見晴らしのいいメディオプラザでバトルが始まろうとしていた。チャンピオンのセレナさんの存在に周りも気づき始め、近くのキッチンカーでコーヒーを楽しむお客さんも思わぬ余興に期待の眼差しを向けていた。
「フェアに行きましょう。勝負はシングルバトル、手持ちは二匹! ただ私はあなたの手持ちを知っている。だから私も予め決めておくわ。このままだとバトルに合わせて私だけ選べちゃうから」
「マフォクシーとブリガロン?」
草・格闘のブリガロンはまだ分かる。ノーマル・地面を有するホルードの弱点を突けるからな。ただマフォクシーはあまりにも分の悪い選択。相手によって変動するような強さなど求めていないということなのか。
「それと最強のメガシンカ使いを見定める必要があるなら、彼にメガリングとキーストーンを貸して欲しいの。頼めるかしら?」
「……AZさん。ここまで予期していて?」
「年の功というやつだ。カイト。君がどんな戦いをするのか、楽しみにしているよ」
「ありがとうございます。やれるだけ、やってみます」
AZさんが持っていたメガリングを受け取り、右腕に装着する。思ったより軽い。だがこれを受け取る意味はずしりと重く感じられた。
「行くわよ。ラッサンブレ!」
「……! サリューエ!」
心臓の高鳴りを抑えるように深く息を吐き出し、力一杯ボールを投じた。アスファルトの地面にホルードが降り立つと、向かい合ったのはマフォクシーだった。するとセレナさんは有言実行するように先んじて動いてきた。
「出し惜しみはなしよ」
「メガシンカ……!」
メガエネルギーの奔流にも動じず力を制御したセレナさんは開始早々マフォクシーをメガシンカさせてきた。最後のポケモンでやるのがお約束、という視点は置いておこう。それでも相性不利なマフォクシーの方を選ぶとは思わなかった。だが応じるように俺も身体が動いていた。
「『じならし』だ!」
「『マジカルフレイム』を下に撃ちながら空へ!」
ホルードが足を振り下ろすと地面が揺れて衝撃が走っていく。しかし箒に乗ったマフォクシーは熱した空気に押し出されるように回避していた。
「上昇気流に乗って『とびはねる』!」
「躱して!」
彼女相手に後手には回れない。すかさず大きくジャンプして追撃を狙ったが、マフォクシーは重心をずらすようにして横に躱した。だがバランスを崩してもいた。
「勢いのまま『とっしん』だ!」
「『ノーマルジェエル』……! 背中側よ、マフォクシー!」
上空で敵の位置を見定めたホルードは頭を下に向けて突撃していく。マフォクシーは振り返ってようやく位置を捉えたが、躱す間も無くジュエルを消費して威力を増した攻撃をもらった。よし!
「耳を掴んで!」
「なっ」
位置を確認したのは躱すためではなく、捕まえるためだったのか!? 両耳を掴まれたホルードはまさしくキツネに捕食される寸前のウサギだった。
「『じならし』で箒を落とせ!」
「『こうそくいどう』で振り回して!」
足を振り下ろすより速く箒が加速し、ホルードの体が横向きになって空気を切り裂く。メガシンカとの体格差がモロに出て、振り回されてしまっていた。
「そのまま『サイコショック』よ」
「くっ、戻れホルード!」
不可視のサイコパワーを実体化させ、ピンク色のビームが次々と降り注がれる。辛うじて二発目を貰う前にボールに戻すと、続けて出した悪タイプのヘルガーには効かなかった。
「受け取ってくれ!」
ワザプラスよりも激しいエネルギーの流れがメガリングとヘルガーの周りを渦巻き、思わず顔を顰めた。負けるか!
「ガルルァ!」
姿を変えたメガヘルガーの鳴き声が響く。だが成功に安心してばかりはいられない。容赦なく彼女は攻め立ててきた。
「勝負よ。全身全霊で『ねっさのだいち+』!」
「こっちもフルパワーで『バークアウト+』だ!」
今更ながらマフォクシーが先発な理由を理解していた。後手だと厳しいが「こうそくいどう」さえ積んでしまえば、先にやられることもとくこうを下げられることもなく一撃を加えられる。だが弱点でもタイプ不一致の地面技なら耐えてくれるはずだ!
