おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
[図書室]
城ケ崎さんとの一件が終わって数日。
初日こそは氷上さんに手当をしてもらいはしたが、それ以降は相変わらずの日常を送っていた。
そういえばゴクチョーさんから頼まれた朝食当番の仕事も引き続き行なっている。
少女たちに直接会うことはないので感想は聞けていないが、夜には食事がなくなっているところを見るに不評というわけではなさそうだ。
そんな独白を語りながら、私は山積みになった書物を読み漁る。
魔女の言葉の読み方が掴めてきたことで解読速度は大幅に上昇している。そうなってくると重要なのは情報の質だ。
図書室には例えば料理の本であったり園芸の本であったり日記であったり、そういった種類の本も存在している。この本に価値がないのかと問われれば答えは否ではあるが、大魔女を見つける上で直接的には不必要な情報だ。だがしかし……
《おじさん》
「なるほど。島に人間が攻めてきたことで魔女は滅びたのか。魔法があったのに科学技術に勝てないってのは中々興味深いな」
気付けば私は一冊の日記のようなものを読み耽っていた。囚われの身ではあるが、少しくらい自分の興味関心にしたがって作業をしてもいいだろう。それに当時の魔女の状況を知り、情報の外観を掴むというのは意義のあることだ。
ある行為が罪になるか、そうでないかを判断するのは一般人には難しい。それは法令の全体像を把握できていないからだ。多くの法令を扱う立場にある以上、その論理体系を俯瞰できることの重要さは身にしみている。
《おじさん》
「魔女も自分たちが滅びる運命にあることを察していたみたいだ。それもそうか。魔”女”というくらいだから、元々この島には女性しかいなかったのかもしれない」
《おじさん》
「そうなると、島の外から男を連れて生殖を行う……なんてことをしていたのだろうか。それか、女性だけで生殖を行える? 娯楽小説などでそこらの、魔女にとっての常識を知ることができたりはしないだろうか」
とはいえ娯楽小説はあくまで娯楽小説。全てが真実とも限らない。そもそも、娯楽小説があるのかすら定かではないが。
集中していると、不意に背後に気配を感じて振り返る。
《氷上メルル》
「お、お疲れ様です……っ」
《おじさん》
「氷上さん、おはよう。先日は看病してくれてありがとうね」
《氷上メルル》
「いえ、私の役目ですから……そ、それよりノアさんのことについてお聞きしたいことがありまして」
怯えた様子で氷上さんは言う。
城ケ崎さんのイラストを見てしまった結果、彼女の魔女因子が暴走した。
なんとか彼女のことを説き伏せることができたはいいものの、後遺症として髪の毛の一部に黒みが残るなどはしてしまった。
《おじさん》
「ああ、もしかして城ケ崎さんがまた暴走してしまっているのかな」
《氷上メルル》
「あっ、いえそういうことではなくて……確かにみなさんノアさんの変化に驚いてはいます。本人も魔女になったかもしれないと言っていて……」
《氷上メルル》
「ノアさんに聞いたら、おじ様が魔女から戻してくれたと言っていたんです。あの……それは本当なのでしょうか?」
《おじさん》
「ああ、そのことか。城ケ崎さんのプライバシーに関わるから詳しくはいえないけど、彼女を戻したのはおじさんで間違いないよ」
《氷上メルル》
「や、やっぱり! すごいですおじ様! 一度魔女になった少女が元に戻るなんて私はじ……想像もつかなくて!」
氷上さんの目は希望に満ちているように思えた。
ゴクチョーさんの説明では集められた少女たちは魔女因子を持っていて、いつかは魔女になってしまう可能性があるという。もし、魔女になっても元に戻れるとわかれば彼女たちの心労も軽減されるはずだ。
こんな環境だ。私がいつ死ぬかもわからない。引き継ぎ……といっては変かもしれないが情報の共有はしておいた方がいいだろう。
