「話には聞いていたけど、こんなにも街に野生ポケモンが溢れてるなんてね!」
「私も含めてミアレの人はもう慣れちゃったけどね。まあ慣れが必ずしも良いこととは言えないけど」
ミアレはゲームでも迷うほど広大なので、俺の道案内も兼ねつつ出版社まで歩いてきていた。個人的にはホログラム越しとはいえ色々なポケモンの姿が見れたのは楽しかったけど、現実的には危険と隣り合わせでもあるわな。
「私は私の方で調べておくわね。あ、そうだ。カイト君にはこれを渡しておかないと」
「スマホロトムですか。ありがとうございます。これで連絡を取れるようにってことですね」
「それもあるけど、メガ結晶は屋上にもあるからね。安全のために持っておかないと」
「……? どういう意味ですか?」
「昔のことに詳しい割には、今のことはあまり興味がないのね。まるでタイムスリップしてきたみたい」
緊張が肌を伝って波打った。望んで隠すことではないとはいえ、転移自体信じてもらえるか怪しい上に、ゲームを知っている側というのはとても説明できることじゃない。今思えばレジェアルの主人公も酷い目にはあったが、ラベン博士のような理解者がいてくれたことは大きかったのだろう。当事者になってそのことを強く実感していた。
「私が教えてあげるから心配しないで!」
「は、はい。お願いします」
こういう見方もどうかと思うが、逆に俺はセレナさんが主人公と知っている。それだけでも相当な信用を置けるし、それに彼女もラベン博士と同様にポケモンを通して俺のことを信じてくれている。いつか、彼女には伝えるべきなのだろうか。
「『サイコショック』よ!」
「『マッドショット』だ!」
パンジーさんと別れた俺達はメガ結晶の破壊を始めていた。破壊といってもポケモンの攻撃を繰り出せばそこまで強固な代物ではなかった。それに技を撃つ練習にもなり、経験を積めて一石二鳥だった。
「次はあっちの屋上ですか。一度降りる必要がありますね」
「必要ないわ。見てて!」
「えっ!?」
するとセレナさんがいきなりビルの屋上から飛び出した。血迷ったかとすら思う所業だったが、本当に血迷っているケースは稀というあるあるを回収するようにスマホロトムをグライダーのように扱って離れたビルに到達していた。
「スマホロトムには安全着地機能があるの!」
「危険フライト機能ではなく?」
スマホロトムにそんな機能があるのすら初耳だったが、使い方が豪胆すぎて冷や汗が滲んでいた。安全機能ってこんな使い方していいのかな……。まあロトムが良ければいいのか?
「南無三!」
絶対に下は見ないようにして俺も飛び移った。距離的には余裕はあったが、ビル風というのだろうか? 風で下に引っ張られているようで、生きた心地がしなかった。
「いいわね。どんどん行くわよ!」
正気か? と呆れた目を向けた時だった。
「うわあああ!?」
耳をつんざくようなポケモンの鳴き声と同時に悲鳴が聞こえた。周囲を見渡すも姿は無い。さらに上か!
「スマホロトムで超えることは!?」
「上昇はできないわ。お願いマフォクシー!」
するとセレナさんはマフォクシーをメガシンカさせた。その意図はすぐ分かった。俺達はマフォクシーと共に箒に乗り、素早く現場へと駆け付ける。
「メガヘルガー!?」
話に聞いていた暴走メガシンカポケモン……! まさかこんなに早く出会うことになるとは。対策も取れていない。いや、そんなことより悲鳴を上げた男性に向けてヘルガーが口を大きく開いていた。しかも足に酷い「やけど」をしていて動けそうにない!
「『ひかりのかべ』で守ってあげて!」
「うわっ!?」
するとセレナさんが俺を抱えて飛び降りた。急なことに驚いたが、目の前で起きた光景がその意味を理解させる。吐き出された火炎をマフォクシーが壁を展開して受けたことで、男性への被害を防いだんだ。
「その人をお願い!」
「わ、分かりました!」
さらには自身がローラースケートで走り出して視線を引き受けていた。尋常じゃない判断力だ。しかし圧倒されている場合じゃない。俺も早く行かなくては!
