少年が巨人と戦うお話し
身に覚えのない件で教師に叱られたことがあった。
確かに自分は決してお行儀の良い子供だとは言えなかっただろう。
同級生に手を上げて泣かせたこともある、備品を壊したこともあった。
それでも嘘をつくことはなかったのだ。
同級生に手を上げた時は相手が悪いと考えていたし、備品に関しては完全に自分に非があるから素直に認めた。
だから今回のことは、自分では無いと信じてもらえると思っていたのだ。
しかし教師にとって、自分はただの問題児でしか無かったのだろう。
怒鳴られ謗られ、非を認めろと、お前が悪いと決めつけられた。
自分では無いと言い続けたが、机を叩きつけ怒声を上げる教師の恐怖し、泣きながら身に覚えのない件を認めた。
認めてしまった。
自分は屈したのだ。
後からその件が自分と無関係だと発覚したが、その時の事は今でも心に残り続けている。
不当な圧力をかけて来る大人(巨人)に屈した屈辱が、未だに胸の内で燻り続けている。
◆
<Infinite Dendrogram>を始めたのは特別な理由はない。
販売当初の爆発的な人気が渦巻いていた頃、クレーンゲームの景品で手に入れたのだ。
そうして始めた<Infinite Dendrogram>で遊んでいると、エンブリオが孵化した。
それは女の子だった。
銀髪にジト目で、お淑やかな印象を受ける。
彼女はメイデンというTYPEだそうで、メイデンとしての人間形態以外にも、他のTYPEとしての形態を持つレアカテゴリーなのだと言う。
もう一つのTYPEはアームズ、外見は黄金の大槍だったが、その名前を聞いた時は思わず目を見開いた。
「私の名前はドン・キホーテ。よろしくね、マスター」
昔読み聞かせてもらった絵本の騎士の名前。
風車を巨人と勘違いして挑む愚かな騎士の物語。
自分とは違い、愚かでも巨人に挑んだ勇敢なる騎士。
手に持った槍が、酷く重く感じた。
それでもこの世界から去る事は無かった。
モチーフに納得出来ないだけで、エンブリオ自体が嫌いな訳では無いのだ。
◆
活動拠点を移した時、事件に巻き込まれて下級職なのに村を襲う<UBM>と戦うことになったりもした。
メイデンであるドン・キホーテのスキルは、HPを消費することで、接触対象の体積を基準にした固定ダメージ与えるというもの。
HP消費は重かったが、万全の状態からならば圧倒的な実力差のある強敵さえ撃ち倒してくれる。
運良く不意打ちが成功し、おかげでその<UBM>相手のMVPに選ばれた。
村の人達からは、なんて勇敢なんだと賞賛や感謝を受けた。
嬉しくはあったが、自分が不意を突けたのは勇敢な村人が注意を引いてくれたお陰だろう。
彼らは勝ち目がないにも関わらず、自分に出来ることをやり切ったのだ。
そうでなければ、そもそも自分は勝ち目が無いと判断して隠れていただろう。
まるで金メッキが剥がれるような感覚がする。
後ろめたさを感じて、逃げるように目的の街へ向かった。
◆
上級エンブリオに進化する頃には最適なビルドを試行錯誤し、様々なジョブや装備の組み合わせを模索していく日々を過ごす。
細かいHP管理が求められるが、ドン・キホーテは強敵相手には当たりさえすれば必殺と言っていい。
必殺スキルである《蛮勇の一撃》は自分がHPを五〇%消費することで、相手の体積の五〇%分の固定ダメージを与えるというもの。
モンスターならば体の五〇%の体積を吹き飛ばされるのだから基本死ぬ。
人間相手では装備品なども含まれるため、奇襲が決まれば防ぎようが無く勝率は高い。
単機能特化故の強力なスキルだ。
しかし、HPを消費する関係上長期戦には向かない。
ならば当てて逃げるヒットアンドウェイ戦法で戦う事に決め、AGIに特化させる事にして【飛脚】に就いた。