《おじさん》
「そうだ、氷上さんに城ケ崎さんを元に戻したときの方法を教えておくよ」
《氷上メルル》
「えっ! いいんですか! ぜひ教えて欲しいです!」
《おじさん》
「あはは……そんなに知りたかったのかい。方法は単純だよ。城ケ崎さんは悩みを抱えていた。おじさんはその悩みを聞いて、それを解決したんだ。まあ実際のところは城ケ崎さんがその悩みを受け入れたが近いのだけど」
《おじさん》
「とにかく、少女の“トラウマを克服”させること。これが魔女化から元に戻る方法のようだよ」
《氷上メルル》
「トラウマを克服……ですか」
《おじさん》
「ああ。書物によると、魔法は魔女因子が精神を消耗することで発動し、精神が削られすぎると最終的に魔女になるらしい」
《おじさん》
「今回城ケ崎さんが暴走したのは、おじさんが不用意に彼女のトラウマに触れたことで“精神が消耗された”ことが原因なんだと思う。だから、トラウマを克服して“精神が回復した”ことで魔女化が後退したみたいだね」
我ながら信憑性のないオカルト話をしていると思う。しかしながら、筋は通っているだろう。
《氷上メルル》
「そう……だったんですね。おじ様がこの牢屋敷に来てくれて本当によかったですっ!」
《おじさん》
「ありがとう。でもまあ、おじさんのせいで魔女が13人集まらなくて大魔女が呼び出せそうにないんだけどね。あはは……」
《氷上メルル》
「き、きっと大丈夫です! 私も……力になりますからっ」
氷上さんはそういうと深々とお辞儀をして図書室を去っていった。
おどおどしているけど芯の通った強い子だ。
さて、私も作業を続けるとしよう。
伸びをして節々をポキポキと鳴らし、再び本へと目を落とすのだった。
*
[医務室]
夜時間になるのを見計らい、シャワーや食事を済まして私は医務室へと戻ってきた。
こう連日調べものをしていると流石に肩が凝ってくる。
朝食の準備が入ったことで朝も早く起きなければならないし、もう寝てしまおう。
ベッドへと入ろうとしたところで、私は背後に気配を感じて振り返った。
《おじさん》
「……氷上さん? どうしてここに? もう夜時間だよ。見つかったら懲罰房送りになってしまうよ」
《氷上メルル》
「おじ様……」
氷上さんは何やら視線を落としてもじもじとしている。
普段から怯えた様子の彼女だけど、それとは少し違う雰囲気だった。
《氷上メルル》
「おじ様にお話があります。聞いていただけますか?」
《おじさん》
「な、なんだい?」
《氷上メルル》
「その……こんなこといきなり信じろというのは難しいのはわかっています。それでも……私の言葉をを信じてくださいっ」
氷上さんの目が真っ直ぐとこちらを向く。覚悟か決まった目だった。
《氷上メルル》
「私……魔女なんです」
《おじさん》
「ああ、それは知っているよ。ここに連れてこられたということは、魔女になる素質を持っているんだよね」
《氷上メルル》
「そういうわけじゃないんですっ……! みなさんは魔女因子を持った少女──私は……いえ、私だけは……」
《氷上メルル》
「“本物”の魔女なんです」
《氷上メルル》
「もっと分かりやすくいえば、その……“黒幕”でしょうか? みなさんをこの島に連れて来た」
彼女の優しい声が少し冷たさを帯びる。そしてそれは彼女の言葉が真実であることを告げているようだった。
《おじさん》
「にわかには信じ難いけど……本当のことみたいだね」
《おじさん》
「でもどうして、こんなことをおじさんに話してくれたのかな」
《氷上メルル》
「おじ様はまだこの牢屋敷に来て半月も経っていません。それなのに大魔女様を呼ぶ方法を見つけてくれました……」
《氷上メルル》
「私は……どうしても大魔女様に会いたいんです。どうしても……大魔女様に会いたい……ううう……」
氷上さんは涙を流し始める。
