VOICEROIDのウェポンサイド//双天の鶴翼円舞   作:EMM@苗床星人

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第二部『勢天編』 序幕 あゝ、牧歌的なる勢天町

 

 高度に発達した科学は魔法と区別がつかないーー対して、高度に発達した魔術もまた、科学とその性質を同じくするものだと言える。

 

 次元の海。真空にして無限の可能性が混沌と渦巻く、物語世界を繋ぐ狭間。

 そこを征く艦隊があった。

 船体は、まるで豪奢な食器を思わせる磁器と、ステンドグラスを嵌め込んだかのような色とりどりのガラスによって構成されている。

 およそ宇宙航行に適しているとは思えぬその脆弱な見た目を、蒼白い魔力のシールドが薄皮のように覆い、真空の脅威から守護していた。

 正しく高度に発達した魔術による侵略艦隊。

 名を、『セプテントリオーネス大隊騎士団』。クラブスーツに分類される魔導技術世界、『ラステア』から来た存在である。

 

 その規模は、一つの世界を覆い尽くすに足るほどに膨れ上がっており、彼らの焦燥と攻撃性の高さを如実に物語っていた。

 往々にして、クラブスーツ世界のほとんどが、その資源の枯渇に喘いでいる。

 何故なら、万能の力である「魔法」の模倣にすぎない「魔術」は、その動力源として、所属世界から魔力ーーすなわち、可能性の力そのものを燃焼させるからである。

 始めは、個人の不幸から影響が現れた。それ故に発見が遅れる。

 人々が異変に気が付いた時、世界そのものが可能性の空白による悲劇的な運命汚染、『呪相』に囚われてしまっている。

 『呪相』が世界に与える影響は千差万別だった。個人の保有する魔力を失った人間が凶悪な魔物に変貌する世界もあれば、魔王と呼ばれる終末装置の稼働を以て終末を迎える世界も数知れない。

 それ故に、ラステアにとって、他世界への侵略と魔力の確保は急務であったのだ。

 それが例え、どれほど非道な侵略行為であったとしても。

 

 しかし、それこそが呪相のなせる業だったのか。

 その艦隊は、その侵略を開始する直前、予期せぬ悲劇に見舞われ壊滅することとなる。

 

 がしゃぁん!!

 

 甲高い破壊音は、真空の次元空間においては響かないはずだった。だが、魔力シールドと艦内を伝播した衝撃は、乗員たちの耳を物理的に、そして精神的に引き裂いた。

 艦隊の指揮を執る将校の船、その一機が、まるで内部から膨れ上がったかのように形を失い、大爆発を起こしたのだ。磁器とガラスの破片が、無重力空間に美しくも無慈悲な残骸を撒き散らす。

 

『敵襲!』

 

『馬鹿な、何処からだ!? レーダーに感なし!』

 

『艦の内部……! これは、まさか人間単体で、この威力を出したというのか!』

 

『件の世界の生物兵器か……面白い! ラ・クロワ、出撃する! 我に続け!』

 

 凛々しい女騎士の声が、混乱する通信網を断ち切るように響き渡る。

 クロワ。彼女がコクピットに乗り込み通信を送ると即座に、無事だった艦から、まるで祈りを捧げる女神像のような形をした単体戦闘機群が射出された。

 機体は、機械とは思えぬ生物的な曲線を描きながら隊列を成し、爆発の余韻が残る宙域の中心――そこより現れた『敵』を、一斉に見据える。

 

『特異点のコピー如きに!』

 

 クロワの怒声に呼応し、先頭を行く女神像が両腕を稼働させる。

 その白磁の腕に蒼い魔力刃が形成され、推進剤の尾を引きながらミサイルのように射出された。

 必殺の軌道が、爆炎の中からゆっくりと姿を現した人影へと殺到する。

 

 しかしーー『彼』が純白の衣を翻し、その手を静かに眼前に向けた瞬間。

 まるで衛星のように彼の周囲を舞っていた複数の色をした光が、弾けた。

 光は、迫り来る魔力刃の悉くを撃ち落とし、その全てを、何事もなかったかのように次元の塵へと還元していった。

 

「……ひひっ」

 

 真空の次元海に、その嘲笑は響かない。だが、魔導艦の通信回線をジャックしたかのように、あるいはクロワの精神に直接響くかのように、歯を見せて攻撃的に嗤う『彼』の声は届いた。

 『彼』はそのまま、燃え盛る旗艦の残骸から弾丸のように飛び出すと、周囲の艦隊へと突撃した。

 無造作。あまりにも無造作な動きだった。

 『彼』が手を振るうたび、見えざる何かの力場が、磁器とガラスで構成された優美な艦体を、まるで玩具のように叩きつけ、握り潰し、砕け散らせていく。

 

『今のはなんだ! 何なんだ、あの化け物は!』

 

『小型ながらも敵影、多数! 生命反応アリ! おそらく、同種の生物兵器群と思われます!』

 

 歯噛みしたクロワが、女神像の操縦桿を強く握りしめる。

 その意志に応え、機体の背に背負われていた大剣が分離し、女神像の右腕に握られた。

 

『ディアマンテ様、ご加護を……! 天と地の御使いより賜わりし剣にかけて! これ以上の邪魔はさせ――』

 

「あぁ、そういうの良いから」

 

 まるで耳元で囁かれたかのように、はっきりと。

 ぞっとするほど冷淡な声と共に、『彼』が鬱陶しそうに手を払う仕草をした。

 

 ――直後、クロワの視界の左半分を占めていた僚艦群が、一撃のもとに爆散した。

 

 音もなく、ただ閃光だけが網膜を焼く。その大多数は無人の自動操縦艦だった。だが、少なからず彼女の知る仲間たち、騎士団の同胞たちが乗る有人艦も、そこには含まれていた。

 何の感慨もなく。まるで集ってきた蚊でも払うかのように。

 

 『彼』の手には、いつの間にか、純白の輝きを放つ両刃の鑓が握られていた。

 クロワの網膜に映る解析結果(アナライズ)が、信じがたい情報を叩き出す。

 その鑓に、バイタルサインが表示されていた。暖かい、生命の鼓動が。

 しかし、そのサインは異常だった。

 通常の生物ならば、もうとっくにショック死していてもおかしくないほどに乱れ、泣き叫ぶほどの激しい痛覚と動悸の波形を示している。

 それなのに、無言。

 『彼』は、苦痛のただなかに居るはずの「仲間」の肉を平然と纏い、その四肢を振り回し、無慈悲なまでの攻撃性を見せつけている。

 

