おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
[図書室]
少女とおじさんの獄中生活が始まりすでに一週間が経とうとしていた。
現在私は、ゴクチョーに命乞いをしたときの通り、日夜【大魔女】の捜索に励んでいる。
朝から晩まで図書室にこもり就寝のために寝床に戻るという生活は、大学時代を思い出させる。童心に帰った気持ちで、私はこの獄中生活を楽しみつつあった。
少女たちとはそこまで接する機会は多くはないが、どうやら彼女たちは協調性を持ってこの生活を送っているように見えた。
個性の強い少女たちが集まったため軋轢や不和があり争いでも起きるのではないかと心配をしていたが、私という明らかな不審人物が紛れ込んだことで謎の結束を見せているのかもしれない。
ちなみに少女たちから私への風当たりは強い。口を聞いてもらえるのは氷上さんと二階堂さん、それと城ケ崎さんくらいだった。ものすごく警戒されている。
《おじさん》
「さて、今日も頑張りますか」
《氷上メルル》
「お、お疲れ様ですっ、おじ様……」
《おじさん》
「おや氷上さん、こんにちは。どうしたんだい?」
《氷上メルル》
「その……お疲れかと思って、何かお飲み物をと思いまして……これをどうぞ」
《おじさん》
「お気遣いありがとう。……うん、いい匂いだね。ハーブティーかな?」
《氷上メルル》
「は、はいっ。お庭に生えていたローズマリーで作ってみたんです。お口に合えば良いのですが……」
《おじさん》
「すごく美味しいよ。氷上さんは魔法がなくても人を癒せる才能があるみたいだね。本当にありがとう」
《氷上メルル》
「えへへ……こちらこそありがとうございますっ」
《氷上メルル》
「それでその……おじ様。調べものは順調ですか?何か私が……力になれることがあれば言ってくださいっ」
《おじさん》
「うーんそうだね。一緒に本を読めるならそれが一番だけれども……氷上さんは語学は得意かい?」
《氷上メルル》
「えっ、いえ私は……。おじ様はこの文字が……読めるんですか?」
《おじさん》
「大体は読めるようになったよ」
《氷上メルル》
「えっ、ええ!? 本当ですかっ? おじ様すごいです!」
《おじさん》
「あはは……こんなに早く解読できたのは本当に”運が良かった”けどね。日本人なら比較的読みやすいんじゃないかな。単語も文法も、日本語と英語の複合のようだったから」
《おじさん》
「ほら例えばここはわかりやすいかな。“litt JIO”……これはおそらく”少女”を表すと思うんだけど、これは英語の”little”と日本語の”女”が合わさった形に見えるね」
《おじさん》
「他にはこれかな。この文末を見て欲しい。”Vani・tA”……明らかに英語の”vanish”に日本語の”た”が合わさったものに見える。このことから魔女語は①述語が日本語同様末尾に来る②日本語における助動詞を使って時制を表せる、ということが読み取れそうだ」
《おじさん》
「多分だけど”私は紅茶を飲んだ”は”i blacha drin・dA”みたいになるんじゃないかな。なんだかルー大柴みたいだね……って、今の若い子は知らないか」
《氷上メルル》
「そ、そんな仕組みになっていたんですね」
《おじさん》
「もしこれがドイツ語がベースだったりしたら本当に困っていたよ。おじさん、大学では第二言語でドイツ語を履修しててね。無事に再履修組だったから。あはは……」
《氷上メルル》
「ドイツ語……?」
《おじさん》
「ほら、ゴクチョーさんも死人が出たら魔女裁判を行うと言っていたよね。魔女裁判といえば、有名なのはドイツの四大魔女裁判──バンベルク、トーリア、フルダ、ヴュルツブルク魔女裁判かな。おじさん、法学部だからたまたま授業で聞いたことがあったんだ」
《おじさん》
「それに、裁判所のあの綺麗なステンドグラス、屋敷の外見からわかる特徴的な尖った円形のアーチ──こういうのをバロック建築というんだけど、これはヨーロッパでよく見る建築様式なんだよ」
《おじさん》
「これらを総合して魔女が住んでいたと思われるこの屋敷はドイツ語ないしそれに近しい言語が用いられていたんじゃないかと、おじさんは予想を立てていたんだ」
《おじさん》
「でも蓋を開けてみれば、結局英語と日本語の複合だったから難なく解読できたって感じだね。最初に言った通り、本当に”運が良かった”よ」
氷上さんは私の言葉を聞きながら少々訝しげな表情を浮かべていた。
存在自体が怪しいおじさんがペラペラと高説垂れていれば、それはもう不信感も募るだろう。
若い女の子とおしゃべりできて楽しくなってしまうなんて、おじさんの悪いところが出てしまったようだ。
《氷上メルル》
「そ、それで……大魔女様に関することは何か分かりましたか? ごめんなさい……私、解読のお手伝いはできないのにこんなこと聞いてしまって……」
《おじさん》
「いやいや! こちらこそごめんね。おじさんのおしゃべりに付き合ってくれて……おじさんと会話してくれる人は少ないから、氷上さんについ甘えてしまったみたいだ」
《おじさん》
「大魔女についてだったね。彼女を呼び出す方法についての記述はすでに見つけてあるよ」
《氷上メルル》
「ほ、本当ですかっ!? おじ様……すごいです!」
《おじさん》
「あはは……そんなに褒められると照れるね。どうやら、やり方は“13人の魔女を集めてサバトを行う”だそうだ。そうすると【大魔女】がこの地に召喚される。この魔女というのは牢屋敷の少女たちのことでいいのかな」
《氷上メルル》
「13人の魔女を集めて……私たちの中に大魔女様が紛れているとかではないのですか?」
《おじさん》
「大魔女が紛れてる? ああ、ゴクチョーさんのあの言葉か。確かに“大魔女が見つかれば”だっけ。確かにおじさんたちの中に大魔女がいそうな口ぶりではあったね」
《氷上メルル》
「………………」
《おじさん》
「でも困ったね」
《氷上メルル》
「何がでしょうか……?」
《おじさん》
「ほら、13人の魔女を集めないといけないのに、現状この牢屋敷には12人しか少女がいないから。おじさんが佐伯さんの代わりに連れてこられちゃったせいで大魔女を見つけるのは絶望的になっちゃったよ」
《氷上メルル》
「た、確かに……どうしたらいいんでしょう……うううっ……」
《おじさん》
「氷上さんが気に病む必要はないよ。おじさんたちは被害者なんだから」
《おじさん》
「おじさんは引き続き【大魔女】を見つける方法が他にないか調べてみるよ。氷上さんたちはどうにかこの牢屋敷から脱獄する方法を考えてみて」
《氷上メルル》
「……はい! 頼りにしていますね、おじ様っ。また来ます!」
氷上さんは歩みを弾ませながら図書室を後にした。
氷上さんの名前はメルル。魔女語の表記に従うなら”melt”+“する”になるだろうか。
彼女はきっと人の心を溶かす星のもとに生まれたのだろう。
ハーブティーの暖かさが身に染みる。獄中生活に身を置きながらも、私の心は穏やかにほぐされていくのだった。