今に思えば最初の顔合わせでおじさんを殺さないようゴクチョーさんに提案し、それが通ったのは彼女が黒幕だったからということだったんだろう。
《おじさん》
「話はおおよそわかったよ。つまり氷上さんはおじさんに大魔女を探すための仲間になってほしい……と思ってるんだね」
《氷上メルル》
「は、はいっ! まだほとんど説明していないのに……おじ様は理解が早くて助かります……」
《おじさん》
「あはは……流石にここまでの重大情報を告げられれば分かるって。仲間になるか、殺されるかの二択だったよね」
《氷上メルル》
「あっ、ええっと……すみませんっ。そうですよね……私、そこまで頭が回っていませんでした……」
《おじさん》
「構わないよ。それだけ、氷上さんは必死だったってことだよ。本当に大魔女に会いたいんだね」
《氷上メルル》
「えへへ……そうですね」
彼女はふやけた顔で笑う。なんというか惚気話を聞いているような気分だ。
何はともあれ、とんでもないことになってしまった。
手違いで牢屋敷に連れてこられなんとか生きながらえたかと思ったら、運営側の立場になってしまうとは。人生何があるかわからない。
とはいえこれまで私がしていたことといえば“大魔女の捜索”と“朝食の支度”くらいで、すでに運営側の人間だったのではないかという疑念を強く否定できない。
だからこそ、ひとつの疑問が浮かぶ。
《おじさん》
「ひとついいかな」
《氷上メルル》
「はいっ、なんでも聞いてください! おじ様はもう、私の仲間なんですからっ!」
《おじさん》
「氷上さんはおじさんにこれから何をしてもらいたいのかな? 本命は大魔女の捜索を手伝って欲しいということだと思うんだけど、それは既におじさんやっているよね」
《おじさん》
「別に、こんなことしなくてもこれまで通り捜索は進んだような気がするんだ。氷上さんがそこまでリスクを冒しておじさんに秘密を打ち明けてくれた理由は何かあるのかな?」
《氷上メルル》
「全てお見通しなんですね……。はい、確かにおじ様は仲間にならなくても勝手に大魔女様の捜索を続けてくれていたかと思います……」
《氷上メルル》
「でもっ、それではダメなんです。おじ様に……もっと協力して欲しいことことができてしまったので」
《氷上メルル》
「おじ様……!」
氷上さんは大きく深呼吸をして私の手を握った。
《氷上メルル》
「私と……赤ちゃんを作ってくださいっ!」
《おじさん》
「………………えっ?」
《おじさん》
「ええええええ!? ほ、本気で言っているのかい!? 何か悪い薬でも盛られてたりしない!?」
《氷上メルル》
「わ、私は本気です……! おじ様が大魔女様の復活方法を調べてくれてから、私ずっと考えていたんです……」
《氷上メルル》
「もう、大魔女様を呼び出すにはこの方法しかありませんっ!」
《氷上メルル》
「聞いてください。私の……完璧な大魔女様復活計画をっ!」
【審問開始】
《氷上メルル》
「大魔女様を復活させるには 13人の魔女が必要……おじ様はそう仰いましたね」
《氷上メルル》
「エマさんたちは……まだ魔女ではありません。魔女化させるには、魔女因子を覚醒させる必要があります」
《氷上メルル》
「そのやり方は分かっています。強いストレスがかかると、魔女因子が覚醒するんですっ!」
《氷上メルル》
「だから、看守さんには不味いお料理を作ってもらったり、娯楽室にはホラー映画を置いたりしていたんです。皆さんにストレスがかかるのを期待していました……」
《氷上メルル》
「これまで私は何回も少女たちが魔女化をするのを見てきました。で、でもっ……13人全員を同時に魔女化できたことはありません……!」
《氷上メルル》
「魔女になると殺人衝動に駆られて、必ず死人が出てしまいます……これでは大魔女様に会うことはできないっ!」
《氷上メルル》
「だけど……魔女を増やすもっと確実な方法があったんですっ!」