 目の前の怪物を前に、クロワは目を見開いたまま、恐怖に震えあがる我が身を叱咤し、操縦桿を握りしめながら問いかけた。

 

『お前は……『何』だ?』

 

「ひひ、それ聞いちゃう?」

 

 『彼』は芝居がかった仕草で両腕を拡げた。すると、彼の周囲を衛星のように舞っていた色とりどりの光たちが、その呼び寄せに応える。

 光は人の形を取り、それぞれが異なる意匠の飾りを持つ、純白の衣装にその身を包んだ『彼女たち』の姿を現した。

 彼女たちは、彼に甘えるように、あるいは、その存在に縋(すが)るかのように、その身を寄せた。

 

 そして、『彼』は告げた。

 

「『主人公』……ってやつさ」

 

 その、ふざけきった言葉。

 侵略という名の遠征に、自らを『ラステアを救う』という仮初の正義で武装していたクロワは、その瞬間に激昂した。

 己の信じる正義が、まるで目の前の若者が騙るような三文芝居の、取るに足らない悪役とでも言わんばかりの侮蔑を、その一言から感じ取ったからだ。

 

「我が正義を、なめるなァッ!!」

 

 大剣を振りかざし、クロワの女神像が『主人公』を名乗る怪物に肉薄する。

 だが、『彼』は避けもしない。ただ、一人の少女の名を呼んだ。

 

「めたん」

 

 桃色の光が閃いた。クロワの視界が、一瞬ピンクに染まる。

 次の瞬間、振り下ろしたはずの大剣が、その中心から不可視の何かに刺し穿たれ、甲高い音を立てて砕け散った。

 間髪を置かず、女神像のあらゆる個所に、撃たれたわけでも斬られたわけでもない、不可解な「穴」が穿たれる。

 

『ご、ヴぇっ!?』

 

 その破壊に右脇腹を巻き込まれ、クロワは風穴の空いたコクピット内で、己の血を激しく喀血した。

 

『な゛っ、何を……された!?』

 

『大隊指揮官殿を護れ!』

 

『この化け物がああああっ!!』

 

 複数の女神像が、負傷したクロワを守らんと盾になり、『彼』へと決死の突撃を敢行する。

 先ほど輝きを放った桃色の髪の女性は、力を使い果たしたように、光を保つ別の女性に抱えられていた。

 『彼』は、その無謀な突撃を鼻で笑い、次の女性の名を呼んだ。

 

「フィー」

 

 彼の両手に、青白い燐光を放つ二丁の銃が握られる。

 

『……よせ! お前たち……!』

 

 クロワが制止の声を振り絞る間もなく、引き金が引かれた。

 放たれたのは、弾丸ではない。星の光そのものだった。

 『彼』に向かった女神像の悉くが、そのコクピットを正確に、無慈悲なまでの威力を持った光条に射貫かれ、爆散する。

 それだけでは終わらない。

 光は機体を貫通し、その延長線上にあった後続の艦隊までもを消し飛ばし、次元の海に更なる残骸を撒き散らした。

 

 クロワが、ぞくりと背筋に伝わる、先程までの『彼』とは比較にならないほど強大なエネルギーの襲来に震える。

 死を覚悟した彼女の目の前で、次元の海に漂っていた艦隊の残骸が、意志を持ったかのように集積し始めた。

 磁器とガラスが再構築され、光の魔力がそれらを繋ぎ合わせる。

 クロワたちが守護者と崇める神格存在が、そのあまりの戦力差を誇る敵の出現を感知し、この場に直接顕現したのだ。

 艦隊の残骸を寄せ集め、変換し、強大な光の羽を持つ巨大な天使の姿が、そこに降臨する。

 

『用があるのは私ではないのか、慈悲なき者よ』

 

 静かながらも、次元の海そのものを空気のように震わせる、圧倒的な存在感を持つ声。

 その御姿に、震えるクロワは安堵と、それ以上の焦燥に口を開いた。

 

『ディア……マンテ……様! 駄目です、お逃げ下さ……!』

 

 言い切る前に、『彼』が心底楽しそうに口の端を吊り上げた。

 『彼』の周囲を、光を纏った女性たちが、神の顕現をあざ笑うかのように、目にも留まらぬ速度で高速周回し始めた。

 

 

 それは、死の花弁だった。

 『彼』の周囲を高速周回していた色とりどりの光――乙女たちが、一斉に放射状に展開したかと思えば、それぞれが予測不能な軌道を描き、顕現したばかりの巨大な天使の各所を襲撃する。

 

 神格存在の権能によって再構築された磁器の装甲が、まるで薄いガラス細工のように砕け散る。乙女たちは、その身に宿す『覚醒』の光を刃とし、盾とし、平然と神の肉体を破壊していく。

.

 それに続くように、『彼』が宙を蹴った。

 彼は、破壊の舞を踊る光の一つ――その女性に触れる。

 刹那、彼女は一振りの青白い鑓へと姿を変じ、その手に握られた。

 『彼』は、天使の右腕を突き崩す。

 次いで別の光に触れ、今度はドリルを顕現させ、左腕を叩き砕く。

 また次の光に触れ、二丁の銃で両の翼を撃ち抜き、その飛翔能力を奪う。

 さらに別の光に触れ、鎌で両足を切り飛ばした。

 

 四肢を失い、ただの光る胴体と成り果てた天使(ディアマンテ)の頭上で、『彼』は最後の光――赤い髪の少女と、ダンスでも踊るかのように手を取り合った。

 

「演出気にせんと、とっととやらんかい、阿呆」

 

 赤い光を纏った少女が、憎しみを込めた侮蔑の瞳を『彼』へと向ける。その視線は、彼に武器として使役されることへの明確な拒絶と苦痛に歪んでいた。

 だが、『彼』はその憎悪すらも楽しむかのように鼻で笑い飛ばし、彼女の名を呼んだ。

 

「茜」

 

 彼の手に、少女の絶望が凝ったかのような、巨大な赤い槌(ハンマー)が握られた。柄からは、彼女の悲鳴にも似た業火が噴き出している。

 『彼』はそれを、無防備な天使の胸部へと、全力で振り下ろした。

 

 ――瞬間、女神は圧倒的な破砕と炎の奔流の前に、なすすべなく破壊された。

 神々しいまでの光が爆散し、その中心に、守護者たる神格存在の力の源――光り輝く核が晒される。

 

「げほっ……ごほっ……この、畜生がぁ」

 

