おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
[食堂]
夏目さんの一件の後、氷上さんが黒幕だということが明らかになったことで牢屋敷での生活は一変してしまった。
今まで通り、夜時間の牢の施錠など少女たちのスケジュールは変わらない部分はあるが、多少生活の融通が効くようになり以前のような緊張感やジメジメとした暗い雰囲気は完全に払拭された。
厨房から出ていくと、今日も今日とても少女たちたちが朝食を楽しんでいた。
《城ケ崎ノア》
「おじさん、今日のスープはとっても美味しいかも。どうやって作ってるの?」
《おじさん》
「ああ、オニオングラタンスープだね。そんな難しいものじゃないよ。玉ねぎを煮込んでチーズを乗せて焼いているだけかな」
《城ケ崎ノア》
「へー、そんなに簡単なんだ。のあにもできるかなぁ」
《おじさん》
「できると思うよ。気に入ったなら今度は一緒に作ろうか」
《夏目アンアン》
「わがはいはカレーが食べたい。【おじさん作って】」
《おじさん》
「……っ! ちょっと夏目さん、君は現状、魔法が強まってるから発言には気をつけ……」
《おじさん》
「……まずい。無性にカレーが作りたくなってきた。カレールーってないのかな」
《夏目アンアン》
「ふふっ……計画通り」
《城ケ崎ノア》
「もー、アンアンちゃんだめだよ。おじさんを困らせちゃ。カレー作りすぎたらアンアンちゃんに責任取ってもらうからね」
《夏目アンアン》
「…………ひぃ!」
《おじさん》
「ルーがなくてもスパイスがあればいけるか。クミンとコリアンダーがあれば形にはなるだろう。まずはそれを探さなければ……」
《二階堂ヒロ》
「まずい。このままではおじさんがスパイス探しの旅に出てしまう」
《桜羽エマ》
「ちょ、ちょっと待って、おじさん! スパイスがそう都合よく島にあるとは限らないんじゃないかな? だからアンアンちゃんの命令は実行不可能で無茶なお願いだと思うんだ」
《おじさん》
「いや、そうでもないよ。この牢屋敷は夜空の星の動きから北半球が確定し、バロック建築と魔女裁判の発祥の地からヨーロッパ近くであることは予想できているんだ。おそらく周りが海で囲まれているのを見るにここは地中海のど真ん中なんじゃないかな」
《おじさん》
「そしてクミン、コリアンダーの原産地はともに地中海付近だ。したがって、この島にもこれらのスパイスが漂着していてもおかしくはないんだよ」
《遠野ハンナ》
「なまじ知識があるせいでクソめんどくせーことになっていますわ! どうするんですのこれ!」
《橘シェリー》
「そもそもどうしておじさんはそんなにカレーに詳しいんですか?」
《おじさん》
「女子高生のみんなは知らないと思うけど……独身男性はね、ある日を境にチャーハンを極め、キャンプ道具を集め、スパイスカレーを作り出す生き物なんだ。おじさんもそのひとりだよ」
《蓮見レイア》
「すごい偏見だ! スパイスの探索は私たちに任せてほしい。おじさんはカレールーを探すということで手を打つのはどうだろうか?」
《おじさん》
「確かにそれは効率的だ。そうしよう。おじさんは倉庫に向かってくるね」
《桜羽エマ》
「レイアちゃん、ナイスだよ……!」
《城ケ崎ノア》
「アンアンちゃん……おじさんが戻って来たらちゃんと魔法解くんだよ」
《夏目アンアン》
「ううっ……ごめんなさい」
《桜羽エマ》
(最初からそうすれば良かったんじゃないかな……)
*
[倉庫]
カレールーを探すべく、私は屋敷の外にある倉庫を訪れた。
どうやら屋敷に支給される食料はここに保管されているらしい。
初めて入るが、かなりの広さだった。
《おじさん》
「さて、目当てのものはあるかな」
そうしてしばらくの探索が始まった。
5分後──
《おじさん》
「見つからない……カレーは作れないのか……夏目さんになんて説明すれば……」
《おじさん》
「そもそもどうしておじさんはこんなにカレーを作りたくなってしまったんだっけ」
《おじさん》
「………………夏目さんを後で叱らないといけないみたいだ」
自分が洗脳されていたことを思い出し、私は食堂へ戻ろうとする。
その時、入口の方から足音が聞こえてきた。
《黒部ナノカ》
「………………どうしてここに」