使い込む内にレアスキルで空中も走れるようになり、飛行する敵への対抗手段も手に入れられたのは僥倖だと言える。
有用な汎用スキルを集めた後は【奇襲者】を選んだ。
気付かれずに攻撃を当てるとダメージを三倍にするスキルがあるのだが、固定ダメージも増幅されたことでHPが節約出来ることが判明した。
最終的には強敵相手には奇襲で急所に固定ダメージを喰らわせ、倒せなければ高いAGIで逃げながら削るゲリラ戦法が完成。
モンスターでも人間相手でも高い戦績を積み重ねられたが、超級職、そして超級エンブリオが現れてからは芳しい結果を残せなくなってきた。
更に強くなるため、超級職と超級エンブリオへの進化を求めて国々を巡ることに。
一緒に戦って、一緒に冒険して、一緒に工夫した。
そうして暫く経ったが、ドン・キホーテが超級に進化することは無かった。
まるで巨大な壁が立ち塞がるかのような感覚を覚えたが、肝心の相棒は何も語らない。
漠然とした苛立ちから目を逸らすように、様々な相手と戦い続けた。
空中の相手も相手どれるように【飛脚】に就き、戦う内に超級職である【大名飛脚】の座に就くことが出来た。
それでも、ドン・キホーテが超級進化をすることは無い。
試しに風車に突撃したこともあったが効果は無く、何が駄目だったのか考えながら修理した。
風も吹かず、止まった風車を見上げながら思い出すのは、いつもと同じあの記憶。
手に持つ黄金の槍が、どうも安っぽく見えてしまう。
むしゃくしゃして走り出す姿は、まるで潰走する兵士。
いや、泣きながら家に帰る子供のように見えるかもしれない。
◆
旅をする内に、暫くレジェンダリアに滞在する事に。
変態の国だと聞いて居たのだが、知り合う人皆んな紳士的だったので、実際に自分の目で確かめることの大切さを学んだ。
どこの国にだって危険な人は居るものだし、大袈裟に言われて居ただけなのだろう。
【呪術王】とも知り合ったが、とても気さくで愉快な人だった。
とある事件で共闘し、それ以来よく遊びに行ったりする仲である。
一緒にいる時はよく前屈みになるが、気持ちが昂るとそうなるらしい。
気にはしないけど、肩車してる時に前屈みになるのはやめて欲しいと思った。
『成る程、そんなことが……。しかし、恥ずかしく思う事は有りませんぞ?』
『なんでさ? 間違った事に従うのは恥ずかしい事じゃないの?』
『うーむ、眩しいですなぁ。その考えはとても素晴らしいものではありますぞ。しかし、その教師が我を忘れて暴力を振るわないという保証も有りませんな。あくまでも例えではありましたが、自分の身を守るために長いものに巻かれるのは賢い選択なのですぞ』
『そう、なのかな……』
『はっはっはっ、大いに悩めば宜しい! さあ、
『マスター私も肩車して!』
『え、更に乗せるの? LSも無理だとおも──』
『そんなことは有りませんぞ!? ショタとロリに同時に乗って貰えるなど、今の俺はプロレスラーさえも凌駕する体幹を発揮できますぞ!!』
『きゃー! LS号発進よ!』
『お任せあれーー!!』
『お、おお、うおおお!?』
LSに肩車して貰いながら、ドン・キホーテを肩車する。
だんご三兄弟みたいな姿を周りの人達が笑っていたが、そんなことも気になら無い位に楽しかった。
叫んでるのか笑ってるのか分からなくて、それでも思いっきり声を出したからか、嫌なことなんて忘れてしまった。
この時は、こんな楽しい日々が続いていくんだと思っていた。
◆
予定より長くレジェンダリアに滞在していた時、とある<UBM>の出現がレジェンダリア全土を恐怖に陥れた。
これまでどんなモンスターが現れようと、最後には【妖精女王】が解決してくれると考えていた者達でさえ恐慌する。
