モミジさんからの連絡を受けた俺たちは地下へと降りて、捜索を始めていた。
「どうルカリオ?」
「くわんぬ……」
「そう……ここにはいないのね」
彼女が絞り込んだ候補へ赴き、ルカリオに波導をキャッチできるか確認してもらっていた。しかしミアレの広大さと地下道の分岐が相まって、その日のうちには終えることができなかった。
「ごめんね。大変な思いをさせちゃって。それでも私たちにしかできないことなの」
「くわんぬ」
いかんせん日が差さない閉鎖的な空間だ。中々成果が出ず息が詰まるような思いもあった。しかしルカリオは気が滅入る様子をおくびにも出さなかった。改めてセレナさんがポケモンとのキズナを築き上げてきたことを感じさせられた。
そして二日目の夜にまで伸びた探索がついに実を結んだ。
「この先に……いるのね」
ただの壁にしか見えない行き止まりだった。疲弊した様子のルカリオにセレナさんに続き俺もお礼を伝えた……瞬間だった。
「もしもし、どうしたのゲンマ? えっ……! プリズムタワーが!?」
それはタイムリミットと同時だった。プリズムタワー……アンジュが暴走してしまい、メガフラエッテでも制御できないという非常事態が訪れてしまう。
「私は街の人を誘導してくる! 二人はパキラをお願い!」
「分かったわ!」
「お互いやるべきことをやりましょう!」
マチエールさんと分かれ、俺たちはシャンデラが作り出した幻影の壁の前に並び立つ。シャンデラか……
「頼むヘルガー!」
準備は整った。この先何が待ち受けているのかなんて分からない。だが俺たちは目を合わせ、迷わず前に進んだ。答えはいつだって進んだ先にあるはずだから。
すると壁を通り抜けた瞬間だった。シャンデラと対面し、すかさず「オーバーヒート」が放たれた。
「受け止めながら『バークアウト』!」
「『シャドークロー』で続いて!」
触れずとも熱気が伝わる超高温の炎をヘルガーが跳んで受け止めた。「もらいび」の特性が発動しない……! だが半減で受け切ったヘルガーの衝撃波とルカリオの振るった爪によりシャンデラを倒し切った。
「『デスウイング』!」
「なっ……」
しかし次の瞬間には赤黒い光線がヘルガーとルカリオを捉え、立つだけの力を奪われてしまう。
「えっ。メガエネルギーが……!?」
同時にメガリングのエネルギーが無くなってしまった。エネルギーの行き先を追うと、イベルタル——通常の姿ではなく紅蓮の華のように美しくも禍々しい姿——が佇んでいた。エネルギーはそのイベルタルの翼を縛る鎖を通して、奥で二つ並んだ列石に吸収されていく。そして……
「嬉しいわ。またお会いできて……。心の中、沸々と燃え上がっているの。あなたが……憎らしくてね!」
「パキラっ……!」
そんなイベルタルを従えていたのはやはりパキラだった。表情が険しくなるセレナさんとは対照的に、彼女がセレナさんを見つめる顔は一周回って愛おしそうにさえ見えた。
「相変わらず優秀な子。あなたがリーグの管轄で調査をしてるって聞いて、もしかしたら……そう思っていたのよ」
「どういう意味よ……!」
「言葉通りよ。
「従えているわけじゃないわ。私とゼルネアスはキズナで結ばれているの」
「下らない。そんな目に見えないものに意味はないわ。それは秩序も同じことよ」
「秩序……!? ジガルデのことか!」
「そうよ。ジガルデの判断は星の意思そのもの。フレア団の正義を否定する存在……。だから何? そんなもの夢を叶えるための力さえあればいい」
「ジガルデを超える力? 完全体のジガルデはゼルネアスとイベルタルを軽く凌駕する力があるはずだ!」
「あら坊や。詳しいのね。フラダリは所詮他人の物に過ぎない最終兵器に伝説ポケモンの力を与えた! 逆だったのよ。こうして奪って自分の力にすること……! それがあの人には足りなかった」
モミジさんによると列石はエネルギーを受け渡す媒介の役割を持っている。アンジュのエネルギーは石から鎖を通してイベルタルに注がれているようだ。しかも片方の石はイベルタルに同調するように、禍々しい赤に染まっている。
「暴走メガイベルタル……。これだけでも圧倒的な力だけど、唯一ジガルデと比べれば絶対的じゃないわ。だからセレナ……あなたからゼルネアスを奪うのよ。ジガルデはメガシンカできない。今度はこちらがジガルデを凌駕できる……即ち、フレア団がこの星の秩序になるのよ!」
「それがあなたの正義なのね。パキラ」
「いいえフレア団の正義よ。それがフラダリが残した意志。一つしかない物は分け合えない。分け合えない物は奪い合う。奪い合えば足りなくなる。だから選ばれた人だけが残ればいい!」
「違う! フラダリさんが奪う側に回っても、世界は救えなかった。それが五年前の答えだ。たとえ一つでも分かち合うんだ。人やポケモンを信じて!」
「威勢のいい啖呵ね。青い……青すぎるわっ! 力も示さず、言葉だけで何かを変えられるほど世の中は甘くないのよ!」
分かっているさ。この状況を変える力を示すために、セレナさんに言葉を届けたんだ。今イベルタルから目を離すわけにはいかない。だから伝わったのかどうかは分からない。それでも俺はセレナさんを信じている!
