おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
一区切りついたところで一度窓の外を見る。
屋敷よりも高い位置にあるということもあり太陽の光がより強烈に目に入る。
そろそろ夕方が近い。
私は単刀直入に話を進めた。
《おじさん》
「遠野さん、さっきお母さんは家を出て行ったと言ったね。もしかすると、遠野さんのトラウマは『置き去りにされること』や『置き去りにすること』……ということなのかな?」
《遠野ハンナ》
「そ、そうかもしれませんわ。わたくし自身、妹の死がトラウマなのだと思っていましたのに……」
《おじさん》
「どちらも辛い経験であることには変わりないよ。案外、自分自身のことをよく理解している人間は少ないのかもしれないね。他人という鏡を通すことで自分を知るということもあるだろう」
一度椅子から腰を浮かせて姿勢を正す。
今回、遠野さんが急に魔女化したのには何かしらの外的要因があるはずだ。
魔女化したタイミング……少女漫画のお姫様を夢想していた過去……それらを総合して考えるに、きっかけは蓮見さんである可能性が高いだろうか。
蓮見さんが役者として煌びやかな世界に身を置いていることは、おじさんである私ですら知っている。
同じ空間に自分が夢見た世界に住む人間がいて、さらに彼女が二階堂さんや桜羽さんと協力して皆を先導している──置いていかれたという気持ちが想起されて無意識にトラウマを刺激されてもおかしくない。
この情報も遠野さんの心を手助けする上で重要になるだろうか。
《おじさん》
「さて、遠野さん。続きをしよう」
《おじさん》
「おそらく、お母さんから見捨てられた経験が君の心を縛り付ける最後の鎖になっているんだと思う。少しでもそれが解けるように、もう少しお手伝いしてもいいかい?」
《遠野ハンナ》
「お、お願いしますわ」
遠野さんはゴクリと唾を飲む。
彼女の覚悟に応えるように、私も一度深呼吸した。
《おじさん》
「それでは遠野さん、家庭の状況について話してくれるかな」
【審問開始】
《遠野ハンナ》
「わたくしの家はとてもいい家庭とは言えないものでしたわ。兄弟はたくさんいましたが家を出ていて、弟たちは父が引き取りました」
《遠野ハンナ》
「残されたのは母とわたくしと妹の3人。わたくしは風が吹けば吹き飛んでしまいそうなボロ屋に3人で暮らしていましたの」
《遠野ハンナ》
「厳しい生活を送る中、わたくしは家事のほとんどを担当していました。ゴミ捨て場から使えそうなものを漁ったり、服が破ければ裁縫を……貧しいながらに知恵を振り絞って生活していましたわ」
《遠野ハンナ》
「もともと母は家をよく空ける人でした。数日帰ってこないことも普通でした。ですがあるとき……本当に母が帰って来なくなったのです」
《遠野ハンナ》
「不安に押しつぶされそうになりながら一週間──わたくしは気付きました。ああ、わたくしは置き去りにされたのだと」
《遠野ハンナ》
「今頃はどこかの男の家にでもいるのかもしれませんわね。私たち姉妹を置いて、ひとりだけ楽しく過ごしてると思うと……辛いですわ」
【審問終了】
《おじさん》
「随分な大家族だ。全員が遠野さんの母の子ではなく連れ子と見るのが妥当だ。むしろ、遠野さんと妹だけは直接の娘ということなのかもしれない」
《おじさん》
「状況的に遠野さんの母が家を出ていったという事実を変えることはできない。どうにか置き去りにはされていないと擁護することはできないだろうか」
《おじさん》
「多少無理矢理になってしまうが……やってみる価値はあるだろう」
【審問開始】
《遠野ハンナ》
「わたくしの家はとてもいい家庭とは言えないものでしたわ。兄弟はたくさんいましたが家を出ていて、弟たちは父が引き取りました」
《遠野ハンナ》
「残されたのは母とわたくしと妹の3人。わたくしは風が吹けば吹き飛んでしまいそうなボロ屋に3人で暮らしていましたの」
《遠野ハンナ》
「厳しい生活を送る中、わたくしは家事のほとんどを担当していました。ゴミ捨て場から使えそうなものを漁ったり、服が破ければ裁縫を……貧しいながらに知恵を振り絞って生活していましたわ」
