おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
氷上メルルの魔女化後、全員の魔女化を進めている頃のお話です。
[図書室]
氷上さんが魔女化した後、予定の通り二階堂さんが主導となり牢屋敷全員の魔女化計画がスタートしていた。
進捗は逐一報告してもらっているためおおよそは把握している。
どうやらすでに蓮見さんの魔女化が済んでいるらしい。
ものの数日だというのにすでに成果を上げているなんて、二階堂さんは本当に優秀な子だと思う。
昨日からは二階堂さんだけでなく、蓮見さんも積極的に協力して魔女化を進めていると聞く。
このペースでいけばあと一週間もあれば全員の魔女化が済んでしまいそうだった。
皆の心が一丸となっている中、私たちはというと……
《夏目アンアン》
「わがはいは3倍でベッドだ!!!!」
《氷上メルル》
「ううう……フォールドです……」
《城ケ崎ノア》
「うーん、勝てそうにないかも。のあも降りるね」
《おじさん》
「あはは……夏目さんは随分強気だね。おじさんはどうしようかな」
私はカリカリと頭をかいて頭を悩ませる。
私たちは図書室で絶賛ポーカー中。
他の少女たちが頑張ってくれている状況なので少々心は痛むが、すでに魔女化を終えていた氷上さん、城ケ崎さん、夏目さん、黒部さん姉妹は特にやることもないのでこうして図書室で娯楽を楽しんでいた。
ポーカーと一口にいってもルールは色々とある。現在遊んでいるのはテキサス・ホールデムというルールだった。
各プレイヤーは2枚のカードが配られ、場に5枚のカードが配られる。それらのカードから一番強い手を作れたプレイヤーが勝者となるというようなルールだ。
最初は私がディーラーをやっていたのだが、黒部さんが魔法の性質上あまりに強すぎた結果、現在は黒部さんがディーラー、私が参加者となっている。
《黒部ホノカ》
「……………………」
ふと、黒部さんのお姉さんが目に入る。彼女はなれはてから戻ったばかりで調子が悪いのかはたまた元からの性格なのか、彼女はゲームに参加していなかった。
物静かに黒部さんを眺めては満足そうに微笑んでいた。仲のいい姉妹だ。
そんなモノローグを語っていると、黒部さんがこほんと咳払いをする。
《黒部ナノカ》
「それでおじさん。コールするのかしら?」
《おじさん》
「ああ、ごめんね」
場にはすでに♡1、♤3、♡10、♡3が出されている。
そして私の手には♢1と♧7。現在ダブルペアだ。数字の1を使ったダブルペアであるため強い手札ではある。
夏目さんもダブルペアだとするとほぼほぼ私の勝ちになるため、乗るのも悪くないだろう。
《おじさん》
「そうだね……せっかくだからコールしようかな。夏目さんがブラフかもしれないし」
《夏目アンアン》
「それはどうかな」
夏目さんは袖で口を隠しながらクフフと笑みを浮かべる。
彼女の態度が本物であるか、偽物であるか果たして……
《黒部ナノカ》
「5枚目オープンするわね」
そして、運命の5枚目。表になったカードは……♢5だった。特に私の手に変動はない。
《おじさん》
「おじさんは1と3のダブルペアだね。夏目さんの手はどうだったかな?」
《夏目アンアン》
「わがはいの手は……ハートのフラッシュだ!」
夏目さんは自分の手札を公開する。
彼女の手札は♡6と♡J……見事に5枚のハートが揃っていた。
なるほど、4枚目のオープン時に既に役は揃っていたのか。これは勝ち目がなかったようだ。
《氷上メルル》
「アンアンさんすごいですっ! 降りていて正解でした……」
《城ケ崎ノア》
「アンアンちゃん強いねぇ。のあも負けてられないかも」
《夏目アンアン》
「わがはいはスマホのゲームで予習をしている。初心者に負けはしない」
《夏目アンアン》
『ポーカーチェイス好評配信中』
※2026/07/15に第一回まのさばコラボは終了しました。
夏目さんが謎の宣伝をしていると、図書室の扉が不意にバンっと大きな音を立てて開かれた。
小鳥を帽子に乗せた少女が足音大きめに入場する。
《橘シェリー》
