おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
《おじさん》
「それじゃあ遠野さん。君が抱える悩みについて話を聞かせてくれるかな」
《遠野ハンナ》
「……わかりましたわ」
《遠野ハンナ》
「わたくしの犯した罪……聞いてくださいませ」
【審問開始】
《遠野ハンナ》
「わたくしには妹がいましたの。まだハイハイすらできない……赤ん坊でした。母に頼まれて、わたくしは妹の世話を精一杯頑張っていました」
《遠野ハンナ》
「妹は夜泣きの多い子でした。寝る間も惜しむような忙しい日々の中……少女漫画を読むのがわたくしの心の支えになっていましたわ」
《遠野ハンナ》
「ページを捲るたびに夢の時間が訪れました。物語を読んでいる間だけはお姫様になることができました。荒屋も、ボロ切れのような服も……全てが夢だってそう思わせてくれましたの」
《遠野ハンナ》
「そんな中、わたしくしは【浮遊】の魔法が使えるようになりました。ほんの少し浮くだけの魔法でしたが……わたくしの胸は期待で膨らみました」
《遠野ハンナ》
「わたくしは漫画のヒロインと同じ。わたくしは選ばれた存在。やっと報われる順番が来た……そう思いましたわ」
《遠野ハンナ》
「それからわたくしは時間を見つけて魔法の練習に励みました。きっと、この魔法がわたくしたち姉妹を救うと信じて……」
《遠野ハンナ》
「しかし、夢の時間はそう長く続きませんでした。抜け出すのはわずかな時間、ほんの少し目を離すだけだから、きっと今日も大丈夫。いつものように魔法の練習をして家に帰ると、妹が高熱を出していたのです」
《遠野ハンナ》
「電話はなく、お金もない……雪がしんしんと降り積もるなか、わたくしは必死に妹を抱えて病院へと走りました」
《遠野ハンナ》
「ですが非情なことに……全て手遅れでした。動かなくなった妹を抱きしめてわたくしはその場で横たわりました」
《遠野ハンナ》
「これは束の間の夢。妹は死んでいないし置き去りになんてしていない。こんなものは全部夢だから──そんな空想にすがったところで現実は変わりません」
《遠野ハンナ》
「あのとき妹から目を離さなければ、魔法の練習なんてしなければ……わたくしは自分勝手な理由で、妹を殺してしまったのですわ」
【審問終了】
《おじさん》
「高校生でありながら赤ちゃんの面倒を見る……遠野さんはいわゆるヤングケアラーと言われる境遇にあったのだろう」
《おじさん》
「家の経済状況も良くないように見えるし、遠野さん本人は家族の一員として自身の役割に責任感を持っていたのかもしれない」
《おじさん》
「だけどそれは彼女が一人で抱え込むようなものではないはずだ。少しでも彼女の罪悪感をやわらげられるよう指摘しよう」
【審問開始】
《遠野ハンナ》
「わたくしには妹がいましたの。まだハイハイすらできない……赤ん坊でした。母に頼まれて、わたくしは妹の世話を精一杯頑張っていました」
《遠野ハンナ》
「妹は夜泣きの多い子でした。寝る間も惜しむような忙しい日々の中……少女漫画を読むのがわたくしの心の支えになっていましたわ」
《遠野ハンナ》
「ページを捲るたびに夢の時間が訪れました。物語を読んでいる間だけはお姫様になることができました。荒屋も、ボロ切れのような服も……全てが夢だってそう思わせてくれましたの」
《遠野ハンナ》
「そんな中、わたしくしは【浮遊】の魔法が使えるようになりました。ほんの少し浮くだけの魔法でしたが……わたくしの胸は期待で膨らみました」
《遠野ハンナ》
「わたくしは漫画のヒロインと同じ。わたくしは選ばれた存在。やっと報われる順番が来た……そう思いましたわ」
《遠野ハンナ》
「それからわたくしは時間を見つけて魔法の練習に励みました。きっと、この魔法がわたくしたち姉妹を救うと信じて……」
《遠野ハンナ》
「しかし、夢の時間はそう長く続きませんでした。抜け出すのはわずかな時間、ほんの少し目を離すだけだから、きっと今日も大丈夫。いつものように魔法の練習をして家に帰ると、妹が高熱を出していたのです」
《遠野ハンナ》
「電話はなく、お金もない……雪がしんしんと降り積もるなか、わたくしは必死に妹を抱えて病院へと走りました」
《遠野ハンナ》
「ですが非情なことに……全て手遅れでした。動かなくなった妹を抱きしめてわたくしはその場で横たわりました」
《遠野ハンナ》
「これは束の間の夢。妹は死んでいないし置き去りになんてしていない。こんなものは全部夢だから──そんな空想にすがったところで現実は変わりません」