「ロトム! この人を下に降ろして救急車を呼んでくれ!」
「あ、ありがとう! 助かったよ」
幸いにも手は無事だったのでロトムにお願いして男性は安全な場所へ避難させられた。俺もホルビーと共に救援に行く。そこではセレナさんとマフォクシーが互いに動き回ってヘルガーを撹乱していた。
「カイト! 悪いんだけど、攻撃役をあなたにお願いしてもいい!?」
「えっ!? ……そうか。分かりました!」
セレナさんはやむを得ずマフォクシーにメガシンカを切ってしまった。炎・エスパータイプのマフォクシーと炎・悪タイプのヘルガー。攻守において最悪すぎる組み合わせだ。
「『マッドショット』だ!」
すかさず援護射撃。視線が二人に向いていたことで泥の塊が直撃したが、今度はこちらに視線が向く。
「『マジカルフレイム』よ!」
しかし数的有利を活かし今度は杖の先から放たれた炎が直撃した。するとヘルガーはこちらを無視してマフォクシーに意識を向けた。種族値の差を考えれば当然か。するとヘルガーは黒いオーラ——「あくのはどう」——を二人に向けて放った。
「ふっ!」
「こっちは『まるくなる』だ!」
しかし泥によってすばやさを落とされ技の始動が遅くなった。セレナさんもマフォクシーも見極めて躱しきる。とはいえ回避は万能じゃない。捲し立てるような叫び声——「バークアウト」が響き衝撃となって放たれた。躱した流れで死角に来ていたセレナさんは近距離での轟音に思わず片目を瞑って口を一文字にする。その隙にとくしゅ技の軽減があるとはいえ、マフォクシーの弱点を突かれてしまう。
「ガラ空きの背後に『ころがる』! 大丈夫ですか!?」
「平気よ。少しビックリしただけ! 『おにび』よ。分かってるわねマフォクシー」
「えっ!?」
炎タイプは「おにび」では「やけど」状態にならない。対するヘルガーはチャンスと見たのか威力の高い「あくのはどう」を選んだ。今度は狙いを絞ってマフォクシー一点狙いだ。ホルビーが勢いよくぶつかったものの、第一段階の「ころがる」じゃ抜群でもメガシンカの差もあって体勢は崩せなかった。このままじゃ当た……えっ!?
「これが私達のミスディレクション!」
まず間違いなく当たったはずだが攻撃はすり抜けていった。その隙にホルビーはそのまま「ころがる」で威力の倍々ゲームを始めたが、背後から当たるよう俺も逐一動いて指示を出す。すると業を煮やしたヘルガーが接近し噛みつ——いや、怒りを込めて「かみくだく」。しかし歯と歯のぶつかる音だけが響いた。すると奥にもう一人のマフォクシーの姿が確認できた。しかも「おにび」をあろうことか自分で纏っている。
「そうか——『ひかりのかべ』で幻影を作っていたんですね!」
その種明かしとなるのが「ひかりのかべ」だった。自身を模った炎を壁を通して照射することで、本物のような幻影を作り出し「みがわり」としていたのか。なんてマジシャンらしい芸当。
「そういうこと! だから心配しないで!」
「分かりました。攻撃に専念します!」
暴走状態にあるヘルガーはそのことには気付く余裕はなさそうだった。むしろ苛立ちを加速させるように攻撃が単調となり、空振る。おかげで面白いように「ころがる」が当たっていく。
「これで五段階目だ! いったれロマン火力!」
ついにはホルビーが最大火力で衝突していき、さすがのヘルガーもぐらついた。むしろ耐えることに驚きだよ。やはり決め手はメガシンカしているマフォクシーに任せるしかない。だがもう一周決まればさすがに勝ち確だろう。
「もう一度仕掛けます!」
「そうね。このままなら……!? マフォクシー!?」
しかし事はそう甘くなかった。接近しながら火を吐いて幻影を消し、本体へと牙が突き立てられる。それはまるで体力を半分削ったボスキャラが行動パターンを変えたようだった。
「ごめん! 油断したわ。『マッドショット』をお願い!」
「頼むホルビー!」
それはまさしく油断だったのだろう。いくら暴走しているとはいえ失敗している行動をずっと繰り返すはずがない。そんな事は冷静であれば分かったはずだ。泥をぶつけた隙にマフォクシーは脱出したが、今度はホルビーへと「あくのはどう」が放たれる。しかしマフォクシーとの体格差のせいか軌道がやや高い。
「丸くなって躱せ!」
「今よ! 『おにび』を通して『マジカルフレイム
こちらが潜って躱す瞬間にマフォクシーが火力を増した火炎をぶつけた。相手の「かえんほうしゃ」にも負けないほどの熱量だったが、それでも半減。決定打にはなり得なかった。しかも弱点を突かれ続けたマフォクシーの呼吸が荒い。そんな相手に振り向いたヘルガーの「バークアウト」が衝撃波となって襲いかかる。
「くっ。きゃあっ!?」
「セレナさん!?」
大技直後で硬直しているマフォクシーを抱えて滑ったセレナさんだったが、マフォクシーこそ逃せたものの足を払われるようにして倒れてしまう。このままじゃ二人とも危険だ!
