重瞳のシド   作:ハク²

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第1話

ふと耳を傾けると風が木々の間を通り抜ける音がする。

 

濃い緑を宿した深い森の中に樹影が綻び、木々が空けた場所がある。そこには2本の木が寄り添う様な形で、ちょうど人が寝転がりやすい角度で横たわっている。

 

手の届くところに目が覚める程に鮮やかな紫色の花が垂れ下がっていて、爽やかな香りが微かに森の空気と入り混じり辺りを包んでいる。

 

そんな場所に月明かりが差し始める頃。

 

木に背を向けて眠っていた少年が月蛍の光で目を覚ました。

 

「ん...角の子かぁ...珍しいな」

 

ここは居心地が良く野良の動物にも好かれているのかジーッと堪えていると角の子や毛牙の獣なんかが眠りにきたりする。

 

不思議なことに動物たちは少年を避ける様子どころか警戒すらせずに和やかに過ごしている。

 

少年が心地よく二度寝に行こうとしたその瞬間、馴染み深い声が聞こえ、静寂が破られる。

 

「あっ!見つけた!まーたここでダラダラしてたな。」

 

振り返ると夜の中で一際光を放つ様な金色の髪をした少年、エルが木陰から飛び出してきた。

エルが息を切らせて駆け寄ってくる。

 

「あぁ...なんだエルか...」

 

「何だってなにさ、シドがご飯の時間になっても来ないから探しにきてあげたんじゃないか。」

 

「うわっもうそんな時間かぁ...」

 

眠気まなこを擦りながら立ち上がると不意に手をエルに引っ張られ転びそうになる。シドは慌てて月蛍のランプを手に取りながら体制を立て直すと不満を述べた。

 

「おい危ないって!」

 

「ふん!シドが悪いんだよーだ。」

 

あっかんべーと言わんばかりに舌を突き出すエルを前に俺は満更でもなく引き摺られるようについて行く。

 

帰り際、木々をすり抜けていく俺たちの背後でふと誰かの声の様な、妙な音を聞いた気がした。

 

少しして古びた教会に着くと扉の前で小柄でいかにも頑固そうな老人が痺れを切らした様相で立っていた。

 

「げぇっ、爺さんめっちゃキレてない?」

 

爺さんは元々優れた神父だったそうで隠居暮らしに何かしら事情のある子供を集めた孤児院を開いた変わり者だそうだ。

 

俺は少し変わった目をしていて、エルは身元が不明だったとか。多分それが原因でこの孤児院にいる。

 

普段は物静かで優しいが怒ると怖い。

爺さんは孤児院のみんなにとって父みたいな人だった。

 

「しょうがないよ、今日は晩御飯に遅刻したのが通算100回目の記念すべき日だからね」

 

「うーん。そんなにしたっけ?」

 

エルが呆れた顔でうなずくのでどうやら事実っぽいが流石に100回は嘘だろう。そう言うことにしとこう。

 

爺さんも僕らを見つけた様でいっそう眉間に皺を寄せた。

 

「...何か言うことはあるか。」

 

こっから怒られずに済む選択肢はあるのだろうかか。

少し考えてどうやら観念するしかない様なのでここは堂々と行ってみる事にした。

 

「お昼寝が捗っちゃって...」

 

ゴツンと鈍い音がする。

爺さんは本気で怒った時、必ずと言って良いほど拳骨をする。

 

爺さんの手は少し痩せていて、その分直に尖った骨が当たるので声にならない呻き声が出るぐらいには痛い。

 

その後爺さんに見えないよう笑いを堪えているエルを横目にこっ酷く叱られてしまった。途中、エルが爺さんの背後に周り両手の人差し指を鬼のツノの様に頭の上に立てた時は、色々な意味で大変だった。

 

そうこうしてようやく許しを得た頃には外は真っ暗になっていた。

 

「全く...次からは門限前に帰ってきなさい。」

 

「わかったよ...」

 

「もうみんな食べ終わってるだろうがさっさと食堂で晩御飯を食べて今日はもう寝なさい。」

 

「りょーかい。」

 

食堂に向かおうとするとエルが待ちかねた様子で立っていた。

 

「...もしかして説教終わるまでずっと待ってた?」

 

「もちろん。お陰で僕も冷めたご飯食べないとだよ。」

 

「だったら先食べときゃ良かっただろ。」

 

エルはチッチッチと人差し指を大袈裟に振る。

 

「ご飯ってのはね。誰かと食べた方が美味しいんだよ?」

 

「そうかも知れないけどさぁ...」

 

なんとも言えない気持ちになる。

 

「あっ照れてるでしょ。」

 

「はぁ!?照れてねぇし!!!」

 

俺が初めてこの孤児院に来た時、エルは最年長だった事もあり他の子供達にとってリーダー的な立場だった。

俺とエルは同い年なので今は俺も子供達にとって兄の様に振る舞っている。

 

「いやぁーにしても今日は説教、長かったね。わざわざあんなとこじゃ無くて家で昼寝してればいいのに。」

 

「いーや、エルはわかってないね。あそこじゃ無いと俺は安心して昼寝出来ないのさ。」

 