「お喋りはここまでよ。フレア団以外の皆さん。残念ですが……さようならっ!」
「頼むヘラクロス!」
「お願いマフォクシー!」
「『デスウイング』!」
本来「デスウイング」は単体への攻撃技。ただメガシンカによる変化なのか、それぞれの翼から赤黒い光線が放射される。
「躱せ!」
「こっちよ!」
しかし鎖が翼を縛りつけている分動きに制限があった。技の方向を予測した俺とセレナさんは左右に大きく分かれ、ローラースケートで走りながらポケモンと共に回避する。すると背後から耳をつんざくような音が聞こえてくる。間違いない……さっきの技もそうだった。アンジュのエネルギーを吸収し続けたことで、全ての技がワザプラスになっているんだ。
「逃げ切れると思って? 『あくのはどう』をマフォクシーに!」
「くっ。『ひかりのかべ』で防いで!」
あからさまなまでにセレナさんを意識しているな。「ロックブラスト」で弱点を突くことは難しくない。だが「デスウイング」がある限り、相手に与えたダメージのほとんどは回復に回されてしまう。
「背後に回り込め!」
「ふふっ。頭数で押し切ろうってわけ? あなた達の希望はもう奪われているというのにね!」
決して妄言じゃない。暴走メガシンカを鎮めるためには、メガシンカあるいはワザプラスが必須だ。すなわちメガエネルギーがない状態では絶対に勝てない……! イベルタルの放った衝撃波は「ひかりのかべ」を通してもなお強力で、マフォクシーの余力は一瞬にして無くなってしまう。
「『デスウイング』でまとめて始末してしまいましょうか」
「死角に入るんだ! 急げ!」
鎖で縛られ振り向けない背後なら、翼から放たれる光線が当たることはない。間に合ってくれ……!
「いけるわねマフォクシー! 『おにび』よ」
「暴走メガシンカに火傷なんて効かな……。……! マフォクシーを集中攻撃よ!」
セレナさんへの執着の凄まじさがなせる技か、「おにび」を自ら纏うことで、「ひかりのかべ」を通して幻影を作り出す連携が看破され、幻影と本体の両方を撃ち抜かれてしまった。その代わりに俺たちにチャンスを託してくれたんだ!
「左の鎖を『かわらわり』で切るんだ!」
「……!」
死角は安全地帯というだけじゃない。列石とイベルタルを結ぶ鎖がある。勢いよく振り下ろされたツノは鎖を切り裂いた。
「お馬鹿さん。『エアスラッシュ』!」
「くっ。『みきり』!」
その代償としてイベルタルの右の翼が自由になり、振り下ろされた翼が直接捕らえ、突風と共に吹き飛ばされたヘラクロスが壁に叩きつけられた。四倍弱点だ……耐えられないよな。悪いヘラクロス。だがその頑張りを無駄にはしない!