《おじさん》
「おや、黒部さん。おはよう。朝食は食べたのかい?」
《黒部ナノカ》
「……………………」
《おじさん》
「すまない。質問に答えてなかったね。ちょっと食材を探そうと思ってここに来たんだ」
《黒部ナノカ》
「そう」
黒部さんはそれから特に何も言うことなく、倉庫の中へと入ろうとする。
先日、氷上さんが黒幕であることを明かした際に彼女は明らかな敵対行動に出た。
思えば彼女はかなり早い段階から黒幕の存在に気付き、それを特定しようとしていた。
何か因縁があるのかもしれない。そう思い、私は問いかける。
《おじさん》
「黒部さん。少しお話を聞いてもいいかな? この島を出るための、重要な話だ」
《黒部ナノカ》
「…………なにかしら?」
《おじさん》
「黒部さんはどうして黒幕に気付いたのかな?」
《黒部ナノカ》
「私の魔法は【幻視】。触れれば過去に起きたことがおおよそ分かるの。それで知ったわ」
《おじさん》
「そういえばそうだったね。初日はおじさんの無実を証明してくれてありがとう」
《おじさん》
「でも、本当にそれだけかな」
《黒部ナノカ》
「……何が言いたいの」
《おじさん》
「先日、黒部さんが氷上さんに向けた殺意は普通じゃなかった。他の子達が氷上さんとある程度和解して皆で協力しようという雰囲気になったにもかかわらず、黒部さんは未だに単独で行動している」
《おじさん》
「何か個人的な理由でもあるのかなと思ってね」
《黒部ナノカ》
「………………」
《黒部ナノカ》
「……誰にも言わないと約束して」
《おじさん》
「……え?」
《黒部ナノカ》
「……誰にも言わないと約束するなら教える、と言っているの」
《おじさん》
「約束するよ。でも、これは口約束だ。信用できるかは黒部さんが決めてほしい」
《黒部ナノカ》
「……なら問題ないわ。私はあなたのことを牢屋敷で最も信用しているもの」
《おじさん》
「あはは……おじさん黒部さんに何かしたかな……」
《黒部ナノカ》
「初日の【幻視】であなたの素性はわかっている。随分とお節介な性格をしていることもね。それに、私は城ケ崎ノアの一件をこの目で見ているの。これ以上の説明は不要だと思うのだけど」
《おじさん》
「……参ったな。見られていたんだね」
城ケ崎さんの一件はふたりだけの秘密だと思っていた。
もしあの場で私が城ケ崎さんに殺されていたのであれば、魔女裁判で城ケ崎さんは絶対に処刑されていたことだろう。説得が上手くいって本当に良かったと私は胸を撫で下ろす。
《おじさん》
「理解したよ。それじゃあ、話してもらえるかな」
《黒部ナノカ》
「…………わかったわ」
《黒部ナノカ》
「私には姉がいたの──」
そうして黒部さんは語り出す。お姉さんとこの牢屋敷についてのことを……
◆ ◆ ◆ ◆
ナノカ姉との思い出を回想中
◆ ◆ ◆ ◆
《黒部ナノカ》
「……これで全てよ」
《おじさん》
「なるほど。黒部さんは本当ならもう少し早くこの牢屋敷にに連れて来られる予定だったんだね。お姉さんが【変身】の魔法でその身代わりになった、と」
《黒部ナノカ》
「……笑いたければ笑いなさい。守られてばかりの、無力な私のことを」
《おじさん》
「笑わないよ。それは、君のお姉さんに失礼だ」
《黒部ナノカ》
「………………ありがとう」
《おじさん》
「こちらこそありがとう。おかげで黒部さんがどうしてそんなに氷上さんと敵対しているのかを理解できたから」
《黒部ナノカ》
「……和解しろとは言わないのね」
《おじさん》
「もちろん。人間誰しも合う合わないがある。特に、身内を殺されて──正確には氷上さんがお姉さんのことを牢屋敷に連れてきたわけじゃないから、できれば仲良くしてほしいとは思うけど……人間そんなに物分かりが良くはなれないと思うよ」
《黒部ナノカ》
「…………やっぱりあなた、お人好しね」
《おじさん》
「君に【幻視】された通りにね」
《おじさん》
「この先、黒部さんの力が必要になる時が必ず来る。その時おじさんが協力を求めたら、黒部さんは力を貸してくれるかい?」
《黒部ナノカ》
「……約束するわ。これも口約束だけど」
《おじさん》
「なら問題ない。おじさんは黒部さんを信じているからね」
黒部さんはふふっと小さく笑った。