フーパの問いかけの意味を理解するのに、時間を要した。いや……心のどこかでは分かっていたんだ。それでも気持ちの整理がつかなかった。
「そんな……急すぎるわ。事態を解決したお祝いとか、色々やって落ち着いてからでもいいじゃない」
「……きっとフーパに見透かされたんですね。セレナさんがガラルからやってきた時のように」
欲望を人一倍感じ取るフーパは人の心を映す鏡だ。さっきパキラの本心を感じ取ったように、俺の本心すら見抜いてしまったんだな。
「え……?」
「屋上で告白した時、セレナさんに唯一伝えなかったことがありましたよね」
「……あなたがどこから来たのか、ね」
「俺の世界には……ポケモンがいないんです」
「え……。……そう、なのね。だから知識があったのに、ポケモンを持っていなかったのね」
「あなたのおかげで俺はこの世界の人やポケモンと繋がり、信じることができた。ホルードも、ヘルガーも、ヘラクロスも俺のことを信じてくれた。いずれ帰るなら……離れ離れにならないといけないのに」
俺にとってここはゲームの世界で、元々の世界こそが現実だ。家族や友人がいるのはここじゃない。それなのに……この世界は俺にとって現実になりつつある。
「それなら、この世界に残りましょう! ずっと……一緒にいればいいじゃない。……思い残すことはない、なんて言わないで」
「ある……ありますよ、もちろん。セレナさん。あなたもその一人です」
「カイト……」
「だから……これ以上、先延ばしにしたら決断できなくなってしまいます」
セレナさんが手を掴んだ。お互いの震えが伝わってしまう。思い残すことが今でもあるのに、もっと色んなことを分かち合ってしまったら、離れることなんてできそうになかった。
「フーパ。お前が俺を呼んだ理由がようやく分かったよ」
先程のフラダリさんの言葉が脳裏を過る。フーパの力を考えればそうだな……たとえば、俺に直接ポケモンを与えるような真似もできたはずだ。しかし、そうじゃなかった。
「直接願いを叶えるんじゃなく、そのためのやり方を教えられるパートナーを導いてくれたんだな。『戒め』の意味を理解したから……与えるんじゃダメだと分かっていたんだ」
「……楽しかったか?」
「ああ! 最高の旅だったよ。ありがとな」
かつて力に自惚れ、人々の欲望を助長させたからこそ分かったんだ。そして自らが称えられるとも限らないのに力を使ってくれた。俺はそんなフーパに感謝を伝えたくなったんだ。するとフーパはあどけない笑みを浮かべてくれた。
「……行っちゃうのね」
「はい。お世話になりました」
「私こそ……。あなたがいたから、向き合えたのよ。本当にありがとう」
「……あ」
彼女に貸してもらっていたポーチとローラースケートを返した時だった。不意に涙が溢れてきてしまう。……ああ、笑って別れようと思っていたのにな。こんなところを最後に見せたくなかった。
「いいのよ。あなたは私にとってかけがえのないパートナーだもの」
「セレナさんっ……!」
そんな彼女が涙を堪えながら寂しそうに笑いかけてくれる。それが最後の一押しだった。とめどなく溢れ出す涙すらも収まるまで、彼女は何も言わずに抱きしめてくれた。
「……ありがとうございます。あとはこのリングをAZさんに」
「待って。……それはカイトが持っていてくれないかしら」
「え……?」
もはやエネルギーを使い果たして空になったメガリングを外そうとした時だった。セレナさんは少し悩んでから、それを止めさせた。しかしその理由を語ろうとはしなかった。
「分かりました」
「……ありがとう。大事にしてね」
「もちろんです」
嘘をつけないから、正直なことを言えないんだ。それならどんな理由であれ、俺が知る必要はない。
「あとは……ホルード。出てきてくれ」
俺が最初に出会ったポケモン。先端が茶色の大きな耳を持つウサギのようなホルビーが進化し、腹巻状の毛皮が生えておじさんのような見た目になっていたが、それすらも可愛らしく思えるほど愛着が湧いてしまっていた。
「お前から始まったんだよな。楽しかったよ……本当にありがとう。そして、ごめんな」
「どしゃしゃっ!」
「ぐへっ」
「大丈夫!?」
久しぶりに体当たりを食らわされた。進化した時以来だな……。どうやらこれでチャラにしてくれるらしい。言葉が分からずとも伝わってしまうことに思わず口角を上げながら、背中を二回……三回と叩いて起き上がった。するとホルードが何かを期待するように見つめてくる。
「そうだよな。余韻もなくここまで来ちゃったもんな」
そしてジャンプしたホルードに合わせるように腕を振ると、心地よい音が響いていった。
「よっしゃ!」
「どっしゃ!」
俺たちの力で世界を守ったんだ! その喜びを分かち合って、ようやく俺は……思い残すことがなくなった。そう感じたんだ。
「……! リングが……」
それはつまり、元の世界に帰ることを望んだのだろう。金色の輪っかの奥に広がる闇は相変わらず見通せない。しかしいつか覚えた禍々しさは欠片も感じられなかった。
「セレナさん。昨日言ってましたよね。たとえXYZの軸が交わらない場所にいても、人と人の交わりは容易く切り離せない。必ずどこかで繋がっているって」
「ええ、そうよ。たとえ……進む道がバラバラでもね」
セレナさんにポケモンボールを手渡し、しばらくの間見つめ合った。最後くらいは笑いながら。やがてゆっくりと手を離していった。輪っかの手前で立ち止まり、メガリングを掲げる。セレナさんも分かっていたように力強く掲げてくれた。
「ラッサンブレ!」
「サリューエ!」
そして一歩を踏み出した。同じ時間、同じ場所にいても出会うとは限らない。違う時間、違う場所ならどうだろうか。俺は信じている。たとえ世界が交わらなくとも、俺たちのキズナは繋がっていると!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!