 役目を終え、人間に戻った『茜』は、もはや自らの炎を制御できないのか、体中から火の粉を吹き出しながら、その場で苦しげに咳き込んだ。

 

 クロワの女神像は、半壊したまま戦艦の残骸に不時着していた。投げ出されたコクピットから、傷ついた体を引きずるように這い出た女騎士は、その絶望的な光景をただ見上げることしかできなかった。

 『彼』が、晒された女神の核を、まるで路傍の石でも拾うかのように無造作に手に取る。

 

「何故だ……」

 

 クロワは、血の味のする喉で叫んだ。

 

「何故それを奪う!……返せ、それがないと、私たちは……私たちの世界は、滅びるしかなくなってしまうんだ!」

 

 『彼』は、ゆっくりと女騎士を見下ろしながら、あの無慈悲な、攻撃性のある笑みを深く、深く浮かべて、それに答えた。

 

「侵略者(わるもの)が被害者面すんなよ。それにな?」

 

 彼は、手の中の核を弄ぶ。

 

「こいつは『俺に必要なもの』だ。わざわざ次元の海を越えて届けてくれて、どうもありがとうな」

 

 クロワは、その言葉の意味が分からなかった。

 侵略者と詰られるのはまだわかる。敗北の謗りを受けるのも覚悟の上だ。

 だが、この男の悪意は、そのどれとも違う。

 まるですべてが予定調和だったかのように。まるで、待ち望んでいた荷物が配達され、それを無感動に開封するかのように、自分たちの神を、世界を、未来のすべてを簒奪していく。

 

 その時、『彼』の背後の虚空が、まるで布を引き裂くように歪んだ。

 空間を切り裂いて姿を現したのは、この魔術世界とは明らかに異質な、冷たい金属で構成された巨大な人工物――宇宙ステーションのような施設だった。

 その虚空に浮かぶ施設の表面には、地球の英数字で『Sector3』と、巨大なシンボルが刻まれている。

 

「工場(ファクトリア)が……迎えはいらねえって言ったのに」

 

 ちっ、と舌打ちした『彼』は、施設から開かれた丸いポータルにその背を向けると、クロワに最後の嘲笑をくれてやり、後ろ向きのまま闇の中へと消えていく。

 その後を追うように、火傷に苦しむ『茜』や、息も絶え絶えの乙女たちが、再びその体に『覚醒』の光を無理やり灯して、同じポータルへと飛び込んでいく。

 

 その姿に、クロワは血塗れの手を伸ばした。

 身体が、その端からノイズとなって空間に引き伸ばされていく。

 死の存在しない空間で永遠の拡販を味わう、次元の海の遭難者を待つ無慈悲な末路ーー意味消失の兆候だ。

 

 

「まて……まてっ……! いっそ、殺せ! ここで殺してくれ! 意味消失なんて嫌だ!助けて!」

 

 クロワは血反吐を吐きながら、無慈悲に帰還していく仇敵――自分からすべてを奪った男が所属する、憎き組織の名を絶叫した。

 

「TOWEAT(トウェアト)おおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 それは、皮肉にも彼女達が侵略を狙った世界の守護者達

 人間であり、武器でもあるーーボイロウェポンたちの根幹たる組織の名であった。

 

 

 

VOICEROIDのウェポンサイド//双天の鶴翼円舞

 

      第二部『勢天編』

 

 

 

 どこまでも突き抜けるような青い空の下、牧歌的な平穏を享受する地方都市――勢天町(せいてんちょう)。

 その都市部のさなかにある勢天町中央銀行は、その立派な規模に反して空いており、ロビーではお年寄りが世間話に花を咲かせ、家族連れの客が三々五々、窓口の順番を待っている。平和そのものの光景だった。

 

「……♪」

 

 その静かなロビーを、元・次元海賊である結月ゆかりが、今にもスキップせんばかりのご機嫌さで闊歩していた。

 傍らには、荷物持ちの伊織弓鶴と、弦巻マキの姿があった。

 

 異世界『天雷螢惑府』に転移して三年の長い旅路を終え、帰還してきたボイロウェポンーー伊織弓鶴

 そして彼を愛するが故についてきた異世界人のゆかりとマキ、この三人だけで出かけるのは帰還してから今日が初めてだ。

 弓鶴の血のつながらない妹であり、弓鶴が何も知らなかったころから世界を陰から守護してきた(そして本当は弓鶴と色んな意味でパートナーになりたかった)エージェントでもある琴葉姉妹も、今日は学業もTOWEATも休暇だといって家でゆっくりしている。

 

 これは、弓鶴が経験したこの世界ではたったの一晩、そして夢を渡り螢惑にて過酷な三年間もの時を過ごした壮大な物語の続き。

霧散の呪いに喘ぐ次元海賊ゆかりと、過去の亡霊で自らを縛っていた征惑大将軍マキ

 二人の乙女をその優しさと、何も知らぬまま目覚めた『覚醒(アウェイクン)』という謎多きBLESS能力によって救い

 世界を束ねた力を振るい、マキとゆかりの『愛』という助けを得て、『虚音』という世界そのものの脅威を討ち滅ぼした英雄となった

 その功績を称え輝降大将軍の地位を熒惑で得た彼は、この世界と熒惑ーー2つの故郷を繋ぐ渡り鳥となることを決意した。

 あの壮大な旅路を、琴葉姉妹に漸く語り終えた……その数日後。

 

 今日は、彼にとって平和な休日となるはずだった。

 

 今日の用事は、ゆかりの個人窓口にあった。

 ゆかりは、その存在を維持するため様々な宇宙を旅して手に入れた「お宝」――異世界のオーパーツの数々を所持していた。

 その魔力を食らわなければ、世界に滞在するだけで体が霧散する呪いを持ってたからだ。

 しかし今や、その呪は弓鶴のBLESS能力と、螢惑での死闘の末に完全に解除されている……つまり、もう必要ないのだ。

 それらをTOWEATの技術保管室に売却し、転校してきたばかりの女子高生という身分でありながら、ゆかりはちょっとした資産家としての地位をこの世界で手に入れていた。

 その莫大な資金の一部を、今日は現金化しに来たのである。

 

 マキは、物珍しそうに銀行の高い天井や、行員たちの手際よい動き、厳重そうなセキュリティゲートをキョロキョロと見回している。

 弓鶴は、そんな二人がすっかり元の世界の日常に馴染んでいる様子に、心からの安堵を覚えていた。

 ――だが、その安心した矢先だった。

 

