おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
[倉庫]
《おじさん》
「そうだ、黒部さん。さっきの君の話を聞いて少し気付いたことがあった。もう少し話をしてもいいかな」
《黒部ナノカ》
「構わないわ。寧ろ、願ったり叶ったり。ひとりで調査をしていても限界があると感じていたから」
《おじさん》
「ああ、ごめん。屋敷の脱出に関することではないんだ」
《黒部ナノカ》
「…………?」
黒部さんは首を傾げた。
《おじさん》
「君たち魔法の使える少女たちは何かしらのトラウマを抱えている。直球で悪いが、黒部さんのトラウマは“誰かに守られること”や“誰かが身代わりになること”だったりするのかな?」
《黒部ナノカ》
「……そうかもしれないわね。自覚がないからわからないけど」
《おじさん》
「強いストレスがかかると魔女化が進む。だから、なるべくトラウマになりそうな事柄からはなるべく回避してほしいんだ。誰かに守られそうなシチュエーションになったらその場から逃げして」
《黒部ナノカ》
「わかったわ」
《おじさん》
「それと、もし今後黒部さんが魔女化してしまった場合のことを考えて、ひとつの仮説を話しておこう。君の心を守るかもしれない、都合のいい物語だ」
物語を作ることにはなれている。
弁護士の仕事には被告人の無罪・減刑を主張するためのストーリーを作ることが含まれている。裁判官を納得させるか、黒部さん自身を納得させるさせるか、その違いだけだ。
《おじさん》
「黒部さんたち牢屋敷に集められた少女たちは皆その人にあった魔法を授かっている。例えば、絵が好きな城ケ崎さんが【液体操作】、欲張りな夏目さんが【洗脳】の魔法を授かっていたね。他にも、目立ちたがり屋の蓮見さんは【視線誘導】の魔法を持っていたはずだ」
《黒部ナノカ》
「そうね。それがどうかしたのかしら」
《おじさん》
「黒部さんはお姉さんが【変身】の魔法を授かっていたと言っていたね。そうなると、お姉さんにはそれにまつわる何らかの強い意思があったんじゃないかと考えるのが自然だろう」
《黒部ナノカ》
「変身…………まさかお姉ちゃんコスプレ趣味が」
《おじさん》
「いや違うよ。黒部さんのお姉さんはもしかすると“何者かになりたい”という欲求が強かったんじゃないかな」
《黒部ナノカ》
「何者かになりたい欲求……? お姉ちゃんはお姉ちゃん以外の何者でもないと思うのだけど」
《おじさん》
「いや、そういうことじゃないよ。というかいきなり核心をつくね」
《おじさん》
「話を戻そう。黒部さんも“自分探しの旅”というものは聞いたことがあるだろう。人間誰しも自分とは何なのかについて迷う時期がある。大学がよくモラトリアムの時期と言われるように、これは一般的な話だよ」
《黒部ナノカ》
「つまり、お姉ちゃんは自分が何者なのかということに悩んでいた。だからこそ、何者かになるための【変身】の魔法を授かった、ということかしら」
《おじさん》
「少なくともおじさんはそう考えている。あくまで仮説だけどね」
《おじさん》
「だから黒部さん。もし、君のトラウマが“お姉さんが自分の身代わりになってしまったこと”だったのなら、君はそのことについて思い悩む必要はない。何故なら、君のお姉さんは、それを君が思うよりも強く望んでいたはずだから」
《黒部ナノカ》
「話が飛びすぎて言っている意味がわからない。もう少しわかりやすく話してもらえる?」
《おじさん》
「黒部さんを守ること──それは君のお姉さんが“可愛いナノカちゃんのお姉さん”でいられる瞬間だったと言っているんだよ。否定のしようがないほどに、彼女は何者かになれていた」
《黒部ナノカ》
「…………っ!」
《おじさん》
「だから、もし黒部さんが自分のために誰かが身代わりになることを恐れているのならば、思い出してほしい。きっと君を庇う誰かは、それが本望なのかもしれないということを」
《おじさん》
「君は守られた命に負い目を感じるのではなく、その命でどう報いるのかを考えた方がいい。そっちの方が、きっとお姉さんも喜ぶと思うよ」
一度驚きを見せた後、黒部さんは下を向いて思案し始める。
少し時間を空けて言葉を紡いた。
《黒部ナノカ》
「…………………………」
《黒部ナノカ》
「……それは素敵な物語ね」
《おじさん》
「そうだね。真実かどうかは誰にもわからない」
だが、きっとこの話は黒部さんの心を守ることになる。
真実が明らかになるまで有効な防壁だ。
《黒部ナノカ》
「…………おじさんは、どうして私が【幻視】の魔法を授かったのだと思う? 参考までに聞かせて欲しい」
《おじさん》
「そうだね。【幻視】の魔法は、触れたものの過去に起きたことそして未来に起きるであろうことを読み取ることができるものだ」
《おじさん》
「別の視点で言えば、君の能力は“記憶を残留させる能力”と言えるだろう。その人が生きた証を、君の魔法は残しておくことができる」
《おじさん》
「黒部さんはお姉さんのことが大好きなんだろう? ならば君の魔法は、大好きな人との思い出を大切に取っておくために授かった……そう考えるのがいいとおじさんは思うよ」
《おじさん》
「“何者かになるための魔法”と“何者だったのかを残す魔法” 実に姉妹らしいんじゃないかな」
《黒部ナノカ》
「…………そう」
黒部さんは少し恥ずかしそうにし、くるりと回って背を向ける。
少し出来過ぎな話だとは思うけど気に入ってくれただろうか。
《黒部ナノカ》
「いいお話だったわ。でもひとつ訂正させて欲しい」
《おじさん》
「ん?」
《黒部ナノカ》
「お姉ちゃんは私のことを“なのちゃん” って呼ぶのよ。だから、お姉ちゃんは私を庇うことで“可愛いなのちゃんのお姉さん”でいられた ──それが真実ね」
《おじさん》
「ははっ……それは失礼した。実に仲良しな姉妹だね」
そうして私は倉庫を後にしようと歩き出す。
夏目さんをどう叱ろうかなんて考えていると、不意に背後から寒気を感じた。
振り返ると、凛とした少女の瞳から黒色の涙が流れていた。
《黒部ナノカ》
「…………“成った”わ」
《おじさん》
「…………えっ?」
《黒部ナノカ》
「どうやら私も魔女化したようね。おそらく、城ケ崎ノアや夏目アンアンと同じ状態」
《おじさん》
「ええええ!? そんなあっさり!? だ、大丈夫なのかい?」
《黒部ナノカ》
「問題ないわ。寧ろ、気分はいいかもしれないわね。これまでの胸のつっかえが取れて、身体の奥から力がみなぎってくる」
嘘だろ……まさか黒部さんは私の話を信じて完全にトラウマを克服したのか?
