おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話   作:長雪 ぺちか

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城ケ崎ノアとの話①

[医務室]

 

遠くから聞こえる鳥の声で目が覚める。歳を重ねるに連れて朝起きるのが早くなっていることに若干のダメージを受けつつ大きく伸びをした。

 

監房はまだ時間的には開いていない。今のうちに朝食を済まして図書室へ行ってしまおうか。おじさんと顔を合わせたいって物好きな少女はいないし、それがいい。

 

特に宝生さんは私と会うのを避けている節がある。仕事柄、彼女のような少女と接したことがある。配慮してあげるのが大人として──男性として当然のことだろう。

 

清々しい朝の風に紛れて、一羽のフクロウが飛来する。

 

《ゴクチョー》

「おはようございます、偽ミリアさん。かわいいフクロウ、ゴクチョーです。お気分はお変わりありませんか」

 

《おじさん》

「おはよう。相変わらず気分は良くないよ。こんな朝早くに、おじさんに何か用かな」

 

《ゴクチョー》

「話が早くて助かります。ダメ元で聞きますが……偽ミリアさん、料理はできますか?」

 

《おじさん》

「料理? 出来なくはないかな。まさかおじさんに朝食を作ってなんて……ことはないよね、あはは……」

 

《ゴクチョー》

「そのまさかですよ。この牢屋敷も深刻な人手不足でして……そもそも朝食なんて作る義理なんてありませんからね。ほとんどサービス労働です、これ……」

 

《おじさん》

「そ、そうだったのか。お疲れ様です……」

 

《おじさん》

「分かったよ。そういうことならおじさんがその仕事引き受けるよ。引き継ぎ資料とかは……」

 

《ゴクチョー》

「そんなものはありませんよ。サービス業務と言ったではありませんか。はあ……こういうのをブラックというのですかね……」

 

ゴクチョーさんは忙しそうに飛び立っていく。思えば看守さんとゴクチョーさん以外、ここの職員を目にしていない。本当に人手不足なんだろう。

 

監獄生活を送る少女たちには夜時間に外に出れないなどの制約がある。もちろんおじさんであり魔女化の恐れも何もない私にそのようなシステムはない。

 

その上ゴクチョーさんの仕事まで手伝っているとなれば、いよいよ私も職員と変わりがないのではないか。少女たちから現在の私がどう映っているのか心配になりつつ、私は重い腰を上げるのだった。

 

 

 

 

[厨房]

 

厨房には食材と包丁などの調理器具、それにコンロ、レンジ、オーブンも揃っていた。そこまで広いわけではないが、一人暮らしのキッチンを考えれば十分な広さがあった。

 

《おじさん》

「あのドロドロとした料理たちはここで作られていたのか。器具が足りていないというわけでもないところを見るに……本当にサービスで料理を用意してくれていたんだろう」

 

《おじさん》

「とはいえ、おじさんも人のことは言えない。13人分の料理なんて作ったことがないし、一体何を作ればいいんだ……」

 

《おじさん》

「…………ジャムでも作っておけばいいか。比喩でもなんでもなく“腐るほど”リンゴはあるみたいだから」

 

そうして私は腐りかけのリンゴたちと砂糖を鍋にかける。後はパンを切っておけば、一応食事としては成立するだろう。

 

他にも玉ねぎとジャガイモがあったので玉ねぎはスープにし、ジャガイモはレンジにかけておく。あまりに手抜きだが、例のドロドロスープになるよりは幾分マシだ。

 

《おじさん》

「そろそろ少女たちが食事に来る頃だ。おじさんはここらで退散しよう」

 

朝の一仕事を終えて、私はいつものように図書室へ向かった。

 

 

 

 

[図書室]

 

昨日までの同様にして、私は山積みになった書物を読み漁る。

 

数冊本を流し読みしていると、魔女因子と思わしき単語が目に入った。

 

《おじさん》

「なるほど。魔女因子は少女の精神を消耗してそれを魔法にしている……ということかな。原理はさっぱりわからないけど、筋は通っている気もする」

 

《おじさん》

「つまり、魔法を使えば使うほど魔女因子は少女たちの精神を蝕んでいき、魔女へと近付いていくということかな」

 