《遠野ハンナ》
「あのとき妹から目を離さなければ、魔法の練習なんてしなければ……わたくしは自分勝手な理由で、妹を殺してしまったのですわ」
<反論>
《おじさん》
【反論】「妹さんを殺したのは遠野さんではないよ」
《遠野ハンナ》
「……そうですの?」
《おじさん》
「確かに遠野さんが魔法の練習をしないでずっと妹さんの側にいたなら結果が変わっていた可能性も少しはあるかもしれない。だけどそれはあくまで『たられば』の話だ。遠野さんが直接手を下したわけではないのだから、殺したというのは無理があるとおじさんは思う」
《おじさん》
「それに、遠野さんは家を出る前に妹さんが熱を出していたことに気付いていなかったんだよね?」
《遠野ハンナ》
「それは……そうですわね」
《おじさん》
「だとするなら、やはり遠野さんは悪くないよ。少なくとも法律の上で遠野さんに責任が問われる可能性は限りなく少ない」
《おじさん》
「仮にこの事件で遠野さんが罪に問われるとするならば『保護責任者遺棄致死罪』というものになる。これは、保護責任者が保護が必要な相手を置き去りにして殺してしまうことで成立する罪だ」
《おじさん》
「遠野さんはお母さんから妹の面倒を見るように言われていた。ただ家庭内でそのような口約束があったとしても、保護責任は親権を持つ親が有していると考えるのが普通なんだ」
《遠野ハンナ》
「ですがわたくしはお姉ちゃんで……母から頼まれたのですから責任を持って面倒をみなければならないと……思いますわ」
《おじさん》
「もし仮に保護責任が本当に遠野さんにあったとしよう。そうなると今度は保護対象の『容態の変化に気付いていたか』『変化を予見できたか』『故意に置き去りにしたか』『不在と死亡の因果関係があるか』などが過失を決める上での争点となる」
《おじさん》
「話を聞くに、少なくとも『容態の変化に気付いていたか』『変化を予見できたか』『故意に置き去りにしたか』については遠野さんは否定できるよね」
《遠野ハンナ》
「え、ええ! もちろんですわよ! 妹を置き去りにしたのはわざとではありませんでした。それはわたくし誓えますわ」
《おじさん》
「では残る争点は『不在と死亡の因果関係があるか』だ。遠野さんが妹さんを家にひとりにしていたことが死亡の主な原因だったかということだね」
《おじさん》
「遠野さんは『抜け出すのはわずかな時間』と言っていたね。そうなると、外出前に妹は熱を出しておらず、短時間の外出から帰って来たら容態が急変し、病院に向かう途中で死亡したことになる……これはあまりに発熱から死亡までが早すぎる」
《おじさん》
「この場合はっきりと診断が出ているわけではないから断言はできないけど、乳幼児突然死症候群やの可能性も考えられるんじゃないかな」
《遠野ハンナ》
「乳幼児突然死症候群……それはなんなんですの?」
《おじさん》
「赤ちゃんはたまに原因不明にコロっと死んでしまうことがある。これはそういう病気だよ。家庭内でタバコを吸う人がいると起きやすいとか、冬の寒い時期に起きやすいと言われている」
《遠野ハンナ》
「冬の寒い時期………………」
《おじさん》
「保護責任者遺棄致死罪を問う上で、乳幼児突然死症候群と診断されて執行猶予がつくケースは珍しくない。もし仮に妹さんが乳幼児突然死症候群で亡くなってしまったのならば……」
《おじさん》
「遠野さんの不在と妹さんの死の因果関係が強いとは考えにくいのではないかとおじさんは思う」
《遠野ハンナ》
「わたくしのせいじゃない……法律の世界だとそうなるのですわね」
《おじさん》
「そうだね。だから、妹さんの死は手の出しようがない不慮の事故だった。遠野さんは妹さんを殺したりしていないし、死んでしまった責任は遠野さんのお母さんにある──そう考えるのが妥当だとおじさんは思う」
《おじさん》
「ちなみにお母さんはその日何をしていたんだい?」
《遠野ハンナ》
「………………」
《遠野ハンナ》
「……………………わかりませんわ」
《おじさん》
「……えっ? あまり家族間でコミュニケーションが取れていなかったのかな?」
《遠野ハンナ》
「いえ…………母は……家を出ていきましたから……わからないのですわ」
《おじさん》
「…………なるほど了解した。嫌なことを聞いてごめんね」
遠野さんはその場で固まったまま黒色の涙を流す。
この説得ではまだ遠野さんを納得させることはできなかったようだ。
*
《おじさん》
「なるほど、おじさんは勘違いしていた。遠野さんはヤングケアラーではない。事態はもっと深刻だったんだ」
