サキさんに送られて俺達はハクダンシティへと辿り着いていた。サイホーンのトゲしか支えがないから振り落とされるかと思った。
「よく振り落とされなかったわね。やっぱり見所があるわ!」
「それ試練達成した時に言うやつ」
ゲーム内でポケモンライドで移動する描写は度々あったが、平然とやってのける主人公の体幹がおかしかったことには気付かなんだ。
「この子に無茶するなと言っても聞かないから、いよいよとなったら置いて逃げていいわよ?」
「か、可能な限り無茶しない方向で止めてみます」
「ふっふっふ。君に私が止められるかしら?」
「既に置いていかれ気味ではあります」
なんて事言うんだこの親子は。思えばプレイヤーから主人公の言動って分からないからな。想像より性格が「ずぶとい」というか。まあそうでもなきゃフレア団に真っ向から挑んだりはしないか。
「しかし何故ハクダンシティに?」
「私もすぐにでも乗り込みたいんだけどね。とりあえず現地の自警団——エムゼット団が事態の鎮静にあたってくれてるから」
団ってついてるけど、この世界での悪の組織だったりしないよな? いや、レジェアルのようなケースもあるしそうとも言い切れないか。
「代わりにリーグがハクダンジムに対策本部を設置して、チャンピオンの人脈を活かして情報収集と原因の究明を任されたの。いけずな話よね」
そうしないと嬉々として暴走したポケモンとずっと戦ってそうではあるな。
「なるほど。ハクダンはリーグとミアレの間に位置しますから、拠点として都合がいいってことですね。いざとなったら救援に向かえますし」
「そういうことらしいわね。さすが私のパートナー!」
「いきなり!?」
「記念にポーチとローラースケートをプレゼントよ」
「あ、それはありがとうございます」
懐かしいな。結局トリックをマスターしきれなかったんだよなあ。感慨に耽りながらジムに向かうとカメラを持った女性が出迎えてくれた。
「久しぶりねセレナ!」
「ビオラさん! お元気そうで何よりです!」
「姉はもうちょっとかかるの。折角だし再会記念に……あら。そちらの彼は?」
「初めまして! セレナさんの……助手です」
「なんでちょっと抵抗するのよ」
さっきからずっとマフォクシーが「しっとのほのお」を飛ばしてきそうな鋭い目を向けているからですがなにか。
「へえ。ちょうどセレナが初めてジムに来た時と同じくらいの年齢ね!」
「あら。確かにそうね」
「バトルの経験はどの程度?」
「ええと、無いですね。ポケモン同士を戦わせるのは」
「その代わり生身で戦ってたのよ。ポケモンも持たずにね!」
「ええ!? ダメよ。一歩間違えば命に関わるんだから」
「ですよね」
良かった。普通この反応だよな。
「……?」
「お姉さん心配だな。暴走メガシンカは重傷を負っている人も出ているから」
「戦いは私がなんとかするわ」
「そうは言っても、いざとなったら自分の身は自分で守れないとお互い危険よ?」
「そうですね。セレナさんの負担になりたくはありません」
「じゃあどれだけ戦えるか見せてもらうわ。行くわよ! マフォク——」
「ちょ、ちょっとセレナ!? まさか駆け出しトレーナーに全力を出すわけじゃないわよね?」
「え? ダメ?」
「当たり前でしょ!? 勝負にならないわよ」
「うーん。勝てるかは別にして、勝負にならないことはないと思うけどね。なんとなく」
そう言うとセレナさんはこちらを見てあっけらかんと笑った。何故だ? 俺とホルビーが戦っているところだってろくに見られなかったはずだ。知識だけでそんな確信は持てないはず。
「あなたねえ。仕方ない! 駆け出しトレーナーの実力を見極めるのもジムリーダーのお仕事。君の実力、切り取ってあげる!」
俺は思わず息を呑んだ。堪らないな……! こうやって突発的にバトルが始まる感じ。ポケモンの世界に飛び込んだ実感が湧き上がってくる。
「望むところです!」
挑戦前にホルビーの技調整をさせてもらった。ハートのうろこもどうやら必要ないらしい。昔の作品でも時代が進めば適応するってことなのかな。
「準備はいいわね。ラッサンブレ・サリューエ!」
セレナさんの号令が響き渡る。本編ではカルムだけが言うセリフだったはず。見えないところでは主人公も影響を受けていたのだろうか。気にならないと言えば嘘になるが、今は目の前に集中しよう!