「おじさーん! おじさんいますかー?」
《おじさん》
「おや、橘さん。どうしたんだい、そんなに急いで」
いつも忙しないタイプではあるが今日はまた一段とパワフルな橘さん。
彼女はいつものように、どこか他人事に見える笑顔を浮かべていた。
《おじさん》
「もしかして二階堂さんからのお使いかな? 何か問題でも起きたのかい?」
《橘シェリー》
「いえ、ヒロさんは関係ありません。個人的におじさんに頼みたいことがあるんですよねー」
《おじさん》
「個人的なお願いなんて珍しいね。あはは……でも少し待ってくれるかな。丁度ゲームの途中なんだ」
《氷上メルル》
「シェリーさんも一緒にやりますか?」
《城ケ崎ノア》
「わーい、のあも一緒にやりたいかも」
《夏目アンアン》
「ふふふ……誰が相手でもわがはいの勝ちは揺るぎない。ナノカはズルだが」
《黒部ナノカ》
「仕方ないじゃない。文句なら私にこんな魔法を発現させた大魔女に言いなさい」
《氷上メルル》
「大魔女様の悪口はやめてください……」
図書室に新たな仲間が来たことで少女たちは盛り上がりを見せる。
橘さんは少し困った様子でしばらく考えると、表情を明るくして返答した。
《橘シェリー》
「それではおじさん、あの時の貸しを今使ってもいいですか?」
《おじさん》
「あのとき……」
橘さんの言っているのはあのことだろう。
私は夏目さんが魔女化した時──裁判所での出来事を思い出す。
◆◆◆
《おじさん》
「橘さん! 外に出て行ってくれ! ここはおじさんが何とかする!」
《橘シェリー》
「何でですか!? 一緒に戦いましょうよー!」
《おじさん》
「……君は強い! 君が洗脳されたら誰も君に勝てない!」
《橘シェリー》
「そんなー! でも、メルルさんには言わないんですね〜?」
《橘シェリー》
「仲間はずれなんて酷いです。えんえんえーん」
《おじさん》
「頼む……説明は後でするから……今は……」
《橘シェリー》
「ひとつ貸しですよ〜」
◆◆◆
半ば強制的で一方的な貸しではあったが、一応そのような約束をしたことは間違いない。
約束してしまった以上、それを反故にするというのは信条的にもよくないだろう。
私は苦笑いを浮かべながら席を立つ。
《おじさん》
「それなら仕方ないね。ごめんね、氷上さんたち。おじさん少し行ってくるよ」
《橘シェリー》
「というわけでみなさん、おじさんをちょっと借りますねー。用事が終わったら一緒に遊びましょう!」
《城ケ崎ノア》
「いってらっしゃーい」
城ケ崎さんに続いて他の少女たちにも見送られながら私は図書室を後にする。
『ポーカーができない』とスケッチブックを掲げる夏目さんは少し悲しそうな顔をしていた。
少し足早に歩く橘さんの後ろ姿を眺める。
彼女のその小さな背中に、これまでにない緊張感を感じていた。
《おじさん》
「ところで橘さん、そんな“貸し”を使ってまでおじさんに何の用かな」
《橘シェリー》
「そんなに警戒しないでくださいよー。別に変なことをさせようとかそういうことではないんです」
《橘シェリー》
「おじさんはいつも通り、おじさんをしてくれれば結構ですから!」
橘さんはそういうと、スンっと真剣な面持ちになり言葉を続けた。
《橘シェリー》
「ハンナさんを助けてください」
*
[ゲストハウス前]
牢屋敷の外、おおよそ厨房の裏のあたりには来客用と思われる木製のゲストハウスが三棟建っている。
それぞれ火精の間、水精の間、地精の間という名前がついており、真ん中の水精の間には地下のバックヤードに続く通路があると以前氷上さんに教えてもらった。
そう、確かに三棟建っていたはずなのだが……私の目の前には2つの建物しかなかった。
《おじさん》
「これは……」
私は首が痛くなりそうなほどに空を見上げる。
ログハウスの一棟──火精の間が宙に浮いていた。
こんな魔法が使えるのは……彼女しかいない。
《おじさん》
「なるほど。状況は把握したよ。遠野さんはあのログハウスの中にいる……ということで間違いないかな?」
《橘シェリー》