「此処がこの世界の『金蔵』かぁ。思ってたより警備が薄いね」

 

 マキが、まるで一夜城の防備を検分するかのように、心配そうにロビー全体を見渡した。

 

「私なら1分で制圧できちゃうよ? 大丈夫?」

 

『電子戦込みなら3秒とかかりません』

 

 マキの首元のヘッドホンから、小神(AI)のハナが冷静に、しかし極めて物騒な補足を付け加える。

 弓鶴は、思わず軽くコケそうになり、額に冷や汗をかきながら慌てて二人を制した。

 

「はは、やめようね?」

 

 何事かと、近くのソファに腰掛けていたご老人たちが、弓鶴たちの方を振り返る。

 だが、弓鶴の慌てぶりと、美少女二人の組み合わせを見て、何か微笑ましい冗談でも言っているのだろうと判断したらしい。

 穏やかな笑みを交わし、再び自分たちの会話に戻っていった。

 その光景に、弓鶴の顔に乾いた笑いと冷や汗がこぼれる。

 

 洒落にならないのだ。

 一応、マキも弓鶴も、腰には異世界から持ち帰った超科学の剣『霊子端末(れいしたんまつ)』を帯刀している。

 この世界の一般人の技術レベルでは、どれだけ解析しようとも「精巧にできた木のお守り」としか認識できないだろう代物だ。

 おまけに、マキのヘッドホンもまたハナというこの世界にしてみれば異形のAIを搭載し、彼女の意思一つでいつでも重装甲の木製駆動鎧(アシストスーツ)に変形できるのである。 

 

 そんな物騒な会話を小声で交わしている間に、現金化の手続きを終えたゆかりが、ドヤァ、と言わんばかりの満足げな顔をして戻ってきた。

 その手には、ずっしりと重そうな封筒が握られている。

 

「ふっふーん。これで当面の皆の生活費、それとマキさんがこの前、稽古で壊した電信柱の弁償代も余裕ですね」

 

「あー……」

 

 ゆかりの得意げな言葉に、弓鶴は数日前の笑うに笑えない惨劇を思い出し、黄昏れるように窓の外の青空を見上げた。

 

「あっ、あれはまた生えると思ってたんだよぅ! まさかコンクリートなんて無機物だったなんて!」

 

 マキが、顔を真っ赤にして抗議する。

 植物性の生体機械文明である熒惑(けいこく)にも似たような『霊信柱』があり、あれはてっきり同じものだと勘違いしたマキが、背負い投げの鍛錬で思いきり引っこ抜いてしまった珍事であった。

 

 当然、周囲一帯が突然停電になる大惨事。

 即座にゆかりの瞬間移動で証拠も残さず現場から逃走できたからよかったものの、帰宅後、鬼の形相の琴葉姉妹に「TOWEATへの報告と賠償金どうすんの!?」と、こってり絞られた恐怖が今でもありありと思い出される。

 

「それじゃあ、帰りましょうか。まだ我々が長時間外出していると、あの姉妹も心配するでしょうし」

 

 ゆかりが封筒をバッグにしまい、踵を返す。

 

「大人しくしてるなら、もうちょっとゆっくりしてても良いって言ってたよ?」

 

 マキが、まだ街を散策したそうに言うが、弓鶴はその言葉の裏にある真意を即座に察して釘を刺した。

 

「『出かけるにしても大人しくしてて』ってことだね、ソレ……」

 

 そんな平和な会話を交わし、平和な日常へと帰ろうとした。

 よりにもよって、その時だったのだ。

 

「きゃーーーっ!」

 

 絹を裂くような女性の悲鳴と共に、銀行内の空気が一瞬で凍り付く。

 直後、この現代日本にはあまりにも似つかわしくない乾いた銃声が、威嚇射撃として数発、タン、タタタタン!と響き渡った。

 

「強盗だ! 動くな! 命が惜しかったら余計なことをすんなよ!」

 

 黒づくめの服にサングラスやマスクで顔を隠した集団が、自動小銃らしき物騒な武装を振り翳しながら、ロビーへと乱入してきた。

 よりにもよって、こんな時に。

 

(なんでまた……)

 

 呆れた様子で、深いため息をつくゆかり。

 

(おぉ……悪漢!)

 

 対照的に、目をキラッキラに輝かせ、腰の霊子端末に手をかけようとするマキ。

 

 弓鶴は、そのマキの肩を「待て待て待て」と全力で掴んで制止しながら、本日何度目かわからない、絶望のため息をつくのだった。

 

 

 

「今時銀行強盗なんて、本当にあるんだなぁ……」

 

 人質として集められ、客たちが次々と手足を縛られていく中、まさに今、手を縛られている最中の弓鶴が、どこか呑気に呟いた。

 彼の手を縛っていた強盗は、その妙に落ち着いた態度に一瞬戸惑いつつーー

 

「へへ、逆に新しいだ……ろっ」

 

 と、その結束バンドをきつく締め上げ、人質の列に加える。

 先に縛られていたマキが、キラッキラの期待に満ちた目で弓鶴に(小声で)話しかけた。

 

「ねぇ弓鶴、討ち取っちゃっていい? いいよねっ? あだっ」

 

 興奮した様子のマキの額に、隣にいたゆかりが素早く頭突きをかます。

 マキならその腕力で結束バンドなど容易く引きちぎれるだろうし、ゆかりに至っては壁抜けの要領で拘束そのものを無効化できる。しかし、彼女たちがやらないのには明確な理由があった。

 

「マキさん、思い出してください。私たちはAクラス。無害かつ『友好的』な『未知の脅威(異界人)』ですよ?

