の寝室だった。

 いや、違う。その天井に、まるで悪夢の口のように、星型の時空ゲートが禍々しく開いていた。

 

「「わぁぁっ」」「みゅっ」

 

 次の瞬間、気の抜けた声と共に、ゲートから三つの人影がドサドサと雪崩のように落ちてきた。

 その中心にいるのは、紛れもなく兄である伊織弓鶴。

 そして、その両脇には見知らぬ女が二人。

 伊織の頭上に、紫芋みたいな色をした一頭身の珍獣が一匹。

 

「……ぁ?」

 

 茜の眉が、これ以上ないほど吊り上がる。葵は、信じられない光景に口元を押さえていた。

 

「あ、ふ、二人とも……久しぶりぃ、って時間戻してもらったんだっけ?」

 

「そのはずですが……あいたたた」

 

「みゅっ、みゅーっ!みゅっ!」

 

 弓鶴は、姉妹の記憶にある華奢な姿ではなく、戦士のように引き締まった肉体を得ていた。

 彼の問いに、紫色の髪を持ち、東洋風の艶やかな衣装を纏った女が気だるげに答え、珍獣が彼女の頭上を指定席と言わんばかりによじ登り居座る。

 

「ここが、弓鶴の世界? 思ってたより平和だにぇ……」

 

 金髪を揺らし、武士のような出で立ちの女が呟く。

 その言葉が引き金だった。琴葉姉妹は瞬時に事態を理解する。

 

ーーこれは『侵略』だ。

 

 姉妹はアイコンタクトさえ交わさず、互いの唇を強く重ね合わせた。

 BLESSが励起し、姉妹の身体が戦闘の光に包まれる。

 女たちもまた、瞬時に沸騰した殺気に気づいた。金髪の武士は腰に下げた木剣の柄に手をかける。

 柄頭の梅紋から光が迸り、桜色の光の刃が形成された。

 紫髪の女もまた、虚空から集めた魔力光で優美な曲刀を練り上げる。

 変身を終え、巫女装束を彷彿とさせる戦闘服を纏った茜が、薙刀――妹たる葵が変じたそれ――を構える。

 三者の刃が、状況を把握しきれていない弓鶴の頭上で、火花を散らしながら交差した。

 

「うっわ!?」

 

 ようやく弓鶴が悲鳴を上げる。

 

「『未知の脅威(アンノウン)』……! 弓鶴お兄ちゃんに何をしたぁっ……!」

 

 怒りに我を忘れ、茜は獣のように低く吠えた。

 

「あんのう、うん?異界人を、この世界ではそう呼ぶんだにぇ?」

 

 金髪の武士が挑発的に笑う。

 

「むしろこの世界へエスコートしたのは我々ですよ? 感謝してほしいくらいです」

 

『はぁ? どういう……』

 

 紫髪の女の言葉に、薙刀と化した葵が疑問を呈しようとした、その刹那。

 

「み、みんな落ち着けよもう!」

 

 交差する三つの刃の間に、第四の刃が割り込んだ。それは金髪の武士と同じく木製の剣塚から伸びた夕陽の如き黄金色の光剣。

 凄まじい速度で回転し、三者の刃を、持ち主を傷つけることなく的確にいなし、弾き飛ばす。

 そのまま回転の勢いを殺さず、光剣は葵の刀身を絡め取り、主である弓鶴は茜の身体を強く抱き寄せていた。

 

「なっ、え、あっ!?」

 

 あまりにも神がかった剣技に、茜は目を白黒させながら、兄の腕の中で呆然とするしかなかった。

 

「事情を、お互い話し合おう! 茜、葵、その姿は何!?」

 

 そうだ。彼女たちが今日この日まで守り続けてきた日常の象徴、伊織弓鶴は――たった一晩の神隠しの果てに、異世界を救い、元の時間へと帰還していたのだ。

 異界の武士、弦巻マキ。

 次元海賊、結月ゆかり。

 そして小動物の形をした凶悪雷撃次元戦艦、みゅかりさん。

 その英雄的な才覚で魅了し、さながら物語の主人公の如きハーレムを築き上げながら。

 

「な、何ってぇ……」

 

『聞きたいのはこっちだよ、弓鶴兄ちゃぁん……』

 

 薙刀から響く葵の声は、ほとんど泣き声だった。

 かくして、琴葉姉妹が夢見た甘い学園生活はーー

 

 幕が上がる前に、壮大すぎる愛憎劇の第二幕から始まってしまったのである。

 

 

 さっきまでの緊張が嘘のように静まり返った琴葉家の居間。

 

 だが、その静寂は新たな異変によって破られた。

 葵が空調のリモコンの隠しスイッチを操作すると、弓鶴が見慣れたはずの壁の一部が、機械的な駆動音と共に静かにスライドし、その奥から冷たい光を放つコンソールパネルが姿を現したのだ。

 

「え、なに、この家……隠し扉とかあったの!?」

 

 長年住んでいたはずの我が家の、全く知らない機能に弓鶴は呆然とする。

 その間にも、葵は手慣れた様子でコンソールを操作していた。指が触れるたびに、薄暗いリビングの中央に青白い光が集束し、立体映像のモニターを形成する。

 そこには、結月ゆかりと弦巻マキの三次元モデルと、無数の文字列が浮かび上がっていた。

 

「……『女帝(エンプレス)』、『結月ゆかり』の特異点型で存在座標を固定している高次元生命体。

ダイヤスーツJクラスの次元海賊、TOWEATにも指名手配されてる立派な次元犯罪者……それと脱走ボイロウェポンの……『みゅかりさん』?ゆかり型の亜種か、『愚者』と」

