レゼとサンジ   作:織田三郎ノッブ

2 / 5
恋と疑念

 翌朝。 

 ブライドベールの空は嘘みたいに穏やかだった。嵐が去ったあとの静けさが、島全体を包んでいる。潮の匂いも風のうねりも、すべてがどこか眠っているようだった。

 

 サンジは甲板でフライパンを振っていた。バターとハーブの香りが広がり、チョッパーとウソップが鼻をひくつかせる。

「今日の朝飯は特別だぜ。新入りのレディのためにな」

「もう“新入り”扱いかよ……」ゾロが呟きながら剣を磨く。

「お前の飯よりはマシだろ、緑藻」

「飯じゃねえ、俺の剣は」

「どっちも硬ぇだけだな」

「なんだと……?」

 

 二人の睨み合いをナミが軽くいなす。「朝から喧嘩しないで。空気がまた焦げるわ」

 

 レゼはその様子を少し離れたところで見ていた。

 白いワンピースに薄いショールを羽織り、風に揺れる髪を押さえる仕草は、まるでどこかの貴婦人のようだった。

 だが、ふとした瞬間に見せる表情――誰かを思い出すような遠い目が、サンジの胸を締めつける。

 

「ほら、熱いから気をつけて」

 スープ皿を手渡すと、レゼは小さく笑った。「ありがとう、サンジくん。あなたの作るものって、優しい味がするのね」

「料理は心で作るもんさ。女を笑顔にするために存在してる」

「……そういうの、嘘みたい」

「なら証明してやるよ。毎日、笑わせてみせる」

 

 レゼは少し俯き、スプーンを回した。

 その笑顔の裏に、何かを隠していることをサンジは感じた。だが、追及はしなかった。笑ってくれるなら、それでいい。

 

     ◇

 

 一方その頃、ゾロは灯台の裏手にいた。

 昨夜見つけた地下通路の奥、崩れた壁の向こうに何か光るものを見た気がした。

 岩をどけると、鉄の箱がひとつ埋もれている。箱の角には、昨日と同じマーク――世界政府の紋章。

 

「やっぱりか……」

 ゾロは眉をしかめ、手を伸ばしかけたその瞬間、微かな風が頬を撫でた。

 風の匂いが、血のように重く、鉄臭い。

 

 振り向くと、レゼが立っていた。

 陽の光を背に受け、表情は見えない。だが、その声は昨日よりもずっと冷たい。

「探り好きね。あなた、剣士でしょう?」

「悪ぃな。勘が働く体質なんでな」

「その勘、今は封印してくれる?」

 レゼが一歩近づく。空気が“ぱちり”と鳴った。

 

 ゾロは剣に手をかけたが、すぐに離した。

「サンジに手ぇ出す気か?」

「出さないわ」

「ならいい」

「……どうしてそんなに、信じられるの?」

「仲間だからだ」ゾロは背を向けた。「それだけのことだ」

 

 レゼは静かに笑った。だが、その笑みはどこか痛々しい。

「いい仲間ね。……壊したくなるくらいに」

 

     ◇

 

 夕刻。

 レゼは甲板の端に腰をかけ、沈む夕陽を見つめていた。

 サンジが隣に座り、ライターで火をつけた。

「煙草、平気か?」

「ううん。懐かしい匂い」

「懐かしい?」

「……昔、煙と火薬の匂いに包まれてた。戦場みたいな場所」

 

 サンジは目を細めた。「女がそんなとこにいるもんじゃねぇ」

「でも、いたの。命令でね」

 彼女の声は風の音に溶けていく。

 サンジは何も言わず、ただその横顔を見た。

 

「ねぇ、サンジくん」

「ん?」

「もし、私が……あなたを傷つけるようなことをしたら、どうする?」

 サンジは即答した。

 「防ぐ。守る。でも――蹴らねぇ。」

 レゼは目を見開いた。「なんで?」

「理由なんかいらねぇ。女を蹴るのは、俺の死より恥だ」

 その言葉に、レゼは小さく息を呑み、視線を落とした。

「……優しい人。ほんとに、あなたは馬鹿ね」

「馬鹿で結構」サンジは笑う。「それで女が笑うならな」

 

 風が止み、再び“ぱちり”と音が鳴った。

 火花が二人の間を走り、サンジの頬を掠める。だが、彼は動かない。

 焦げ跡がついても、微笑んだままだ。

「な、言ったろ。俺は守るだけだ」

 

 レゼは涙を一筋流した。

 サンジはそれを指で拭い取ることもせず、そっと視線を逸らした。

 

     ◇

 

 その夜。

 ゾロは甲板で一人、酒瓶を傾けていた。

 ロビンが近づき、静かに座る。

「何か見つけたの?」

「あぁ。あの女、政府絡みだ」

「サンジには?」

「言わねぇ。今のあいつに言っても無駄だ。目が完全に“恋”してる」

「……ルフィには?」

「もう話した」

 

 ロビンが小さく笑う。「彼、なんて?」

 

 ゾロは空の酒瓶を掲げて、星を見上げた。

「“サンジが笑ってんなら、大丈夫だろ”だとさ」

 

 ロビンは目を細めた。「ルフィらしいわね」

「お前はどう思う?」

「そうね……大丈夫じゃない。でも、それがルフィのやり方」

 

 ゾロは剣を膝に置き、柄を握りしめる。

「大丈夫じゃねぇ時は、俺が斬る」

 その声に、ロビンは微笑んだ。

「ええ。きっとそれが、あなたたちの“信頼”ね」

 

     ◇

 

 夜空の上で、黒い風が蠢いた。

 島の外、雲の間を縫うように進む二つの影。

 一人は白い仮面の男――ゲルニカ。

 もう一人は、風の渦そのもののような存在――テンペスト。

 

「目標B-07、ブライドベールにて確認」

 ゲルニカの低い声が、貝殻を通して響く。

「任務を開始する。彼女を回収……もしくは、消去だ」

 

 テンペストは無言で頷いた。

 彼の足元から吹き上がる風が、海面を切り裂く。

 嵐が、再び目を覚ます。

 

 そして、静かな灯台の上で、レゼは月を見上げていた。

 胸元の奥が熱い。サンジの言葉が、まだ消えない。

 

 ――“死んでも女は蹴らん”

 

 その熱は、いつか爆発へと変わる。

 彼女自身も、まだ知らないまま。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。