「頼んだぞホルビー!」
「出番よビビヨン!」
レンガ調の地面にホルビーが降り立つと、色鮮やかな赤が特徴的な「はながらのもよう」のビビヨンが舞い降り、俺たちと対峙した。西部劇の早撃ちのように一陣の風が過ぎ去っていく。するとホルビーが好戦的に突っかかろうとした。
「待て! 迂闊に近付くのは危険だ!」
「あらバレちゃった。『ねむりごな』よ」
よりによって厄介なやつを……!
「左に跳んで回避だ!」
噴射した粉を羽によって吹き飛ばそうとする瞬間、俺は軌道を予想して左に跳んだ。するとホルビーも真似するように動き、元々いた位置を粉が通過していった。やはり命中率の上がる特性「ふくがん」! 効果は強いが命中させにくい「ねむりごな」ですらほぼ当ててしまう代物。だが命中率100%のはずの「どろかけ」ですら躱せたんだ。ターン制ではなくリアルタイムで指示を出すことの違いが如実に現れていた。
「あ、あなたまで避けなくていいんじゃない? さすがにトレーナーには当てないわよ」
「いえ。これからもそうとは限りませんから!」
レジェアルで野生ポケモンに何度気絶させられたことか! 実際遠くを通過した風は「かぜおこし」にすら満たないのだろうが、まるで「ぼうふう」のような勢いを感じた。
「いいわね。暴走したポケモンと戦うならそうこないと!」
「なるほど。トレーナー戦に慣れてると出てこない発想ね。ならこれはどうかしら? 『まとわりつく』!」
もう一度躱すか? いや体勢が整っていない。回避も万能じゃないってことか。仕方ない。
「『たいあたり』で突っ込め!」
先程と同じように鱗粉が吹き飛ばされると毒々しい色へと変貌していく。ホルビーに付着してしまったが、こちらも技を出した直後の膠着を突いて攻撃を入れることはできた。一撃の大きさはこちらの方が上だったが、ホルビーに苦悶の表情が浮かんだ。鱗粉からは鉄錆のような匂いが漂っている。「まとわりつく」は固定ダメージを与え続ける技だからな。長期戦は不利か。
「『かたくなる』よ。さあどうするのかしら?」
「『まるくなる』だ!」
「あら。守りを固めちゃうのね。『いとをはく』よ!」
それぞれの方法でお互いに衝撃に強くなると、ビビヨンが糸を吐き出してきた。回避の選択が脳裏に浮かぶ。だがここは一か八かでも仕掛けるべきだ!
「『ころがる』で巻き取れ!」
「なんですって!?」
球状になって転がりやすくなったホルビーが突っ込んでいくと糸に捕まった。獲物を捉えるように粘性の強い糸で振り解くことはできない。だからこそ簡単には千切れずに、ビビヨンは引っ張られて地面に叩きつけられた。
「しまった! 『ねむりごな』を!」
「怯まず突っ込め!」
糸が絡んですばやさが落ちたホルビーだったが、それでもビビヨンが体勢を立て直すより早かった。岩タイプの技は虫・飛行タイプには二重の弱点! ニバイニバーイ!
「そこまで!」
ぼうぎょを上げていたビビヨンだったが耐えきれずに地に伏した。熱が落ち着くように静寂が場を満たす。すると纏わりついた鱗粉が効力を失い、ホルビーが足早に駆け寄ってくる。ジャンプしたホルビーに合わせるように腕を振ると、心地良い音が響いた。
「よっしゃ!」
「どっしゃ!」
俺たちの勝ちだ!