最悪、魔術師でもないパンピーの強盗相手に、熒惑の技術や私の魔術を行使したら……どうなるか、考えてみてください」

 

「……最悪、『ネームド』扱いに逆戻りだよ。TOWEATの監視が厳しくなるのは面倒だ。大人しく、この世界の警察に任せよう……」

 

 ゆかりと弓鶴の冷静な説得に、マキは不満そうに唇を尖らせつつも、しぶしぶ納得し、大人しくするのだった。

 そんな会話を交わしている、まさにその時。

 

「い、嫌ぁっ!」

 

 子供の甲高い悲鳴が上がり、三人の視線が一斉に鋭くなる。

 強盗の一人が、人質の中から幼い少女を乱暴に引きずり出していた。

 

「逃走用の車が来たら、こいつを人質にして出るぞ!」

 

 明るい茶髪をツインテールにした、紫のジャケットを着た少女が、腕を掴まれて強盗に引きずられていく。

 

「りりん! ……貴様ら、あぐっ」

 

 その少女のそばにいた、白髪のポニーテールが印象的な凛々しい美女が、即座に立ち上がって止めようとする。だが、脇腹に走った激痛に顔を歪め、その場にうずくまってしまった。

 

「おいおい、怪我人が無理するんじゃねえ」

 

 強盗団の数名が心配そうに集まる。

 見れば、彼女は脇腹に真新しい治療の痕があり、片腕をギプスで固めている。その痛々しい姿に、流石の強盗たちも彼女を縛るのをためらったほどだった。

 

「くっ……この怪我さえなければ、貴様らなんぞっ……!」

 

「お姉ちゃん、無茶しないで!」

 

 悔しげに呻く白髪の美女を落ち着かせたいのだろう、りりんと呼ばれたツインテールの少女は、掴まれた腕の痛みに耐えながらも、気丈な声で言った。

 

「お兄さんたちも、こんなか弱い女の子の手を借りないと、お金も下ろせないの? ダッッッサァ」

 

 落ち着きを取り戻した少女の、あまりにも容赦ない煽り。

 強盗の多くは、無力な少女の戯言だと笑って返したが、一人の癇に障ったらしい。無言で銃口が少女に向けられた。

 

「おいっ、弾を無駄にすんなよ?」

 

「わ、わかってるがよぉ……!」

 

「……ひっ!」

 

 突きつけられた本物の殺気に、少女の体が強張って震えた。

 ――その時だった。

 

「待て!」

 

 縛られた両足を器用に使って立ち上がり、声を上げたのは弓鶴だった。

 

「俺がその人質になればいい。その子は解放してやってくれ! 怪我人の付き添いを持って行ったら、余計に罪が重くなるぞ!」

 

 弓鶴は、そう言ってしまった後に、ふと視線を感じた。

 人質の列から向けられる、ゆかりの「このお人好しが」と言わんばかりの呆れた目。

 そして、マキの「ずるい!私もやりたかった!」と雄弁に物語る、抗議の目。

 

(やっちゃったぁーーー! 何やってるんだ俺は……でも)

 

 弓鶴は、改めて少女を見る。

 

「お兄さん……」

 

 助けを求めるような、潤んだ瞳。

 ――これを見て、放っておけるわけがないか。弓鶴は静かに覚悟を決めた。

 

「どっちでもいいから早くしろ、包囲されるだろうが!」

 

 強盗のリーダー格が吠えた、まさにその時だった。

 その男が、何かを感知したかのように不意に耳元を押さえる。レーダーや機械類を覗き込んだわけでもないのに、彼は周囲の状況を察知したかのように「っち、もう手遅れじゃねえか!」と忌々しげに叫んだ。

 瞬間、ゆかりの目が細くなる。

 

(今、微かだけど……魔力のやり取りを感じた?)

 

 そしてその後ろで……りりんの姉と呼ばれた白髪の美女は……まるで手負の獣がその手傷を負わせた張本人を見るかのような、凄絶な憎悪の目を弓鶴に向けていた。

 

 

 

『……と言うわけです。相手は未知の脅威ではなく、通常の強盗犯に混じって偽装していますが、野良の『魔術師』と見られますわ

呪相対策で国連に研究を禁止された輩の、ささやかな悪あがきですわね』

 

 端末から響く、TOWEATの予知能力者集団『運命予報チーム』所属のイタコ――かつて弓鶴たちを助けた次元航行船の個体とは別個体である――の冷静な分析を聞きながら、琴葉姉妹は銀行の裏口通路を疾走していた。

 二人は、流れるような協力プレイで潜入を開始する。

 

「っし、いくで葵!」

 

「お姉ちゃん、お願い!」

 

 茜が即座に屈み、両手を組む。葵がその掌に迷いなく足を乗せた瞬間、茜の掌に赤い**『反発(バッシュ)』のBLESSの光が瞬いた。

 爆発的な斥力が葵の身体を真上に弾き上げ、遥か高所に位置する換気ダクトの蓋へと到達させる。

 間髪入れず、茜自身も壁を蹴って跳躍。落下する寸前、先にダクトに手をかけた葵が手を差し出し、その掌に青いBLESS『引力(アトラクト)』**が輝いた。

 茜の身体が強力な引力に引き寄せられて葵の手を掴み、二人は音もなく銀行施設内の闇へと潜入する。

 

「お兄ちゃんたちからの返信もないし、なんかすっごい嫌な予感がする!」

 

「早いとこ攻略して、探しに行ったらんと……また大惨事は無しやでもう!」

 

 

 

 茜のその不吉な発言と、まるでシンクロするかのように。

 銀行ロビーで強盗のリーダー格(魔術師)が、苛立たしげに懐から黒く古い機械の箱を取り出した。

 彼はそのネジを回し、内部の機構を無理やり稼働させ始める。

 ちょうどその頃、一般人の強盗の一人が、りりんの手足を縛り直し、怪我をした「姉」を名乗る美女の横へと戻してやっていた。彼はその魔術師の行動を訝しげに見る。

 

「おい、本当にこんなんで警察をまけんのかぁ?」

 

「うるっせぇ!」

 

 魔術師の男が怒鳴りながら、その箱が持つ真鍮製の回廊部分に、自らの魔力を注ぎ込んだ。

 パチパチ、と嫌な音を立て、チェック模様の光の幕が、銀行の床や壁、周囲の無機物を一瞬にして伝っていく。

 それと同時に、窓の外に見えていたパトカーの回転灯や、遠巻きに聞こえていたサイレンの音が、フッと途絶えた。

 

「……これは」

 

 人質役を(無理やり)引き受け、魔術師のすぐ近くにいた弓鶴が、空気の変質を察知する。

 

『警告。空間次元位相のずれを確認』

 

 マキのヘッドホンから、小神ハナの冷静な声が響く。

 ゆかりが、魔術に明るくないスペードスーツ(超科学世界出身者)故に状況を飲み込めていないマキに、やれやれと首を振りながら注釈を入れた。

 

「『深化空間』……。大量の未知の脅威の呼気(BLESS)で自然発生したり、魔術で人為的に展開されたりする、連中の『隠れ蓑』ですね。通常空間から見たら、今この瞬間、人質と強盗と……ついでに銀行のお金が一気に姿を消した、ってところですか」

 

 ゆかりは、そこで言葉を区切り、ニヤリと口の端を吊り上げた。

 

「――と、言うわけでぇ」

 

 その言葉の意味を即座に理解したマキが、拘束されていた両手首に力を込める。

 ブチッ、と。

 特殊素材の結束バンドが、まるで湿った紙のように引きちぎられた。

 彼女は、まるで準備運動でもするかのように手首を回しながら、爽やかな笑顔を強盗たちに向ける。

 弓鶴も、仕方なさそうに苦笑いしながら、同じく拘束を引きちぎった。

 

「マキさん、ゴー」

 

 猛犬を解き放つかのように、ゆかりが無感情に言ったその言葉と共に、一方的な蹂躙(ヒーローショー)は、その始まりを告げた。

 

 

 

 タタタタタン!