「はい、間違いありません。誰も傷つけないようにと、ハンナさんは今はああして自分を閉じ込めているんです」
《おじさん》
「そういうことだったんだね」
橘さんはどこか哀愁漂う様子で言う。
あれから私もいくつか橘さんについて考えた。やはり、彼女は遠野さんに関することではこうなるようだ。
《おじさん》
「了解した。できる限りのことはやってみよう。とりあえず……遠野さんをログハウスから下ろしてもらってもいいかな?」
《橘シェリー》
「わかりました!」
《橘シェリー》
「ハンナさーん!! 降りてきてくださーい!!!! おじさんを連れてきましたよー!!!!」
牢屋敷全体に響いてしまうのではないかというほどの声量で橘さんは声を投げかける。
しばらくまっては見たものの、宙に浮く火精の間はピクリとも動かなかった。
《橘シェリー》
「聞こえてないみたいですね。それだけ魔法の制御に集中しているのかもしれません」
《おじさん》
「これは困ったね。ちなみに、遠野さんはいつからあの状態なんだい?」
《橘シェリー》
「ハンナさんがあれを始めたのは昨日からなんですよねー。昨日はあの状態で4時間も空中にいましたよ。空中浮遊が終わった後もログハウスに引きこもったままなんです」
《おじさん》
「4時間! それはまた随分長いね」
私は魔法が使えないためそれがどの程度の負荷なのかはわからない。
ただ、魔法の行使がずっと力を入れっぱなしのような感覚なのだとすれば4時間は相当なものだろう。
私がどうするべきかと思案していると、橘さんがポンッと手を打った。
《橘シェリー》
「そうだ! 天才美少女名探偵のシェリーちゃんはいいこと思いつきました! 私の魔法があれば万事解決かもしれません!」
《おじさん》
「橘さんの魔法……? 確か【怪力】だったよね。もしかして君も筋力で空を飛べたりするのかい?」
《橘シェリー》
「いえいえ、そんなの無理ですよー! 空中浮遊はハンナさんの専売特許です! でも、おじさんなら!」
《おじさん》
「えっ」
嫌な予感を察知して一歩後退りをしたが時すでに遅し。
橘さんは私の身体をヒョイと持ち上げてしまう。
彼女が何をしようとしているのかは明白だった。
《おじさん》
「待って待って待って! おじさんの身の保証は!?」
《橘シェリー》
「きっと大丈夫です! 失敗してもキャッチしますから〜!」
《おじさん》
「そんな無茶な!」
《橘シェリー》
「それじゃあ行きますよー!!!!」
されるがまま振り回され、私の視界はぐるぐると回る。
数度の回転の後、私の身体はフッと舞い上がった。
《おじさん》
「うわああああああああ!!!!」
全身に風を感じながら一直線にログハウスへ。
もうこうなってしまえば、私の身体は完全に私の制御外だ。
覚悟を決めると、私は目を硬く瞑った。
<ガラスの割れる音パリーン>
ガラスを突き破り中に入ると、遠野さんが椅子に腰掛けていた。
《おじさん》
「いてて…………」
《遠野ハンナ》
「な、な、な、何事ですの!?」
《おじさん》
「あはは……ごめんね遠野さん。少しお邪魔するよ」
遠野さんはどこか具合が悪そうな表情で私を心配してくれる。
しかしながら、心配されるべきは彼女の方だろう。
遠野さんの顔はところどころがひび割れ、爪が異様な鋭さで伸びていた。この割れたガラスよりも随分と鋭利で危険に見える。
散らばったガラスを払うと、私は遠野さんの向かいの席についた。
《遠野ハンナ》
「お、お怪我はありませんの?」
《おじさん》
「ちょっと手を切ってしまったようだ。でも大事じゃないから大丈夫だよ」
《遠野ハンナ》
「あのゴリラ女……後で説教してやりますわ」
《おじさん》
「あはは……まだ橘さんがやったとは言ってないのに」
《遠野ハンナ》
「何を言っていますの。こんなことをしでかすのはシェリーさん以外考えられませんわ」
《おじさん》
「すごい信用だ。良い意味でも悪い意味でも」
遠野さんは少しため息を吐くと、私に一礼して詫びを入れる。
そして、【浮遊】の魔法で割れたガラスを宙に浮かせるとそのままゴミ箱へと放り込んだ。
なるほど、相当魔法が強まっているらしい。