「いい勝負だったわね! 思わずマフォクシーを出して参加するところだったわ」
どこぞのガラルチャンピオンですか? やめてくださいしんでしまいます。
「本当に初心者? 判断が早すぎるわ」
「実戦は初めてってところですね。ビビヨンの特徴が予め頭に入っていたので、警戒する技を抑えられた分早めに判断できました」
「『いとをはく』への対処は?」
「躱せばさっきの二の舞で隙を突かれて眠らされるかなと。でも強行突破するだけじゃすばやさが下げられて対応が間に合いそうだったので、賭けに出ました。上手くいったのは正直ビックリしてます」
「ぼうぎょを固めたこちらに『まるくなる』をしたのはあくまで『ころがる』の威力を上げるためだったのね。虚を突かれたわ」
通称「まるころ」と呼ばれる戦術。俺としてはこの試合で勝つならどこかで「ころがる」を当てる必要があると思っていた。だからこそ最後あんな無茶もできた。ホルビーもよく動いてくれたよな。俺は頭を撫でながら、息を吐いて表情を崩した。
「本音を言うとビオラさんが虫タイプのジムリーダーと知っていたので、有利になるように仕込んでいました」
「いいんじゃない、いいんじゃないの! 豊富な知識と対策する力! 是非カロスのために役立ててちょうだいね」
「はい!」
拠点としてハクダンジムで寝泊まりをしていいことになった。目下心配すべき点だったから助かるな。あとは衣食かあ。どうするかな。
「そうだ。はいどうぞ!」
おっ。技マシンかな? そう思ったのも束の間だった。俺はおこづかいとしてそれなりの金額を手に入れた! や、その。そういう描写はゲーム内にもありましたけども。現ナマ直渡しって。しかもポーチに入れる場所があり、常識であることに拍車をかけてくる。
「ん?」
追い討ちをかけるようにホルビーは「きんのたま」を渡してくれた。ホルビーって進化するとおじさんのような見た目になるんだよな……。いや、考えるまい。
「『ものひろい』なんだなお前」
「どしゃしゃ」
「それにしても結局あなたのなんとなくが正しかったみたいね」
「でしょ?」
思い返せば俺はレジェアルの主人公のように直接セレナさんに何かを見せた訳じゃなかった。セレナさんがカロスチャンピオンであることが分かった今、人脈のある彼女がなぜ俺を選んだのか。バトルにおいてもここまでの信頼を置いてくれるのか。俺は息を呑んでからゆっくりと口を開いた。
「どうしてそう感じたか。聞いてもいいですか?」
彼女にはこれから長い時間お世話になるだろう。ならこのモヤモヤはずっと抱いてはいけない。いや、抱きたくなかった。しかし俺の気持ちとは裏腹に、彼女は軽やかに返事をした。
「簡単なことよ。君とホルビーがキズナで結ばれていたから!」
「え……。それだけ、ですか?」
「それだけってことはないわ。捕まえたばかりのポケモンって、トレーナーへの警戒心が残っているのよ」
「不意にボールを投げたり、弱らせてから捕まえるケースがほとんどだからね」
「そうなんですか?」
ゲームではシステムの関係であっさり言うことを聞くだけに、それは慮外の着眼点だった。
「でも君はそうじゃなかった。ホルビーは心から君に懐いていた。だから私も信じることができたし、きっと強くなるって思ったのよ。なんとなく、ね!」
返ってきた答えはあまりにも真っ直ぐで、思わず乾いた笑いが漏れ出た。きっと屈託のない笑顔に気持ちが安らいだのだろう。
「ありがとうございます。ホルビーと一緒に強くなってみせます。セレナさんのように!」
「期待してるわ!」
彼女もそんなキズナを築き上げてきたからこそ、チャンピオンになれたんだろうな。そうなんとなく思ったんだ。