《氷上メルル》
「私は魔女です……もし私に赤ちゃんが出来たら…… 産まれてきた子も魔女になるはずです!」
《氷上メルル》
「赤ちゃんの作り方……私分かりますっ! ほ、本で読みましたっ!」
《氷上メルル》
「ですから、おじ様っ! 私と一緒のお布団で寝てください! そうすれば赤ちゃんが出来ます!」
《氷上メルル》
「きっと、おじ様がこの牢屋敷に連れてこられたのは運命だったんです……さあ一緒に大魔女様に会いに行きましょうっ!」
【審問終了】
《おじさん》
「氷上さんの計画は間違っていない様に思える。魔女化すると殺人衝動を抑えられないとするならば、生来の魔女を増やすことは確かに大魔女を呼び出す最も確実な方法なんだろう」
《おじさん》
「だけどそれはあまりに未成年淫行すぎる。現在おじさんは法の外側に置かれてはいるものの、人が作り上げた法律を蔑ろにするのは真に現世から決別することになってしまう気がする」
《おじさん》
「魔女の捜索方法はおじさんが必ず見つけてみせる!何かなかっただろうか。氷上さんの顔を立てつつ、時間を稼ぐ方法は……!」
【審問開始】
《氷上メルル》
「大魔女様を復活させるには 13人の魔女が必要……おじ様はそう仰いましたね」
《氷上メルル》
「エマさんたちは……まだ魔女ではありません。魔女化させるには、魔女因子を覚醒させる必要があります」
《氷上メルル》
「そのやり方は分かっています。強いストレスがかかると、魔女因子が覚醒するんですっ!」
《氷上メルル》
「だから、看守さんには不味いお料理を作ってもらったり、娯楽室にはホラー映画を置いたりしていたんです。皆さんにストレスがかかるのを期待していました……」
《氷上メルル》
「これまで私は何回も少女たちが魔女化をするのを見てきました。で、でもっ……13人全員を同時に魔女化できたことはありません……!」
《氷上メルル》
「魔女になると殺人衝動に駆られて、必ず死人が出てしまいます……これでは大魔女様に会うことはできないっ!」
《氷上メルル》
「だけど……魔女を増やすもっと確実な方法があったんですっ!」
《氷上メルル》
「私は魔女です……もし私に赤ちゃんが出来たら…… 産まれてきた子も魔女になるはずです!」
《氷上メルル》
「赤ちゃんの作り方……私分かりますっ! ほ、本で読みましたっ!」
《氷上メルル》
「ですから、おじ様っ! 私と一緒のお布団で寝てください! そうすれば赤ちゃんが出来ます!」
<ガラスの割れる効果音・おじさんの論破スチル>
《おじさん》
【偽証】「分かったよ、氷上さん。今夜はおじさんと一緒に寝よう。一晩ぐっすり眠れば、赤ちゃんができるはずだ」
《氷上メルル》
「おじ様っ! 分かってくれたんですねっ!」
《おじさん》
「でもすごいね。氷上さんひとりでこの計画を思いついたのかい?」
《氷上メルル》
「は、はいっ! 私も必死だったんです……こんなに大魔女様に近付いたのは初めてでしたから……」
《おじさん》
「素晴らしい。これはきっと、大魔女様への愛がもたらした奇跡だよ」
《氷上メルル》
「えへへ……ありがとうございます。それでは私、枕を取ってきますねっ!」
《おじさん》
「ああ、待ってるよ」
氷上さんが医務室を出ていくのを見計らい私はガッツポーズする。
《おじさん》
「なんとか賭けに勝ったぞ! 氷上さんは性知識に疎そうだからカマをかけて正解だった! 同衾するだけで赤ちゃんができるわけないだろ!」
《おじさん》
「さて、これで時間は稼げた。間違いが起きる前に、どうにか【大魔女】を見つける別の方法を見つけないと……」
ひとり残された医務室で私は夜空を眺める。
ここから見える星々も私が元の生活で見ていたものと同じものだ。私はまだ……社会と繋がっている。
こうして私はこの牢屋敷の黒幕側の一員として日々を過ごすことになるのだった。