「動きは悪くないわ。けれど気付かなかったみたいね!」
「えっ!?」
地面が揺れ、衝撃が突き上げてくる。しかしタイプ不一致とは思えないほど激しい噴き出しにヘルガーは吹き飛ばされてしまう。少し遅れて雄叫びから放たれた衝撃波もマフォクシーを捉え、お互いに地面に伏してしまった。すると地面に触れた体から煙が出ていた。
「……まさか。『マジカルフレイム』でアスファルトを熱したのは、『ねっさのだいち』の威力を上げるため……!?」
「そういうこと。お疲れマフォクシー! 見事なミスディレクションだったわ」
「やられた……。ヘルガー、あとは任せてくれ」
空中のマフォクシーを意識させられ、そんなことは思考の外だった。まさしく視線誘導——ミスディレクションに嵌められてしまった。しかもブリガロン相手に、ダメージを負ったホルードを繰り出す羽目になるとは。すると交代の間にセレナさんが語りかけてくる。
「考える暇もなかったでしょ。だからね、まず動いてみて、そして感じるの」
「動きながら、感じる……」
ほんの一瞬の会話。しかしバトルの実感を通してその意味を感じさせられていた。すぐさまホルードとブリガロンが対峙する。
「距離を取って!」
「少しずつ詰めていくんだ!」
感じる。接近戦への警戒を。飛行技の『とびはねる』はほぼ『ニードルガード』で防がれて反撃されるのがオチだ。そしてもう一つ感じていたことがあった。
「『じならし』だ!」
「えっ。草タイプには半減だけど……」
「……! 『グラスフィールド』よ!」
足元に草が生い茂った。「じしん」系統を半減する効果があったな。しかも「グラスシード」を消費してぼうぎょまで上げている。さすが、だが……!
「なんてこと。余熱が残っていたのですね」
おかげで熱を利用して噴き飛ばすことができなかった。それでも追加効果ですばやさは下げた。ここしかない!
「今だ! 突っ込め!」
「なら『アームハンマー』よ!」
じりじりと間を詰めていたホルードが急発進して近づくと、ブリガロンは両手で拳を作って振り下ろした。距離を取られていたこともあり、対応は間に合っていた。
「耳で受け止めろ!」
「む、無理よ。抑えきれないわ」
パンジーさんが危惧した通り勢いは殺したものの、頭に拳が炸裂していた。耐えられないだろう。普通だったら。
「ほう。『ものひろい』か」
「あっ……! 『グラスシード』を回収していたのね」
こちらも「グラスフィールド」を利用してぼうぎょを上げられていた。それでも耐えられるか危うかったが、ホルードは踏ん張ってくれていた。俺はメガリングを掲げる。早々にメガシンカを切ったセレナさんとは違って、俺にはまだメガエネルギーが残っていた。
「『じたばた+』だ! 最大火力で食らわせてやれ!」
「じたばた」は体力が少ないほどダメージが増えるノーマルタイプの技だ。未だブリガロンの拳は耳で捉えられている。優先度の高い「ニードルガード」はトゲの盾を持って防ぐ技だ。懐に入った今、すばやさが下がっている以上他の技は間に合わない。その時だった。セレナさんは顔に焦りの色を浮かべながらも、目が燃え輝いていた。
「『グラススライダー』! 急いで!」
「グラスフィールド」下での先制技……! ブリガロンが拳と地面でホルードを挟み込むと、そのまま草地を滑って足を削っていく。対してホルードも駄々をこねるように手を振り回して胸板にパンチの連打を食らわせていた。
「………」
「………」
もはや指示の重ねがけは意味をなさなかった。トレーナーの信頼を証明せんがために、意地を張るかのようなぶつかり合いは、やがて静寂へと導かれた。片方のポケモンが力尽きることによって。
「どしゃ……」
「そこまで、だな」
先に倒れたのはホルードの方だった。ブリガロンは片膝をついたものの、倒れるのを堪えていた。
「よく頑張ってくれたよ。ありがとう」
無理をさせすぎてしまったくらいだ。いわゆる「ひんし」になったポケモンを初めて抱える。ダメージの多さを物語るようにホルードの体には力が入っていなかった。感謝を伝えると、目尻を下げてくれた。それが嬉しくもあり、無力さを感じさせてもいた。