それは雲を突き抜けるほどの体躯を誇り、神話の領域さえ逸脱した<イレギュラー>。
かつてレジェンダリアを滅ぼしかけた最大の巨人の再来が現れたのだ。
レジェンダリアの過酷な環境で生き抜くティアンやモンスターが挑み、多くのマスター達も特典武具欲しさに戦った。
妖精が、精霊が、モンスターが、マスターが。
妖精達はあらゆる属性の魔法を放ち、莫大なステータスのモンスター達が襲う、自然災害そのものである精霊が荒れ狂い、様々な特殊能力を持つマスターが挑む。
勿論自分も挑んだ。
必殺スキルである《蛮勇の一撃》は、自身が消費したHPと同じ割合だけ、相手の体積を固定ダメージで吹き飛ばすスキル。
相手が大きい程固定ダメージ量が上昇する関係上、今回の相手は自分と相性が最高だと考えた。
『クソッ! ふざけんなよ、なんなんだよ、お前はよーー!?』
しかし、自分だけで無く、誰一人さえ僅かな傷を与えることも不可能だった。
それも当然、かの<イレギュラー>【雲泥万里 ティタンエンド】の持つ力は
しかも、ただ無効化するだけでは無い。
攻撃に転用すれば、自身より小さい対象の破壊不能効果さえ無効化して破壊する。
大きさを基準にした攻性防壁こそがこの<イレギュラー>の本質。
全長一〇キロを超えるその巨体に対抗できる存在が居るとすれば、それは【海竜王】と【アムニール】をおいて他に無い。
或いは【地竜王】も可能性はあるが、かの竜が縄張りから出る事はまず有り得無い。
このまま【アムニール】の力の及ばない範囲を暴れるだけで、レジェンダリアは壊滅的な被害を被るだろう。
人間が蟻を踏み潰すように、巨人は全てを踏み均すのだ。
必殺スキルがなんの効果も与えることが出来ず、動揺した際に腕が掠って砕け散った。
そのまま地面に激突し、【救命のブローチ】で一命を取り留めた。
巨人は迫ってきている、早くしなければ踏み潰される。
『うあぁぁ、て、手がぁ!』
『マスター落ち着いて! 止血してから回復しないと──』
恐怖のあまり上手くアイテムが使えない。
そう、砕けたのは手だけでは無い。
心が砕けて、屈してしまったのだ。
勝てない、勝てるわけがないと思ってしまう。
あんな巨大な存在に、挑むこと自体が間違いだったのだと理解させられてしまう。
『そうだ、無理だったんだ。大丈夫さ、きっと他の国のマスターも集まって倒される……!』
『マスター………』
そうだ、元々この国に長居する気は無かったんだ。
次はアルターにでも行ってみよう。
新しい教皇が在位したそうだし、欠損も治して貰えばいい。
だから早く逃げるんだ。
LSだって言っていたじゃないか、強い相手に立ち向かうのは必ずしも賢い選択では無いと。
だから早く逃げるんだ。
この国がどうなったっていいじゃないか、どうせゲームなんだから。
だから早く逃げるんだ。
胸が締め付けられて痛くても無視すればいいじゃないか、その内収まる筈なんだから──
『なのに……なのに、なんで動かないんだよぉぉぉ』
レジェンダリアが滅んだってどうでもいい、だけどこの先には友人のティアンが住む村がある。
もっと先には孤児院もある。
それらが踏み潰されると考えると、一歩も足が下がってくれないのだ。
理性も本能も逃げろと絶叫しているならば、閂のように自分を踏みとどまらせるコレは一体何なのか。
『ちっっっっくしょぉぉぉ!!!』
絶叫を上げながら突撃する。
勝算なんて物はある筈がない、ただのヤケクソでしか無い。
片腕でひび割れた黄金の槍を構え、泣きながら走る様はさぞ滑稽だろう。
だが、それでいいと考えていた。
肉体が傷付くのは勿論怖い。
だがここで逃げ出せば、かつてと同じく悔恨に苛まれ続けるだろう。
それは尊厳の死だ。
自分で自分を誇ることが出来なくなれば、待っているのは生き地獄でしか無い。