《遠野ハンナ》
「もともと母は家をよく空ける人でした。数日帰ってこないことも普通でした。ですがあるとき……本当に母が帰って来なくなったのです」
《遠野ハンナ》
「不安に押しつぶされそうになりながら一週間──わたくしは気付きました。ああ、わたくしは置き去りにされたのだと」
<反論>
《おじさん》
【反論】「遠野さんは置き去りになんてされてないよ」
《遠野ハンナ》
「……? 母が出て行ってしまったのは本当のことですわよ?」
《おじさん》
「物理的にはそうかもしれない。確かに君のお母さんは家を出て行ってしまった」
《おじさん》
「でも心情的にはきっとお母さんは遠野さんと一緒にいたはずだ! 今もどこかで遠野さんのことを心配しているはずだよ!」
《遠野ハンナ》
「…………それでしたらどうしていつも家を留守にするようなことをしていましたの! 到底わたくしたちのことを思い続けていたとは思いませんわ!」
《おじさん》
「うっ……!」
《遠野ハンナ》
「どうせパチンコとか男の家にでも行っていたに違いねーですわよ! 適当なこと言わないでくださいまし!」
《おじさん》
「ご、ごめんね…………おじさん適当なこと言ってしまったよ……」
*
《おじさん》
「怒られてしまった。あまり事実を捻じ曲げてまで擁護するのは逆に反感を買ってしまうか」
《おじさん》
「しかし、これは困ったことになった。これでは正面からでの説得は難しいということになる」
《おじさん》
「お嬢様に対する憧れ……きっとヒントはこれだろう。遠野さん自身も気付いていない、彼女の願望…………その視点からなら彼女の過去を救うことができるかもしれない!」
【審問開始】
《遠野ハンナ》
「わたくしの家はとてもいい家庭とは言えないものでしたわ。兄弟はたくさんいましたが家を出ていて、弟たちは父が引き取りました」
《遠野ハンナ》
「残されたのは母とわたくしと妹の3人。わたくしは風が吹けば吹き飛んでしまいそうなボロ屋に3人で暮らしていましたの」
《遠野ハンナ》
「厳しい生活を送る中、わたくしは家事のほとんどを担当していました。ゴミ捨て場から使えそうなものを漁ったり、服が破ければ裁縫を……貧しいながらに知恵を振り絞って生活していましたわ」
《遠野ハンナ》
「もともと母は家をよく空ける人でした。数日帰ってこないことも普通でした。ですがあるとき……本当に母が帰って来なくなったのです」
《遠野ハンナ》
「不安に押しつぶされそうになりながら一週間──わたくしは気付きました。ああ、わたくしは置き去りにされたのだと」
《遠野ハンナ》
「今頃はどこかの男の家にでもいるのかもしれませんわね。私たち姉妹を置いて、ひとりだけ楽しく過ごしてると思うと……辛いですわ」
<ガラスの割れる効果音・おじさんの論破スチル>
《おじさん》
【反論】「楽しく過ごしている……果たしてそうだろうか?」
《遠野ハンナ》
「絶対、絶対! わたくしたちでは味わえない優雅な暮らしをしているに決まっていますわ!」
《おじさん》
「そうかな? おじさんは、君のお母さんがそのような幸せな暮らしをしているとは思えないよ」
《遠野ハンナ》
「何か根拠はありますの?」
《おじさん》
「もちろんさ。君のお母さんは、遠野さんと妹を置いて家を出て行った。それが根拠になる」
《遠野ハンナ》
「ま、まさか母の幸せな生活にはわたくしたちが必要だった……ということですの!?」
《おじさん》
「いや、そういうことではないね」
《遠野ハンナ》
「なんでですの! ちょっと良い話なのかと思いましたのに!」
《おじさん》
「遠野さんの考えている通り、君のお母さんは家を出て行った後どこかの男の所に転がり込んでいるのだとしよう。それだとひとつ引っかかることがあるんだ」
《遠野ハンナ》
「そ、それはなんですの?」
《おじさん》
「君のお母さんは家を出るときに自分の娘たちを一緒に連れていかなかった。ここから導かれることは……」
▶︎「子供が嫌い」◀︎
▶︎ 「経済状況が悪い」 ◀︎
▶︎「ロリコン」◀︎
《おじさん》
「相手の男性の経済状況は悪かったということだよ」
《遠野ハンナ》
「……っ!」
