屋上での告白——響きの甘酸っぱさに対して、空気は張り詰めていく一方だった。
「それは別の地方から来た。なんて話じゃ無さそうね」
「はい。俺はこの世界で起こったことを見れる場所にいました。ただ限定された時間内の出来事しか知りません。ここは俺の知っているカロスからどうやら5年経っているみたいです」
「だから知識に偏りがあったのね」
「そ、そうです。あの、随分すんなり受け入れてますね」
「どう伝えればいいのかしら。そうだ。五年前のことを知っているなら、AZさんを知っているかしら」
「3000年前のカロスの王にして今も生き続ける者。そして最終兵器を造った張本人……ですね」
「……驚いたわ。そこまで知っているのね。ただ彼のように過去から信じられないほど長い時間生きてきた人間もいる。ならあなたのように未来から過去を知る者がいてもおかしくはないかなって」
未来か。確かに俺は紡がれた過去の物語をゲームという形で観測したとも言えるのか。それでもあまりの逡巡の無さにやや拍子抜けでもあるが。
「ねえ。カイトはどうやってここに来たの?」
引っかかる言い回しだな。他にも妙な移動をした人物がいるような。
「俺は突然現れた金色の輪を潜ってここに来ました。思わず手を伸ばしたが最後、見通せない闇に引き込まれてしまって」
ブラックホールのような吸い込みを思い出しながら伝えたその瞬間だった。先の告白以上の動揺を示すようにセレナさんの目が大きく見開かれた。
「やっぱり……」
「えっ。どういう意味ですか?」
「実はね。私もそのリングを通ってカロスに戻ってきたの」
「そうだったんですか!?」
負けず劣らず俺も目を見張った。あのリングが俺以外のところに現れた可能性なんて考えもしていなかった。
「順を追って説明するわね。まず私はカロスに戻ってくるつもりは無かったの。理由は二つ。一つ目は少し話したわよね。ガラルも今大変なことになってるの」
「言ってましたね。暴走メガシンカと同時期なら何か関係が?」
「無いと思うわ。起きている現象がまるで違うもの。それで手伝おうとしていたところに、暴走メガシンカの話を聞いて。急いでAZさんに連絡したの。彼がミアレに住んでいることは知っていたから」
「それで彼はなんと?」
「まず心配への感謝。次に目の前の一件を優先して欲しいって」
「何故そんなことを。セレナさんほど信用できる人も珍しいでしょうに」
「あら、ありがと。でも問題はそこじゃなかったの。『過去に囚われず、今を生きて欲しい』って」
「抽象的な物言いですね。ただ五年前の事件との関わりがあって、彼がそれを知っているようにも聞こえます」
「私もそう思うわ」
作戦会議でも言わなかったのはAZさんの意思の尊重なんだろう。その上で伝えてくれたのは、告白に応えてくれたんだ。
「ただ『未来は今のミアレの人々で作り上げていく。だから君は君のしたいように生きて欲しい』って。それで悩んだんだけど、結局目の前のことを優先しようとしたら……」
「例のリングが出現した、と」
「きっと見透かされたのね。過去に囚われないためには、決着をつけるしかない。それが私のしたいことだって」
不思議なリングだな。俺もレジェアルの主人公のように生きてみたい、そう思った瞬間に現れた。まるで人の心を映し出す鏡のようだ。
「ユウリに断ってから飛び込んだわ。出た先はハクダンの森だった。すっかり夜になっていて、家に向かったらあなたと出会ったの」
「そうだったんですか……」
果たして偶然だったのか。それともリングが導いたのか。きっとセレナさんも過ったのだろう。首を振ると、真っ直ぐ目を見据えて語りかけてきた。
「でもね。君を誘ったのは導かれたからじゃないわ。私の意思で選んだのよ」
「俺も過去の
「知ってる。だからどこから来たのかをぼかしているのよね」
やはり、分かっていたんだ。俺にとってはここはゲームの世界で、元々の世界こそが現実だ。しかし彼女にそこだけは伝えるつもりはなかった。彼女にとってこの世界こそが現実だからだ。
「だから、というのはよく分かりませんが。気にならないんですか?」
「隠すなら最初から言わなきゃいいし、適当に誤魔化したっていい。嘘をつけないから、正直なことを言えないのよね。なら私がそのことを知る必要なんてないじゃない!」
この人は本当に真っ直ぐで、それでいて賢明だ。だから俺自身整理のつかないことも打ち明けられたんだろう。しかし話はこれで終わりでは無かった。彼女はジェスチャーでホルードとヘルガーをボールに入れてあげるように促す。
「だから。これからする質問にも答えたくなかったらそうしてね」
悲しげに微笑みかけるセレナさんを見て、胸が張り裂けそうになった。思わず目を背けたくなる。それでも彼女の目を見つめ返した。
「答えます。セレナさんが知りたいことだから」
俺は二人をボールに入れて、隣に座り込んだ。
「いいのね。それで」
「セレナさんは俺に信頼を分かち合ってくれました。今度は俺が痛みを分かち合いたい」
「そっか。ありがとね」
セレナさんは体を地面に預けたまま両手を後ろにつけると、眼前に広がるメガ結晶に目をやった。
「綺麗よね。あの最終兵器もそうだった」