「こうなったらもう一度!」
「待って! ホルビーも『ころがる』の連続で息が切れてる。精度を上げられたら躱せないわ!」
「けどここでマフォクシーが倒れたらそれこそ打つ手がなくなります!」
「一つだけあるわ! 時間がないの。私を信じて!」
まさしく時間が無かった。俺は彼女を信用している。そう思っていたが、躊躇があった。心から託せるパートナーというほどでは無かったのかもしれない。それでも……!
「『とぎすます』! 今は待つんだホルビー!」
マフォクシーが彼女を見る目は信頼に満ち溢れていた。自分が倒れる策と聞いても揺らぐ素振りすら見せなかった。
「ありがとう! マフォクシー! 上に飛びながら『マジカルフレイム』を撃ち続けて!」
マフォクシーが上を取って炎をぶつけていく。しかし攻撃を続けたことで無防備でもあった。当然ヘルガーも反撃の「あくのはどう」を放とうとしている。
「今よ。こっちに来て!」
「は、はい!」
その隙に俺は足を痛めたセレナさんのもとに駆け付けた。すかさず手を掴まれる。
「えっ!?」
「これが最後のチャンスよ。ホルビーにあなたの心を届けて!」
「……! はい!」
光り輝くメガリングのエネルギーが彼女を通して伝わってきた。やるしかない!
「ホルビー受け取ってくれ! 『マッドショット』——」
「——『
セレナさんから流れてくるエネルギーの奔流に押し流されそうになる。しかし最後に受け取るホルビーも制御に苦しんでいた。俺は繋いだ手を決して離すまいと力を込める。——その時だった。ホルビーが閃光に包まれた。
「進化……!」
「これが……」
進化したホルードの周囲から湧き出した泥はもはや「だくりゅう」の勢いでヘルガーを飲み込んだ。波が遠ざかるまでの一瞬の静寂の後、ヘルガーのメガシンカが解除され、メガストーンが転がってくる。
「やったわね!」
「はい! あっ」
決定打を叩き込み事態の鎮静に成功した。と、同時に思わず膝を折ってへたり込んでしまう。
「大丈夫!?」
「ええ。ほっとしちゃって。セレナさんこそ平気ですか?」
「うん! しばらく安静にしてたら問題ないわ」
「良かった……」
スマホロトムも戻ってきて先ほどの男性の無事を伝えてくれる。ようやく胸を撫で下ろせた。嬉しそうに飛び込んでくるホルードを受け止め——重っ!? せ、背中を地面に預けつつ、ホルードの背中を二回、三回とポンポン叩く。すると進化したことの実感が遅れるようにじんわりと染み込んできた。
「俺も進化しないとな」
「どしゃ!」
身体を起こし、きずぐすりを噴射してヘルガーの手当てをする。消耗は激しいが、大丈夫そうだな。俺はその体勢のまま背後のセレナさんに話しかけた。
「セレナさん。……大事な話があります」
「なあに?」
体が無意識に口を閉ざさせてくる。続きを言うのが、怖い。体勢はそのままに俺は視線をメガリングにやる。そしてゲーム内でフラダリが主人公とライバルに問いかけた言葉を思い起こした。
『君達は一つしかないメガリングを譲り合ったのか? 一つしかない物は分け合えない。分け合えない物は奪い合う。奪い合えば足りなくなる』
きっとさっきの行動こそセレナさんのアンサーなんだろう。人やポケモンを信じ、分かち合う道を選ぶのだと。それは字面だけを受け取れば、綺麗事のようにも見える。けどその道の綺麗さにいつの間にか引き込まれてしまったのかな。俺は息を大きく吸い込み、ゆっくりと振り向いた。
「俺は……この世界とは別の世界からやってきたんです」
「え……?」
俺も、分かち合う道を選んだ。