《おじさん》
「母の逃げ先が遠野さんが思い描く優雅な生活ができるほど裕福な男性だったのだとすれば、遠野さんたちも一緒に連れて行くことも可能だったはずだ。それをしないということは、相手の男性も遠野さんたち家族同様に貧困だったと考えられる」
《遠野ハンナ》
「た、確かに……考えてみればそうかもしれませんわね……」
《おじさん》
「それに、貧困女性が貧困男性の元に転がり込むケースでは家庭内暴力などのトラブルも増え生活がさらに悪化してしまうことも多い」
《おじさん》
「シングルマザーの状態で生活保護と子育て支援を受けた方が幸せだったなんてこともザラにある」
《遠野ハンナ》
「な、なんですのそれは……?」
遠野さんはよく分かっていない様子だった。
大抵の場合、本当に支援が必要な人間はその支援があることを知らない。
《おじさん》
「とにかく遠野さん、君は確かにお母さんに捨てられた。だけど、お母さんがひとりだけ幸せになったとは考えにくい」
《おじさん》
「遠野さん……君のお母さんは先に行ったりなんてしていない。君だけが不幸になるなんてことは……決してない!」
《遠野ハンナ》
「…………っ!」
《遠野ハンナ》
「……………………」
《遠野ハンナ》
「……………………そうですのね。私だけが……不幸なわけじゃない……」
遠野さんはどこか安心した様子で肩の力を抜いていた。
今回魔女化したきっかけのように、先に行ってしまうということも心のどこかで引っ掛かりになっていたのだろう。
気付けば遠野さんの顔のひび割れはほとんど治りかけていた。化け物と呼ぶにはあまりにも人間に寄りすぎている。
しばらく呆然とした後、今度は少し悲しげに口を開く。
《遠野ハンナ》
「でも、あくまでこれは可能性の話……なんですわよね?」
《おじさん》
「ああ、そうだよ。相手の男性はお金持ちだけど単に子供嫌いで遠野さんたち姉妹を連れて行けなかっただけという可能性ももちろんある」
《遠野ハンナ》
「……………………」
《遠野ハンナ》
「そうだったら…………良いですわね」
《おじさん》
「…………お母さんの幸せを願うのかい?」
《遠野ハンナ》
「わたくしが言うのもなんですが……母はあまり良い親だったとは言えませんわ」
《遠野ハンナ》
「家事も何もかもわたくしに押し付けますし、わがままで怒りっぽくてお金にだらしなくて……」
《遠野ハンナ》
「それでもやっぱり……できることなら母には幸せになって欲しい」
《遠野ハンナ》
「そう思うのは……強欲すぎるかしら」
《おじさん》
「…………そんなことはないよ。優しくて責任感のある──とても遠野さんらしい結論だと思う」
彼女の心は揺れていた。
置いて行かれたくない気持ちと、置いて行きたくない気持ち……その2つの感情が彼女を縛っている。
板挟みになった遠野さんの感情……それは過去とトラウマを上書きすることで解決できるはずだ!
《おじさん》
「お母さんが不幸になる未来では遠野さんは母を置いて行くことになり、お母さんが幸せになる未来では今度は遠野さんが置いていかれることになる」
《おじさん》
「きっと君が救われるためにはどちらも不幸になるかどちらも幸せになるかのどちらかしかないんだろう」
《遠野ハンナ》
「それなら、わたくしは後者を選びたい……ですわ!」
《おじさん》
「過去は変えることはできない……だけど未来はいくらでも変えられるんだよ」
《おじさん》
「遠野さん、もう一度家族をやりなおそう。もちろん母と復縁しようと言っているわけじゃない。新しい家族の元で、もう一度家族というものをやりなおすんだ」
《おじさん》
「そして今度はその家族の手を決して離さず普通の暮らしを送ろう。それがお母さんをおとしめず妹さんへの贖罪にもなる……おじさんはそう思うよ」
《遠野ハンナ》
「……っ!」
遠野さんは大きく目を見開く。
うつむき、涙をこぼしながら、声を震わせて言う。
《遠野ハンナ》
「そんなこと……できますでしょうか?」
《おじさん》
「できるさ。遠野さんには兄弟がたくさんいると言っていたね。その中に君と復縁してくれる人がいるかもしれない。新しい家族が見つかるまで、おじさんも手伝うよ」