すると拍手の音が聞こえ、顔を上げる。位置から察するにAZさんからだったろうか。それが見ていた人々に広がっていき、プラザ一帯が称賛の渦に包まれた。同様にブリガロンを労っていたセレナさんが立ち上がると、俺もボールに戻してから立ち上がった。いつのまにかプリズムタワーの影は背後へと移り、俺達は眩しく照らされた中央で握手を交わした。
「ありがとうございました。全力を感じさせてくれて」
「私もありがとう。君の全力、心地良かったわ」
俺も始まる前に躊躇したのが馬鹿らしくなるほど心地良かった。悔しさと清々しさというのは両立するものなのだと突きつけられていた。顔を見合わせて笑い合うと、名残惜しむようにゆっくり手を外した。
「素晴らしいバトルだった。セレナ、君は変わらずポケモンへの想いが詰まっていたな」
「ふふっ、良かった!」
「カイト、君もポケモンと心を一つにしていたな。メガリングも受け取って欲しい。これからもどうかパートナーを裏切らず、信じさせてあげてくれ」
「AZさん……。はい、もちろんです」
「キュルル♪」
当然のようで、彼の過去を踏まえればとても重たいメッセージだった。自戒を込めるような物言いにしんみりしつつ、目を見据えて返事をすると、側にいたフラエッテが軽やかに回転して鳴いていた。
「ジェットさん。記者の方にできる範囲で説明をお願いしてもいいだろうか。私は二人にどうしても伝えたいことがあるのだ」
「構いませんわ。それがミアレのためになるのなら」
「かたじけない」
二手に分かれると、AZさんの提案で近くにあるキッチンカーのカフェで話をすることになった。なんでもエムゼット団のリーダーのガイのお気に入りなんだとか。
「いらっしゃい! ご注文は?」
「だいもんじローストで!」
「俺はかえんほうしゃローストにしようかな。命中安定だし」
「『だいもんじ』も大技にしては当たりやすいじゃない」
でも俺の使う命中85%は体感50%だし……。そんなこんなでなみのりハイドロ問題の論争が勃発するアクシデントを挟みつつ、俺達はAZさんと向かい合って座った。
「順を追って話そう。まず君達の推察は正しい。プリズムタワーこそがメガエネルギーの発信源だ」
「あら? さっきの社長さんは不明だって言ってたわよ」
「伝えてもこの先が信用に値しない妄言として捉えられてしまうからだ。セレナ、君は信じるだろうが……」
「カイトなら大丈夫よ。思い切って話してみて!」
「ああ、そうしよう。君にとっては信じられない話かもしれない。だが聞いて欲しいのだ。先程のバトルの礼と思って欲しい」
「分かりました。まず話を聞いてみます」
「感謝する」
するとAZさんは一拍おいた。セレナさんが信じ、他の人が信じられないことだ。ある程度の予想はついていた。
「私は3000年の時を生きてきたのだ」
やはりそうきたか。だから今回の一件の裏を知っていますと伝えても、信じられないだろうな。それで対策を進言する方向に舵を切ったのか。
「……ふふっ。不思議な青年だな。二人とも眉一つ動かさないとは」
「え……」
しかし俺だけじゃなく、事情を知っているセレナさんが伝えたことに動揺もないことから何かを察するように頷かれるのは予想していなかった。
「えーと、その。訳ありなの! 色々ね」
「セレナさん……。ええ、まあそうなんです」
核心を突かれて動揺したのは俺だけじゃなかったようで、少々言わなくていいことも認めた気もするが、AZさん相手なら問題ないという信頼でもあるのかな。
「話が早くて助かるよ。プリズムタワー内の装置は2000年前に私が作ったものなのだ」
「えっ。AZさんが作ったんですか?」
「最終兵器が作られた1000年後にできたものなの?」
「そうだ。時の権力者にカロスを守る存在が欲しいと頼まれてな。私はフラエッテの永遠の命を皆に分け与えるものがよいと判断した。名を『アンジュ』という」
彼に釣られるように俺達はプリズムタワーを見上げた。フラエッテを復活させるために作られた「キカイ」は最終兵器へと転用された。日はまだ傾かず「アンジュ」を秘めたタワーは純白を保っている。それでも不気味に見えたのは、もはや気のせいではないのだろう。
次回の更新は11月16日(日曜日)を予定しています。そこから週一ペースで更新していけたらいいな。