 くぐもった自動小銃の音が、遠くのロビーからダクト内まで響き渡った。

 茜は焦りを隠さず、ダクトの出口を蹴破るようにして通路に飛び出した。

 

「おっ始めやがった!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 葵の叫びに応え、茜は着地と同時に振り返る。二人は、躊躇いなく互いの唇を重ね合わせた。

 ――ウェポンライズ。

 葵の身体が青い光に包まれて変形し、茜の手に馴染んだ長刀として握られる。

 

「な、なんだお前! 止まれ!!」

 

 通路を見張っていた強盗の一味が、突如現れた茜に気づき、悲鳴に近い怒号と共に銃を向ける。

 放たれた弾丸は、しかし、茜の目前で不可視の壁に阻まれ、カキン、と鈍い音を立てて重力に従い床に落ちていった。

 茜が常に纏う『反発』の斥力場だ。

 

「遅い!」

 

 銃弾の雨を意にも介さず飛びかかった茜の斬撃が閃く。

 強盗は、衣服のみを綺麗に切り裂かれ、その衝撃波に意識を刈り取られてその場に倒れ伏した。

 

 

.

 同時刻、ロビーにも自動小銃の音が響き渡り、人質たちの悲鳴が上がる。

 銃弾は、人質を守ろうとしたマキの身体に殺到した。

 ――否。

 銃弾が命中する刹那、マキの全身に、熒惑の神木で造られた駆動鎧甲冑が瞬時に展開・装着されていた。

 ガガガガッ、と装甲に弾丸が着弾するが、マキは眉一つ動かさない。

 元より受け切れると確信していたが、想像を絶する威力のなさに、むしろ驚きを隠せない。

 

「あぁ、これが『規律不整』ってやつか。なる側は初めてだなぁ」

 

 規律不整。

 それは、異次元からの侵略者が、その出身世界の法則(ルール)の違いによって先天的にもつ絶対の鎧。

 この世界の物理現象による攻撃を無条件で無効化する現象である。

 これを突破できるのは、同じくこの世ならざる力――霊子、魔力、そしてBLESSのみ。

 熒惑では主に霊子武装によってその対策を行っていたが、この地球では、その対策のためにこそ「ボイロウェポン」が必要なのである。

 

「未知の脅威だとぉ!? くそ、そのアマどもには効かねえ、『スペシャル』を使え!」

 

 魔術師の強盗が叫び、部下たちが弾倉(マガジン)を素早く交換する。紫に妖しく光るルーン文字のサインが刻まれた、特殊な弾倉だ。

 

「こんな事もあろうかと夜鍋して作っといてよかったぁ! 魔力を込めた対ボイロウェポン弾だ! 未知の脅威だろうと当然効く! やっちま……ごべぁっ!?」

 

 魔術師が勝ち誇った説明を終える前に、静かに背後を取っていた弓鶴の掌打が、その顎を的確に撃ち抜いた。

 魔術師は間抜けな悲鳴をあげ、白目を剥いてその場に倒れる。

 だが、残りの強盗たちは、すでに魔力弾を装填し終えていた。

 紫の曳光弾がマキに襲いかかる。

 

「!」

 

 さすがに魔力弾は危険と判断したマキは、最小限の動きでそれを回避。

 即座に懐へ飛び込むと、腰に差した霊子端末(光剣)の光刃を展開させ、強盗たちの自動小銃を銃身ごと一刀両断にした。

 

「女の子に手も足も出なきゃ、いいカッコできないよ? 効かないにしても、もうちょっと抵抗しな?」

 

 マキのあからさまな挑発に、武器を失った強盗たちは逆上。ナイフを片手に「うおおお!」と咆哮を上げ、無駄な抵抗を試みた。

 マキは、ふぅ、と息をつくと、光剣の刃すらしまい、霊子端末の「柄」の状態に戻す。

 振り下ろされるナイフを、その柄で的確に受け止めると、手首の返しでそれを弾き飛ばす。

 二人がかりの攻撃も、軽やかな体捌きと受け流しの末、二人の首筋に的確な一撃(あてみ)を同時に加えて無力化してみせた。

 

「うん、ナイスガッツ。精進しな?」

 

 満足げに、倒れ伏した二人を見下ろしながら、マキはその無謀なる勇気を讃えるのだった。

 

「おい!お前もあの女の仲間か! 止めろ、さもないと!」

 

 先のツりりんへの煽りに怒りを見せていた、あの気の短い強盗が、今度は飄々とした態度のゆかりに、魔力弾の小銃を向けた。

 

「さもないと、何です?」

 

 ゆかりが挑発的に微笑んだ瞬間、銃口が火を噴く。

 だが、ゆかりの姿は、まるで地面の底へと沈み込むかのようにスッと消えていた。

 紫の魔力弾は虚しく床を穿ち、彼女が立っていた場所には、先程まで拘束されていたはずの結束バンドの残骸だけが、ひらりと落ちている。

 

「ああ!? ど、どどこに消えた!?」

 

 強盗が、獲物を見失った獣のように小銃を振り回してゆかりを探す。

 その真後ろに、彼女は音もなく瞬間移動で出現していた。

 

「ばぁ♡」

 

 耳元で囁かれた甘い声と同時。

 ゆかりは、その右腕を、強盗の背中から胸へと、何の抵抗もなくズブリと突き抜けてみせた。

 

「ぎゃっ!?」

 

 もちろん、壁抜けによる物理トリックだ。

 しかし、体を貫かれたと完全に誤認した強盗は、甲高い悲鳴を上げて飛び上がる。

 ゆかりは、その無防備に浮き上がった強盗の額に、しなやかに曲げた透過状態の腕で、コツン、と軽いデコピンを当てた。

 たったそれだけで、強盗は意識を失い、白目を剥いたまま、ゆかりの体をすり抜けるようにして仰向けに倒れた。

 

「これで……」

 

 弓鶴が、今度こそ深化空間を発生させている機械に手をかけ、しようとする。

 だが、

 

「弓鶴!」

 

 マキの鋭い叫びが飛んだ。

 物陰に潜んでいた残りの強盗が二人、同時に飛び出し、弓鶴の背中に向けて銃口を向けていた。

 

(避けるか? いや、後ろの人質に当たる……!)