「うーん。まぁ確かにあそこは居心地良さそうだけど。あんま野晒しで寝るのはよくないよ。野生の動物だって危ないでしょ。」

 

「でもあそこの動物たちにはたったの一度も襲われた事がないんだよねー。弓持ってる時は別だけど。」

 

「えぇそれほんと?」

 

「ほんとほんと。毛牙の獣ですら大人しくしてるよ。」

 

「へぇ...じゃあ今度は僕も一緒に連れってよ。」

 

「え?うーんまぁ良いけど...」

 

「なんで渋々なのさぁ。あっもうこんな時間か、シドさっさと食べちゃおう。」

 

「あぁ、そうだな。」

 

冷たくなったスープと乾いたパンはそれでも味がした。

 

孤児院とは言え親友もいて仲間がいて父がいて。

なんだかんだ充実していると思う。

俺は狩りに自信があったしエルは頭がいい。きっと二人なら、家族とならこの幸せが一生続くと思う。

 

そんなことを考えながら目を瞑る。これが俺のなんて事ないいつも通りの日常だ。

 

だが今日は少し違った。

 

「...寝れない。」

 

流石に昼寝しすぎたのか。それにしたって今日は特段目が冴えている。

 

とは言えこういう日は稀にあるので対処法は心得ている。

 

「ちょっくら散歩でも行くか。」

 

孤児院のみんなにとって俺とエルは最年長だからと強気に振る舞っているが時折不安になる時がある。

 

だからそういう時は散歩をするようにしている。

星を見ると少し心が穏やかになるからだ。

 

俺は同室で眠っているエルを起こさない様に孤児院を出た。

 

夜の風はベッドで熱っていた体には気持ちが良いくらいの温度で、ただ歩いているだけで何処か満たされる感じがする。

 

不意に初めて孤児院を抜け出した時のことを思い出した。

あの頃は孤児院に馴染める気がしなくて今以上に爺さん達に迷惑をかけてしまった。

 

孤児院から少し離れたあたりでふと妙な音が聞こえる事に気づく。

昼間にも聞いたような気がするあの音だ。

何故か酷く頭が痛い。

 

あまりの痛みに俯いた刹那、後方から凄まじい程の鈍い轟音が鳴り響く。

孤児院の方からだ。

 

僅かに遅れて薙ぎ倒すような衝撃が辺りに走った。

それは目に見える範囲の全てに及ぶ程でシドの体を容赦なく吹き飛ばした。

幸い草木がクッションとなり多少の擦り傷で済んだが不意に吹き飛ばされたせいか頭が上手く回らず状況を飲み込めない。

 

あまりに唐突な状況に混乱しながらなんとか体を起こすと目に映った光景に戦慄する。

 

「孤児院が....」

 

いくつかの巨大な鉄の塊が孤児院に突き刺さり押し潰している。

現実感のない状況に頭がいっそうパニックになっているのを感じる。

数秒か、あるいは無限にも感じるほどの時間を経てようやく家族の存在が頭によぎる。

 

「エル...爺さん...みんな...?」

 

シドは吹けば飛んでしまいそうなか細い声を上げながら体を引きずり孤児院へとたどたどしく足を動かした。

途中足を踏み外し倒れ込んでしまうがそれでもなんとか体を前に進める。

 

やがて孤児院に着くとそこには見る影もないほどに潰れ一部では火を上げている孤児院だった何かがあった。

中から何人かの悲痛な叫びが聞こえてくるがシドの全身はとうに力が入らなくなって、体が鉛の様になってしまっていた。

それでもなんとか瓦礫をどかそうと体を動かした。

 

「クソォ!!動けよぉ!動けよぉ!!」

 

瓦礫は重く少年の力では精々僅かに持ち上がる程度しか動かせなかった。

何も出来ない現実だけがシドの体に鉛の様にまとわりつく。

 

「うああ...」

 

立ち尽くしたまま火が大きくなり誰の声も聞こえなくなった頃、巨大な鉄の柱の近くから見た事もない大人がこちらに歩いてきているのが見えた。

 

助けが来たのだと、必死に声を上げようとするが声が出ない。

 

大人だと思っていたそれは半身が焼き焦げており、もう半身は機械の様なものが痛々しく生えていた。

顔には口しかなく、取って貼り付けた様な玩具で出来た目の様なものが額に貼ってある、化け物だった。

 

シドの前まで来ると化け物は動きを止めて口を開けた。

 

もはやシドは微動すら出来なかった。

脳が全ての理解を拒んでいる。頭がおかしくなりそうだった。

 

「お前が次の天使か?」

 

「...てんし...?」

 

何を言っている?天使?

 

「自覚がないのか...?聞いたことが無いタイプだな...」

 

「なぁ...もう...もう何でもいいから助けてくれよ...エルが...みんなが...あぁ...」

 

「...いやお前、食べたな?」

 

こちらの意思など一切気に留めてすらいないようだった。既にシドの意識は朦朧としていた。

 

化け物の指がシドに伸びた。

金属の冷たさが頬に触れる。

その瞬間、銃声が夜を裂いた。

光が閃き、化け物の頭が弾ける。

返り血がシドの頬を打った。

 

その音を最後にシドの意識は限界を迎えた。

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