「ああ、なるほどね。読めたわ。坊やの狙いが」
「……!?」
「もう一本の鎖も切れれば、エネルギーの供給が止まると思っているのね」
「……そうはならないとでも」
「間違いではないけどね。イベルタルはもう十分なエネルギーを奪っているの。外で活動しても暴走状態を維持できるくらいにね。ふふっ……そうじゃないなら、どうやってジガルデを従えるというの?」
「くっ……!」
確かにエネルギーが切れるかもしれないという期待はあった。だが同時に納得もいった。先程メガリングから奪われたエネルギーが、いつまでも石に吸収されている理由は、既に補給の必要がないからだったのか。
「所詮あなたはおまけよ。それよりセレナ……出し惜しみに意味がないことは分かったでしょう。決着をつけましょう」
「ええ……そうね。あなたに託すわ。ゼルネアス!」
俺に残された最後のポケモン……ホルードを繰り出すと、セレナさんも応じるようにゼルネアスを繰り出した。ゼルネアスとイベルタル、拮抗した力を持つ両者。それでも相性の差だけ本来であればゼルネアスの有利。しかし今は圧倒的な不利を被っていた。
「ついにこの時が来た……! 夢を叶えるためのフレア団に無かった力。それを持っていたあなたから奪うことで……私は選ばれし者になるのよ!」
「悲しいことを言うのね。パキラ」
「……何が言いたいのかしら?」
「確かに何者かに導かれることはあるわ。運命とも思える誰かに影響を受けることも。それでも、最後に道を選ぶのは自分自身なのよ。結局あなたはずっと過去を認められずに……フラダリさんに与えられた意志に従っているのよ!」
パキラそのものを真っ向から否定するような物言いに、彼女は歯を食いしばり、サングラスのブリッジに力を込めた。そしてパキン、という音と共に二つに割れたかと思うと、高らかに笑い出した。
「……ふふ。あはははっ! 焼きが回ったかしら? 坊やと同じね。力なき言葉に正義はないのよ。『デスウイング』!」
「躱して『ジオコントロール』よ……!」
「今だホルード! 『あなをほる』!」
ゼルネアスは鎖に縛られた翼から放たれた光線は避けたものの、もう一方は直撃してしまう。残された「ひかりのかべ」により、辛うじて致命傷は免れていた。
「何が選んだ、よ。結局あなたは何も守れないのよ!」
「いいや違う! 今を生きたことで、セレナさんは守ったんだ」
「いったい何を……!」
「今日よりも……良くなる明日よ!」
「なっ! 列石が……!?」
セレナさんが注意を引きつけてくれた際、俺はホルードに目配せして「あなをほる」対象を指示した。既に鎖から解放されている石が掘り起こされ、アンジュからも切り離される。そして……俺たちのもとにメガエネルギーが戻ってきた。これによりメガリングの容量の半分が満たされていく。
「あはっ。言ったじゃない。一つしかないものは分け合えない。奪い合えば、足りなくなると!」
「だから……分かち合うんだ!」
石が宙を舞った瞬間、俺たちは中央へと駆け出していた。そして俺の伸ばした手をセレナさんが受け止める。
「「メガシンカ!」」
「まさか!? ……あり得ないわ。メガシンカにはメガストーンも必要なのよ!」
「考えるまでもないわ。あなたがどうするつもりだったのかを感じていればね!」
メガストーンの起源は3000年前に最終兵器の光を浴びた特殊な石。今回も原理は同じだった。「ジオコントロール」によりエネルギーと共に石が吸収されていくと、石は青く染まり、ゼルネアスは光と共に蒼白の大樹へと姿を変えていた。
「そ、そんな……。こんな未来は認められないわ! フレア団以外の誰かが選ばれる未来など! イベルタル! 全てを壊しなさいっ! 『はかいこうせん』!」
「いくわよカイト! 『ムーンフォース』!」
「——『
伝説のポケモンと繋がったことで、想像以上のエネルギーの奔流に押し流されそうになる。ふと初めてワザプラスをした時のことが頭に過った。……あの時のセレナさんと同じだ。信じるんだ! セレナさんとゼルネアスのキズナを!
