おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
空中要塞での説得を終えて、私たちは無事に地上へと戻ってきた。
ログハウスの扉を開ける。遠野さんの状態を確認すると、パァと表情を明るくして橘さんが駆け寄って来た。
《橘シェリー》
「ハンナさん! 元に戻れたんですね! どこか違和感のあるところかはないですか?」
《遠野ハンナ》
「いいい、いてーですわ!そんなに叩いたらバカになっちまいますわよ!」
《橘シェリー》
「あっ、ごめんなさい。シェリーちゃんは天才美少女筋肉名探偵だってことを忘れてましたー」
《遠野ハンナ》
「怪力女、で伝わりますわ!」
遠野さんはプンプンとしながら橘さんを跳ね除ける。
しかしながら彼女はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
この笑顔が守れたのなら説得した甲斐があったというものだろう。
橘さんはしばらくちょっかいを出した後、私の元へとやってくる。
《橘シェリー》
「おじさん! 本当にありがとうございました! おじさんを呼んで正解でした。やっぱり持つべきものは弁護士のおじさんですねー」
《おじさん》
「あはは……それは良かったよ」
《橘シェリー》
「ところでハンナさんはどうして元に戻れたんですか?」
《おじさん》
「それはおじさんの口からは言えないね。個人情報だから」
私は遠野さんに視線を送る。
遠野さんはギクリという効果音が聞こえてきそうなほどに、気まずそうな表情を浮かべた。
《遠野ハンナ》
「………………」
《遠野ハンナ》
「お、おじさんは……どう思いますの?」
《おじさん》
「好きにすればいいと思うよ。ただ、いつかは話さないといけない日が来るだろう。心の準備ができたらするのがいいんじゃないかな」
《遠野ハンナ》
「…………」
遠野さんは口をつぐむ。
彼女と橘さんは友人だ。それはこの牢屋敷の中だけじゃない。
無事にこの島を脱出することができた後もきっと彼女たちの交友は続くだろう。
遠野さんが自身の秘密を話す機会はこれからも何度も訪れるはず。
だから、そこまで急ぐこともないだろうと思った。思ったのだが。
遠野さんは橘さんの服の袖をひょいと掴んで顔を上げる。
《遠野ハンナ》
「シェリーさん聞いてくださいませ、わたくしの過去を」
《橘シェリー》
「ハンナさん……」
《橘シェリー》
「分かりました! 私がドーンと受け止めます! どんな過去でもかかってこいですー」
《遠野ハンナ》
「もう、ムードってもんが台無しですわ」
《遠野ハンナ》
「…………わたくし、妹を見殺しにしてしまいましたの。それと親に捨てられて……」
それから遠野さんは自身の過去について語りだした。
◇
遠野さんが話す間、橘さんは静かにそれを聞いていた。
いつものようにわざとらしく茶々を入れるようなことはしなかった。
全てを聞き届けた後、橘さんは申し訳なさそうに言う。
《橘シェリー》
「…………そんなことがあったんですね。無遠慮に聞いてしまいごめんなさい」
《遠野ハンナ》
「な、なんだか調子が狂いますわね。そんな塩らしくなるなんてシェリーさんらしくないですわよ」
《橘シェリー》
「えーん、ハンナさんひどいですー。まるでシェリーちゃんが人の心のないバケモノみたいじゃないですかー」
《遠野ハンナ》
「そんなこ……」
遠野さんのセリフを食い気味に橘さんは続ける。
《橘シェリー》
「私も自分のことを話さないとフェアじゃないですよね」
《橘シェリー》
「今日は特別に、天才美少女名探偵シェリーちゃんの悲しき過去についてお話ししてあげます!」
《遠野ハンナ》
「別に無理に話さなくてもよろしいですのに」
《橘シェリー》
「私が話したいんです。それではダメですか?」
《遠野ハンナ》
「それなら……わたくしは止めませんわよ。きちんと最後まで聞き届けますわ」
《橘シェリー》
「えへへ……ありがとうございます!」
《橘シェリー》
「そうだ! おじさんも聞いていってください!」
《おじさん》
「い、いいのかい?」
急に話を振られて気が抜けた返事をしてしまう。
遠野さんの問題が片付いてして油断していた。今日の夕飯のことを考えている場合ではなかったようだ。
《橘シェリー》
「いいんですよ。それに、おじさんにはこれまでの実績がありますから! いい機会だと思うんです」
《橘シェリー》
「もし、私を救うことができるのなら……好きなだけ指摘してくださいね」
《おじさん》
「分かったよ。おじさんも聞かせてもらうね」
橘さんはコホンとひとつ咳をして、口を開いた。
【審問開始】
《橘シェリー》
「私は小さい頃、施設で育ちました。そこでは乱暴な職員も多くてですねー、シェリーちゃんは毎日暴力を受けていました」
《橘シェリー》
「あまりやられっぱなしも癪なので、あるとき少し施設職員に抵抗してみたんです。正当防衛だと思いますし、ほんの軽い気持ちでした。だけど、私はちょっと人より力が強かったんですよねー」
《橘シェリー》
「結果として、職員の1人が無惨な死体になってしまいました。まさか私がやったとは誰も思わず、この事件は事故死として迷宮入りです」
《橘シェリー》
「しばらくして、私はとても優しくて温かな家庭に引き取られました。マジカルな殺人事件のことは忘れて幸せに生きようと思ったんですが……それはできませんでした」