すると休ませているマフォクシーの代わりにゼルネアスを繰り出した。静かな着地とは裏腹に空気が張り詰める。群青色のツノとセレナさんの赤を基調とした服装が正反対のように映った。
「起動した瞬間、エネルギーが溢れて、ピンク色に染められて一輪の花が咲いたみたいだった。……ゼルネアス。『ウッドホーン』で全て壊して」
生命を司るポケモン、ゼルネアス。ツノは黄色く染まっていき、背中には鮮やかな班模様が浮かんでいた。漏れ出るエネルギーはあまりに強大で、メガ結晶は触れた途端に崩れ去ってしまう。それは美しくも、恐ろしかった。
——そうか。俺は繰り返し見る最終兵器の透明感が浮かんでいた。けどセレナさんにとってはまさに起動した瞬間こそが強く印象に残ったんだ。
「あなたは私がどちらのボタンを押したか、知っているの?」
見たことのない怖い表情をしていた。だがその根幹にあるものも伝わった。絶望、そして後悔——
「俺は両方の選択を知っています。セレナさんがどっちを選んだのか、それは知りません」
「そう、なのね。安心……したらいいのかな」
「いいんです。俺には断言できます。あの場でどちらを選んでも、最終兵器は起動してしまう運命だった」
「ふふっ。運命……運命かあ。嫌いじゃない言葉だけどね。それでも確かに私は、選んだの。——"赤いボタン"をね」
「セレナさん。それは……」
言いたくなければ、言わなくて良かったのに。最終兵器を起動する方のボタンを押してしまったことを。
「いいの。カイトが痛みを分け合ってくれるんでしょ?」
「それはもちろんです」
俺も実際に初見プレイの時は赤を選んだ。この時点でフラダリの人物像はそこまで分からなかった。それでも選択を預けたのなら止めて欲しいのだと。なら象徴する赤こそが止めるボタンだと思ったんだ。
「俺がこの世界に導かれた意味、それはまだ分かりません。もしかしたら意味なんてないのかもしれない。でもそんなものより俺は俺の意思で選びます。あなたがそうしたように」
「あ……」
もう一度手を重ねた。手の震えが止まるまでずっと握り続けた。
「……そうよね。これまでの選択は変えられない。けどこれからの道を選ぶことはできるのよね」
彼女はもう一方の手をゼルネアスに伸ばした。黒い足にそっと触れると目を細めて撫で始める。
「だからAZさんも今を生きてほしいと言ったのかもしれませんね」
「なんだか昔聞いた話を思い出したわ」
「どんな話ですか?」
「XとYはそれぞれ違う方向に伸びるけど、どこかで交わるポイントがある。それを見つけるのが大事って話」
「本来交わることが無かった俺達もこうして交わることがあるってことですか?」
「ふふっ。分かんない。なんとなく思いついたの」
そう言うとセレナさんはからかうように軽く笑った。風で消えてしまいそうな小さい笑い声。それでも確かに届いた。彼女は名残惜しそうに手を離すと勢いよく立ち上がった。
「お話おしまい! ありがとう。スッキリしたわ!」
「俺もスッキリしました。ありがとうございます」
手を離してグータッチで俺達は笑い合った。メガ結晶のカケラが太陽を反射して、俺達を照らしてくれていた。
「それにしてもこれだけ破壊して暴走メガシンカしちゃうなら、破壊に意味はなさそうね」
「ですね。増え続けるんじゃ話になりません。メガエネルギーを放出する大元を断たないと。………!」
その瞬間だった。電流が走ったような感覚を覚えると、俺はこの高さからさらに上を見上げていた。
「どうしたの?」
「メガ結晶の場所は大まかに三つ。地表・壁面・屋上で建物の中にはありませんでしたね」
「そうね」
「つまり照射されたメガエネルギーの軌道は交わるポイントがあるはずです」
「あ……!」
彼女も釣られるように上を見上げ、目を見張った。しかし顎に指を添え、結論を急がなかった。
「でも、ムゲンダイナみたいに移動しているケースも考えられるわ」
「あり得ることですが、結晶は街中にしかないのに目撃した話は届いていません。それにこれが五年前の事件と関連しているのであれば」
「ポケモンが関わっているにせよ、最終兵器のように大掛かりな仕掛けから放たれてる可能性が高いってことね」
一度彼女は目を閉じて考え込んだ。しばらくして頷くと、こちらに向かって微笑みかけてくる。
「そう、ね、それが自然だと思うわ。だとしたら打ち明けた甲斐もあるってものね!」
彼女らしい大人びていて、それでいて愛嬌のある笑顔に、こんな時だというのに思わず照れてしまった。
「か、仮定ですが、そうだと信じて進みましょう。まず地表。これは五つのアベニューが放射状に広がっているミアレの中央に位置するメディオプラザを指しているんじゃないかと」
「次に壁と屋上ね。これは高さを示しているわね。しかも私達がいる地点はミアレで最も高い場所! ある一点を除けば、だけどね」
そして俺達はミアレの中央であり、最も高い建造物に向かって目を向けた。
「エネルギーの発信地は……プリズムタワー!」
天まで届こうかという勢いで伸びている建物は綺麗な純白を纏っていた。しかし傾いてきた陽の光によって染まっていく様はどこか不気味にも見えた——。