 

 その一瞬の思考の隙が、致命的になりかけた、まさにその時だった。

 

「はぁぁあ!」

 

 裂帛の気合と共に、紫色の巨大な剣が横薙ぎに振るわれ、その剣の腹で強盗の一人を壁まで吹き飛ばした。

 見慣れぬ大剣。剣塚と刀身の間に、腕が入りそうな丸い穴が空いた、独特の形状だ。

 同時に、弓鶴も反応していた。

 光剣を一瞬で引き抜き、もう一人の強盗が構える小銃を弾き飛ばすように突き崩すと、返す刀の塚で相手の側頭部を殴りつけ、的確に気絶させた。

 

『……あっはは、やっぱりザコザコだねぇ。お兄さんも、これで貸し借りなしでいいよね?』

 

 その紫の大剣が、あのツインテールの少女、りりんの生意気な声で喋った。

 見れば、その大剣を、ギプスをつけていない片腕一本で軽々と肩に担いでいるのは、あの白髪の「姉」だった。

 

「君も、ボイロウェポンだったのか……!」

 

 弓鶴の驚愕に、りりんが答える。

 

『偶々銀行に居合わせただけだけどね? こっちのお姉ちゃんは未知の……』

 

 りりんがそこまで言いかけたところで、彼女を担ぐ「姉」が、全ての熱を失ったような冷ややかな声で呟いた。

 

「そうだ。これで、りりんを助けてもらった礼は済んだな」

 

『おねえちゃん?』

 

 りりんの戸惑う声。

 その瞬間、白髪の美女は、弓鶴へと鋭く踏み込んでいた。

 

キィン!

 

 甲高い金属音。

 彼女が振り下ろした紫の大剣――りりんの刃を、弓鶴は咄嗟に引き戻した光剣で受け止め、火花を散らして交差させていた。

 

「なんっ……!?」

 

 反射的に、しかし完璧にその一撃を受け止めた弓鶴に、まず戸惑いの声を上げたのは、大剣のりりん自身だった。

 

『お姉ちゃん! 何のつもりぃ!?』

 

 抗議するりりんの大剣が、クロワの手から離れ、ふわりと宙に浮く。

 クロワは、ギプスで固めていない方の手を、大剣の刀身と柄(つか)の間にある丸い穴へと差し込んだ。

 瞬間、彼女の手から、まるで強力な電磁石が起動したかのように、緑色の火花が激しく散る。

 

グン、ギュン、ギュギュギュギュぎゅぎゃぎゃぎゃ!

 

 穴を軸にして、大剣そのものが、まるで巨大なハンドスピナーのように凄まじい風切り音を立てて加速し、高速回転を始めた。

 

「記憶を失っても、この憎しみだけは忘れもしない……っ! お前が、私から……この黒朱乃宮(くろすのみや)=セプテントリオーネス=ラ=クロワから、すべてを奪った男!!」

 

 クロワが、高速回転するりりんを振りかぶり、再び弓鶴に切り掛かった。

 防御のために光剣を構えた弓鶴。その目の前で、凶器と化したはずのりりんは、ピタリ、と回転を止め、変身を解除した。

 紫のジャケットをまとったツインテールの少女に戻った彼女は、身軽に宙を翻すと、弓鶴が構えた光剣の刀身の上に、ちょこん、と片足で着地する。

 

「何も覚えてないくせにっ……」

 

 呆れたように呟くと、りりんは体勢を低くし、眼下で驚愕に目を見開くクロワめがけて、思い切り飛びかかった。

 

「人に襲いかかっちゃ駄目でしょーっ!」

 

 渾身のフライングクロスチョップが、クロワの脳天に炸裂する。

 

「ぎゃんっ!?」

 

 チョップを食らったクロワは、間抜けな悲鳴を上げながら仰向けに倒れ、先程から痛めていた脇腹の傷口が開いたのか、その場で激しく悶絶し、のたうち回った。

 

「何故だぁ、りりんっ……ぅおごごごっ、わた、私の仇かもしれないのにイダダダダんおおぉぉぉっ!」

 

「だぁから、かもしれないで人を襲っちゃダメって言ってんの。そんな事もわかんないザコザコ脳みそなのぉ? 拾われた分際で家主に逆らわないでよね、『クロワお姉ちゃん』?」

 

 痛みに悶える「姉」を無慈悲に足蹴にしながら、りりんは邪悪な笑みを浮かべる。

 衆人環視の中、クロワは開いた傷の痛みと屈辱に、何やら羞恥プレイめいた「オホ声」で苦しみ喘(あえ)ぐのだった。

 

「えーっと、りりん……ちゃん?」

 

 あまりの光景に、弓鶴が困惑しながら声をかける。

 

「あぁ、このクロワもうちで預かってる『未知の脅威』なの。一応Aクラスの。ただの記憶喪失で無一文の、ど変態駄女(ダメ)騎士だけどねぇ?」

 

「あはぁぁっ、りりんっ、らめぇ! 敵への紹介でそんなっ、そんなぁっ!」

 

 弓鶴、マキ、ゆかりの三人の英雄が、そのあまりにもあんまりな内輪揉めにドン引きしていると、そこへダクトから飛び降りてきた琴葉姉妹が、変身を解除して合流した。

 姉妹は、ロビーの惨状ーー制圧済みの強盗たちと、床で喘ぎのたうち回る見知らぬ女騎士、そしてそれを足蹴にする少女という、カオスな光景を目の当たりにする。

 

「……また変なのが増えてるっ!?」

 

 茜が、思わず絶叫した。

 その言葉に、マキが即座に反応する。

 

「これと一緒にしないでっ!?」

 

 

 

 

 

 

 暗黒の空間。

 そこには音も光も無く、ただ絶対的な虚無だけが広がっているはずだった。

 だが、ゴウン……と、揺らぐ木筒を鳴らすような、重く奇怪な反響音と共に、一本のスポットライトが唐突に『彼』を照らした。

 呼び出された『彼』は、その意図が分からず、鬱陶しそうに耳を穿りながら、何も無い虚空に向けて問いを投げかけた。

 