《橘シェリー》
「人を殴り殺してから、私はどこかおかしくなってしまったみたいで……頑張っても普通の人間のフリができなくなってしまったんです」
《橘シェリー》
「かくしてバケモノになった名探偵はこの牢屋敷に連れてこられて正しく処分されそうになってしまうのでしたー。悲しいです〜。えんえんえーん!」
《橘シェリー》
「『悲しい』ってこれであってますか?」
【審問終了】
《おじさん》
「橘さんは施設育ちだったようだ。遠野さんとは別の意味で親に恵まれていない」
《おじさん》
「おそらく暴力の蔓延る劣悪な環境下で橘さんの心は壊れかけ、【怪力】の魔法が発現した。そして壊れかけの心にトドメを刺したのは……彼女自身による職員の殴殺」
《おじさん》
「おじさんは橘さんに対し、人の気持ちを考えるのが苦手だという印象を受けていた。しかし、きっとそれはバケモノを自認することで背負いきれぬ十字架を肯定……とまではいかないかもしれないが、罪の意識から目を背けたという側面があったのだろう」
《おじさん》
「橘さんが自身のトラウマと向き合い、それを乗り越えるためのピースは揃っている。この審問で場違いなおじさんがするべきこと、それは……」
【審問開始】
《橘シェリー》
「私は小さい頃、施設で育ちました。そこでは乱暴な職員も多くてですねー、シェリーちゃんは毎日暴力を受けていました」
《橘シェリー》
「あまりやられっぱなしも癪なので、あるとき少し施設職員に抵抗してみたんです。正当防衛だと思いますし、ほんの軽い気持ちでした。だけど、私はちょっと人より力が強かったんですよねー」
《橘シェリー》
「結果として、職員の1人が無惨な死体になってしまいました。まさか私がやったとは誰も思わず、この事件は事故死として迷宮入りです」
《橘シェリー》
「しばらくして、私はとても優しくて温かな家庭に引き取られました。マジカルな殺人事件のことは忘れて幸せに生きようと思ったんですが……それはできませんでした」
《橘シェリー》
「人を殴り殺してから、私はどこかおかしくなってしまったみたいで……頑張っても普通の人間のフリができなくなってしまったんです」
《橘シェリー》
「かくしてバケモノになった名探偵はこの牢屋敷に連れてこられて正しく処分されそうになってしまうのでしたー。悲しいです〜。えんえんえーん!」
《橘シェリー》
「『悲しい』ってこれであってますか?」
【審問終了】
<タイムアップ>
《おじさん》
「どうしたんですか、おじさん? 何も指摘しないんですか?」
橘さんは少し満足そうな表情で首を傾げる。
《橘シェリー》
「ふふーん! 流石のおじさんでもシェリーちゃんの謎を解くことはできないようですね!」
《おじさん》
「あはは……おじさんは少し法律に詳しくてお節介なだけだからね。なんでもかんでもできるわけじゃないよ」
《おじさん》
「…………そうだね、一言だけ言わせてもらおうかな」
私は少し間を置いて、深く息を吸ってから告げる。
《おじさん》
「橘さん、君はこれから魔女になる」
《橘シェリー》
「……? どういうことですか? もしかして……過去を話すこと自体がトラウマの克服につながっているとかでしょうか?」
私は首を横に振った。
《橘シェリー》
「うーん、わかりました!さっきのログハウスを持ち上げるので【怪力】の魔法を使ったからですね!」
《橘シェリー》
「多分大丈夫ですよー。あれくらい使うぐらいで魔女に近付くとは思えません」
《おじさん》
「これは驚いた。橘さんは流石だね。きちんと魔女になるための道筋が立っているようだ」
《橘シェリー》
「お褒めに預かり光栄です! シェリーちゃんは名探偵なのでこの魔女集めゲームの裏技にもすぐ気付いちゃうのでした」
遠野さんにも言ったが、魔法の行使をすることで魔女にするということは可能だ。
極論全員の魔女化のタイミングが合わせられればそれでいいのだから、トラウマを解決しにくいような子に関しては魔法を使い続けて精神を消耗させたり、それこそトラウマを刺激して魔女にしてしまうということも最終手段として残されている。
氷上さんが覚醒している今、多少タイミングにズレがあっても誤魔化しがきくだろう。
もちろん、安定をとってトラウマを解決した状態で降臨の儀を行うことが望ましいが、時間がないならこの選択を取るのが正しい。
《橘シェリー》
「残り3人くらいになったら【怪力】の魔法を使って使って使いまくります! どれだけギリギリまで魔女に近付けるかのチキンレース! ちょっとドキドキしますねー」
《おじさん》
「橘さんの計画は上手くいくと思うよ。君なら自分の魔女化を上手く制御できそうな気がするし、おそらく何のトラブルもなく魔女になれるはずだ」
えへへーと橘さんは頭を掻く。そのわざとらしい仕草に心が痛んだ。
《おじさん》
「もう一度言うね、橘さん。君はこれから魔女になる。正確に言えば、魔女になれる機会が訪れる」
《おじさん》
「その機会を掴むか手放すかは君次第だ。できればその手を握ってくれることを心から願うよ」
《おじさん》
「おじさんは夕食の支度をしないといけない。遠野さん、全て終わったら手伝いに来てよ。橘さんも味見係でね」
そうして私は2人の少女に手を振ると、厨房へと向かうのだった。