《おじさん》
「おじさんがここに連れてこられた理由は分かっているね?」
《遠野ハンナ》
「お悩み相談……ですわよね? シェリーさんってば余計なことをして……」
《おじさん》
「まあそういうことになるね。お節介だったかい?」
《遠野ハンナ》
「そ、そんなことは思っていませんわ! でも……少し申し訳ない気持ちですわね」
遠野さんは伏目がちにそう言った。
牢屋敷の大半の少女たちから警戒されているし仕方ないことではあるが、私は遠野さんのことをよく知らない。
お嬢様口調でお人形のような服をまとう少女。
自分が危機的状況だというのに、差し伸べられた手に罪悪感を覚える──断片的な情報ではあるが、彼女からは高貴であろうとする芯の通った子であるという印象を受けた。
責任感の強い子と言っても良いかもしれない。
《おじさん》
「申し訳なく思う必要はないよ。困ったときはお互い様だからね」
《おじさん》
「そうだ、まずひとつお願いをしてもいいかな」
《遠野ハンナ》
「なんですの?」
《おじさん》
「一旦、【浮遊】の魔法を使うのをやめてほしい。君たち魔法少女は精神を削ることで魔法を行使している。そして、魔法を使い続ければいずれ魂が消耗し切って魔女になってしまうんだ」
《おじさん》
「つまり、このままでは魔女になるのが早まってしまうということだね。魔法を解除して地上でお話しよう」
《遠野ハンナ》
「……………………」
《遠野ハンナ》
「……………………いやです」
遠野さんは小さくそう呟く。
《遠野ハンナ》
「わたくし地上には戻りませんわ」
《遠野ハンナ》
「このまま他の方々が魔女化するのを待ちます。わたくしのことは放っておいて欲しいですわ」
《おじさん》
「なるほど、遠野さんの考えは分かったよ。確かにその方法はアリだ」
《遠野ハンナ》
「………………えっ?」
《おじさん》
「だけど、それはあまりにリスクが高いとおじさんは思うよ。他の少女が後どれくらいで魔女化するのかの目処が立っていないし、遠野さん自身の限界もわからないからね」
《遠野ハンナ》
「それは……そうですわね……」
彼女は長く伸びた手を何度か握ったり開いたりする。
今は正気を保ってはいるものの、不安はあるだろう。
《おじさん》
「もしかして、遠野さんの悩みはおじさんに話しにくいような類いのものだったりするのかな」
《遠野ハンナ》
「……どういうことですの?」
《おじさん》
「おじさんは佐伯ミリアさんという少女の代わりに連れてこられてしまったと初日に説明したね。実は、その佐伯さんはあまり人に話したくないような悩みを抱えていたんだ」
《おじさん》
「もし、遠野さんもそうなのだとしたら無理強いはできないなと思ってね」
《遠野ハンナ》
「わたくしは……そういうことではありませんわ。ただ……」
《遠野ハンナ》
「わたくし分かりますの。このままみなさんと一緒にいたら……わたくしは殺人を犯しますわ。人数が減っては……大魔女を呼べなくなります」
震える手で遠野さんはそう言う。随分と確信がある様子だった。
《おじさん》
「橘さんのことが心配なのかい?」
《遠野ハンナ》
「……っ! そ、それはありえませんわ! わたくしがシェリーさんを傷付けるなんて……」
《おじさん》
「あはは……ごめんね。疑ったりしてないよ。君と橘さんが仲良しなのは、おじさんでさえよく知ってるから」
そう言いながら、私は椅子に深く腰をかけると思案する。
もしかすると黒部さんが氷上さんと敵対していたように、遠野さんにも誰か恨みを向ける対象がいるのかもしれない。
だとするならばこのまま地上へ下ろすのは危険だろう。
少なくとも今の彼女には少女を殺すだけの力はあるわけで……恨む相手がいるのでは殺人が起きる可能性がかなり高くなりそうだ。
なんとかこの空中要塞でことを完結させるのが最良か。
《おじさん》
「分かったよ。【浮遊】の魔法は解かないで大丈夫。でもお悩み相談はする。それでどうかな?」
渋々と言った様子で遠野さんは首を縦に振る。
何はともあれ、空中要塞での告白がスタートするのだった。