《おじさん》
「…………遠野さんは育児放棄を受けていた。より正確に言えば、親に捨てられていた。その上で、姉としての責務を果たそうと頑張り続けていた……ということか」
《おじさん》
「そうなると、彼女の悩みは妹を見殺しにしてしまったことそのものじゃない。もっと根本的なところに彼女のトラウマがあるはずだ。そこを指摘すれば……!」
【審問開始】
《遠野ハンナ》
「わたくしには妹がいましたの。まだハイハイすらできない……赤ん坊でした。母に頼まれて、わたくしは妹の世話を精一杯頑張っていました」
《遠野ハンナ》
「妹は夜泣きの多い子でした。寝る間も惜しむような忙しい日々の中……少女漫画を読むのがわたくしの心の支えになっていましたわ」
《遠野ハンナ》
「ページを捲るたびに夢の時間が訪れました。物語を読んでいる間だけはお姫様になることができました。荒屋も、ボロ切れのような服も……全てが夢だってそう思わせてくれましたの」
《遠野ハンナ》
「そんな中、わたしくしは【浮遊】の魔法が使えるようになりました。ほんの少し浮くだけの魔法でしたが……わたくしの胸は期待で膨らみました」
《遠野ハンナ》
「わたくしは漫画のヒロインと同じ。わたくしは選ばれた存在。やっと報われる順番が来た……そう思いましたわ」
《遠野ハンナ》
「それからわたくしは時間を見つけて魔法の練習に励みました。きっと、この魔法がわたくしたち姉妹を救うと信じて……」
《遠野ハンナ》
「しかし、夢の時間はそう長く続きませんでした。抜け出すのはわずかな時間、ほんの少し目を離すだけだから、きっと今日も大丈夫。いつものように魔法の練習をして家に帰ると、妹が高熱を出していたのです」
《遠野ハンナ》
「電話はなく、お金もない……雪がしんしんと降り積もるなか、わたくしは必死に妹を抱えて病院へと走りました」
《遠野ハンナ》
「ですが非情なことに……全て手遅れでした。動かなくなった妹を抱きしめてわたくしはその場で横たわりました」
《遠野ハンナ》
「これは束の間の夢。妹は死んでいないし置き去りになんてしていない。こんなものは全部夢だから──そんな空想にすがったところで現実は変わりません」
<ガラスの割れる効果音・おじさんの論破スチル>
《おじさん》
【賛成】「遠野さんは妹を置き去りになんてしていない……おじさんもそう思うよ」
《遠野ハンナ》
「……っ!? そんなわけありません!わたくしは妹をひとり家に置いて外出した……それは事実ですの!」
《おじさん》
「確かに遠野さんは妹を家に置いたまま魔法の練習に行ったのだろう。だけどそれは『わずかな時間』だった」
《遠野ハンナ》
「そ、それは……そうですけど……」
《おじさん》
「その程度離れただけのことを『置き去りにした』というのは、法律的にも常識的にも無理があるんじゃないのかな」
《おじさん》
「だから君は妹を置き去りになんてしていない。ただ少し家を留守にしただけだよ」
《遠野ハンナ》
「………………」
遠野さんは眉間に皺を寄せ、しばらく頭を抱える。
思慮の時間を取った上で私は続ける。
《おじさん》
「それに外出した理由は魔法の練習だった。遠野さんは偶然授かった魔法で姉妹が救われると信じていたんだよね」
《遠野ハンナ》
「え、ええ。どう使うとかは……そこまで頭が回っていませんでしたけど、【浮遊】の魔法はわたくしにとって希望の光でしたわ」
《おじさん》
「だとするなら、遠野さんは心情的にも妹さんを置き去りにしたとは言えないはずだ。君の魔法の練習は姉妹を救うための行動──妹さんのことを思っての行動と考えることもできるはずだからね」
《おじさん》
「離れていても遠野さんの心は妹の元にあった。君は、決して妹を置き去りになんてしていないよ」
《遠野ハンナ》
「………………」
遠野さんは震える右手を左手で押さえる。
その手から滑り落ちてしまった命を悔やむように、彼女はギュッと手を握った。
黒色の涙を流しながら彼女は前を向く。
《遠野ハンナ》
「わたくし……ちゃんと妹のことを守れていたかしら」
《おじさん》
「ああ。遠野さんは姉としてやれることをきちんとやっていた。少なくとも、おじさんは君を肯定するよ」
《遠野ハンナ》
「…………ありがとう……ございますですわ」
《遠野ハンナ》
「少し……救われた気がしますの」
遠野さんは精一杯笑顔を作りこちらへ向けた。
彼女の指先がゆっくりと白さを取り戻す。
魔女化の影響が和らいでいる──ただ、未だひび割れた顔を見るに一歩前進と言ったところだろうか。