セレナさんが決して離すまいと力を込めた瞬間だった。大樹が芽吹くと、直視できないほどまばゆい光が放たれ、イベルタルを飲み込んだ。閃光に包まれたイベルタルの翼と首がたたまれていく。やがてつぼみのように閉じてしまったイベルタルからエネルギーが抜けていき、卵型の繭になって眠りについた。
「破壊……できなかった? 私は力を示すことが……できなかった」
パキラが膝から崩れ落ち、戦意を喪失していた。いや……目の焦点が合わず、呼吸も乱れ、自分そのものを失ったようにさえ見えた。
「……何故っ! ゼルネアスは暴走しないの!」
「それは……もちろんキーストーンを通して、制御したからです」
「パキラ……。メガシンカに二つの石が必要なのは、ポケモンとトレーナーで分かち合うためなのよ。あなたはアンジュの過剰なエネルギーを奪い、そして与え続けた。一方的じゃ、ダメなのよ」
暴走メガシンカは彼女の……そして意志を与えたフラダリさんの葛藤を象徴しているようだった。するとパキラが割れたサングラスに目を落とした。
「分かち合う? 私が誰とそんな真似ができるというの……!」
「それは……」
暗い沈黙の中で、パキラが取り出したメガリングの指輪だけが輝いていた。半分のエネルギーしかなく、今すぐにでも消えてしまいそうな灯火……。
「私に道を与えなさいよ……フラダリっ!」
彼女が心の奥底で望んでいるもの。それはフラダリさんと分かち合うことなのかもしれない。そんな彼女の叫びが反響し、やがて遠くへと消えようかという瞬間だった。信じられないことが起こった。
「えっ……!」
「フーパの……リング!?」
光が照らしたのは金色の輪だった。奥には見通すことができないほどの闇が続いている。そこを一人の人物が通ってきた。
「やれやれ……。完全体のジガルデのメガシンカによってミアレが守られ、ようやく使命から解放されたかと思えば、今度はフーパに導かれるとは」
「うそ……」
全員が同じ心境だっただろう。そこから現れたのは髪こそ色が抜けたような白になっているものの、間違いなく……
「フラダリさん!?」
「……あの時の少女……?」
時が止まったようだった。セレナさんとフラダリさんが大きく開いた目で見つめ合う。するとパキラが地面を強く叩いた。彼女の顔は歪んでいた。喜びなのか怒りなのか。色んな感情が混ざりすぎて彼女自身ですら分かっていないのだろう。
「よくも今更……私の前に顔を出せたわねっ! 貧しかった私にあなたは与え続けた。物資、居場所、思想……そして屈辱よ!」
「私が……ですか」
「分からないでしょうね、選ばれた存在に与え続けられた。それが私が選ばれていない人間だと否が応でも分からせた! だからっ……! フレア団を失わないためには、誰かから奪うしかなかった!」
ずっと彼女は自信に満ち溢れていたように見えた。けどそれは自信の無さの裏返しだったんだな。だから執拗なまでにセレナさん……彼女の言う選ばれた人間に拘ったんだ。
「これも私の選択が招いた結果なのですね」
「え……」
震える彼女に近づいたフラダリはそっと支えた。そして一度目を閉じると、ゆっくりと開き、頷いた。
「ものを与えるのではなく、それを得るやり方を教える。古人の言葉にあるように救済される者の心を満たすべき……だったのですね」
「奪うのでもなく、与えるわけでもない道……。そんなものがあるというの?」
「あります。ジガルデの導きで人やポケモンを通して、教わりました。だから私は選ぶのです。新しいフレア団の形を」
俺もセレナさんも口を挟めなかった。挟む必要もなかった。彼はようやく見つけたんだ。葛藤の果てに。
「私はこれから旅に出ます。永遠のような長い旅でしょう。ずっと共にいることはできません。ですから選ぶのです。あなた自身がどうするのかを」
「…………。私は……望んでいるわ。美しい世界の実現を。今までも……そしてこれからも!」
「分かりました。共に参りましょう。そして示しましょう。新しい未来への道を……私自身の歩みによって」
同じ時代、同じ場所で生きていても出会うとは限らない。こうして二人が手を取り、分かち合った。それは奇跡なのかもしれない。
「……あの時も、私が分かろうとすれば最終兵器を動かすことはなかったのでしょうね」
「かもしれないわね。けど過去は変えられないわ。それでも過去を認めれば、未来を変えることはできる。今のあなたのようにね!」
すれ違い様に二人は短い会話を交わした。最終兵器を起動するボタンを押した者、そして動かした者。二人は痛みを分かち合いつつも、浮かべたその表情はどこか晴れやかなものだった。
「やったわね!」
「ええ!」
やがて彼らの足音も聞こえなくなり、俺たちはグータッチで喜びを分かち合った。
「リングは……消えちゃったわね」
「そうですね……。まあ、状況が状況でしたから」
「あなたのおかげで過去も清算できたし! あとはフーパを見つけるだけね!」
「ははっ。簡単に言いますね。でも……そうですね」
レジェアルの主人公のように生きてみたい。そんな願いを叶えるようにポケモンの世界に導かれた。主人公のパートナーという形ではあったが、苦しくも楽しい充実した冒険だった。
「もう思い残すことは……」
「……!? カイト、後ろ!」
「え……!?」
「おでましー!」
「うわっ!?」
すると背後から突然声をかけられた。振り向くと、いたずらが成功した子供のようにフーパが笑っていた。リングは長い時間もたないのか、またすぐに消えてしまう。
「びっくりした?」
「そ、それはもう……」
「しゃべるのね……」
「帰りたい? なら望んで!」
「えっ!?」
興奮冷めやらぬ中、フーパは問いかけてきた。その意味が時間をかけて染み込んでくる。そしてようやく理解した。選択の時が、やってきたのだと。