《おじさん》

「ゴクチョーさんが魔女になる可能性のある少女を集めたと言っていたけど、これは魔法が使える少女が魔法を使うことによって加速度的に魔女化が進むと考えると整合性が取れる」

 

《おじさん》

「詳しくは書かれていないけど、原理的には”魔法以外で精神を擦り減らすことで魔女化を進める“こともできそうだし、逆に”精神が安定させることで魔女化を止める“ということもできそうか」

 

《おじさん》

「この牢屋敷に必要なのは”弁護士のおじさん“じゃなくて”カウンセリングのお姉さん“だったのかもしれないな、あはは……」

 

あれこれと調べていると、カランと軽い音が図書室に響いた。

 

《おじさん》

「城ケ崎さん、いつの間に」

 

集中していて全く気がついていなかった。知らないうちに図書室の奥の方で、所々カラフルな色が入った真っ白な髪の少女が机に向かっていた。

 

先ほどの音は、色鉛筆を転がした音だったようだ。

 

城ケ崎さんは【絵を描く魔法】を持っていると以前本人から聞いた。自分の手で絵を描くこともあるんだな。彼女は一体何を描いているのだろうか。

 

全体的に真っ黒に塗りつぶされたそれはまるで幼稚園児の描くようなレベルのもので、解読が難しい。しかしながら、雰囲気は感じ取れるものではあって、それが『蝶』のような『リボン』のような何かであることはかろうじてわかった。

 

《おじさん》

「おはよう、城ケ崎さん。朝から何を描いているんだい?」

 

《城ケ崎ノア》

「むう……むむむ……」

 

《おじさん》

「城ケ崎さん?」

 

《城ケ崎ノア》

「ふえ……? お、お、お、おじさん!? 」

 

《城ケ崎ノア》

「………………見た?」

 

《おじさん》

「ん? 少しだけどね。ああ、ごめん。制作途中のものなんて見られたくないよね」

 

《城ケ崎ノア》

「どうしよう……おじさんに知られちゃった。のあは……」

 

《城ケ崎ノア》

「ううっ…………」

 

《城ケ崎ノア》

「うわああああああああん!!!!」

 

城ケ崎さんは突然大声で泣き出す。そ、そんなに途中経過を見られたくないものなのか!?

 

彼女のカラフルな髪が黒く染まる。瞳には虹色の涙が溢れていた。ただ事ではない雰囲気に私は後ずさりをする。

 

《城ケ崎ノア》

「…………なきゃ」

 

《城ケ崎ノア》

「………………殺さなきゃ!」

 

《おじさん》

「ちょっと落ち着いて! そ、そんなに絵を見られるのが嫌だったのかい? 確かに真っ黒で不思議な絵だったけど……」

 

《城ケ崎ノア》

「やっぱりおじさんもそう思うんだ。うううっ…………もうやだあああああ!」

 

感情の昂りに合わせて、彼女のスプレー缶から漏れ出た液体が私を縛り付ける。

これは魔女因子が覚醒している……ということなのか!?

 

私はカウンセリングの”か“の字も知らないおじさんだ。ここから彼女を正気に戻せるかは定かではない。それでもやるしかない!

 

《おじさん》

「そ、そうだ。少しお話をしよう! おじさんを殺すのはその後でもいいんじゃないかな?」

 

《城ケ崎ノア》

「おじさん、また命乞いするんだ。のあはゴクチョーさんほど優しくないかも」

 

《おじさん》

「そんなことないよ。城ケ崎さんはとっても優しい子だよ。おじさんは分かってるから……」

 

《城ケ崎ノア》

「嘘つき。のあのこと何にも知らないくせに。のあそういうの好きじゃない」

 

《城ケ崎ノア》

「だけど……いいよ。最後にちょっとだけ、のあがお話し聞いてあげる」

 

城ケ崎さんの魔法が弱まる。しかし依然として身体は本棚に張り付けにされている。

どうにか会話に持ち込めた。どうにか城ケ崎さんを説得して生き残らねば。

 

私の命は最悪どうなってもいい。だが、ここで私が死んでしまえば──いや、城ケ崎さんが私を殺してしまえば、魔女裁判が起きて彼女は裁かれる。こんな突発的な犯行、隠し切れるわけがない。

 

こうして牢屋敷に来て初めての命をかけた審問が始まるのだった。

 

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