《遠野ハンナ》
「…………無理ですわよ。兄や姉たちが今どこにいるかなんて……わたくし知りませんもの」
《おじさん》
「………………それなら」
私は唾を飲む。
あまり無責任なことを言うのは良くない。
これを口にするのであれば、私自身も覚悟を決めて臨まなければならないだろう。
私はお人形のような可憐な少女へと手を差し伸べる。
そして、ペリドットのように透き通る黄緑色の瞳をしっかりととらえて言った。
《おじさん》
「遠野さん…………おじさんの養子にならないかい?」
《遠野ハンナ》
「……………………えっ?」
《遠野ハンナ》
「……ええええええええええええ!?」
ログハウスの中に遠野さんの叫び声が響く。
そして不意に心臓が浮き上がるような、フワッとした感覚が私を襲う。
窓の外の景色が目まぐるしく変化した。
《おじさん》
「ちょっと遠野さん! 魔法が切れてる! 【浮遊】の魔法をかけ直して!」
《遠野ハンナ》
「そ、そ、そんなこと言われてもなんだかさっきまでの力が出ねーんですわ!!!! どうすればいいんですのこれ!!!!」
《おじさん》
「それでも頑張るんだ! 浮かせなくてもいいから落下速度くらいは落とせるはずだ!」
《遠野ハンナ》
「無茶言いますわね! うおおおおおおお!!!!! やってやりますわああああ!!!!」
魔法が弱まっているなりに全力を尽くす遠野さん。
落下を止めることはできない……しかしその勢いは少しずつ緩やかなものとなり……
<家具が倒れる音>
《遠野ハンナ》
「はぁ……はぁ…………! な、なんとか助かりましたわ……!」
《おじさん》
「よ、よかった……本当にありがとう遠野さん……おじさんたち死ぬところだったよ……」
腰を抜かした私に、今度は遠野さんは手を差し伸べた。
遠野さんが何かを言う前に、ログハウスの外から声が聞こえてくる。
《橘シェリー》
「大丈夫ですかー!? 今下ろしますねー!」
《遠野ハンナ》
「シェ、シェリーさん!?」
橘さんの声が聞こえて、遠野さんは咄嗟に手を離す。
立ち上がり途中だったので、私は思わず尻餅をついてしまった。
なるほど、橘さんが【怪力】の魔法で受け止めてくれたのか。
遠野さんと橘さん……どちらが欠けていても私たちの命は怪しかっただろう。
ログハウスを持ち上げる橘さんが歩き出す。
グラリグラリと揺れるログハウスの中で、遠野さんは乱れた服を整えて言う。
《遠野ハンナ》
「おじさん、さっきのお話……ありがたいですがお断りしますわ」
《おじさん》
「おや、フラれてしまったようだね。どうして断るんだい?」
《遠野ハンナ》
「だって、おじさんと家族になってもきっとすぐに旅立たれてしまいそうですもの。それではわたくし、また家族を置き去りにしてしまうことになりますわ!」
《おじさん》
「あはは……おじさんまだそこまで歳じゃないのに……」
一体私は今何歳くらいに見られているのだろうか……?
牢屋敷の面々から警戒されるほどだし……いや、こんなことを考えるのはやめよう。
魔女化の影響が薄れ、気付けば彼女の顔は完全に元の状態へと戻っていた。
遠野さんは涙を拭うと、くるりとその場で一回転。
スカートの裾をヒョイとつまんで持ち上げる──カーテシーを見せると笑顔で続けた。
《遠野ハンナ》
「わたくし、家族になりたい方がいますの!」
《おじさん》
「あはは……余計なことをしてしまったようだ。これは失礼したね」
ログハウスの動きが止まる。
外にはきっと明るい未来が彼女を待っているだろう。
過去を受け入れ、乗り越えて……上書きすることを決めた少女の後ろ姿はどんなお姫様にも劣らない気品に満ち溢れているのだった。
ハンナちゃんの家族に関する話があまり公開されていなかったので、結構妄想多めとなっています。
②のハンナちゃんがいくら頑張ろうとも妹を救うことは無理だったという話は割と可能性高いんじゃないかなとは思ってます。そうであって欲しい(救いがあるため)
ココロノクライの追加情報で今回の話全部おじゃんになるかも!!!!
次回未定ですがシェリーちゃん回の予定です。
結構長くなってしまいましたが読んでくださりありがとうございました!