そうなるくらいな、肉体と心がどれだけ傷付いてもいい。
そうだ……自分には、
『本当に無様で、情けなくて、みっともない。──でも、それでこそ私のマスターよ』
天を覆うように迫る巨大な足。
踏み潰される瞬間、確かに相棒の声を聞いたのだ。
──天蓋と大地の狭間を、極光が塗りつぶした。
◆
溢れる光の中で最も信頼する武器を握りしめ、少年はひたすらに前へ突き出す。
型もなにもあった物では無い、見る者によっては無様と笑うその一撃は、迫る巨人の足を
「──うぉ、空だ」
愚か者が蛮勇を振り絞った一撃は、天蓋を貫き空へ通じたのだ。
片足がくるぶし付近から消し飛んだ巨人は、体勢を崩して倒れ込む。
『マスター! とにかく上へ走って!』
「お、おう! 任せろ!」
スキルで空を走り、向かう先は倒れ込む巨人へ一直線だ。
「……本当に大丈夫かこれぇ!?」
『今更怖気付かない! よく聞いてマスター、このままアイツが倒れ込めば村も無事じゃ済まない。だから、その前に奴を粉微塵にして殺すわよ!』
「じ、上等だぁぁぁぁ! 野郎やってやろうじゃねぇか!」
『フフ、その意気よマスター』
ありったけの勇気をかき集め、天を駆けるその手にはメッキの貼られた黄金槍は無く。
ただただ無骨で、鈍色の光を放つ槍が握りしめられていた。
少年は今、本当の意味で大人への階段に足をかけたのだ。
『うぉぉぉ!! ぶち抜けぇぇぇ!!』
特典武具により、一〇%を以下の時HPを消費せずにスキルを使用出来る。
それにより《蛮勇の一撃》を連続発動し、相手の体積を消し飛ばす凶悪コンボだ。
しかし、どれだけ巨大なダメージでもティタンエンドの概念防御の前には無意味な筈。
それを貫いているモノこそ、【乾坤一姫 ドン・キホーテ】の最終スキル《生に名誉を・死に栄光を》の力。
このスキルは
自身がどれだけ傷付こうとも、己を貫き通すという心の具現。
肉体も心も傷付ついてもなお進み続けた少年は、遥か太古より積み重なった怨念を貫いたのだ。
「これで──」
『これで──』
積み重なった数多の憎悪の前では、少年の想いなんてちっぽけなものだろう。
だが、そのちっぽけなたった一つの想いが、全てを凌駕することもあるのだから。
「『終わりだッ!』」
鈍色の槍は巨人の頭に突き刺さり、その一片さえも残さず粉砕した。
こうして、レジェンダリアを壊滅の危機に陥れた<イレギュラー>は、一人の少年によって撃ち倒された。
◆
事件解決から暫くして、鈍色の槍を携えた少年が装備を確認していた。
「本当に行かれるのですかな? この国に残れば英雄扱いですぞー」
「いいんだよ、元々旅の途中だったんだから。もっと色んな場所を見て回るよ」
「いやはや、成長し旅立つ姿を見送るのは悲しいような、誇らしいような、寂しいような、悲しいような悲しいような悲しいような気分ですぞ!」
「悲しすぎるだろ!? そこはもっと喜んでよ!?」
「ううう、また一人世界からロリショタが失われると考えると辛くて……」
よよよ、と悲しむLSを見て少年は困ったように笑っている。
「……じゃあなLS、また会おうぜ!」
「また会いましょうね!」
「ええ、俺もまた会える日を楽しみにしておりますぞ!」
そうして少年は空を駆け抜けていく。
いつか会った時、友人は自分と同じ空気を吸わないかもしれないと考えていた。
それはきっと悲しいことだが、成長するとはそう言う事なのだろう。
悲しいことも苦しいことも踏みしてて、いつか超えられない壁にぶつかっても、立ち止まらずに壁を越えたり回り道をしたりして。
未来への恐れと期待を胸に秘めて、少年は此処ではない何処かへ向けて駆け出した。
その行く末は、未来を弄ぶ神であろうと見通せまい。
読んで下さり有り難うございました