 

 葵は不服そうな声で、アーカイブされたゆかりの情報を読み上げる。

 愚者と呼ばれた小動物みゅかりさんは、「みゅあーっ!」と鳴きながら、ゆかりの頭上で不服そうに跳ねた。

 異界からの来訪者、未知の脅威はその出身と脅威度によってトランプの絵札を用いランク付けされており、一定以上の実力者を大アルカナの二つ名を持つ『ネームド』と呼称する。

 曰く、超科学世界のスペード、魔術幻想世界のクラブ、並行地球のハート、異次元神格のダイヤ。

 ネームドはジャック、クイーン、キングと絵札で等級分けがされるが、国や世界の危機たるクイーンやキングは滅多に来ない、来てたまるかと言える。

 

「で、こっちはデータなし。スペードスート異世界『天雷熒惑府(てんらいけいこくふ)』の筆頭武士、と。

観測された戦闘能力から推定して……スペードJクラス相当、かな? コードネームは『皇帝(エンペラー)』でいっか」

 

 聞いた話を噛み締めながら、葵はコンソールを高速でタイプし、マキの情報をTOWEATのデータベースに新規登録していく。

 その手際は、歴戦のエージェントそのものだ。

 

「今敵対はしてないので、Aクラスの友好対象として扱ってほしいですねぇ」

 

 ソファの上に浮遊しながらふんぞり返ったゆかりが、しれっと要求する。だが、それに噛み付いたのは茜だった。

 

「ガルルル……どの口が言うとんねん! あんたは既に迷惑かけた相手からの文句が渋滞起こしとるんやアホぅ!

次元航行中の海尼市のイタコさんに、幾度となく喧嘩ふっかけたって報告が上がっとるんやぞ!」

 

「海賊は船を襲って金品を奪うのが仕事なんですぅー」

 

「みゅんみゅぅー」

 

「それが犯罪や言うとるんや!」

 

 屁理屈をこねるゆかりとみゅかりに、茜の堪忍袋の緒が爆発しかける。わしわしと頭を掻きむしったその時、壁掛け時計が目に入った。

 

「あぁもう、報告はしたしあとはTOWEATのスタッフに任せて……葵! 弓鶴兄ちゃん! はよ学校行くで!」

 

「そ、そうだね!?」

 

 慌てて学生鞄を掴む弓鶴。

 壁のコンソールを閉じた葵は、リビングに残る異世界人二人に、有無を言わせぬ笑顔で釘を刺した。

 

「ここで、お・と・な・し・く、してなさいね! ね!」

 

 玄関のドアが閉まる音を聞きながら、残された女帝ゆかりと皇帝マキは顔を見合わせる。

 

「……やっちゃうんですか?」

 

「おぅ、自由にさせてもらうにぇ」

 

「みゅー。」

 

 二人と一匹は、悪戯っぽく肩をすくめて笑うのだった。

 

 

 

 勢天町の穏やかな朝。見慣れた通学路。

 電柱の影、アスファルトの匂い、小鳥のさえずり。それら全てが、弓鶴の涙腺を刺激した。

 

「……あぁっ、空が、空が青いなぁ……」

 

 ぽろぽろと涙をこぼし、空の青さを噛み締める兄の姿に、葵は胸が締め付けられるのを感じた。

 たった一晩で、彼はどれほど壮絶な冒険をしてきたのだろう。

 

「あ、あのお兄ちゃん? 時間戻してもらったって言ってたけど……どれくらい、向こうの世界に行ってたの?」

 

 おずおずと尋ねる葵に、弓鶴は涙を拭いながら、まるで苦労したお使いの帰りであるかのようにぽつりと答えた。

 

「3年」

 

 その言葉が落ちた瞬間、隣を歩いていた茜の怒りが臨界点を突破した。

 

「卒業しとるやんけ! 卒業した上で一年お釣りくるやんけ! あの未知の脅威どもは人の青春なんやと思うとるんや!」

 

「い、いや、俺が熒惑に行っちゃってたの、あっちの人たちのせいじゃないっぽいんだよ。あそこの神様が言ってたから、多分間違いないと思う」

 

「神様なぁ……」

 

 その名称が出てくる事案に、碌なものはないーー大凡が人類には手に負えない邪神がこの世界には実在するからだ。

 それを知る茜は大きなため息をつくと、真剣な眼差しで兄を見つめた。

 

「弓鶴兄ちゃん。向こうで何があったか……軽くでいいから、話してぇな? 大丈夫や、周りに何の話か聞かれたら『今読んでるラノベの話』って言えばええから」

 

 異世界という単語に、何の動揺も見せないーーそれどころか、手慣れた手つきで乗りこなしていく妹たち。

 その異常な日常に、しかし弓鶴は今、心からの安堵を覚えていた。

 この頼もしい妹たちになら、きっと信じてもらえる。

 

「……うん、ありがとう」

 

 弓鶴は一度深く息を吸い込むと、口を開いた。

 世界『熒惑』に連れ攫われ、故郷への帰還だけを胸に戦い続けた、三年間という長すぎた冒険の物語を。

 

 さぁお立ちあい、ここより語られるは双つの世界を股にかけた英雄活劇。

 その演目の銘はーー

 

VOICEROIDのウェポンサイド//双天ノ鶴翼円舞。

 

    『螢惑編』

 

 はじまりはじまぁりぃ……

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