騙されやすいのだか思い込みが激しいのだかわからないが、知らないうちに勝手に救われてしまったみたいだ。
《おじさん》
「大丈夫ならいいか……何か困ったことがあったらいつでもおじさんに頼っていいからね、黒部さん」
《黒部ナノカ》
「………………アルティメットなのちゃん」
《おじさん》
「……なんて?」
《黒部ナノカ》
「おじさんは私の恩人よ。特別に私のことを“アルティメットなのちゃん”と呼んでもいいわ」
《おじさん》
「…………それは光栄なことだね。これからもよろしくね、アルティメットなのちゃんさん」
《黒部ナノカ》
「私が上のステージへ至ったことをお姉ちゃんにも伝えに行かなきゃ。それじゃあおじさん、私も行くわね」
《おじさん》
「ああ。では、またね……」
黒部さんはルンルンと陽気なスキップで倉庫を出て行こうとする。
しかし、あまりに聞き捨てならないセリフが放たれたことに気づき私はすぐに彼女を呼び止めた。
《おじさん》
「ちょっと待って黒部さん! 今何と言った?」
《黒部ナノカ》
「………………」
《おじさん》
「アルティメットなのちゃんさんは何と仰いましたか?」
《黒部ナノカ》
「どの台詞を言っているのかわからないわね」
《おじさん》
「いやそのさっき“お姉ちゃんに伝えに行く”とか何とか言っていた気がするのだけど」
《黒部ナノカ》
「言ったわ」
《おじさん》
「おじさんの記憶だと君のお姉ちゃんはすでに死んでいたはずだ。さっき魔女裁判で処刑されたのを幻視したという話を聞かせてもらったし」
私の言葉を聞いて黒部さんはやれやれと言った様子で肩をすくめた。
《黒部ナノカ》
「お姉ちゃんは死んでしまったけど、“なれはて”としてまだ残っているのよ。おじさんもよく知っているでしょう。鎌を持ったお姉ちゃんを」
《おじさん》
「鎌を持ったお姉ちゃん……」
牢屋敷にいる鎌を持った人物……そんなものひとりしかいない。
《おじさん》
「ええええ!? あの看守さんって黒部さんのお姉さんだったの?」
《おじさん》
「……あっ」
《黒部ナノカ》
「…………もう“黒部さん”呼びで構わないわ。ノリで言ってしまったけど、実用性に欠けることを理解した」
《おじさん》
「あはは……ありがとう。それよりまさかあの看守さんが黒部さんのお姉さんだったとは……向こうは黒部さんのことを妹だと認識しているのかな?」
《黒部ナノカ》
「おそらくは、ね。私が近付いても一切の敵対行動はとらないし、話を聞いてくれることもあるもの」
確か看守さんはいわゆる“なれはて”という状態の存在だったはずだ。魔女因子が精神を喰らい尽くして最後に残った空っぽの存在──だけど、黒部さんの話を聞くになれはてとなったお姉さんにはいまだに“心”が残っているように感じた。
《おじさん》
「強くなった君の姿をみたらお姉さんびっくりするかもしれないね」
《黒部ナノカ》
「そうだと嬉しいわね。いつまでも、守られてばかりのなのちゃんではいられないもの」
《黒部ナノカ》
「私は行くわ。おじさん、カレールーなら倉庫の左奥の3段目にあるわよ」
《おじさん》
「ああ、ありがとう……ってカレーのことを何故……」
黒部さんは小さく微笑みかける。そうか、彼女の魔法は強まっている。
例え手で触れなくとも、私がここに来た一連の物語はお見通しということか。
《おじさん》
「ははっ……流石だね、アルティメットなのちゃんさん」
彼女はその言葉に返すことなく、クールにその場を去っていくのだった。
そろそろエンディングに入りそうです。