「ったく、何だよ。こっちにだって生活があるんだが? ……俺、何かやっちゃいました?」

 

 後半だけ、まるで反省したかのように、わずかに優しい声色を作って言い直す。 その声色に全く合わない乱暴な喋り口に、虚空からの無機質な声が応答した。

 

『エージェントMe-1(ミー・ワン)。お前はセクター3との共謀の嫌疑がかけられている。正直に答えろ、連中は何を考えている?』

 

 ふぁあ、とわざとらしくあくびをしながら、『彼』は応えた。

 

「あんたたちと一緒さ。『神を鋳造(つく)る』……あんたら『工場(ファクトリア)』のイカれた思想と何も変わりはしない。俺ともその話は利害が一致してる。何も問題はないはずだぜ?」

 

 『彼』の言葉に、虚空からの圧が強まる。

 それに応じるかのように、『彼』の周囲に、ふわり、ふわりと、色とりどりの淡い明かりが灯り始めた。

 彼の力、その源泉ーー彼が『覚醒』させた乙女たち。

 『彼』は、その光の中心で、虚空の先にある「支配者」たちを傲然と睨み上げる。

 その矛先は、もはや組織の上層部に対してすら、何の躊躇もなかった。

 

『……セクター3は暴走を始めている。深入りはするな。痛い目を見るぞ』

 

 警告。あるいは最後通牒。

 だが、『彼』はそれを鼻で笑った。

 

「そっちこそ、TOWEATの基本方針を忘れやがったか? 『関わるな』。俺は奴らのやり方を気に入っている。詮索も介入も、俺を敵に回すと思うこったな」

 

 まるでこの組織において、自らが絶対の最高戦力であるかのような、あまりにも傲慢な発言。

 虚空からの声は、しばし沈黙した。

 

『……良いだろう。それは貴様の選択だ』

 

 やがて、声は全ての感情を排して続けた。

 

『だが、セクター3の件は本部に目を向けられていることも忘れるな。六団町のセイカに……あの化け物に知られれば厄介なことになるぞ。――我々『工場』は、セクター3を造反施設としてパージする』

 

ゴウン……。

 

 最後の木筒の音と共に、スポットライトと暗黒は、まるで幻だったかのように消え去った。

 『彼』は、自室のリビングのソファに腰掛けたまま、リラックスした姿勢を少しも崩していなかった。

 ただ、その口元だけが、楽しそうに吊り上がっていた。

 

 暗黒の空間が消え去ると、スポットライトに照らされていた『彼』の周囲の光たちもまた、元の乙女たちの姿に戻った。

 

「まったく、失礼しちゃうわ。冥様がそんなこと、予想できていないとでも思うますこと?」

 

 ピンクの髪を派手なドリルロールにまとめた乙女――めたんが、ソファの背もたれに寄りかかりながら、ぷくっと頬を膨らませる。

 

「言ってやるな、大人はああやって言い訳を探し続けなきゃ生きていけねえんだよ、めたん」

 

 『彼』は、隣に座るめたんの肩をぐっと引き寄せ、抱きしめた。

 

「あっ……」

 

 めたんの体がびくりと跳ねる。だが、彼女は抵抗するどころか、その胸に心地よさそうに頬を擦り寄せた。

 それに対抗するように、『彼』の背後から、青いジャケットを羽織った少女――フィーが、その首に柔らかく腕を回して抱きしめる。

 

「冥が協力してるんだもん。彼らにだって、ちゃんとした理由がある。……そうだよねっ、冥?」

 

「おいおい、買い被りすぎだぜ? フィー」

 

 『彼』は、フィーの首筋に刻まれた、小さな鈴の紋様を指先でなぞる。

 フィーは「んっ」と小さく震え、彼を抱きしめる腕の力を、恍惚とした表情でさらに強めた。

 しかし――そんな『彼』の甘いハーレムを、冷徹な視線が遮る。

 彼の前に、赤い髪をした小柄な少女――『彼』の茜が、腕を組んで立ち塞がっていた。

 

「おい、糞野郎」

 

 『彼』の目がすっと細められ、反逆者たる彼女をソファから睨め上げる。

 

「『葵』は、何処行った?」

 

「さぁ、ね? 散歩じゃねえの?」

 

 『彼』の、ふざけた返答。

 次の瞬間、茜の掌に、ぼっ、と本物の炎が灯り始めた。肌を焼く嫌な香りがリビングに漂い始め、『彼』が不快そうに顔を歪める中、茜はどすの利いた声で言った。

 

「お前の指示なしに、あの子が勝手にどっか行くことはあれへんやろ。……ついに、死んでくれたんか?」

 

 実の妹の死を、さも当たり前のように……否、むしろ、心の底から望むかのように、その茜は口にした。

 そこだけは決して憎しみではない。せめて、その方がまだ救いがあるかのような切実さがその言葉には込められていた。

 その、あまりにも残酷な言葉に、あろうことか『彼』は、けらけらと笑って答えるのだ。

 

「んな訳ねえだろ、馬鹿。あいつは鼻も効くからな……潰し残した奴(・・・)が悪さしないように、カメラ持たせて監視させてるよ。あいつなら、多少飲まず食わずでも動くからな」

 

 『彼』の言葉を証明するように、視点は遠く切り替わる。

 

 銀行を遠くから映す、無機質な機械の瞳。

 それは、レインコートの肩に備え付けられたカメラの映像だった。

 そのレンズは、銀行の中……魔術師が展開した『深化空間を透過して』、床で悶絶する女騎士(クロワ)の姿を、ただ無感情に映し出していた。

 そのレインコートを羽織る、生気のない瞳をしたボサボサの髪の少女は、

 

「ぁーーーーー……」

 

 と、まるで廃人の呻き声のような、意味のない声を発する。

 だが、主が呼んだことを察知したのか、そのコートの下に、体型そのままのラインを主張するバトルスーツを隠す事もせず、ビルの屋上から屋上へと、人外の膂力で跳躍し、帰還を開始するのだった。

 

 TOWEAT所属のボイロウェポンは、特異点の遺伝子をもとに作り出された、複数のクローン人間として存在する。

 

 そう、『彼』のもとにいる茜と同じように、同じ名前、同じ顔をしたボイロウェポンが、複数存在するのだ。

 

 『彼』の姿と名は、伊織弓鶴。

 

 そして今、ビル街を廃人のように呻きながら跳躍するレインコートの少女の名は、琴葉葵といった。

 

 

 

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